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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第六幕 【超越:愚者は世界を翔け昇る】
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87話 「境目の非戦者」【後編】

 ――変換しろ。


 プルミエールの身体を通して外部に漏れでる天力燃料を、『僕』という術式回路を通してサレの手に術式として発動させるんだ。


 ――書き換えろ。


 サレの常用する術式に天力は通りづらい。

 魔力のような硬質性や高反発性は天力にはない。

 だから、


 ――天力に合わせて術式を書き換えろ。


 術式構成の取捨選択だ。

 もともとの攻撃力や耐久性は多少損なわれてもいい。

 天力でも通せるものはそのままに、通せないものは新たな術式構成で代替しろ。


 ――だけど、その『名』を冠につけるには相応しい程度の精度は保て。


 プルミエールの燃料で、サレの術式で、無様なものを晒すわけにはいかない。

 ここは戦場だ。

 無様な武器を持たせて、大切な仲間を笑いものにさせるわけにはいかない。


 ――行け。


「――通れ!!」


 メイトが声を荒げた。


◆◆◆


「……すごいな」

「愚眼鏡のくせにやるじゃない」


 そして、サレの手に握られたイルドゥーエ皇剣に、〈改型・切り裂く者(カリバーン)〉は宿った。

 刀身はサレが普段使っている時より一メートルほど短くなってはいるが、十分に長大だ。

 そして肥大した刀身は青白い魔力燐光ではなく、『金色』の天力燐光を放っていた。


「はは、だろう? 僕だってやる時はやるさ」


 メイトは額に大粒の汗を浮かべながら、半分プルミエールに寄り掛かるようにして微笑を浮かべていた。

 すでに三つ目の眼は閉じられていて、額には痕すら残っていなかった。

 メイトはフラつきながらも懐にしまっていた自らの眼鏡を取り出し、再び掛けなおして言葉を紡いだ。


「プルミの天力を僕という回路を通して入れるだけ入れたけど、それで限界だ。持って三分くらいだと思う。僕にまともな魔力燃料があれば話も違うんだろうけど、生憎僕には〈改型・切り裂く者〉を十分に発動させるほどの魔力はない。だから、プルミの天力を借りたんだ」

「自分で言うのもなんだけど、俺が長年かけて即時発動までこぎつけた〈改型・切り裂く者(カリバーン)〉の術式をこんな短時間で改造しながら発動させるって、すごい術式能力だよ、メイト」

「ま、僕は眼鏡だけあって頭がいいからね?」


 演技ぶって眼鏡の端を指でくいとあげてみせるメイトだったが、術式処理能力をフル稼働させたせいか、疲労の色が分かりやすく顔に表れていた。


「僕にはこれくらいしかできないけど――『任せたよ』、サレ」

「ああ、『任せろ』」


 そういってサレは金色の術式兵装を構え、アテナと交戦しているギリウスのもとへ猛然と駆けて行った。

 その後姿を見ながら、


「ホントは、僕が携わった術式で誰かが死ぬのは嫌なんだ。昔の事を思い出しちゃうから」


 メイトが小さくつぶやいていた。

 まるで弱音を吐くかのように言うメイトの言葉を、プルミエールは黙って聞いていた。


「でも、何もできなくて大切な仲間が死んでしまうのはもっと嫌だから、僕も『覚悟』するよ」

「そう。――あんたは騎士だものね」

「そうだとも。アリスを守る盾になる覚悟は最初からできていた。僕は騎士だからね。でもそのために『奪う』覚悟はまだ足りなかったかもしれない。こうして戦いを近くで体験して、そう思ったよ」

「きっと皆そうよ。非戦派も、好戦派も。非戦派の方が予想と現実の差が大きくて、あんたみたいに戸惑ってるだけなのよ。アテム王剣の時もサフィリスとやらがちょっかい出してきた時も、今までこんなに近くで仲間の戦う姿を見る機会がなかったからね」

「皆強いんだね、身体も――心も」


 そういって戦況を眺めるメイトをプルミエールが再び抱きかかえ、後方のアリスたちの場所まで連れて行った。


◆◆◆


「ぐぬう……! ちょこまかと!」

「図体がでかいのも考え物ね! 死角が多いわよ!」


 サレが戻ってくるまでの間、ギリウスはその両腕と尾の連撃を繰り出し、アテナに自由な舞を踏ませまいと画策していた。

 しかし何度か攻撃を繰り出していくうちに、アテナの回避の精度と速度が上がっていく。


「魔人と違って人型じゃないし、あんまりやりあったことないから遅れたけど、そろそろ見えそうよ、あんたの行動の先が」

「実際にやりあってみると実に厄介であるな!」


 思考は人型と変わらない。

 サイズや膂力差に慣れられてしまえば、あとはアテナの経験に補完されていってしまう。

 だが手は止めない。

 止めれば一瞬のうちに舞いを踏まれる。

 演武がはじまれば一方的に分が悪くなるのだ。


「木端微塵である!」


 拳を振るう。

 右、左、フェイントを織り交ぜ、また右。

 加えて、


「そういえば、尻尾もあるんだったわね……!!」


 ギリウスは拳を振り抜いた勢いを利用して、竜尾を横一線に振り抜いた。

 だが、


 ――踏まれたのである!


 ギリウスは自分の尾の上にかすかな重みを感じ、一瞬のうちにその重みが消えたことを察知して、自分の尾がアテナに踏み台にされたことを把握する。


 ――上。


 把握と同時の反射。

 即座に天を仰いだ。

 見上げた先には、すでに目と鼻の先にまで迫っていたアテナの姿があった。

 彼女は盾で半身を隠しながら、その右手に持った煌びやかな剣を今にもこちらの脳天に突き刺さんと構えている。

 ギリウスは思考過程を飛ばし、再びの攻撃に対する反射で身体を後方に倒しながら、アテナに向けて竜の双翼を叩き付けた。

 翼が暴風と共に叩き付けられるのが先か、アテナが降ってきてギリウスの頭部を捉えるのが先か。


「略式、〈湖上の乙女(デル・ラーゴ)〉」


 ――まずい。


 ギリウスの内心に焦りが灯った。

 アテナの口ずさんだフレーズが、死の足音を引き連れてくる。

 突如として神格術式を発動させ、宙を蹴って推進力を得たアテナの剣の方が自らの翼撃より速いという答えを、ギリウスの思考は弾きだしていた。

 刹那の間に打開策を求めたが、どうにも分が悪い。

 片目くらいはくれてやるか、などと諦観を浮かべたあたりで、ふと――


「俺を巻き込むなよ!? ギリウス!!」


 聞きなれた声が来た。

 剣が突き刺さるかという直前になって、横から金色の粒子をまき散らしながら一人の男が猛然とした勢いで現れたのだ。


「ぬ、そんな色であったか、サレの剣」

「メイト特製だ!!」


 アテナの剣の切っ先を弾きながら、サレが彼女の身体もろとも横へ吹き飛んで行った。


◆◆◆


「なんであんたが金色の燃料光垂れ流した剣を持ってるのよ……!! 黒炎の黒か魔力の青なら分かるけど……!!」


 アテナが抗議色を含んだ声をあげていた。


「知人に天力保有者がいてね!!」


 答えるサレはつっこんできた勢いをそのままに、アテナの身体を横へと弾いていく。

 空中で二人の剣が競り合い、お互いに隙あらば刀身を差しこもうとするが、今のところ差し合いは五分だ。


「戦神と言えど他の獲物をやる瞬間は隙ができるもんなんだな!」

「うるさいわね……!!」


 アテナは側方へと飛ばされながら、徐々に自分の身に掛かっている力が弱まって身体が地面へと流れ始めていることに気付いた。


 ――このまま乗られるのはよくないわね。


 押さえ込まれたまま地面に押し付けられれば動きは封じられる。

 魔人の狙いはそこだろう。

 動きを止めたところに手が空いた竜が追撃を仕掛ける。

 そんなところだ。

 アテナの予想は即座に実際の光景に現れる。

 黒竜が、魔人ごと地面に叩き付けるかのように上から尾を振る姿がアテナの視界の上隅に映った。


「お、おお…… 俺ごとかあ……!!」

「うまくやるのであるよ!! 潰れたらすまんである!!」


 この二人の異様に危なっかしい連携はなんなのであろうか。

 思わずそんなセリフが脳内に浮かぶが、アテナはすぐに黒竜の尾撃に対応する動きを見せる。


「一緒に潰れるのは嫌だわ? セシリアの身体が蠱惑的だからって、がっつかないでもらえる?」


 アテナは地面へと落ちながら、競り合っていた剣を一度思い切り引いた。

 瞬間、ほんの一瞬だけ剣と剣の間にわずかな隙間が生まれる。

 そして、アテナはその極小の隙間へ左手に持っていた〈戦神の盾〉を器用に差しこんだ。


「器用過ぎるだろ……少しは焦れよ……!!」


 サレの抗議の声があがる。

 軍配はアテナだ。

 アテナは差しこんだ盾でサレの剣を弾き、がら空きになったサレの前面――ちょうど蹴りやすい位置にあったその顔面に狙いを定め、両足を振り抜いた。

 〈神を殲す眼〉で焦点を合わせようとしていたことも織り込み済みだ。


「そりゃあ、確かに女としては魅惑的な身体だけどね?」

「ちらっと見たアテナの本体と違ってな」

「ぶっ殺すわよ」


 直後、サレの頬のあたりに押し出すような蹴りが入り、対してアテナの身体はその反作用で先に地面へと落ちていく。


 ――間に合うわね。


 自分の上から覆いかぶさるように落ちてくるサレよりも、その上から凄まじい速度で振るわれてくる竜の尾よりも、先に地面にたどり着くことができる。

 そうして着地と同時に横へと回避すればいい。

 身体さえ押さえつけられていなければ――


「余裕よ」

「くそっ!」


 予想通りに、アテナは地面に先に着地し、四肢で衝撃を吸収しつつ、一気に力を込めてその場から跳躍した。

 一秒ほどあとにサレがその場に落ちてきて――


「あっ」

「んっ? おっ――ちょっ!!」


 ギリウスが呆けた声をあげたと同時、着地したサレの上から巨大な竜尾が降ってきて、その身に襲い掛かっていた。

 その光景を肩越しに振り向いて見ていたアテナは、


 ――なんなのよ……!? こいつら馬鹿なの……!?


 そう思わずにはいられなかった。


◆◆◆


「や、やばいのである。ここにきてプチッとやっちゃったのである……」


 ギリウスが叩き付けた竜尾をそのままに、両手で顔を覆い、その指の隙間から恐る恐る惨状を眺めていた。

 対して、その竜尾の下からは、


「危なかった……圧死するかと思った……やめてくれよ、圧死とかさすがの俺も体験したことないから……というかそのうち本当に殺されるんじゃないかと思えてきた」

「あ、生きてたのである」


 サレが土埃にまみれながら姿を現していた。

 どうやら無事だったらしい。

 すると、


「ちっ」


 なぜかそこへ露骨な舌打ちが聞こえてきた。

 周囲、ギルド員の誰かだ。


「お、おい誰だ今の!?」

「高貴!!」

「自分でバラすんじゃねえ!! あと鳴き声みたいに変な言葉叫ばないで!! 同じギルド員として恥ずかしいから!!」


 サレの抗議の声に謎の鳴き声が返ってきて、とっさに音の出どころの方向へと振り向けば、辺りに舞い上がった土埃を手で払っているプルミエールがいた。


「それで、なによ? ふざければ勝てるの? ボケればいい感じ? ちょっと前線にツッコみ成分足りないからやっぱさっきの愚眼鏡もっかい連れてきた方がいいかしら?」

「真面目にやった結果がこれなんだが結果的にアテナが戸惑ってるからこれでもいい気がしてきた」

「決定打に欠けるわね。今こそ前に契約断られた〈ツッコミの神〉と再契約申請するべきじゃない!?」


 プルミエールが甲高い叫びをあげながら、両手を大きく開いてその場でくるくると回転した。

 それは少なくとも戦場には不必要な行動であったが、


「おい、マジでアテナが戸惑ってるんだが」


 サレが離れた位置にいるアテナを見ると、こちらに隙があるというのにまだアテナが行動を起こさないでいた。


◆◆◆


 ――攻め気がまぎれると、『分からなく』なるわね。


 アテナは混乱していた。

 〈凱旋する愚者〉のギルド員たちがサレを加えて集団戦として戦況を接合し始めてから、攻め気と緩い気がまばらに戦場に流れ始めている。

 最初から緩いのならそれはそれで良かった。

 むしろたやすく捻って終わる。

 だが、


 ――〈神を殲す眼〉の脅威は本物。神格を有した異族も本物。そんな例外たちが手を合わせている状況も本物。


 魔人の鋭い殺気も本物であったし、彼らがこちらを仕留めようとしているのも確かだった。

 だからこそ分からない。

 本当に彼らに手はないのか。

 手さぐりだからこその拙さなのか。

 実はその陰に罠を張っているのではないか。


 これだけの混成異族集団は初めてだ。

 なによりも、そこが第一の問題なのだ。

 一手一手の予測がかすかに遅れていく。

 魔人と竜の共闘に始まり、獣人や天使、さらに精霊系の術士まで。

 経験の類推適用にも限界がある。

 そして一つのミスによって当たる攻撃が『神格』に迫っているということが第二の問題だ。

 ミスが許されない。

 慎重にならざるを得ない。


「なに馬鹿なこと考えてるのかしらね。まずは動きなさいアテナ。〈闇夜の踊子〉はまだハッキリと破られたわけじゃないもの」


 あの精霊術師の水膜にさえ気を付ければそれで大丈夫だ。

 さっきのは直線的過ぎた。

 もっと曲線的に行けばいい。

 動き出してしまえば正確には見えていないのだから、あの精霊術師にも捉えられないだろう。

 さっきは攻撃をする瞬間を狙われたのだ。

 その観察眼は称賛に値するが、


「二度目はないわ」


 ついでに、


「メシュティエも気付いたみたいだしね」


 『あの精霊術師が向こうのギルドの鍵だ、押さえろ』と指示を出そうとも思ったが、神族が純人族を頼るというのもいささか許容しがたい。

 それは命令でもあるが、見方を変えれば願いにも近くなる。

 些細だがそれは許したくない。

 ともあれ、メシュティエが自発的にあの精霊術師に戦力を集中させて抑え込もうとしている。

 ならば、


「もう『次』はないわ」


 そうしてアテナは再び舞った。

 憑依現世といえど、だいぶ現世に留まってしまった。


 できればこれで最後に。


 そう思いながら、アテナの舞は加速し――

 その姿が空気にまぎれた。

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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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