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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第六幕 【超越:愚者は世界を翔け昇る】
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86話 「境目の非戦者」【前編】

 アテナが舞神ユーカスの不可視術式を発動させ、一直線にサレとギリウスのもとへ駆けだしたと同時に、サレとギリウスも行動を起こしていた。

 その様子をアテナはしっかりと目に焼き付け、そして、


 ――な、なによあれ。


 戸惑った。

 焦燥や驚嘆からくる戸惑いではなく、一種の嘲けりのような感情を含む戸惑いだった。


 竜族の手の上に魔人が乗っているのだ。


 一体何事かと、ほんの少しだけ身体の各部が硬直したような気もするが、


 ――子供だましね。


 すぐに平常心に戻る。

 あれは戦術でもなんでもない。

 確信し、アテナは〈戦神の剣〉を強く握ってさらに加速した。

 わずかばかり周囲を警戒し、内心に言葉を浮かべる。


 ――銀狼さえいなければ……


 あの銀狼は不可視中の自分の位置を察知する術を持っていた。

 今になってその術に予測がつく。


 ――匂いかしら。


 獣人異族の中でも狼系は特に匂いには敏感だ。

 〈闇夜の踊り子〉は五感系をさえ眩ます包括的不可視術式。

 だが、それなのに、


 ――神格の壁を超えて匂いを察知した。


 自分にとってはそれが未経験で、予測外のことだった。


 ――あと十歩。


 周りにあの銀狼の姿はない。アテナは意識を向ける先を魔人と竜に戻し、距離を測る。

 あと十歩も舞えれば剣撃の射程に入りこめる。

 アテナは確信を抱き、また一歩地面を踏みしめた。

 舞踏による踏みしめは強烈な推進力をアテナの身体に与えるが、一方でその音はひどく静かだった。


 ――あと四歩。


 舞いの跳躍染みた歩数にして三、四歩も跳べば届くというところまで進み、そして、


 ――今!


 アテナが攻撃への意気を強めた。

 瞬間。


「――っぷ!」


 不意にアテナの顔に何かがまき散らされた。

 それは冷たく、湿ったもの。

 予想外の接触にとっさにアテナは息を吹きだし、顔に掛かった何かを払おうとした。

 攻撃を中断して、魔人と竜との距離を一定に維持したまま異変の正体を確かめる。


「なに!? ……水!?」


 アテナが片腕の袖口で顔を拭くと、顔に掛かった何かはその袖口の布へとしみこんで行った。


 ――なんでこんなとこに水が。


 〈闇夜の踊子〉の歩調をなんとか維持しつつ、不意の出来事に頭を回転させる。

 水、水分なのは間違いない。

 にわか雨かとも思ったが、空は快晴。

 まばらに薄い雲は見えるが、雨雲にはなりえぬ規模のものばかりだ。

 そんなことを考えていると、


「なんなのよ!!」


 今度は眼前に、横幅十メートルほどの『水の膜』が現出した。

 一瞬の出来事だった。


 ――しまった。


 アテナはようやくその水の膜の意図に気付く。

 〈闇夜の踊子〉は不可視の術式ではあれど、決して存在そのものを消す術式ではない。

 この『水の膜』に触れれば、触れた部分だけ水は身体に纏わりつく。

 同時に、静謐に広がっている水の膜が割れたり揺れ動いたりすれば、その一瞬だけ――


 ――私の居場所がばれてしまう。


 この水膜の狙いはそこだ。

 だが、


 ――止まれない。


 一度目でおおよその位置を見極め、その察知をもとに二度目の水膜を仕掛けたのだろう。


 ――誰が、これを仕掛けたの。


 アテナが術者を見極めようと首を振った時、露骨に目があった人物がいた。


「――あの精霊術士……!!」


 不可視の術式を発動しているというのに、その人物はこちらを見ていた。

 どこにいるのか見当をつけている目。

 恐ろしいまでの把握能力でアテナの場所を察知していた者。


 〈凱旋する愚者〉の戦列後方にて凄まじいまでの技量で戦況を調整していた〈マリア〉だった。


 アテナが内心でマリアへの警戒度をあげたところで、その身体が前方の水膜を突っ切る。

 パシャ、と水が弾ける音が鳴って――

 同時。

 今度は十数メートル先で謎の体勢を保っていた竜族と魔人の視線がアテナを射抜いた。

 水膜の変化によって居場所を察知したのだ。


「ちゃんと狙えよ、ギリウス!! あと死なないようにしてね!! 前ほんと死にかけたからね!!」

「任せるのである!! 必殺――」


 直後、竜族が凄まじい速さで身体を捻転させ、魔人を乗せている方の手を大きく振りかぶった。

 そして――


「〈サレ砲〉……!!」


 まるで球か何かのように、手に乗っていた魔人を思い切りぶん投げた。


◆◆◆


 ――ば、馬鹿じゃないの!?


 アテナはサレが砲弾としてこちらに向かって投擲されたのを見た瞬間、素直にそんな言葉を思い浮かべた。

 だが、そんなことを考えている間にも凄まじい速さで魔人の身体がこちらに向かってくる。


 ――避け……


 舞いの歩調を維持したままでは無理だ。戦闘理性がそれを知らせる。

 それを察したアテナは、即座に判断を切り替え、全力で真横へ飛び退いた。

 不可視術式は途切れ、舞神の加護である累積加速も零になるが、


 ――ぶつかればそれどころじゃないわよ!


 空中を砲弾のように飛びながら、かつ少し涙目になりながらこちらに向かってくる魔人は、かろうじて空中で蹴りを放つような体勢を取っている。

 その魔人の飛翔速度と予想外の攻撃方法に、アテナの経験は虚を突かれた。


 ――だからって。


「あんたにはもう黒翼がないんだから、着地したあとの推進力はないわよね!!」


 まだ間に合う。避けてしまえばこちらのものだ。

 もう魔人には黒翼がない。

 避けてさえしまえば、それを追って止めを刺せる。

 確信し、アテナは身体を可能な限り反らした。


「――っ!」


 直後、砲弾のように迫ってきた魔人の脚撃が、アテナの顔面すれすれを過ぎ去って行く。

 当たらなかったのだ。


 ――もらった……!


 アテナは過ぎ去って行ったサレを視線で追った。

 やるならば先に魔人だ。

 魔力枯渇で弱った魔人単体ならば決着も早い。

 内心にかすかな勝利の匂いを感じ取ったアテナだったが、サレが着地するであろうあたりに視線を追いつかせた時、勝利への歓喜とはまるで逆の印象を抱いた。


 そこには大きく手を伸ばして、魔人が同じようにして伸ばした手を掴もうとしている着物姿の女の姿があった。


 ――誰よ。


 白い髪、獣類の耳と尻尾。縦長の瞳孔。

 まるで白い猫のようだ。

 否、それより、


「何するつもりよ!」

「――んなの投げるに決まってんだろオ!!」


 女が高揚した叫びをあげ、サレの手を掴んだ。

 同時、その女は恐るべき膂力を発揮してサレの身体に掛かっていた勢いを受け止め、さらに身体を回転させながら、遠心力を使って再びサレをアテナの方向に『放り投げた』。


「くっそ!! いてえな!! 俺にここまでさせたんだからちゃんとやれよ!? サターナッ!!」

「あとで猫じゃらしで遊んであげるからね!! クシナ!!」

「そのまま死ねえええええええええ!!」


 そして再びアテナの方向へと魔人という名の砲弾が飛んできた。


◆◆◆


「なんだ? 何が起こってる」


 メシュティエが状況の変化に気付いた時には、すでに〈凱旋する愚者〉は動きを開始していた。

 メシュティエが感じた違和は数瞬をおいて確かな形を為す。


「替わっていっているな」


 周囲の敵勢――〈凱旋する愚者〉のギルド員たちの顔ぶれが徐々に変化していっているのだ。

 何人かがいなくなり、しかしその穴を補てんするかのように別の顔がそこへ現れる。

 最大人数が変わらない以上は、別の個所にまた穴が生まれているのだろうが、


 ――新たな穴の場所が分からない。こちらにも余裕がなくなってきているということか。


 それに加えて言うならば、


「ここにきて士気を上げるか……嫌な相手だ」


 かわるがわる目の前に現れては武器を振るってくる敵勢ギルド員たちの熱量が、明らかに増大している。

 鬼気迫る勢いだ。

 おそらく『最後の力』を振り絞ってきたのだろう。


「戦況を『接合』させてきたようだが、果たしてそれは良き手なのか」

「良いも悪いも、それが俺たちの『副長』の判断なんだよ。俺たちが選んだ副長の言葉なんだ、だったらそれに従うまでだろ!!」


 メシュティエの前方に新しく姿を現した〈凱旋する愚者〉のギルド員が、顔に勝利への意志を浮かべて武器を振り上げていた。


◆◆◆


「やっぱ皇剣がないとリーチが足りないな!!」


 クシナによる二度目の〈サレ砲〉攻撃は、そのサレの蹴りがわずかにアテナの盾をかするにとどまった。

 サレの抱いたやりづらさは、いつも片手にあるイルドゥーエ皇剣がないことに起因しており

 ――どこまで飛んだのかな。


 アテナとの近接攻防の時に吹き飛ばされたの最後に、皇剣の姿を見ていない。

 そこまで遠くには飛んでいないはずだ、と思いながら、サレは迫ってきた地面に両足をついてガリガリと勢いを殺しながら滑って行った。

 猛烈な勢いがようやく止まったころには、


「結構飛ばされたみたいだね。人虎の怪力って結構すごいな」


 だいぶアテナから離れた位置にいた。

 クシナと繋いだ方の左腕が内部でミシリと悲鳴をあげている。

 お互いの膂力を総動員した遠心力投擲だったが、最初のギリウスの投擲の勢いが凄まじかった影響で、それを受け止めたクシナとサレの腕にも相当の負担がかかっていた。

 正直ちぎれないか多少不安になったものだが――


「――クシナも大丈夫か。良かった」


 遠くで着物を揺らしているクシナの腕はまだくっついていた。

 見定めた直後、彼女は再び身を弾かせてギルド間の激戦部へと姿を消していく。

 サレはその姿を見送ったあと、自分の足元に二つの人型の影が映ったのに気付いて、語りかけるかのように言葉を紡いだ。


「即興の連携にしてはまずまずだよね?」


 一つは六枚の翼がついた影で、もう一つはその翼のついた影に抱きかかえられるようにしている影だ。


「だめね、高貴じゃないわ? ちゃんと仕留めなさいよ」

「まったくだね、僕にまで苦労をかけるようじゃまだまださ」


 プルミエールと、彼女に抱きかかえられたメイトだった。


「ちょっと、愚眼鏡、あんた偉そうなこというなら私から降りてからにしなさいよ」

「しょうがないじゃないか! 僕走るの苦手だし! アリスの護衛してたからここまで来るの結構遠いんだよ!?」

「というかなんであんたがこんなとこまで来る必要があるのよ。あんたが拾った愚魔人の剣なら私が届ければいいだけじゃない」

「それだけじゃ不十分なの。いいから、今はあんまり余裕ないんだからたまには僕の言うことも聞いてよ」


 何事かと思いながら、サレはプルミエールの腕から降りるメイトを見ていた。

 ギルドの男性陣の中でも比較的小柄で細身なメイトでなければ、プルミエールに抱きかかえられての移動はできなかっただろう。

 ともあれ、そんな肉弾戦向きでない身体のメイトがなぜこんな位置にまで来たのかを問いかけようとしたが、


「今は僕の言うとおりに、ね? ほら、アテナがまた姿を消さないようにギリウスが頑張って肉弾戦してくれてるから」


 メイトに促されて見れば、ギリウスがアテナとやり合っている姿が見える。

 あまり長くは持ちそうにない。

 確信し、サレはメイトの方に向き直った。


「わかった。どうすればいい?」


 サレがうなずきを見せると、メイトは微笑を浮かべたあとでその片手に持っていた〈イルドゥーエ皇剣〉をサレの手に握らせた。


「たまたまこっちまで飛んできたから拾っておいたよ。正直脳天に突き刺さりそうだったからかなり冷や汗流したけど。上から剣が落ちてくるって恐怖以外のなにものでもないよね」

「お、助かったよ、メイト。やっぱり皇剣がないとやりづらくてね」

「それと――」


 すると、メイトはさらに続けて行動を起こした。

 皇剣を握らせたサレの手を、さらに上から握り、もう片方の手で、


「プルミ、ちょっと来て」


 プルミエールを招きよせ、


「何よ」


 プルミエールを手招きする。

 そうして近づいてきたプルミエールの手を、逆の手に握った。

 サレとプルミエールをつなぐ鎖のような状態を維持したまま、メイトがおもむろに目を閉じる。

 そして、


「まだ天力はあるよね」

「あるけど、どうするの?」

「じゃあちょっとその体内の天力燃料の蓋を開けといて。使わせてもらうから、プルミの術式燃料」


 そう言いながら、メイトが目を開いた。

 明らかなメイトの異変はその時に二人の視界に映った。


 両目を開いたメイトの額に、『もう一つの眼』が現れたのだ。


 『三つ目の眼』。

 それは淡い紫の虹彩を宿した瞳をしていて、さらにその瞳には『術式紋様』が浮き出ていた。


「あんた……それ……」

「驚いた? ――僕は〈三眼族(トライ・リュミエール)〉でね。まあ、異族の中でも種族ではなく『部族』と形容した方がいい異族だけど。ともかく、そんな僕の三眼は〈読み解く眼(ソル・シウル)〉っていって、術式解析に特化した魔眼術式を宿してる。僕の眼は事象として発動された術式現象さえ見れば、その内部の構成術式を認識できるようになってるんだ。だから、サレの術式の構成も何度か見てきた」

「つまりなんなのよ?」

「そう、結局見えたところでなんなの、って話だけど――僕はこれでも勉強家でね。この忌々しい眼を使うためにいろいろ勉強してたら、いつの間にかもっと忌々しい能力が開花しちゃったんだ。――こんな力だよ」


 すると、メイトはサレの手とプルミエールの手を握る手に力を込めた。

 そして、


「薙ぎ払え――〈改型・切り裂く者(カリバーン)〉」


 メイトの口が、そんな言葉を紡いだ。

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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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