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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第六幕 【超越:愚者は世界を翔け昇る】
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85話 「凱旋への道筋」【後編】

「怒られちゃったよ……やべえ、あんなに怒ったアリス初めてだ……あっちに帰りたくなくなってきた……」


 アリスの聞いたこともないような大声が耳に入って、サレは頭を抱えたくなった。


◆◆◆


「すいません、また興奮しました。サレさんは人を興奮させる手練れですね」


 アリスは再び大きく息を吐いた。


「もしかして、それを他のギルド員の皆さんにも伝えていたんですか?」

「あ、ああ、トウカと、マリアと、クシナと……あと走ってきた道なりにいた奴らにな」

「じゃあそろそろ私以外の怒号があがるころですね」


 アリスが言うと、まるでそれが合図となったかのごとく――


◆◆◆


「我がまま……? ――言えよ!!」

「――言いなさい!!」

「――言えばよかろ!!」


 辺りから一斉に怒号が飛んだ。

 それらはすべてサレに対して飛んでいて。

 声が重なり、まるで透明の矢の如く、空を突き進んでいった。


◆◆◆


 ――確かにわらわたちはぬしに戦神を任せた。


 不甲斐なくも劣勢の状態では、そうでもしなければ戦景旅団と五分になれなかったから。

 だけど、


「ぬしの助力まで断った覚えはないぞ!!」


 それに、


「自分の怪我や傷くらい――」


 それがたとえ自分の『死』だったとしても――


「――自分で責任とるわ!!」


 トウカの叫びが、ギルド員の胸中の叫びに重なった。


◆◆◆


 離れた位置にまでその声と動きは確かに伝わり、サレは思わず苦笑を作っていた。


 ――そりゃそうだ。わざわざ言うことでもないよな。逆に怒られそうだ。


 もう一度苦笑を深くして、しかし、その後ですぐにサレは表情を高揚気味の笑みに変えた。

 そして彼女たちの声に返すように、大きく息を吸って、声を張り上げた。


 ――じゃあ、


「『合わせろよ』ッ!! お前ら!!」


 サレの叫びが響き渡った。

 返ってきた返事は、


「『任せろよ』ッ!! 馬鹿副長!!」


 皆の威勢に彩られていた。


◆◆◆


 サレは叫んだと同時に、ついに魔力が尽きて、ハッタリに展開していた〈黒砲〉の円形術式陣を解いた。

 使用しているだけで自らの魔力をもろごと引っ張っていく〈黒炎〉は――もう使えない。

 ゆえに、サレは黒炎術式も解き、右半身の封印術式内に黒炎を押し戻した。

 これで使える武器は限られた。

 倦怠感の宿った肉体と、固有燃料によって発動する固有術式――つまり〈神を殲す眼(ラグナ・イストーラ)〉だけだ。

 〈神を殲す眼〉の方も〈血の涙〉の関係上多用はできまい。

 だが、それでも――


 サレの表情は勝気に満ち溢れていた。


◆◆◆


 黒炎の術式が解かれたことを確認したアテナは、一瞬強く勝利を確信したが、そのサレの表情を見て再び警戒を強くした。


「胴体ぶった切っても立ち上がってわけわかんない攻撃してくるくらいだからね」


 まだ油断はできない。

 この魔人には『可能性』がある。

 アテナはそう思いながら、右手の剣と左手の盾を構え直した。


「どこからでもいいわ」


 アテナはあくまで守備に徹した。

 それを見たサレは、アテナの視線を釘付けにするかのように、わざとらしく人差し指をあげて言葉を紡いだ。


「確かに武の本質は守りにこそある、って前に魔人族の爺さんたちが言ってたし、戦神の戦闘の『最適化』という性質を考えると相手の動きに反応してから動いた方が確実性があるんだろうけどさ」


 言いつつ、さらに続ける。


「結局俺は守ることの大切さも学んだけど、一番学んだのは――どうせやられるってわかってるなら『やられる前にやれ』ってことなんだよね」

「だから何よ」

「俺にはもう黒炎術式も、歴代魔人皇の術式の再現もできないから手はないだろうと思ってるんだろうけど、絶対に戦神アテナが経験したことのない攻撃方法がまだあるんだよ」


 だから、


「教えに則って、それを今から見せてやろう」

「何を――」


 サレがそう言った瞬間、アテナの足元を『大きな影』が覆った。

 それは人によって作られるような大きさの影ではなかった。

 明らかに大きい。大きすぎる。

 今この場でこの大きさの影を作れる生物はいない。


「あっ――」


 いや、『いた』。

 アテナはハッとして、サレから視線を切って首を真横へと向ける。

 そして気付いた。

 視線の先に『倒れていたはず』の生物が、いつの間にか消えていた。


 あの『黒竜』がいなかったのだ。


 同時。

 背筋を嫌な悪寒が走る。


「い、いつの間に回復したのよッ!!」


 アテナは思い切り後方を振り返って、その影を作っている存在を間近に見た。


「今に決まっているであろう!! 我輩は不滅である!! クハハ!!」


 黒い鱗の竜が、その豪腕を振りかぶっていた。


◆◆◆


 アテナが振り返った瞬間には、すでにギリウスは筋肉の隆起した豪腕を打ち抜く体勢に移行していた。

 直後、拳が放たれる。

 アテナがギリウスに気付いて下がろうとするより速く、暴風を引き連れた凄まじい速度の右フックがアテナの側面に抉り込み――


 直撃した。


 アテナが左に戦神の盾を構えていたため、振り向きの直後のギリウスの右フックは盾に直撃する。

 だが、竜神形態から繰り出された右フックは盾に防がれてなお威力を失わず、アテナの身体をもろとも浮かし――


「派手に行くのであるよぉ!!」


 そのまま数十メートルの距離を軽々と吹き飛ばした。

 アテナの身体が空中でぐるんぐるんと回転しながら吹き飛んでいく。

 そんな光景を眺めながら、


「うっわあ……」


 サレがヒき気味の声をあげていた。


「クハ、クハハ!!」


 当のギリウスは口から紅炎を漏らしながら笑い声をあげていて。


「俺せっかくさ、格好つけて『それを今から見せてやろう』とかいったけどさ、ギリウスがハイになりすぎて、ヒャッハーした竜族がただ思いっきり殴っただけの絵図になっちゃったじゃん」

「ぬ、もうちょっとひねった方が良かったであるか? 我輩ひねるパンチとかそんなレパートリー多くないのであるが……」

「いやそういうことじゃなくてだな……」


◆◆◆


 ――考慮しておくべきだった。竜族の異常な生態能力を。


 アテナは地面に数度激突し、あまりの勢いでバウンドするかのように数十メートルを軽く吹き飛び、ようやく地面に着地することができた。


「〈戦神の盾(イージス)〉がなかったらと思うと……」


 寒気がする。

 吹き飛んで地面に激突した衝撃は〈鎧神ライラス〉の防護膜でほぼ吸収しきったが、あの竜族に直接殴られていたらどうなっていたかわからない。

 なんといっても、


「あの黒竜族の両腕も『神格』を有したんだったわね」


 遠くに映る黒竜の両腕には微かに固有燃料らしき深紅の光の(ほとばし)りが見える。

 発動当初よりは弱まっているところを見ると、消耗が激しいらしい。

 ともあれ、


「あの傷から回復してくるなんて……」


 魔人も、竜も、


「どうかしてるわ……」


 異族の中でも別格と称される二つの種族の末裔が、遠くで楽しげに談笑しているのを見て、アテナは思わず重い息を吐いた。


「確かに、昔ならありえなかった光景よ……魔人族と竜族が共闘してるなんて」


 強すぎる個性は相容れない。

 魔人は純人との同盟を一時的に組んだことのある種族ゆえ、まったく協調性がないとは言えないが、竜族は別だ。

 竜族は生態系最高種との呼び声も高く、優れた知能と圧倒的な力を持ち、そして独自の矜持を貫いていた。

 世界の観察者としての側面が強いため、あまり他の異族と関わりあいはしなかったはずだ。


 ――関わる意味もないものね。


 他の種族の助けなどまず必要としない。

 極端なことを言えば、竜族は気分で一種族を滅ぼせたし、気分で国家を壊滅させることもできた。

 竜族にとってはだいたいの他種族などそんな程度のものだ。

 唯一まともに対抗できそうだったのが〈魔人族〉だった。

 だが、お互いにわざわざ争う意味がなかったし、また、争いの種をまかないようにお互いに距離をおいていた節がある。

 間違ってでも種をまいてしまえば、互いに矜持を貫く姿勢が強いうえ、力量も並外れているので必ず甚大な被害が出ると理解していたからだ。

 それが今代になってどういうわけか和気あいあいと談笑している。


「悪夢みたいな時代だわ……」


 アテナは天を一度だけ仰ぎ、仕方なしと言わんばかりに前を向いて、二人のもとへの歩を進めた。


◆◆◆


「さて、じゃあアテナが戻ってくる前に状況を説明します」

「うむ」

「まず、俺はもう魔力がほぼないので魔術が使えません」

「うむ……」

「なので黒炎も使えません」

「う、うむ」

「あと魔力の枯渇のせいで身体も重いです」

「う、ううむ……」

「アテナの神格を突破できそうなのは〈神を殲す眼(ラグナ・イストーラ)〉だけです」

「な、なんとお……」

「ギリウスは?」

「我輩も竜神形態こそまだ取れているが、両腕の神格化はほぼ無理であるな。さっきのでだいぶ使い切った感があるのであるよ。あの〈戦景旅団〉の純人女が強くて手こずったのである。あんな純人の女もいるのであるなぁ」

「しみじみするのもいいけどさ、ほら、アテナ起き上がってこっち来てるから」


 サレは遠くで起き上がってあと、ややあってこちらへ戻って来はじめたアテナを指差した。

 ついで、アテナが戻ってくる前に周囲をぐるりと見渡す。

 視界に映るのは両勢力のギルド員たちだ。


「〈戦景旅団〉の方は――結構粘ってるな。さすがに強い。遠距離の弾幕こそ減ったけど重装兵や術式兵たちの錬度の高さはさすがだ。メシュティエとやらももう神格術式はあんまり使ってないようだけど、体術だけでトウカと張り合ってやがる。――あれホントに純人かよ」


 サレは呆れたように言うが、すぐさま襟を正して表情を引き締めた。


「メシュティエをやるか、アテナをやるか」

「どっちもであるよ。どちらが残っても、言い逃れの種になる。これだけ拮抗していればなおさら。ジュリアスの不安の種になり得ないとも限らないのである。もちろんそんなことはしないと思うのも確かであるが、いずれにせよ、我輩もここまできたら徹底的にやらねば気が済まないのであるよ?」

「ギリウスにしては珍しく好戦的だね」

「『土』をつけられたのでな。一応、竜王としての誇りを取り戻しておく必要があるのである。もし放っておいたらいつか死んだあとにでも父や同族たちに小言をいわれそうで……」

「ああ……俺もそれはわかるよ……」


 ――俺はすでに小言を再現しそうなやつが右腕にいるけど。


「じゃあ、どっちもだ。ジュリアスも向こうで厄介そうなの相手にしてるみたいだし、ジュリアスが早まって例の神格術式ぶっ放す前に――行こう」

「であるな」


 サレとギリウスが同時にアテナを見据えた。


◆◆◆


「ユーカス、まだいけるわね」

【いけます、姉様。でもあんまり使い過ぎると芸能系神族に小言を言われますよ?】


 「うるさいわね」とアテナは虚空へと声を放った。

 アテナが見上げる先には神界門が一つ。

 わずかに開いているその門の隙間に、ひっそりとアテナの方を穿つ眼があった。

 アテナがついた悪態に対して、その眼はうるうると揺れだし、


【だ、だって、私本当はあっちの領分の神族なんですよ!? それを姉様が無理やり『あんたの舞は戦に転用できそうね』って言って戦神の領分にも半分引きこんだんですよ!? 当然芸能系神族に良い顔されませんよ!! ただでさえ姉様はどっちが先に生まれたかで芸能系主神と争ってたのに……】

「べつに本気で争ってるわけじゃないのよ? ただちょっとお互いにそりが合わないから、悪態をつくことで交流を図ってるのよ。言葉じゃなくて悪態で会話するのよ? 先進的でしょ? まあたまに手が出ることもあるけど、愛嬌よ、愛嬌」

【言ってることめちゃくちゃですからね!?】

「あーもう、分かったから、あっち側にはあとで私から言っておくから、今は戦神の領分で力を貸しなさい」

【ただでさえ二つの領分で神格者のバランスとらなきゃいけないから忙しいのに……超過分はちゃんと対価払ってくださいね】


 そういったのを最後に神界の門はぴたりと閉まり、空中から輪郭すら消えてしまった。


 ――悪いわね。でも、結構この状況ピンチなのよ。


 個人的にも、


「――神族的にもね」


 だから、


「私だけの問題じゃなくなってきてるのよ」


 そうつぶやいて、アテナは舞を踏み始めた。

 走行から跳躍へと移り、跳躍を特定の舞の歩調に調律し、一つの曲とする。

 演舞。

 戦の昇華は、『演武』。

 足で地面を踏み鳴らすたびに、その足の下で術式陣が展開される。

 その白発光する術式陣は地面を踏めば踏むほど濃くなり、鮮やかになり、そしてある一定の鮮やかさを呈したあとに、


「〈闇夜の踊子(イース・アルサラス)〉」


 不可視の演舞術式として発動された。

 アテナは自分の身体が空気に紛れるかのように透明になっていくのを演舞の中で確認し、次にその視線を二人の異族へと向ける。

 魔人が言った言葉を反芻しながら、アテナは胸中で言った。


 ――さあ、言うからには見せてみなさい。


「あんたの言う『可能性』を!」


 そしてアテナの身体が前方へと加速した。

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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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