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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第六幕 【超越:愚者は世界を翔け昇る】
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83話 「歴代皇帝の記憶」【後編】

 アテナがその剣舞の間隙を縫う方策を考えているうちに――


 ついに魔人は立ち上がった。


 ゆらりと多少フラつきながらも、しっかりと大地に二本の足をつけて自らの力で立っている。


「サ、サレ……?」

「大丈夫だよ、シオニー」


 サレの傍らで泣き崩れていたシオニーが、立ち上がったサレを信じられないといった目で見た。

 サレは彼女の視線に微笑を返し、安心させるようにその銀の髪を優しく撫でた。


「胴体真っ二つになりかけだったのに大丈夫とか、説得力ないわね」


 立ち上がったサレに気付いたアテナは、内心に冷たいものを感じながらもどうにか皮肉を飛ばす。


 ――落ち着きなさい、アテナ。あなたは戦神なのよ。


 我ながらおかしいと思いながらも、アテナは自分を鼓舞した。

 それが神族らしからぬ感情の機微であることを理解しながらも、異様な雰囲気をたたえて立ち上がった魔人族を見てしまっては仕方のないことだとも思えた。


「黒剣まで使えるようだけど、それだけじゃ私は倒れないわ」

「攻めあぐねていたけど?」

「観察していただけよ」

「強情だなぁ」

「事実、イゾルデとやりあった時、彼女は黒剣で私を殺せなかったわ。だから、あんたが黒剣まで使えるとしても有効打には――」

「そうかもね。戦神が言うならそうかもしれない」


 サレは言いながら、手首や足首を回して、まるで準備運動でもするかのごとく体勢を整え始めていた。

 八本の黒剣はサレの背部に翼のように左右対称に四本ずつ広がっている。


「これは確かに二代目魔人皇イゾルデの黒炎術式だし、挙動も訳あって限りなく本物に近い。だから本物との戦闘経験があるなら、黒剣じゃ有効打は与えられないかもしれない。でも――」


 サレが回していた手首や足首の動きを止め、まっすぐにアテナを見た。


「――黒剣以外だったら、どうだろうね」


 そして、サレの背部に滞空していた剣が一瞬でただの黒炎に戻り、戻ったかと思うと今度はサレの右手に収束した。


 ――黒剣を解いた?


 アテナはサレの意図が読めなかった。

 だが続いて起こった黒炎の変化を見て、心臓が高鳴った。


「『優雅たれ』」


 短い言葉。

 その後に、突如としてサレの右手に収束していた黒炎が『形態』を変えた。

 それは炎ではなくなった。

 バチリ、と明確な雷音がその場に響いた。

 黒炎が炎としての形態を捨て、バチバチと弾け散る『雷電』のように変化したのにアテナが気付いた時には、サレはその右手を天に向けて開き掲げていた。


「何を――」

「自然の如く、優雅たれ――〈黒雷〉」


 瞬間、掲げていたサレの手から『黒い雷電』が迸り、一瞬で空にあがった。

 何が起こるのかとアテナが黒い雷電の行先を見、空を仰ぎ見た時には――

 その場に無数の黒い落雷が轟音と共に迸っていた。


◆◆◆


【――優雅だ。自然の、特に天候の機微こそ最も優雅なものだ。生物の手が加えられることがない現象こそ優雅なのだ。わかるか、我が末子よ】


 ――俺にはまだ早いようです。まったくわかりません。


 サレは黒炎――今は黒雷――が再生する〈五代目魔人皇〉の言葉に内心で返答しながら、眼前に起こる惨状を他人事のように眺めていた。

 頭上数十メートルほどのあたりに黒いもやが雲のように渦巻いている。

 そこからまばらな間隔で、しかし高速の連打にて、黒い雷が落ちてきている。

 落下地点はほぼ無差別のようで、いまだにアテナに直撃こそしていないが、あまりの数と凄まじい速度ゆえ、一歩もその場から動けないようだった。


【なに、あと百年も生きればわかるようになるだろう。お前はこの我の末子だ、心配するな】


 ――あの、これ狙って当てたりできないんですか? 五代目様。


【人の意志が介入したのでは自然の優雅さが薄れるではないか!! 馬鹿を言うな!! 私の終生の鑑賞用落雷も兼ねている術式だぞ!! 心苦しいながらも初代様の『炎』という形態に涙を流しながら手を加え、やっとのことで『雷』への変容を果たしたのだぞ!! 我の努力がお前にわかるか!?】


 ――本人じゃないって分かってるつもりだけど、ここまで迫真な演技を見せつけられると、すごく細かく再現しているんだろうなぁ、とは思う。

 あと少しプルミエールに似ている気がする。謎のこだわりに全身全霊生涯をかけている辺りが特に。


【ン、まあよい、戦闘用に使いたいのなら雷を誘導しろ。誘導電流を魔術で作って着弾点を設置するのだ。たやすかろう?】


 ――簡単に言いますが、できませんよそんなこと。


【……不器用だな。ちょちょいのちょいではないか】

「……あなたたちみたいな規格外と一緒にしないでください」


 サレは黒雷がアテナの周囲に振り続けているのをげんなりした様子で見ながら、声に出して言った。


【ふむ、ならば我の〈黒雷〉は(いささ)か扱いづらいか。よろしい、お前の魔力燃料もだいぶ減ってきたゆえ、もっとわかりやすい術式を使う者に代わろう。――あと、忘れるなよ。術式を使うのは我たちではない、あくまでお前自身だ。補助はしてやるが、術者が自分であることを忘れるな】


 ――分かってます。さっきから頭がズキズキしますからね。


 頭の中に術式図が流れ込んできているかのような印象をサレは受けていた。

 それに自らの思考反射で対応しながら、即席で術式を処理している。

 このやり方は頭に『響く』のだ。


【本当ならばもっと時間をかけて習得すべきところを、今はやむなし、やや無理やりに発動させている。その『思考の瞬発力』は褒めてやるが、お前の術式能力は我たちと比べるとひよっこだ。精進するのだぞ】

 

 そんな言葉を置いて、五代目魔人皇の意思はどこかへ消えた。

 同時。

 目の前に降り注いでいた黒雷がその言葉のあとに止まり、再びサレの右腕に収束する。

 頭上で渦巻いていた黒いもやも、同じようにして右腕に収束していった。

 黒雷が降りやんだあとには、アテナの立っていた地面の周囲には無数の『穴』ができていた。


「雷で土の地面に穴開けるってどういう原理なのよ……!!」


 ――確かに。絶対普通の雷じゃないな、アレ。

 黒炎からの『次の声』を待ちながら、アテナのつぶやきにサレも同意した。


◆◆◆


「なんだかおっかないことし始めたわね」


 プルミエールは立ち上がったサレと、そのサレが起こした黒い雷の連撃を見て真顔で言葉を紡いでいた。

 プルミエールは現在上空を飛翔しながら、有り余る天力燃料を使って天術式〈日輪落とし(エーデルレイン)〉を戦景旅団に向けて打っている最中だった。

 ギリウスに対してほぼ全ての実体矢を使ったために、戦景旅団の遠距離装兵の弾幕が薄くなったのが、ここにきての上空飛翔の助けとなった。

 ようやく自らの力で空に昇ることができたところだが、


「よそみしない!」

「はいはい」


 そんなプルミエールの耳に叱りつけるかのような凛とした声が響き、さらにその身体を『風』が打ち付けた。

 プルミエールはその風に従うようにして空を羽ばたく。

 すると、一秒程度時間をおいて、先ほど滞空していた場所を白い矢が高速で突っ切っていった。

 戦景旅団の弓兵の一人が、プルミエールに向けてアルテミスの神格矢を放っていたのだ。


「助かったわ、マリア」


 まるでプルミエールの飛翔を補助するかのように、そして襲い来る攻撃に対して的確な移動指示をするかのように、プルミエールの身体に『風』が吹き付ける。


「精霊術式にも限界はあるんだから、過信してはだめよ」

「精霊術式だから過信してるんじゃないわ? 術者がマリアだから過信してるの。マリアがしくじることなんてまずなさそうだもの」

「褒めても何もでないわよ。ほら、プルミ一人に構ってるわけにはいかないんだから、ちゃんと反撃しなさい」


 その風を起こしている張本人は、〈凱旋する愚者〉の戦列の後尾にいたマリアだった。

 現状、プルミエールを含めた空戦班員は、遠距離の弾幕が減ったために大抵が空にあがって高所から効果的な連続攻撃を仕掛けているが、その空へあがっている者たちの補助をしているのがマリアだった。

 風による飛翔補助自体は、自然に潜む精霊を扱える精霊術士ならば特に驚くところでもないが、問題なのはその『規模』だった。


「だって、マリア一人で空戦班全員の飛翔補助してるでしょ? しかも喋って指示もしながら。――私、真面目にあなたのことは愚かとは呼べないわ? 相対的に私の方が高貴なのは間違いないけど、今のあなたもだいぶ高貴よ? というか私でもちょっとヒくわ? いや私のが高貴だけどね?」

「もう! うるさいわね!」


 マリアは空戦班から陸戦班まで、最前線に出ているギルド員たちの戦況をすべて把握しながら、それぞれに的確な移動補助と指示を送っていた。

 空に浮かぶ有翼系のギルド員にはプルミエールにしているように『風精』を使った補助と指示を送り、陸戦班には防御補助として『地精』を使って土壁を作り、敵の攻撃を防いでいた。

 およそ三十人。すべてに対する補助を行っているのだ。

 この際、特筆すべきは精霊術士としての力ではなく、


「おそるべき状況把握能力じゃなぁ……」

「無駄口叩かない!」

「お、おお、すまんの!」


 トウカが評し、しかし言葉にした途端にマリアの叱責が飛んできて、彼女は再び大人しく戦闘に集中した。

 離れた位置で瞬きをほとんどせずに戦況を眺めているマリアは、時折小声で精霊たちに指示を飛ばしながら、胸中ではイリアの言葉を思い出していた。


 ――ちゃんと見てるわよ。皆のこと、ちゃんと見えてるから。


 マリアがばらばらだったギルド員たちの戦闘状況を、その凄まじいまでの『技量』で強引に結合させようとしていた。

 たった一人の調整者(バランサー)によって、〈凱旋する愚者(イデア・ロード)〉がまともな集団戦をこなそうとしていた。


◆◆◆


「今のは五代目魔人皇の黒炎術式なんだけど、その様子だと初めて体験したみたいだね?」

「……」


 アテナは一歩も動けなかった。

 セシリアの身体を気遣ってという理由もまったくないわけではなかったが――


 ――私は避けられたかしら。


 仮に身体をいとわずに前進して、果たして雷速で無数に落ちてくる落雷を避けることなどできただろうか。

 直撃を食らっても、展開している〈戦神の盾(イージス)〉の周辺防護と、〈鎧神ライラス〉の防護膜によって即死とはならなかっただろうが、


 ――思ったよりも格が高いわね。


 術式の格が上がっている。

 先ほどの近接攻防時に一気に跳ね上がった黒炎の術式格。

 莫大な魔力が奔流としてあふれ出したのと同時に、術式の格がさらに上がった。

 予想外の跳ね上がり方だ。

 格に関しては初代魔人皇の術式と遜色ない。


「そうね、初めてだわ」


 ――二代目魔人皇と剣を交えて以降、私は神界にこもったからね。


 胸中で思いながら、しかし、アテナはこれ以上情報を与えまいとそのことは黙っておいた。


「――不思議なもんだ」


 続けてサレが言葉を紡ぐのを、アテナは次の策を考えながらなんともなく聞いていた。


「神族ってのは純人族や異族よりも上位の存在だって認識らしいけどさ。神界じゃなくてこの世界、つまり現界での体験や、経験――そうだな、もっと厳密に言うと、純人や異族との経験によって戦神の力量の限界が構成されるって、なんか不思議だと思わないか? 確かに戦神は常に臨界点として存在するかもしれないけど、結局純人や異族との干渉なしじゃその上へはいけないんだろ?」


 しかも、


「今まで神界にこもってたんじゃ、実際に今の世界の中で戦神が臨界点にいるとは限らないよね」


 言われ、アテナは少し苛立ちを露わにしながら答えた。


「しょうがないじゃない。私より上の神族がそうしろって言ったんだから。それにちょっとの間神界にこもってたって、過去に現界にいた時の経験とか、たまに神格者がもたらしてくれる微細な経験は積もっていってるわ。純人や異族ごときに私が負けるなんて――」


 ――違う。


 『図星』だ。


 ――だから私は魔人族を恐れたのよ。


 あんたたち魔人族はいつだって既成の枠を壊そうとする。

 貪欲な探究者。

 超えようとする者。

 神族ですら彼らにとってはただの他種族という括りに収まっている。

 だから神族をすら恐れずに、決して媚びることすらない。


 ――私は恐れたのよ。魔人族の可能性を。


 その中でも特に、原点にして頂点に君臨していた〈初代魔人皇テオドール〉を。


 だから、


 ――測ろうとした。


 久々に出会ったテオドールに似た魔人を相手に、今の魔人がどれほど成長し、どれほどの位置にいるのか。

 そしてその力を徐々に引き出し、さらに自分の『経験』にしようとした。

 徐々に引きだせば、仮にこの魔人が驚異的な実力者でも戦神として対応できる。

 戦神は経験によってたやすく成長するのだから、相手が自分より上位の実力者でも、最終的には同水準の実力まで戦神は引き上げられる。


 ――だから、試したのよ。


 あわよくば、神界にこもっている間に現れた、現界の新しい経験をより近くで『吸収』しようと。


 アテナが自らの思いを自覚した時、サレの方から言葉が飛んでいた。

 こんな言葉だった。


「『逆』だろ。これじゃあ神族の助力によって現界の種族が緩やかに発展するんじゃなくて、現界の種族によって神族が成長しているみたいじゃないか」

「…………え?」


 唐突に投げかけられたサレの言葉に、アテナの思考が一瞬止まった。

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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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