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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第六幕 【超越:愚者は世界を翔け昇る】
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77話 「神域の王子」

 唐突に始まった魔人と戦神の攻防は、その場にいた者たちの視線を釘付けにした。

凱旋する愚者(イデア・ロード)〉も〈戦景旅団(アテナ・エンブレーム)〉も思わず手を止めて、二人の攻防に見入っていた。


 訪れからしてそれは突然だった。

 信じがたい速度で単身特攻してきた黒炎を纏った人型。

 〈戦景旅団〉にとってその人型は明らかに敵であった。

 進路は自分たちの首級〈第一王女セシリア〉にまっすぐ。

 だが、見極めつつもとっさに動くことができなかった。

 戦狂いの集まるギルドでさえも、その黒い人型を見てなお迎撃に出ようとは思えなかった。

 止めにいって、本当にソレは止まるのか。

 止められるのか。

 ――無理だ。

 『意味がない』。


「――次元が違い過ぎる」


 どこからかぽつりと上がった声が、彼らの胸中を如実に表していた。

 衝突、交戦。

 黒い人型と〈戦姫〉が凄まじい速度で攻撃を防御を行う。

 見れば〈戦姫〉の方は白の神格光を纏う術式を多用している。


 ――〈戦神〉だ。


 わずかばかり響いてきた言葉と、その戦闘光景を見てその場にいた者たちは察した。


 とにかく、一対一で攻防を繰り広げているその二人の間には、一見して外部から付け込む余地が存在しなかった。

 拮抗。

 外部からの水差しで形勢がたやすく変わってしまいそうな危うさもあれば、その程度ではたいした影響も起こり得ないだろうという堅牢さもある。


 つまるところ、彼らは自分たちの水差しが〈戦姫〉と〈戦神〉にとっての不利に繋がることを恐れた。


 よかれと思って起こした行動が逆に〈黒翼の敵〉に使われてしまうかもしれない。

 こちらの些末な意図など、たやすく乗り越えて圧倒してくるだろう。

 そんな予想を抱いてしまう。

 諦観だった。


 ゆえに、彼らはそこで視線をその二人から切った。


 あの攻防へ介入することには意味がない。

 ならば――


「やることは変わらんさ。私たちは戦うことしか知らないからな。『まともに』戦える相手が目の前にいる限りは――剣を振り下ろし続けよう」


 〈戦景旅団〉の長メシュティエが言い、人差し指を〈凱旋する愚者〉の集団に突きつけた。


◆◆◆


「やっと来たのね、あの愚魔人。遅れてきてそのうえ負けたりしたらおしおきだわ。尻尾の毛を一本一本抜いて行くことにしましょ」

「同じ尻尾持ちとしては身の毛のよだつおしおきだな……」


 プルミエールは自分たちの横を異様な速度で過ぎ去っていった〈サレ〉を見て、ジト目に薄い喜色を宿らせていた。

 隣に走り寄ってきた銀の大狼――シオニーが、発光と共に人型に戻ってプルミエールの言葉に答えを返す。

 そこへさらにトウカも寄ってきて、このわずかな間隙に戦況を確認していた。


「おしおきするにもまずは勝たねばな。どうじゃ、サレに加勢にいけそうか?」


 トウカの言葉に対するプルミエールは、珍しく正直だった。


「無理よ。あんな速度で動き回られちゃ、さすがに敵だけを狙うことはできないわ。それこそアルテミスだかの未来視が必要ね」


 出来ることと出来ないことを正確に知らせる。


「愚魔人もろともならまだやりようはあるけど、それでもあの〈戦神〉には通用するかわからないわ。――あれ有りなの? 神族が身体に乗り移ってるじゃない」


 サレと〈戦姫〉の間で取り成された会話が少しばかり耳に入った。

 そこから分かったのはあの戦姫が今は〈戦神〉そのものであるという事実。


「どうじゃろうな。神族が自らの身体で暴れないだけまだマシなのじゃろうが」


 そのあたりの事情には詳しくない。

 ともあれ、


「――ま、アレは愚魔人に任せるしかなさそうね。私たちまで一緒になってアレに構ってると、今度は向こうのギルドに押しきられそうだもの」


 はあ、と珍しいため息をプルミエールが吐いた。

 さすがに彼女も疲れているようで、白の六枚翼を一度大きく伸ばし、翼の付け根の辺りの筋肉をほぐすように指で押している。


「ほら、見なさいよあっち。――元気いっぱいよ? あの戦狂いども。向こうも向こうで愚魔人には関わらないことにしたみたいね。みーんなこっち向いてるじゃない。――さすがに嫌になってくるわ?」


 わざとらしくやれやれと肩をすくめて見せた後に、プルミエールが思い出したように言葉を付け加えた。


「――そういえば愚王子と愚神族はどうしてるのよ」

「いるよ、ここに」


 すると、プルミエールの後方から声があがる。

 男の声。

 ジュリアスだ。

 プルミエールは見慣れた金髪の優男を見つけると、すぐに訊ねていた。


「あんたじゃあの〈戦神〉どうにかできないの?」

「できないこともないけど――」

「ならなんで行かないのよ?」


 ジュリアスの視線はプルミエールと言葉を交わしているにも関わらず、彼女の方を向いていなかった。

 その目は戦景旅団の単横陣形のさらに向こう側に向けられていて。

 ジュリアスの様子に気づいたプルミエール、シオニー、トウカは、同じようにその方向へと視線を走らせた。


「予想外なのがあっちにいてね。僕はこっちを相手にする必要がありそうだ」


 微かに見える景色の奥に、二つの人影が見えた。

 一つはこの戦闘状況なのにもかかわらず地面に寝転がっている白ローブの影だ。

 もう一つは対照的に、微動だにせずぴしりと直立姿勢を取っている燕尾服の影。


「あれ、なんなの? あんた何か知ってそうね」

「うん――僕がよく知っている『存在感』だ」


 ジュリアスは瞬き一つせずにその二人を凝視しながら、こともなげに答えた。


「――あれは〈神族〉だよ」

「〈神格者(オラクル)〉じゃなくて?」

「そう。神格者じゃない」


 言いながら、徐々にジュリアスの眉間にしわがより、怪訝そうな表情に変わっていく。

 そして、


「あれは『神族そのもの』だ」


 確信的なニュアンスを含む言葉が彼の口から放たれた。


◆◆◆


 ジュリアスにとって〈神族〉は近しい存在だった。

 神族の側からよく寄り添ってくるがために、幼少期から感覚のどこかには神族の影がチラついていた。

 力を借りる時はもちろん、彼らの存在を強く感じた。

 そのためか、常人より神族の気配には敏感だった。

 幼いころからずっと変わらない感覚。

 ゆえに相応の信頼はおいているつもりだった。

 だが、それでもなお――


 今ばかりは自分の感覚に対する猜疑心を消しきれなかった。


 懸念と確信のはざまで揺れ動く自分を叱咤するために、ジュリアスはディオーネに問いかけた。

 同族の答えを求めたのだ。


「間違いないね?」

『……ああ。――あれは〈神族〉だ』


 返ってくる天空神の言葉を聞いて、ジュリアスは額を押さえたい気分になった。


 ――なんで神族が単体で現界に降り立っているんだ。


 あんな――

 いかにも『私たちは私たちで動きます』みたいな様相を呈して。

 神族は基本的に神界の中にいて、純人族と異族の嘆願があった時に初めて現界に関わってくるのではなかったか。


「――虚言も(はなは)だしい」


 そうだ、虚言だ。

 もはやその一般論と規則は正しくないと見るべきだろう。

 現にあそこに例外が存在する。

 ディオーネやアテナのように多少の強引さはあるけれども一線は越えない神族がいる中で、ああして露骨に現界に降りてきてしまっている神族がいる。


『問題は『どこの神族か』だな。こればかりは私も近づかねばわからん』

「なら――行こうか」

「あんたが行くのね? 愚王子」


 ジュリアスとディオーネの会話間にプルミエールが混ざり、最終確認のための問いかけを行う。

 その言葉にジュリアスはうなずきを返し、また続けて言葉を紡いだ。


「〈戦景旅団〉は君たちに任せてもいいかな」

「いいも何も、それが最善なんでしょ? 勝つために必要ならそれでいいわよ。たぶん、アリスもそれでいいっていうわ」


 ふとプルミエールが肩越しに後方を見やる。

 すると、その視界の奥の方で非戦組の先頭に立っていたアリスが両手で大きく『丸』を作っている姿が映った。


「ほら、聞こえてたらしいわよ」

「はは、すごい聴力だ」


 それに、


「よくこの状況で動じずに判断を下せる」


 ジュリアスはアリスを見ながら素直に感嘆した。

 だがプルミエールは、逆にジュリアスの言葉にムっとするように言葉を返した。


「なに言ってんの? 『当たり前』じゃない。あの子は私たちの宝物だけど、ちゃんと長でもあるのよ? 守られるだけの置物じゃないの。どんな状況でも冷静に判断を下してみせようって、そんな高貴な長としての意気をあの小さな身体に秘めているの。あの子の素晴らしさがわからない輩は私が全部地中に埋めてやるわ」

「それは怖いね。覚えておくよ」


 まるで自分のことのように自慢するプルミエールに微笑を返し、ジュリアスはついに前を向いた。


「さて、そろそろ向こう方も動きそうだね」

「そうね。しっかりやんなさいよ。あんたが倒れると私たちまで共倒れしかねないんだから」

「お互い様さ。後に退けない素晴らしい共生関係じゃないか」

「笑えない冗談よ、それ」


 言いつつ、やれやれと言わんばかりにプルミエールやトウカ、シオニーが笑い、ジュリアスもそれにつられて笑った。


「じゃあ、僕は行くよ」


 ジュリアスが大きな一歩を踏み、ついで、虚空に向けて、


「行こうか、『みんな』」


 意味深な言葉を投げかけた。


◆◆◆


「団長! ジュリアス殿下が――」


 メシュティエは隣に立っていた団員の一人がそんな言葉を発したのに反応して、団員の指差す先を凝視した。

 これまで大きな動きを見せていなかった〈神域の王子〉がこちらへと疾走してくるのが見える。

 美しい金糸の髪を揺らし、空色の瞳でこちらを射抜いている。

 表情に険しさこそ見られないが、かえってそのことが不気味でもあった。


「〈神に愛されし者〉か……」


 実際に彼の肩書の本懐を見たことはない。

 もちろん、先ほどの天空神の力はジュリアス・ジャスティア・テフラでなければ行えなかっただろうが、どちらかといえばジュリアスの凄さよりも〈天空神ディオーネ〉の恐ろしさが目立った行為だ。

 天空神の媒体となれる素質があることは確かに彼の能力の一端なのだろうが、ジュリアスその者の能力に恐ろしさは感じない。


 ――どうするか。


 あれはただ神格者という先天的な『才能』に恵まれただけの男だ。

 今のところの総評はその言葉で事足りる。


 ――触るか、触らぬべきか。


 視線の先にいるのは自分たちではない。

 メシュティエはそのことにも気づいていた。

 彼が見ているのは自分たちの後方に待機するセシリアの『連れ』だ。

 今回の闘争に参加させるため戦景旅団の籍を与えてはいるが、ほぼ部外者だ。

 詳しいことは知らされていない。


「さて、迷っていても仕方ないな。少しちょっかいをかけてみるか」

 

 試しに表面をなぞってみて、鼠が出てきたらそのまま潰してしまおう。

 もし虎が出てきたら大人しく受け流そう。


「さてどちらが出てくるか――〈アスラ〉、前方神力だ」


 メシュティエは自分の前方に半球形の力の層を作り出した。

 前方に関してどの方向にも前への荷重を掛けられるような力層の広げ方。


 ――そろそろ対価が厳しいか。


 胸中で思いながら、メシュティエは懐からナイフを取り出す。

 そしてこちらへ走ってくるジュリアスに狙いを定めて、それをオーバースイング気味に投擲した。

 投擲されたナイフは〈力神アスラ〉の神格力層を通過して猛烈な加速をその身に宿す。

 加速、加速、直線で行き――前傾姿勢のジュリアス目がけて勢いよく飛翔していく。

 そうして今にもナイフがジュリアスの身体に突き刺さろうかというところで――事は起こった。


「アスラ、今は僕に力を貸してくれ。〈反方神力〉」


 それはメシュティエの言葉ではなかった。

 その言葉がジュリアスの口から漏れ出たものだと気付いた時には、投擲されたナイフが不自然な挙動を見せていた。

 不意の『反転』。

 空中でナイフが反転した。


「何が――っ!」


 メシュティエが驚愕の声を浮かべた直後、反転したナイフが投擲された軌道と全く同じ軌道を『遡り』はじめた。

 まるで反射。

 跳ね返されたとうよりも『反射された』という様相。

 そして見えない壁に反射されたナイフがメシュティエの頭上わずか数十センチの辺りを通過した。


「――」


 メシュティエは反応できなかった。

 もし自分がオーバースイングではなく、自分の身体上にナイフの投擲の始点が残るような投げ方をしていたなら、反射されてきたナイフは自分の胸元に突き刺さっていただろう。

 寸分の狂いなく自分が投げた軌道で戻ってきたナイフを見て、メシュティエは確信した。

 加えて、その頃にはもう一つの奇怪な言葉に意識が傾いていて。


「今〈アスラ〉と――」


 ジュリアスの口から出た言葉。

 まるで〈力神アスラ〉の神格術式を使ったかのような口ぶり。

 否、『ような』ではない。


 使ったのだ。


「まさか、そんなことが……!」


 同時、メシュティエは気付いた。


 ――神格術式が発動しない。


 胸中でアスラを呼びつけても、普段なら返ってくる感覚的な応答がない。

 そしてメシュティエはようやく認識に至った。


 〈神域の王子〉の恐ろしさに。


 そしてまた、その特性が自分たち神格者にとってどれだけ天敵となり得るのかを知って身体の芯が震えた。


 ――〈神格者〉としての『格』が違い過ぎる。


 メシュティエは今の現象の答えをおのずから理解した。


「アスラは私よりもあなたの請願を受けるのか。――いや、これはもはや神に対する願いですらない。まるで『命令』だ」


 ジュリアスは『上書き』したのだ。

 自分との契約よりもさらに強制力を伴う契約でもって、この場で相克する二つの〈力神アスラ〉の力に、決定的な上下を作ったのだ。

 同神の神格者同士が剣を交えた時、果たしてどちらに神は味方するのか。

 普通ならば、神はお互いの契約と請願に見合うだけの力を貸し、それ以上の関与はしないだろう。

 力を使うのは神格者の自由だ。

 あくまで神族は上位の存在で、こちらから命令を下したり、強制させようとしても振り向いてはくれない。


 そのはずだった。


 だが、この男は――


 表面をなぞって出てきたのは鼠でも虎でもなく――


「とんだ化物だ……神を使役するかのように振る舞う純人がこの世にいていいものか……っ」


 ――まるで〈神々の王〉のようではないか。


 メシュティエはジュリアスが自分の真横を疾走していくのを止められずに、ただ立ちすくんでいた。

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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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