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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第六幕 【超越:愚者は世界を翔け昇る】
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66話 「戦景色に彩りを」【前編】

 アリスはジュリアスの声と、もう一つの澄んだ声を聞いていた。

 前の方からだ。

 同時にその方から感じたのは重厚な気配だった。

 見えなくてもわかるほどの、むしろ見えないからこそついた察知能力に訴えかけてくる強烈な存在感。

 アリスの感覚器はセシリア第一王女の気配を強く感じていた。


 ――術式燃料……でしょうか?


 ありえない、という答えがまっさきに頭の中に浮かぶ。

 テフラ王族は純人族(ウーラ・ミトス)だ。

 純人族が術式燃料を持つわけがない。

 だが、事実、それに似たものを自分の感覚器が捉えてしまっている。

 いつも身近に感じているサレの魔力や、プルミエールの天力などとは若干違った種類のもののようにも感じられるが、


 ――ああ。


 するとアリスはその存在に気付いた。

 きっかけはジュリアスの『憑き者』の声を聞いたがゆえで。


『久しいな、〈アテナ〉』


 ――神力と呼ばれるものでしょうか。


 ディオーネの言葉を聞き、アリスは予想をつけた。

 術式燃料に似て、しかし感じたことがあまりない類の代物。

 神族が扱う神格術式の素となる燃料。

 身体ごと現世に現れることがめったにない神族が、例外的に〈テフラ王族〉というよりしろのもとで存在を強めていることが、感覚器に神力を感じた原因かもしれない。

 そしてそれをセシリア第一王女という純人族に感じた理由は当然、


 ――第一王女にも強力な神族が憑いているということですね。


 その胸中の言葉が真実であると物語るかのように、異質な存在感を放つ何かがセシリアの気配の方から現れた。


『相変わらずちみっこいわね、ディオーネ。このロリ神め』


 若い声だ。

 透き通った高音で、気の強そうな印象をもたらしてくる。


『神族の相貌なぞあってないようなものだろう』

『そうでもないわよ。こうして神族同士が顔を合わせる状況がまた生まれるとなると、それなりに相貌も重要じゃない。見分けがつかないんじゃしょうがないわ。神族にだって身だしなみは――』

『必死で着飾っておるなぁ。――処女のくせに』

『ちょっ!!』


 ぼそりとディオーネがつぶやくと、それまで憮然とした声音で言葉を発していた〈アテナ〉が思い切り噴き出す音が聞こえた。


『今それは関係ないでしょっ!! それにそんなのは通説よ! 通・説! 力を分け与えた神格者が私の高潔さにビビってそんな風評流しただけよ!!』

『見苦しいからそのへんにしとくとよいぞ』


 ディオーネがわざとらしく高笑いをする声が聞こえる。

 そんなやりとりを聞きつつ、アリスは、


 ――〈凱旋する愚者(イデア・ロード)〉のいわれのない揚げ足取りに似ていますね。

 そこはかとなく逸話などから察してはいましたが、実は神族(ディオス)にも結構馬鹿が多いんでしょうか。


 真剣に思いを馳せていた。


◆◆◆


「アテナ、神族同士の会話はこのへんでいいか? 闘争が終わればまた時間をとってやれるが、今はそういう状況ではなくてな」

『分かってるわよ。でもちゃんとボッコボコにしなさいよ。やっぱりこのド絶壁万年幼児体型ロリ神とはそりが合わないわ』


 そっぽを向くアテナを諌めつつ、〈戦姫〉が一歩前へと歩みいでた。

 現状、セシリアはその後方に見える戦景旅団の一団からずいぶんと突出した位置にいた。

 ジュリアスとの会話をするためにわざわざ前へ出てきているのだろう。

 大胆極まりないが、その立ち姿には動じる様子などはまるでない。

 かえってその大胆さに気迫が上乗せされて、威圧染みた存在感をすら放ってすらいた。


 すると、後方の戦景旅団の一団の中から、セシリアと同じようにして前へ出てくる人影が一つあった。


 戦景旅団の集団の中から現れたその者は、ヘソだしルックに薄手のクロークを上から羽織るという不思議かつ露出度高めな出で立ちの女で――


「なにあれ超ワイルドなんだけど」


 そんな言葉が〈凱旋する愚者〉の集団からあがるほどだった。

 上半身は胸から上を締め付けの強い布で隠している程度で、胸の下から下腹部付近までは野ざらし状態である。

 しかし、


「そのうえ超強そうなんだけど」


 その腹部を見たのみで彼らに畏怖を抱かせた。

 パっと見は女性らしい細身であるが、筋肉の厚みが細身ゆえの脆弱性をさえ消し去っていて、


「俺、殴られたら死ぬかもしれんわ」


 主に非戦組の男性陣から絶望染みた声がこぼれる。

 そんな言葉がぼそりぼそりと飛ぶ中、ついにその女がセシリアの隣に到着し、口を開いた。


「これが〈凱旋する愚者(イデア・ロード)〉か? セシリア」

「ああ、そうだ。――面白そうだろう? 手を合わせるに足ると私は思うぞ、〈メシュティエ〉」

「そうだな――」


 セシリアにそう呼ばれた女は、


「壊しがいがありそうだ」


 魅惑的な笑みを浮かべていた。

 日に焼けた褐色の肌にワイルドな出で立ち。また中身もその印象にたがわない女のようだった。

 彼女は切れ長の目に好戦的な色を浮かべ、〈凱旋する愚者〉の面々をぐるりと見渡していく。


「数は少ないが、大半が異族か。珍しいのもいるな」


 メシュティエはそう言いながら、あきらかにギリウスに視線を釘付けにしていた。

 対するギリウスもそのことに気付き、


「やばいのである。目をつけられちゃいけない感じの人に目をつけられたのである……!」

「率先して貧乏くじを引くのが盾用パシリの役目よ。がんばんなさい」

「なんかプルミが素直に応援してくるところがかえって不気味であるな……」


 すでに半泣きであった。


竜族(ドラグナル)か。久々に見た気がするな。幾年前はもう少し見かけたものだが」

「むしろ、そう何度も見られるものでもないと思うのであるが。我輩としては竜族の目撃経験が複数回あること自体に驚きを隠せないのであるよ」

「確かにその通りだ。まあ、私が見た竜族は大体が酔狂な部類の奴らだったのだろうさ。しかし黒い鱗の竜は初めてだな」

「我輩の部族は基本的に天界から降りてこなかったからであろう」

「なるほど、竜族にも部族やらなにやら、色々あるんだな。――まあ、今はそんなことどうでもいいか」


 メシュティエは眉尻を下げて軽く息を吐いた。

 そこへ、〈凱旋する愚者〉の中心から人を両脇に押し出すようにしてアリスが出てくる。

 アリスはセシリアとメシュティエの前にまで歩みいで、


「初めまして、私が〈凱旋する愚者〉の長です」

「ほう。これまたかわいらしいお嬢さんだな。――私は〈メシュティエ〉。〈戦景旅団(アテナ・エンブレーム)〉の長だ。そちらの名を聞こう」

「アリス・アート、と言います」


 アリスが言うと、メシュティエは何かに気付いたように少しを目を丸めて声をあげた。


「――盲目か」

「よくわかりましたね」

「人の仕草を観察する趣味があってな」


 「なるほど」そううなずくアリスをよそに、メシュティエがアリスの全身を観察していく。


「それにしても――」


 瞬間、メシュティエが突然ポケットにつっ込んでいた両手を凄まじい早さで抜き放った。

 神速の動きだ。

 そしてその手に握っていたのは銀色のナイフだった。

 抜刀と同時、その銀色の刀身をアリスの喉元につきつけていたのだ。


「よくそんな無防備な状態で敵である私の前に出てこれたな? ほら、喉元にナイフが突きつけられているぞ」

「それはあなたも同じ状態では? わざわざこちらの一団の真ん前まで歩みいでてくるとは――『命知らず』ですね」

「……」


 アリスはアリスでまるで退かなかった。

 怯み一つ見せずに、さらりと言い切って見せる。

 両者の間に緊迫した沈黙が流れた。


「……ははは! ――悪くない。やはり壊しがいがある。久々に戦争ではなく『闘争』をしてみたくなったよ、セシリア。良い気分転換になる。わざわざ劇物染みたギルドを選んでくれたことに感謝しよう」

「私にとっては都合がいいからな、お前たちは。昔馴染みでもあるし、ちょうどいい」

「ああ、ああ、わかってるとも。借りは返す。アリエルに拠点をおかせてもらってるからな。みかじめ料くらいは払うさ」


 そういうとメシュティエはアリスの首元からナイフを引いて、再び両手をポケットに無造作につっこむと、踵を返して〈戦景旅団〉の集団の方へと戻っていった。


「良い闘争をしよう、〈凱旋する愚者(イデア・ロード)〉の愚者たちよ」


 楽しげな笑いと共に、メシュティエはその場を去った。

 声が遠ざかっていくのを聞きながら、アリスも踵を返して再び集団の中へと戻っていく。

 すると、最後にその場に残ったセシリアが嬉々とした表情を浮かべて言葉を紡いだ。


「さて、そろそろ良いな? ジュリアス。王権を賭けた闘争をするぞ。話し合いで何も解決せぬのなら、いっそ殴り合ってしまえばいいのだ。てっとり早く、単純だ」

「勝った方が正しいと、そういうわけですか」

「すべてがすべてそうというわけではない。だが、それがまかり通る場合というのも多く存在する。戦などその最たる例だろう。お前とてこの闘争に勝利したあとはアテム王国と戦うつもりなのだろう? ――だから否定はできぬよな」

「そうですね。『そういう世界』であることは認めましょう」

「ならば強くあれ。それが己の正義の糧になる。お前の糧がどの程度のものだか、私が判断してやろう」


 セシリアが好戦的な喜色に満ちた笑みを見せ、そして――


「闘争だッ!! 闘争こそが我らの生きる道であるッ!!」


 腰に佩いていた剣鞘から美しい銀色の剣を抜き放ち、高々とその場で天に掲げた。


◆◆◆


 瞬間、凱旋する愚者の面々は一斉に身構えた。

 まさかこんな目と鼻の先で敵の大将が剣を抜き放つとはだれも予想していなかった。

 だが、武器を振りかざしてきたという目の前の光景は事実だ。

 まず最優先で非戦組とアリスを一団の最後方に下がらせ、その間に、


「憎たらしいくらい余裕ぶっこいた行動ね。目の前で敵の大将首が宣戦布告してきて、その首を狙わない戦闘者はいないんじゃない?」

「わざとじゃろ。何か策があるのかもしれぬな」

「ですが、そんなことを勘ぐり始めれば結局全部堂々巡りよねぇ」


 プルミエール、トウカ、マリアが一歩前へ歩みいでた。


「そう、首級がおるのだから剣を差し込めば良いのだ。――話は単純じゃな!!」


 瞬間、〈凱旋する愚者(イデア・ロード)〉の隊列が整わぬうちに、トウカが強く地面を踏みしめた。

 そして目の前でたかだかと剣を構えていたセシリアに突撃する。

 左手を腰の刀の鞘に添え、右手で刀の柄を軽く握り、間合いに入ったと確信した瞬間に――

 一閃した。

 が、


「本当に忌々しい術式じゃな……!」


 〈法神テミス〉の神格防護術式が、セシリアの身体を覆う様に展開されていた。

 トウカが繰り出した居合切りをたやすく受け止めている。

 同時に、その時点でセシリアの視線がトウカの顔を捉えた。

 セシリアと目が合ったことに気付き、反撃が飛んでくると確信したトウカは、セシリアの動きに対して『後の先』を取るべく意識を集中させる。


 ――振り下ろしか、薙ぎ払いか、それとも術式か。


 まだセシリアに動きは見られない。


 ――どこから来る。


 その停滞が、トウカにとっては嫌な時間であった。

 そして、


「跳びなさい!! トウカ!!」


 不意に自分のすぐ後ろからマリアの焦燥を含んだ声が飛んできて、トウカはその声に促されるがままにとっさに横に飛び退いた。

 次の瞬間、つい数秒前までトウカが立っていた地面から無数の『白い剣』が飛び出てきていた。


「……っ!!」


 セシリアに動きはなかった。

 それゆえに、相手の動きに合わせて後の先を取ろうとしたことが逆に仇となった。

 トウカは背筋から冷たい汗が噴き出すのを感じながら、自分の取った行動の危うさを戒める。


 ――〈戦神〉の加護を得ているものに対して後の先を取ろうなど、さすがに甘い考えじゃったか……!


 それも、中途半端な状態でだ。

 すべてを出し切らぬうちに殺されたのでは格好もつかない。


「温存はナシじゃな」


 トウカは襟を正し、刀を完全に鞘から抜き放って、


「――〈雷装〉」


 術式の起動を知らせる言葉をつぶやいた。

 起動言語のあとの変化はすぐに訪れた。

 トウカの、鬼人族としての最たる特徴である額の一本角が、青白く光り始める。

 光ると同時、その角からバチリと弾けるような音が鳴って、瞬く間に角に青白い雷電が迸り――ついには角から広がった雷電がトウカの身体全体を包み込んだ。

 レヴィとの戦闘時に見せた『雷化(いかずちか)』であった。

 その変化を間近で見たセシリアは感心するように目を丸め――


「ほう、東大陸の異族か。東の鬼の存在は話には聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。雷の化身という評そのままだな。――おもしろい。もう少し私自ら相手をしてやりたいが――」

「姉さん、いくらなんでも悠長に過ぎますよ」


 言いながら、セシリアは後方に大きく飛び退いていた。

 トウカの変化に気を取られていた隙に、ジュリアスが静かな動きでセシリアに迫っていたからだった。


「抜かりないなジュリアス。虎視眈々としている様は実にお前らしい」


 ジュリアスの右手には白の光を放つ槍が握られており、さらに逆の手にも同じ槍が宙空から顕現している最中だった。


「〈槍神ソル〉の神格槍か。エスターとの近接戦はなかなか見ものだったぞ。だがさすがにそれだけで私に挑もうというわけではあるまいな?」

「戦神系同士、土俵は同じでしょう?」

「馬鹿を言うな――『(くび)るぞ』、末弟」


 バックステップで後退するセシリアに対して、ジュリアスは右手に持っていた白の神格槍を振りかぶって投擲した。

 そして、その間に召喚が完了した二本目の神格槍を両手で構えなおし、セシリアへの歩を一気に速める。

 対するセシリアはジュリアスの返答に機嫌を悪くしたように眉をしかめながら、自分の頭めがけて投擲された神格槍を首の動きでかわしてみせた。


「さすがに当たらないか」


 ジュリアスの方も躱されることは承知していたようで、たいした驚きもなく嘆息を一つ吐くだけである。

 しかしそれもつかの間、すぐさま次の攻撃に向けて唇を強く引き締めた。

 前を見据え、次の一手を思案する。

 すると、ジュリアスの視界に先ほど固有術式である雷化を発動させたトウカの姿映った。

 青白い雷光を身体に纏ったその戦鬼は、ジュリアスの予想だにしない異常な速力で、セシリアの背後に移動すると、刀を中段に構えながらほんの一瞬だけジュリアスに目配せをした。


 ――合わせるとも。


 ジュリアスはトウカの目配せの意図を察し、彼女の攻撃のタイミングに合わせて神格槍を差し込む算段をつける。

 そして一瞬の後――


「雷と言うだけあって想像以上に速いな」


 トウカの刀が真横に振るわれた。

 しかし、その場に鳴ったのは肉が切れる音でも肉が雷火に焼ける音でもなく、涼しい音色のセシリアの声。


「雷装戦鬼の速力に反応するとはバケモノ染みた純人がいたものじゃなっ……!」


 次にトウカの舌打ちと、悪態染みた言葉が響いた。

 トウカの刀による背後からの一撃は、セシリアがまるで背中に目でもついていたかのような反応の良さ躱していた。

 トウカの頭上を越えるように後方へ宙返り。

 同時に差し込まれたジュリアスの刺突の一撃は、その宙返り時に大きく上へあがった足に柄を蹴り飛ばされ、方向が定まらず空を刺した。

 まるでそこしかないとでも言わんばかりに、ギリギリのルートをまさしく『舞った』セシリアは、


「戦闘能力に優れた異族の速力に後発で反応できる純人などいるものか」


 悠々と数歩大きくその場から飛び退くと、そんな言葉を発した。


「現に今、反応したではないか」


 身体から雷電をほとばしらせているトウカが、刀を正眼に構え直しながらセシリアに言った。


「これは反応による結果ではない。予測による結果だ。私にはお前たちの動きの先が『見える』からな」


 その意味深な言い方に真っ先に反応したのもトウカだった。

 なぜかと言えば、


「ああー……いつかのどこかでそれっぽい『未来視』能力を使ってくる敵がおったなあ……」

「ほう、アルテミスと契約できる者はそう多くないと思うが、探せばいるものなのだな」

「そうそう、アルテミスじゃ。あれもなかなかに厄介な敵じゃった」


 ――目の前のテフラ王族ほどではないにしろ、じゃがな。

 トウカは内心で思いながら、再びしっかりと前を見据えた。

 今、〈凱旋する愚者(イデア・ロード)〉の先頭に立っているのは自分だ。

 セシリアとの距離は目算十五、六歩ほど。

 宣戦布告された時よりは距離がある。

 ひとまずの迎撃は成功したと言ってもいいだろう。

 まずはセシリアを近づけさせないことが肝要だ。


「そろそろアリスと非戦組は十分に下がれたかの?」


 振り向かず、後方のマリアたちに問いかける。


「ええ、もう十分よ」


 答えは短く端的であった。


「よし」


 陸戦班の長としての役目はまず一つ果たせた。

 陸戦という自分に責任が任されている土俵では、自分が誰よりも率先して敵と相対しなければならない。

 理由の一つは、こうした時間的余裕を作るため。

 そしてもう一つは、どんなに酔狂で馬鹿で強がりな者たちにとっても、鬨の声やそれに類する鼓舞材は必要だと思うからだ。

 そしてそれをあげるのが陸戦班長としての役目だ。

 誰に命じられたわけでもない。

 これは自らで負った決意。

 必要であると自負を抱いているからこその行為。


 ――ここのところはどこぞの魔人ばかりが率先した役割じゃったが。


 彼にばかり重荷を背負わせるわけにはいかない。

 あわよくば、この不器用でぎこちない鼓舞に他の者が続いてくれればと思うが――


「無理すんな、トウカ。お前までサターナみたいに気負ってどうするよ。――まあ、助かるには助かるが、そんな丁寧な御守りは俺たちにはいらねえよ」

「そうだぞ。そういうのはすでに一人、勝手に背負う馬鹿がいるんだから、その馬鹿に任せておけばいいんだ」


 クシナとシオニーが言葉を放ちながら、トウカの横へと歩を進めていた。


「惚れてるわりには馬鹿馬鹿けなすじゃねえか、駄犬」

「べ、べつに私はサレに惚れてるなんて一言も言ってないぞっ!!」

「い、いや俺もサターナとは言ってねえんだけど……」

「……」


 ――諸々バレとるっていう自覚はあるんじゃな、シオニー。

 耳まで真っ赤になってプルプルと涙目で震えているシオニーを見ながら、トウカは思った。

 ともあれ、


「そうか。――そうじゃな。いささか気負いすぎたようじゃ」


 ――そんなことをせずとも、この一団は折れないかの。

 ならば、


「並び行くとするか。向こうもようやく動き始めるようじゃしな」


 そういって、トウカはセシリアの遥か背後を大きく見渡した。


 メシュティエ率いる〈戦景旅団(アテナ・エンブレーム)〉が、その隊列を大きく一歩、前へと前進させたところだった。

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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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