65話 「戦姫の御膝元」
湖都ナイアスのとある教会の屋根はもはや原型を留めていない状態だった。
魔人と巨人の肉弾戦のステージに選ばれたのが不運としか言いようがない状態だ。
しかし当の本人たちは、
「どうすんだよこれ! あとで弁償とか嫌なんだけど!」
「その時はその時じゃ! お互いに『連帯王族に』責任なすりつければよかろ……!」
「それもそうだな!」
言いつつ、いまだに殴り合いをしていた。
形勢は徐々にサレに傾きつつあった。
オースティンの反応速度を、サレの攻撃速度が上回り始めていたのだ。
サレは絶え間なく攻撃を続けていた。
どうせ防がれるとは思いつつも、だからこそ、
――防がれたらすぐに次の攻撃に移ればいい。
それを繰り返せば、おのずと近接戦の型が頭に入ってくる。
熟達したオースティンの受ける型。方法。
それらを今のうちに見て、『盗み』、可能なら対処方法まで導き出す。
いずれにしても、見ておけばそれが何かの役に立つかもしれない。
さらに言えば、サレとしては、攻撃し続けることでオースティンに能動的な攻撃を行う時間を与えずにおきたかった。
サレからすると、オースティンの攻撃は多彩かつ重撃につき、止めるにも限界があった。
受けきれないという確信。
そして一発でも喰らえば致命傷と言う危険性。
二つをかんがみるに、一方的に攻撃をし続けるのがサレの導き出した最善手であった。
「いつまで動き続けるつもりじゃ……! 若いからってそう張り切り過ぎるもんでもないぞ、おんし!」
対するオースティンは、そんなサレの連撃に手間取っている風であった。
有効打は受けていないが、かといって防御の手を緩めればモロに攻撃を食らう。
そしてオースティンにとっても、サレの一撃は致命傷になりかねない威力を伴っていた。
◆◆◆
お互いの膂力の強大さゆえに、二人の近接戦闘は拮抗していた。
技量は確かにオースティンの方が上であったが、対するサレは驚異的なスタミナと速力でその劣勢を巻き返しはじめていた。
そして自分が劣勢に追い込まれつつある最たる理由を、オースティンは見出していた。
――奪われとるなあ、これ。
それはサレの学習能力の高さにあった。
言い換えれば『成長分』、『のびしろ』といった要素だ。
――恐ろしい。まっこと恐ろしい。
『これ』を作った者はさぞ名の立つ戦闘者であったろう。
――こうまで盗む力を育てるとは。
オースティンはサレの背後に恐ろしげな影を見た気がした。
明らかに意図された育て方。
意図的にこうなるように導かれた素体。
そうした確信を得るに至ったのは、
――完璧すぎるのう。
生まれ持った魔人の身体、大きさ、膂力、回復力、その他特性もろもろ、そういうものを加味した上で、これ以上はないだろうという一種の完全無欠さをも感じさせる基礎力。
それをサレに見たからだった。
――応用力という点に関して言えばまだまだ成長の余地はあるにしても。
これほどまでの基礎力があれば、どんな相手でも死にはしないじゃろうなあ。
生還する能力。
どんな環境からでも生き残る能力に優れ、そのうえ、ただで生還するわけでもなく、あろうことか敵から技術を盗もうとする。
観察し、真似し、会得する。
たやすく言うが、
――またえらいものを生み出してくれたのう、魔人族は。
他の戦闘者からすれば迷惑極まりない。
自分が会得するのに数年掛かった技を、たった数分で盗まれる可能性すらあるのだ。
いっそ、この魔人を育てた者に会ってみたいという欲求がオースティンの中には生まれてはじめていた。
そして同時に、
――……潮時じゃな。
自分の負けが近いことも、オースティンは察していた。
◆◆◆
回し、受ける。
オースティンの防御術の中で最も多用され、そして最も流麗だったのがその技術だとサレは思った。
どんな方向からの攻撃も、感知と同時に猛然とした速度で防御を間に合わせ、その上で完全に受けきる。
自分の一撃必殺を意図した全力攻撃ですらいなされ、勢いを殺され、弾かれる。
その動作を見るたびにサレの胸中は感動と高揚感で満たされていった。
――アルフレッドでも、他の家族たちでも、こんなに綺麗な防御術を見せる者はいなかった。
『やられる前にやる』を全力で体現した攻撃特化型の者が多かったという理由もあるが、それでも皆が皆優れた武芸者であった。
しかし、オースティンの防御術は彼らを上回る。
サレは高揚感のせいで口角が釣り上がるのを感じながら、右の掌底をオースティンの心臓部を狙って撃ち抜きつつ、訊ねていた。
「ねえ! その体術って、一代で作り上げたものなの? それともじいさんのじいさんやら、その先祖やらから受け継がれてきたものなの?」
対するオースティンは、そのサレの掌底を片手で押し出すように外側に弾きながらやや息を詰まらせて答えた。
「うおっ! こ、後者じゃな」
言いながら、今度はオースティンがサレの顔面目がけて掌底を放つ。
「だからこうも完成度が高いのか。驚嘆に値するよ」
サレは納得したように声を唸らせ、そして、
「――っ!」
オースティンの掌底を、これまでオースティンがサレの攻撃を受け流してきたのと同じ方法で――受けきっていた。
猛然と迫った掌底に対し、その腕に横から巻き込むように力を掛け、四方八方に力を逃がしながら最後に逸らす。
身体のサイズの違いゆえに動きを大きくする必要があったが、サレはその差異を調整しながら、オースティンの回し受けに非常によく似た動作で彼の掌底をさばいた。
「くっ!」
多少の与圧を腕に感じ、「まだ完璧には勢いを殺せていないか」とサレは内心に思い浮かべながらも、
――今の感覚だ。あと何回か試せば、もっと近づける。
そんな確信を得ていた。
――早く次の一打を。
そしてサレはここにきて動きを止めた。
動き続ける必要がなくなったからだった。
新たな技術を得るために、むしろ今はオースティンの攻撃が欲しい。
サレは不気味な笑みを浮かべながら、掌底を撃ち抜いた姿勢で固まっていたオースティンを見つめた。
対する巨人族はゆっくりとした動作で姿勢を直立に戻すと、おもむろに後頭部をぽりぽりと指で掻きはじめ――
「嫌じゃ! わし、もうおんしに攻撃するの嫌じゃ!」
唇を尖らせて言い放っていた。
◆◆◆
――ええ……
オースティンの駄々っ子のような反応を受けて、サレは内心で困惑を表す。
その困惑は、結局すぐに言葉になって表に出ていた。
「そこをなんとか……ね?」
「嫌じゃ。盗まれるの分かってて攻撃はしたくないし、わし」
「でも攻撃しないと勝てないよね?」
「わしの負けでよいわ。どっちみちおんしが術式とか使いはじめたらわし負けるし」
「……」
サレは不満げな半目でオースティンの顔をじーっと見つめたあと、猫なで声で、
「……あと三回くらいでいいからさ?」
「し、しつこいのう、おんし」
オースティンは腕を組んで仁王立ちの姿勢を取り、困った風に眉尻を下げた。
「いやな? 盗まれること自体はべつにそこまで問題ではないんじゃよ。よくあることじゃ。――じゃがな? ――時期がよくない」
「時期?」
「うむ。――おんし、夢中になってて忘れとるかもしれんが今は一応『王権闘争』の真っただ中じゃぞ? 争ってる最中に『相手に技術盗まれて強くしちゃったてへへ』とかいくらわしが超お茶目でかわゆいジジイでもメシュティエ――ああ、わしらのギルドのマスターな?――とかに物凄く怒られると思うんじゃよ。――いや、確実に怒られる。わし、地面にめり込むまで殴られるわ」
「なにちょっと、おたくらのギルド長って巨人を地面にめり込ませられるタイプなの?」
――いやいや、それどんなタイプだよ。
自分でツッコみつつ、オースティンの言葉の意味もサレはちゃんと理解していた。
「つまり、晴れて俺たちが勝って今回の闘争が終わった暁には、また手合わせしてくれるってわけ?」
「フォッフォ、別におんしらが負けた時でも一向に構わんぞ」
「そっか」
――それなら、しかたない。
そうサレは納得のうなずきを作る。
オースティンの言葉は的を射ているし、現状においては正論だ。
「ま、一応わしは役割を果たしたからメシュティエとセシリア殿下のところへ戻るとするかのう」
「そういや、結局じいさんの役割ってなんだったの?」
牽制か、足止めか、部分撃破か。
いずれにしても不確定要素の強い方法だ。
攻撃し、釣って、やり合う。
誰が釣れるかもわからないのに、果たしてたったこれだけで足止めや部分撃破なんて仕掛けるだろうか。
そんな運に頼り気味の『成果』を、優秀な戦術家と名高い戦姫セシリアが計算に組み込むだろうか。
――否だ。
たとえ戦術に詳しくなくとも、そんな成果を計算に組み込むのは馬鹿げてると普通なら思う。
とするならば――
「『ただの小手調べ』じゃよ。大勢で迎撃に出てきたらわしはそそくさと逃げておった。少数で対応できそうな程度の人数が迎撃に出てきたら、それらと少しばかりやりあって、おおよその戦力の目安を測っておけというお達しでな」
「まあ、まさか一人で迎撃に出てくるとは思わなんだが」とオースティンは付け加えた。
続けて、
「保険のようなもんじゃな。あくまで目安。何もないよりはマシと、その程度に考えておられるのじゃろ。真っ向勝負で負けるつもりもないと言えど、相手は全くの未知数。しかも異族が多い集団とくればなおさら。一応保険として大体の力量を測っておくかと、そういう算段なんじゃろうなぁ。――だからわしはこれから殿下たちのいる『決戦場』へと帰参して、率直な感想を伝えねばならん。たぶん、おんしの仲間たちもそこにおるぞ。――どうする、ついてくるか?」
「当然」
サレとて、まったくアリスたちの動向を感知していないわけではなかった。
遠目にアリスたちが移動しているのはその目で捉えていたし、特に上空を飛びながら移動していたギリウスの姿はよく見えていた。
「決戦場っていうくらいだと……十中八九アリスたちは誘導されてたってわけか」
「緊迫感のあるエスコートになったと思うがな」
「その決戦場に戻ったら、また戦線に加わるのかい、じいさんは」
「それもなかなかに魅力的じゃが――まあ、許されんじゃろう。わしが素直におんしに負けたと報告すれば、メシュティエや殿下はわしが戦線に復帰することを許しはせんと思う」
「兵士ってよりは『武人』だな、じいさんたちは。それも結構頑固な部類の」
「『武人でいることが許される戦場』じゃからな。今回の王権闘争の定義は曖昧じゃが、それでも戦争ではなく闘争と名付けられているところを見ると、まだ幾分こういう『エゴ』を通す余地もあるとわしらは考えておる。もちろん、それはわしらだけかもしれんがな」
「うちのジュリアスなんかこのテフラ王国の将来をこの闘争に賭けてるからな。それなのに『できれば殺すな』とか無茶な要求してくるんだよ。いや、賛成ではあるんだけど、実際にそれを実行するのって大変だよな」
サレは困惑の表情を浮かべて続けた。
視線をオースティンの瞳に向ける。
「だからまあ、じいさんたちがそういう武人として、命を失う前に負けを認める潔さがあるのなら、今回の闘争はジュリアスにとってはありがたいものだろう」
「おんしらが勝てればな?」
「まったく、そのとおりだよ」
茶目っ気たっぷりにウィンクしながら指摘され、サレはやれやれと両手を広げてため息をついて見せた。
「じゃあ、とりあえずその決戦場までは停戦として、案内してもらおうか」
しかし、ほんの少し緩まった雰囲気を再び引き締めるように、サレがオースティンに言った。
――そう、まずは勝たなければ意味がない。
「よろしい。先に開戦されるとお互いに面倒じゃし、少し急ぐとしようかの」
教会の屋根から大きな跳躍を見せ、ナイアスの地面に着地したオースティンの背をサレが追っていった。
◆◆◆
サレがオースティンとの戦闘を終えたころ、アリスたちは敵の誘導に素直に従っていく形で、ついに湖都ナイアスの南東国門にたどり着いていた。
夜であっても入国出国者の多いナイアスの国門にしては、南東国門は違和感を覚えるほどに閑散としていた。
「抜かりないな、おい」
クシナがうんざりしたように告げる。
「べつに門衛がいようが税関がいようが、テフラではあんまり関係ないけどね。もとから緩いわけだし。でもまあ、あちらとしては些細な足止めすら面倒なんだろうさ」
「人払いってやつか。テフラ王族の権威ってのもなかなか、まだ捨てたもんじゃねえじゃねえか」
国門で一応の入国管理を行う門衛の姿すら見えないのはさすがに変だった。
つまり、今自分たちを誘導している側の者が、意図的に人を払っておいたのだろう。
そんな話をしているうちにも、また後方から視線と音が迫ってくる。
「ここからは結構見晴らしがいいというのに、まだ誘導するつもりなのかのう。さすがに手練れの隠密と言えど、障害物もなければ姿はさらさねばならぬよな?」
トウカがなんともなく問うた。
「どうだろうね。セシリア姉さんが選ぶほどのギルドの隠密なら、不可視の隠密術式くらい使ってきてもおかしくないけど」
「……もしジュリアスの言うとおりなら、是が非にも生かして使いたい人材の宝庫じゃな、戦景旅団とは。戦好きに率いられる戦事に秀でた集団とか、わらわたちとしてはそんなのを相手にしなければならないと思うとたいそう面倒な心持になるがな」
「あー嫌だ嫌だ」と最後に手で風をあおぎながらトウカが言うが、その顔はそれとなく楽しそうだった。
「君たちもあんまり人のこと言えないけどね」
「お前もな、ジュリアス」
「はは、姉弟喧嘩は嫌いじゃないよ。お互いに主張があって、それを通したいからこうして喧嘩するわけであって、まったくお互いに関心を抱かないよりはずっとマシだと思うからね」
「手段と方法がだいぶ過激じゃがな?」
「そこは確かに、反省するべき点だね」
困ったような笑顔で答えるジュリアス。
「カカッ、今のはわらわの意地が悪かったな。ぬしは初めにちゃんと闘争を避けようとしておった。その上でしかたなく闘争を選んだということも、分かっておるよ」
「擁護してくれるのもありがたいけど、僕だって全身全霊で闘争を避けようとしていたわけじゃないからね。この方法が適切だと思えば、僕はたやすく闘争というカードを切るよ。それに、僕は負けるのは嫌いだからね」
「なんだかんだで血族じゃな、ぬしらは」
「そうでありたいと今でも思うよ」
会話の途中で南東国門を抜け、また前へ前へと走って行きながら、再びトウカが口を開く。
その顔は先ほどよりも少し真面目な表情を映していた。
「その気持ちを忘れるな、ジュリアス。ぬしにはまだ血族と手を取り合える可能性が残っておる。それがもはや叶わぬわらわからすれば、素直に羨ましく思うよ」
郷愁に浸るようにトウカが儚げな表情で言って、会話は途切れた。
するとそこへ後方からプルミエールが飛翔しながら追いついてきて、ニヤニヤした笑みを浮かべながらトウカの肩を叩き――言い放った。
「『それがもはや叶わぬわらわからすれば、素直に羨ましく思うよ』――だって。――プフッ! プフフフフッ!! ――なにちょっと! トウカったら珍しくしおらしくて可愛いわね!? なにっ!? どうしちゃったの!? 故郷思い出しておセンチな気分になっちゃったの!? ねえどうなの!?」
「うわあ、最大級にうぜえ……」と周囲のギルド員が口を揃えて言った。
しかし当のプルミエールはそれを意に介する様子を見せず、むしろ一同の注目を一身に集めて誇らしげに鼻を鳴らしていた。
対するトウカは頬をやや紅潮させて、唇をとんがらせ、プルミエールから目をそむけながら、
「く、くそっ!! わらわとしたことが! 一番聞かれてはいけない馬鹿に台詞を聞かれるとはっ……!!」
一人悔しげに震えていた。
「まあいいわ、もう聞いちゃったから、今度から小出しにしていじってあげるわね? ――今はやめといてあげる」
――それはそれで嫌じゃなあ……
トウカはプルミエールが続けて言葉を発しようとしているのを察して、心の中でだけつぶやいた。
「ほら、トウカがおセンチになってる間に奥の方に『相手』っぽいの見えてきたじゃない」
プルミエールが指差した先。
テフラ王国南東の広い丘陵草原地区の奥に、なにやらうごめく集団が存在した。
「アレが本隊か」
前方を確認したあと、おもむろに後方を振り返ると、ナイアスの南東国門はいつの間にかずいぶんと小さくなっていた。
だがそれでも、まばらに後方から視線圧力がかかっているのは相変わらずだ。
「ついでに後方からのこの嫌な圧力が途切れないところをみると、どうやらジュリアスのいう不可視性の隠密術式の使い手が実際に存在するわけじゃな」
「厄介だけど、その術式を使える者の数は多くないわね。ナイアスを走っていた時と比べると視線は少ないわ」
プルミエールの冷静な声音が響く。
「そうじゃな。それが救いでもある。ただでさえ人数の差があるからの」
トウカがうなずくと、今度は上空を覆うように飛翔していた空戦班の中から野太い声が響いてきた。
ギリウスの声だ。
「向こう方、準備万端って感じの布陣敷いてるのであるよ。前段に重装兵、防御兵、中段に弓兵、そこからやや後ろよりに――何も持っていないところを見るとおそらく術式系装兵であろうか」
「うわぁ……」とギルド員たちのヒき気味の声を聞きながら、ギリウスがさらに上空からの観察情報を報せる。
「あ、さっきまで我輩たちの後ろにいたっぽい追跡者集団が回り込んで合流したようである。――いやぁ、あれは我輩の〈竜圧〉も効かなそうであるよ……この諦観をぜひ察してもらいたい感じである……」
「つまり何が言いたいのよ」
プルミエールがギリウスに詳細を問うた。
「皆が皆、前に戦った例のアテム王国の〈王剣〉よりもっと百戦錬磨な感じで。たぶん竜族の圧力にもたやすく耐えてくると思うのである。――我輩泣いていいのであるか? 竜族としての威厳が損なわれた気がするのであるよ……!」
「大丈夫よ、あんたにはもとから威厳なんてないから」
「そ、そうであったな! ……そうで……あったな……うっ……」
「おい、プルミ! 先にギリウス泣かせるなよ!!」
「あら、そんなおっかない敵が近くにいるのに意外と元気ね、愚まな板?」
プルミエールが再びニヤつきながら、アリスの周りに固まる非戦闘員の中のマコトに言った。
対するマコトはここまで駆けてきた反動で少し息を切らしながらも、プルミエールの問いにすぐさま答えた。
「一応私だって覚悟くらいしている。元非戦派の奴らだって――踏みとどまる勇気くらいは振り絞れるさ。そういう『建前』に自分自身で納得して、私たちはアリスの傍にいるんだからな。いまさら引かないぞ。それに――」
まるで非戦闘員たちの言葉を代弁するかのような口ぶりで、マコトはプルミエールに言った。
「お前らが私たちを守ってくれるんだろ?」
その言葉にプルミエールは大きく目を丸め、珍しく素直に驚いたような表情を見せた。
しかしすぐにその顔にいつもの高慢そうな笑みを浮かべ――
「当然よ、安心なさい。そのまな板がそれ以上薄くならないようにちゃんと守ってあげるから」
「お、おい! さっきからまな板まな板って! わ、私のだって成長してるんだぞ!! ほらっ!」
マコトは自分の胸に手を添えて、長いストレートの髪を振り乱しながら抗議する。
「あーあー、分かった、分かったわよ。あんまりそうして必死で胸持ち上げてると真面目にかわいそうになるから、それくらいにしときなさい」
「おっ、おまっ!! これ終わったら覚悟しとけよ!! そのお前の無駄に育った肉を削ぎ落してやるからな!! 絶対削ぎ落としてやるからなっ! ――うわああああああああああん!」
泣き叫ぶマコトを笑みで見ながら「やれるもんならやってみなさい」と楽しそうに言って、そのあとプルミエールは前を見据えた。
天使は視界の奥の方に敵の姿を当てはめながら、今のやり取りを少しだけ反芻して胸中に思いを浮かべる。
――いいわ、日常を感じられる会話って素晴らしいものね。
そんなことを思って、
――いやだわ、私も結構おセンチじゃない。
自分を戒める。
――でもまあ、たまには悪くないわ。こういうのもたまには良いものよ。
だから、
――私を心地よくさせてくれる愚かな民衆たちは、ちゃんと守ってあげるわ。
そしてプルミエールは決意を固めた。
皆がそれぞれに心境の整理をしているうちに、前方でうごめいていた集団の姿はこくこくと大きくなり、近づき、そして――
◆◆◆
「やあ、セシリア姉さん。今日は絶好の戦日和だね」
「ああ、ジュリアス。お前ならこんな良い日和には――私を楽しませてくれような?」
二勢力が対面した。