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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第六幕 【超越:愚者は世界を翔け昇る】
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62話 「魔人と巨人」【中編】

 サレの皇剣に対し、巨人オースティンは背中に背負っていた鉄塊の如き大剣で応戦していた。

 弓と矢はそこらへんに放り投げ、近接戦の様相を呈してる。

 いくつかの斬撃が舞う中で、ふとオースティンが声を漏らしていた。


「おんし、動きに迷いがあるのう」


 ずしりとのしかかるような太い声音。

 その声と同時にサレの真上から大剣が振り下ろされていて、サレは即時の回避で後方に飛んだ。


「迷い、ってほどのもんじゃないんだけど」


 サレは回避のあとにできたわずかの小休止で、オースティンの問いに答える。

 答えながらもそれまでの戦闘で得たオースティンの情報を整理していた。


 ――強いな。


 端的な印象はそれに尽きる。

 剣術戦、体術戦の力量は相当に高い。

 術式を使用した痕跡はないのを見ると、巨人族は術式燃料を持たないのかもしれない。

 しかしあの剣は脅威だ。

 脳天を割断――否、身体ごと叩き潰すように振り下ろされてくる大剣。


 ――受けきれるか……?


 怪しいところだ。

 皇剣はもちろん耐えきるだろうが、問題は身体の方。

 そのまま屋根にめり込む予感すらある。

 それほどにオースティンの膂力は驚異的だ。


「おんし、わしのこと殺すつもりないじゃろ? それが戦闘に際する消極性を生んでおる。――ああ、これはジジイの勘じゃがな?」


 ――ああ、そのとおりだよ。

 サレは胸中で答えていた。


 ジュリアスの願いが念頭にあったのだ。

 アテム王国との対峙を見据えれば、できる限りテフラのギルド勢力は削るべきじゃない。

 サレとてその重要さは分かっている。


 ――ああ、わかってるさ。


 言うとおり。尤もだ。

 間違いなく後々のためにはそれが正しい。


「――でもな」


 限度もある。

 ジュリアスもそれは分かっていた。

 だからジュリアス自身、『できれば』という形にまで要求を緩めてくれた。

 そう、自分たちがその制約のせいで死んでは元も子もないから。

 だから、


「ジュリアス、悪いが今回は早々にお前の願いを諦めるぞ」


 オースティンは肉体的にも精神的にも強者だ。

 わずかの攻防で察した。


 ――折れないよ、こいつは。


 サレは判断する。

 オースティンの戦意を刈るのは不可能である、と。

 真剣を振りかざすオースティンの姿には、命を奪う覚悟と、そして命を捨てる覚悟が乗っているように思えた。

 少なくとも捨てる覚悟を持っている限りは、オースティンは殺しても折れないだろう。


 ――だから。


「俺も――それに応えよう」


 ジュリアスの戦意を刈るという方針をその時点で捨てる。

 瞬間、サレの背部の黒翼が猛々しく踊った。

 黒炎の声。

 〈(とき)の声〉の如き轟音。

 それがサレの完全な臨戦態勢への移行合図だった。


「お、やる気になったか」


 その姿を見てオースティンは笑みを浮かべる。

 心底楽しそうな笑みだ。


「楽しそうだな、じいさん」

「フォッフォ、まあ、わしも戦狂いの集まるギルド〈戦景旅団(アテナ・エンブレーム)〉の一員じゃからな。戦狂いのロクでもない習性のせいで、猛者を見ると血沸くんじゃよ」

「年なんだから無理するなよ、じいさん」


 対するサレも、細かいことを考える必要がなくなってスッキリしたのか、その顔には笑みが浮かんでいた。


「おんしも戦場に臨んで笑みを浮かべるか。案外、わしらのギルドも性に合うかもしれんのう?」

「なら、この闘争の果てに挨拶に行くことにしよう。あくまで〈凱旋する愚者(イデア・ロード)〉の副長として。ついでに王権闘争の勝利者として」


 サレが悪戯気に笑みを深くして見せる。


「小童め、よう吹くものじゃ」


 似たような笑みをオースティンも浮かべた。


「なら、その時どちらかが死んでるなんてことにならないように、少しこの戦闘に手を加えよう」

「ほう?」


 サレはそういうと皇剣を鞘にしまった。

 オースティンが目を丸める。

 やっと殺気が出てきたというのに、なぜ剣をしまうのかと問いただしたくなった。

 サレの方は皇剣を鞘にしまったあとに、おもむろに徒手の構えを取った。


「剣では呆気なく命が散る。お互いに色々と賭けてるものがあって、場合によっては命を捨てる覚悟すらもその身に乗せてきているのかもしれないけど、俺としては『それ』は困るんだ」


 今からはちゃんと倒すつもりでやる。

 だけど、それでも、


 ――死んでもらっちゃあ困るんだよ。


 剣も術式も、たやすく人の命を奪うから。

 まあ、拳だってほとんど似たような凶器だけど――『まだ』生きる可能性は高いだろう。


 だから、


「――殴り合いをしよう」


 サレはふてぶてしくも口角をつりあげ、放った。

 唐突な提案だった。


◆◆◆


「大口を叩きよる」


 オースティンの胸中には少しの苛立ちと、そしてなによりも多大な高揚感が生まれていた。

 目の前の小さき戦士が、

 

 ――のたまいおった。


 まるで自分が勝つことを前提としているかのような言い草には多少の苛立ちを覚えなくもないが、心の大半を埋め尽くしているのはその言葉に見合うだけの立ち姿を見たがゆえの高揚感。

 小さな戦士。

 こんなにも身体の大きさが違うのにも関わらず、この戦士は自分と殴り合いをしようという。


 ――言いよる。――言いよる!


 それは無謀か、無策か。

 それとも確かな自信の表れか。

 どちらでもいい。

 ただ自分の本能が、「こいつと戦うのは楽しいぞ」とささやいている。

 だから、


「いいだろう! 小さな戦士よ!」


 オースティンは雄叫びを放った。


◆◆◆


 対するサレには高揚感もあったが、一方でその脳裏には理性的な意図も存在していた。

 サレは今後のために自らの力をここで計っておこうとした。


 自分が体術のみでこの巨人族にどこまで通用するか。

 

 最も根源的な根幹の強さに繋がる体術という(すべ)

 術式ばかりにかまけてこちらがおろそかになれば、たちまち自分は脆弱になると、サレは自覚していた。

 術式は強力な武器だが、術式燃料という制限がある以上無限に使用できるわけではない。

 もちろんこの肉体も疲れ、動けなくなることはあるだろうが、術式よりよっぽど長く活用できる。


 ――術式を切り札として考えるならば、体術や剣術それのみでも強くあった方がいいに決まっている。


 そうした自らの錬度を確かめるに、相手が立場的に敵対勢力であって、かつ『明らかに異族として肉体的に優れている』巨人族のオースティンは――


 絶好の『物差し』であった。


 強さを今肌で感じたこの巨人に対して、自分の体術がどれだけ通用するかを知れば、後々に戦闘判断の最適化に役立つかもしれない。

 サレの理性的な意図はそれであった。


 しかし、サレには一方で懸念もあった。


 ――あんまり悠長にしている時間もないか。


 アリスたちが気になっていた。

 自分がこの巨人族に釘づけにされている現状が、戦景旅団の戦術によるところであれば、自分は見事にその策にハマっていることになる。

 そうでなくても、戦闘員の母数で圧倒的に不利な自分たちが、各個で別離に動かざるをえない状況はあまりよくない。

 かといって戦運び自体が手さぐりである以上、迎撃しつつ情報を収集する必要性も高い。

 どっちもだ。

 どっちも考える必要があるのだ。


 ――いかんともしがたいなぁ……


 アリスの傍には頼もしい仲間たちがいる。

 自分よりよっぽど器用で、強く、たくましい仲間が。

 だから、


 ――今は、少し任せてもいいかな。


 サレは胸中で仲間たちに紡いだ。

 決意。

 直後。

 オースティンが不意に構えを取る。

 逡巡は終わりらしい。


「わしは素手の方が強いぞ?」


 ――決めたなら、今は目の前の相手に集中しろ。


 切り替える。

 全ての思考を戦いへ回せ。

 魔人の本分に身を任せろ。

 矜持に命を賭けろ。

 たとえどんな状況であろうと、


 ――魔人は屈してはならない。


 単純だ。

 強いては、


「我が手に勝利を……!」


 魔人が、獲物を見つけて喜色を浮かべる獣の如く、高揚に身を委ねながら巨人へ襲い掛かった。

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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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