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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第五幕 【闘争:神域の王子と共に】
56/218

55話 「空都を駆ける、黒と白」

「お前のギルドが潰れるなら好都合だ、僕はレヴィ兄上の策に乗っからせてもらおう!」


 エスターが威声で吼え、さらに続けた。

 エスターの後ろに控えていた白装束姿の男に対する言葉。


「アンセム! ついでにそこにいる私生児の連帯ギルド長も潰してしまえ!!」


 同時、白装束が懐から鋭い銀光を放つ短剣を抜き、サレに向かって猛突した。

 対するサレの反応も早く、一瞬のうちに状況を理解して臨戦態勢を敷く。

 ローブの中に手を突っ込み、条件反射的に皇剣を抜き放ちかけた。

 しかし、


 ――まだ他の王族の目がある。……皇剣や術式は使わない方がいいか。


 ジュリアスが大立ち回りをこなした手前、この会合に影武者を使ったと後々に悟らせる要因を残すのはよくない。

 ジュリアスの言葉の説得力を削ぐ口実を与えてしまう。


 しばしの逡巡を経て、サレはローブの中の皇剣の柄から手を離した。

 徒手による迎撃に切り替える。

 その頃にはサレに突進してきていた白装束が目と鼻の先に迫ってきていて、


「その命、貰い受ける」


 囁きかけるように言葉を紡いでいた。

 直後、白装束が長い腕をサレの顔横に回り込ませ、その手に持った短剣で側頭部に刺突を繰り出す。

 対してサレは後発から動きを開始した。

 攻撃に対する迎撃反射。

 後発からの動きは、それでいて白装束の動きとは一線を画する速力を湛えていた。

 側頭部に回り込んだ白装束の腕を手刀の一閃で撃ち落とす。


「ぐっ!」


 白装束のくぐもった声があがった。

 サレの手刀のあまりの威力に手に持っていた短剣を取りこぼしている。

 そこへさらに追撃。

 サレが白装束の足元に回し蹴り気味の足払いを仕掛けた。

 その脚撃に足をすくわれた白装束の身体が宙を二回転する。

 その場にいた者たちは、足払いで人が飛ぶという尋常でない光景を呆然と見ていた。


「――」


 しかしサレの動きはそれでも止まらない。

 さらに追撃。

 吹っ飛んだ白装束のもとへ駆けていき、立ち上がろうとしていた白装束の頭部目がけて真上からの掌打を撃ち下ろした。


「っ――!!」


 言葉にならない悲鳴が上がり、白装束の顔面が床に叩き付けられる。

 そうしてようやく白装束は動かなくなった。


「……」


 十秒にも満たない刹那の戦闘光景を見ていた各王族たちは唖然としていた。


◆◆◆


 サレは白装束を片付けると、すぐさまジュリアスの姿を探す。

 すると、当のジュリアスは会議の間の出口付近でエスターと武器を打ち付けあっていた。


「剣神と槍神、果たしてどちらが上か! 〈戦神〉の加護を受けるセシリア姉上の前で無様な姿を見せるなよ、私生児!」

「言われなくとも!」


 エスターは白光に輝く剣を、ジュリアスは同様に輝く槍を片手に、お互いに間合いを測りながらの近接戦闘を繰り広げている。

 ――意外とあの第六王子もやるようだ。

 サレは胸中で少しの感心を得た。

 しかし、感心もほどほどに、次にどう動くべきかに思案を巡らせる。

 影武者を使ってきたという〈第三王子〉が、〈凱旋する愚者〉を潰すために行動しているらしい。

 先ほどのジュリアスとその影武者の話で状況は把握できている。

 「分が悪いだろう」とのジュリアスの言葉も気になっていた。


 サレはジュリアスとエスターの攻防に再び視線を移す。

 出口付近でのやり合いで、外に出るのに少し邪魔だ。

 ジュリアスに加勢してエスターを潰すか。

 しかしそれをすれば他の王族や連帯ギルド長も動くかもしれない。

 ジュリアスとエスターの一騎打ちという様相を呈しているからこそ、周りはまだ傍観しているのだろう。


「構わない、先に行ってくれ! 僕もあとで行く!」


 すると、どうするか悩むサレの胸中を察するように、ジュリアスから声が掛かった。


 ――分かった。


 声は出せない。だから代わりに――


 サレは近場の壁を拳でぶち抜いた。


 轟音だ。

 サレの拳が壁を貫き、与圧で数メートル四方を砕け散らせ、壁に大穴をぶち開けていた。

 その場にいた王族たちの視線が一斉にサレに向けられる。

 サレはその壁の穴からすでに半身を乗り出して、部屋から脱出しようとしていた。

 最後に一度だけサレの仮面がジュリアスの方を見る。

 ジュリアスはわずかに口角をあげていた。

 先に行く合図とも言える轟音に気付いてか、エスターとの交戦に興奮してかの判別はつかなかったが、サレはその笑みを見て安堵した。

 そうして、サレはぶち開けた壁の穴から外に抜け出していった。


「うっわあ…………あれ、マジ? ただのパンチで壁に穴開けたんだけど……この部屋の壁どんだけ厚いと思ってるの?」

「ジュリアスの連帯ギルドは異族が多い。そんなギルドの長だ。あのくらいの力は持ってて然るべきだろう」

「いやいや、いくら異族だからってさぁ……いやいやいや……」


 サレの一連の行動を見ていた王女たちから、そんな声があがった。

 ちょうどその頃、思わぬタフさを呈して先ほどの白装束が身を起こしていて、頭を振って意識を正している姿があった。


「追え! あいつに転移術式を使わせるな! 場合によっては術式に傷をつけてもいい!」

「――御意」


 ジュリアスと近接戦を繰り広げているエスターが檄を飛ばす。

 白装束はエスターの命令を受けて即座に立ち上がり、サレがこじ開けた壁の穴から同じように外に抜け出していった。

 一瞬の攻防の隙にエスターがその様子をわき目で見て、にやりと笑みを浮かべる。


「転移術式が使えない限りは湖都へは戻れまい。僕の連帯ギルドは空都アリエルを拠点とするギルドだ。アリエルに置いてある駒はこちらの方が多い。――諦めるんだな、私生児」


 エスターがジュリアスの槍の刺突を払いのけ、大きく一歩を跳躍して下がった。

 そして再び言葉を紡ぐ。


「それに、お前が湖都にいかねばレヴィ兄上を止められる奴はいないだろう。レヴィ兄上には高い神格がある」

「エスター兄さんは勘違いをしている。僕の選んだギルドは、あなたの思惑の型を容易にぶち壊す。彼らは『強靭』だ。僕がつい自慢したくなるほどに、彼らは強靭なのです。――サフィリス姉さんは知っていますよね?」

「ん? ――ああ、そうだな。少なくとも私の思惑の型をぶち壊す程度のギルドではあるようだ」


 サフィリスは先日の魔人との戦いを思い出し、ジュリアスの言葉に答えた。

 加えて内心では、

 ――アルミラージには悪いことをした。

 そんな言葉を浮かべていた。

 戦いを思い出すことで、同時に失った者への思いが復活する。

 自分の予想が甘かったばかりに、従者に命を落とさせてしまった。

 ――好奇心ばかりにかまけた代償だ。

 サフィリスはそうやって素直に謝罪を浮かべる自分の心の動きが、自分自身で意外だった。

 さらに思考が巡りそうになって、サフィリスは意識的に考えることをやめた。

 代わりにエスターとジュリアスのやり合いに再び視線を移す。

 エスターは自分と同じ剣神の神格剣を使い、ジュリアスは同系神である槍神の神格槍を振るっている。

 ジュリアスならば他の神族の術式を借り入れればたやすく決着をつけられるだろうと思う傍ら――


「悪役になると大言を吐いたわりには甘い奴だ。エスターの心意気を買っているのか?」


 そんな見方もしていた。


「そういうわけじゃないんじゃない? ――同じ土俵で戦って勝つことで、エスターの戦意を根元から刈るつもりなんじゃないかなぁ。同系の神族の力を使って負けたら言い訳できないし」


 すると第四王女ニーナの言葉が飛んできて、サフィリスは「ああ、なるほど」と納得の声を生んでいた。

 さらにニーナの方を向いて、


「ニーナは基本的に馬鹿だがときたまそれらしいことを言うのだな」

「えっ!? あたし今サフィ姉さんにすごい馬鹿にされたよね!?」

「今ので馬鹿にされたと気付く程度にはまだ正気が残っているのだな、これは意外だ」

「えっ、ちょっ、ちょっと! そこまで言う!?」

「ははは」


 噛みついてくるニーナを片手であしらいながら、サフィリスはエルサ第三王女に視線を移した。

 ――さて、と。


「私たちも一応は闘争の相手同士。特にエルサは私のことをなぜかいつも目の仇にしておるからなぁ」

「自意識過剰です、姉さん」

「そう疑われる方が悪いとは思わんのか」

「思いません」

「ふん、可愛げのない妹だ。まあいい、会合も終わったことだ、私も私の拠点に戻るとしよう」


 そういってサフィリスはサレの開けた壁の穴に足を掛け、


「ではな。いずれまた近い内にまみえよう」


 部屋から出て行った。

 サフィリスの後に続き、銀の鎧に身を包んだ騎士がガチャガチャと音を鳴らしつつ部屋から出ていく。

 床に倒れていた他の王族たちも、徐々に激化するジュリアスとエスターの巻き沿いを喰らわないように身を低くしながら、それぞれに部屋を離れて行った。


◆◆◆


「あー……喋れない空間ってのも結構鬱屈がたまるもんだなぁ……」


 テフラ城内を全速力で疾走しながら、サレはそんなことを口の端から漏らしていた。

 声音でいずれアリスが表舞台に出た時に整合性が取れなくなるからと、発言を極端に制限していたことからくる鬱屈だ。

 しかし、自分で影武者になることを選択した手前、ぶつぶつ文句を垂れるのも情けない。

 サレは思考を切り替え、意識を湖都へと向ける。


 来た道は大体覚えていた。

 伊達に鬱蒼とした森で少年期を過ごしたわけではない。

 代わり映えのない景色の中で道を覚えるノウハウは鍛えられた。

 テフラ城は森に似たような代わり映えのなさがあるが――


「まだ人工物があるだけ覚えやすいな」


 最悪、迷ったら壁ぶち抜いて脱出すればいい。


「修繕費はジュリアスにツケる形で」


 そんなことを考えていると、ふいに後方に一つの気配を感じた。

 城内を走り回る間、王城勤務者らしき者たちに何度か出くわしたが、彼らは皆一様に目を丸めてこちらを見るだけで、わざわざ追ってきたりはしてこなかった。

 しかし、

 ――こっちの気配は追っかけてきてる気がするなぁ。

 走っても走っても後方からの視線が外れない。

 ――さっきの白装束かな。

 もしくは他のギルドの長だろうか。

 あの場で明確な敵対行動を示したのはエスターとその連帯ギルド長だけなのを考えると、やはりあの白装束と見るのが妥当な気がする。

 ともあれ、考えるべきことは、


「どう出てくるか」


 今のところ馬鹿正直にこちらの進行したルートを辿ってきているようだ。

 しかし、地理的な有利は向こうにあるかもしれない。

 自分はアリエルに初めて来た身だ。

 向こうが仮にアリエルに拠点を置くギルドであるなら、地理の有利は確実に向こうにあるだろう。

 ――先に転移術式のところへ回り込まれると厄介だ。

 そんなサレの予想はしばらくして現実となった。


「――ん」


 自分を追いかけてきていた気配が突如として動きを止めた。

 否、急に気配が消えた。

 サレは足を止めて後ろを振り返る。

 やはり誰も追ってこない。

 さっきは確かに追われているという感覚があった。

 するとサレは前の方から訝しげな表情で歩いてくる王城勤務者らしき女を見つけ、


「ねえ、ちょっといい?」

「は、はひっ!?」


 声を掛けた。

 女はこれでもかとビビりながら、手に持っていた書籍の束を床に落とす。

 ばさばさと音を立てながら落ちた書籍の束を「はひっ! はひっ!」と慌てふためきながら拾う女を見て――、

 ――俺、今切実にこの服脱ぎたくなってきたよ。

 おそらくこの黒ローブに道化面という悪趣味な格好にビビったに違いないと確信した。

 ひとまず悲嘆はそれくらいにして、女には悪いと思いつつすぐに本題に移る。


「こ、この辺から外に出られる場所ってある?」

「はひっ、あっ、ううっ……」

「ゆ、ゆっくりでいいから……ね?」


 がくがくと震える女を見て、サレはなんとか宥めようと善処する。


「んっ……んむっ……あ、あのっ……あひらに……」

「あの……そっち壁なんだけど……」


 どうにも気が動転しているのか、女の指差した方向は廊下の壁であった。


「あっち方向ってのはあってるんだよね……?」

「はひっ!」


 あってるらしい。

 ――またビビらせることになるけど……

 この際仕方ない、とサレは自分に言い聞かせ、


「――修繕費はジュリアス王子にツケといて!」


 再び壁に向かって拳を振り抜いた。

 その日二度目の轟音がテフラ城内に響いた。


◆◆◆


 開けた視界の先、眼下のテフラ王城の庭を、小さな白色が走っていた。

 さっきの白装束だ。

 もう半時間ほど失神していてもおかしくない程度には打撃を加えたつもりだったが、思いのほか復帰が早い。

 サレは内心で少し毒づいた。

 すると、そこで轟音に気付いた白装束がサレの方を見た。

 目が合う。

 だが、


 ――無視か。


 サレからすぐさま視線を外し、テフラ城の外に向かって一心不乱に駆けていく。


 ――ということは、奴の狙いは転移術式陣かな。


 サレは確信を得、地面を蹴った。


◆◆◆


 サレは白装束を追ってアリエルの街に飛び出した。

 屋根を伝っていく白装束と同じように、跳躍を重ねて西へ進む。

 その途中、あることに気付いた。

 打ち合わせたかのように途中途中で同じ白装束の者たちが続々と姿を現したのだ。

 右後方、左後方、斜め前方。さらには屋根の下、アリエルの街路にまで。

 同じ装束。――ギルド員だ。

 近くまでは寄ってこないが、ちらちらと顔前を横切る蚊のごとく、いやらしい牽制を仕掛けてくる。

 しかし、それでも速力はサレが上回っていた。

 やたらに投げナイフやら矢やらを飛ばしてくる周りの白装束に対応しつつ、あと少しというところまで近づく。

 すると、一番前を走っていたギルド長たる白装束が、ふと奇妙な動きを見せた。


 ――鳥?


 白装束が懐に抱え込んでいた一羽の鳥を空に解き放ったのだ。

 一体どこにそんなものを、と思う傍ら、その鳥が不思議な燐光を発していることに気付き、


 ――術式によるものか。


 察する。

 さらにサレの精度の高い目はその光る鳥の足に『紙切れ』がくくりつけられていることを見抜いた。


 ――伝書。


 飛翔速度の速い鳥を伝達に使われればさすがに追いつけない。

 サレが抱いた予想は再び現実となり、宙高く舞い上がった光る鳥は大きな羽ばたきを一度見せると、猛然とした速度で西へと飛んで行った。


◆◆◆


 結論から言えば、サレよりも白装束たちの方が一歩先んじた。

 精確には、先に転移陣の場所で待ち伏せをしていた白装束が先んじた。

 サレが追っていたギルド長らしき白装束は追い抜いたが、転移術式陣がある宮殿門前に至った時には、すでに宮殿内からいくつかの声が聞こえてきていた。


「エスター殿下より転移術式陣に傷をつけることを許された。今のうちに一片をくりぬいておけ」


 そんな声が微かに。

 サレは息をひそめ、足音を消し、物音を極力立てないよう周囲に気を配りながら宮殿内を歩く。

 術式陣が設置された祭壇付近にまで潜り込み、物陰から術式陣の辺りに視線を飛ばすと――

 そこには転移術式が刻まれた石面の一部をくり抜いている白装束の一団がいた。

 そしてそのくり抜いた破片を、今砕き割った。


 ――先んじられた。


 アリエルを本拠地にしているという有利に先んじられた。

 地の利の大きさを見せつけられると同時、白装束たちの連携の良さにも思わず感嘆する。

 それでいて、当然内心に悔しさを得ていた。


 ――こうなったらギリウスがタイミング良く迎えに来てくれることを祈るしかない。


 ギリウスにはあらかじめ自分たちが使うアリエル側の転移陣の位置を知らせてある。

 そもそも、迎えに来ないならば下のギルド員たちだけでどうにかなったということだから、それはそれでいい。

 可能性を考えながら、サレは物陰に隠れて息を潜めた。


◆◆◆


 すると、数分もしないうちにその場に変化が現れた。

 真っ先に現れた変化は揺れだった。


「お、おい、なんか地面揺れてないか?」

「空に浮かんでるんだ、たまに揺れることだって……」


 転移陣をくりぬく作業を終えて一息ついていた白装束の何人かがそんな会話をしていた。

 しかし、揺れは徐々に大きくなっていって――


「いや、この揺れはおかしい。いくらなんでもこれは――」


 サレも同様の地面の揺れを感じていた。

 神殿の石床がガタガタと音を立て、周りの建造物も軋むような音を立てて揺れている。

 そして、


 揺れの原因は早々にその姿を現した。


 転移術式陣が刻まれた祭壇の奥。

 シルフィードによって外殻を守られているはずの外部空間から――




 巨大な黒竜が姿を現した。





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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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