54話 「神に愛されし者の決意」
「だいぶわざとらしかったぞ、ジュリアス」
部屋から出た後、ジュリアスにつれられていったのは空中庭園のようなバルコニーだった。
下を見れば青と黄の灯火に彩られたアリエルの街並みが見える。
王城から空都を見ろしつつ、サレは仮面の下にニヤニヤ笑いを浮かべてジュリアスに言った。
対するジュリアスが返すのは苦笑だ。
「ちょっと流れがよくなくてね。僕だって焦ったりはするさ」
「そっか」
サレは軽くうなずいて、再び訊ねる。
「それで、どんなもんなんだ?」
王族間のやり取りについて。
後ろで聞いてる限りでもある程度の情勢はつかめたが、王族間の関係性をよく知らないサレからすれば所詮は『ある程度』だ。
確定的な感想は生まれ出でなかった。
だから、ジュリアスに説明を求める。
「たぶん――もう闘争を避けることはできないだろう」
ジュリアスの返答は端的だった。
「セシリア姉さんとカイム兄さんは良い理解者になってくれそうだけど、やっぱりまだ手を取り合うことには慎重だ。次に暗殺者に狙われるとしたらこの二人が有力だからね。当然、警戒はするさ」
「あの闘争主義の姉ちゃんと、いかにも優しそうな兄ちゃんか。姉ちゃんの方は分かりやすいと思うけど――カイム第二王子だっけか、あの人はなんか含んでそうだな」
「ああ、カイム兄さんはそう見えるかもね。あの人は良くも悪くも完璧すぎるから。そう見えちゃうんだよ。なんかこう、計算ずくな印象を得るかもしれない」
ジュリアスはバルコニーの手すりに両手をついて身を乗り出しながら顔を上げた。
その目は遠くを見ていた。
景色の奥の方に過去でも見出しているかのような、そんな懐かしむ表情が顕れる。
「カイム兄さんはテフラ王族の中で一番神族と縁が遠い人でね。あまり神族の加護に恵まれていないんだ。でもその分色々な学問、武芸には精を出していて、とにかく勤勉で真面目で――優秀なんだ」
「へえ」
「他の弟妹たちが曲者揃いだからいつも仲介役になってくれて、場を収めてくれる」
「端的に言えば『苦労人』ってことか」
「はは、そうだね。ただ神族の加護が薄いっていうのはテフラ王族にとって『傷』でもあるから。幼少時は特に神族の加護によって能力が判断される風習があったから、そういう面でも苦労していたと思うよ。それでも、カイム兄さんは腐らずに精進を続けた。誰しもがあの人のようにはなれないけど、あの人を目指すことは誰にとっても良いことだと思う。それくらいの人格者だ」
――うちのギルドにも一人くらい欲しいな。いや、切実に。うん。
サレはふとギルド員たちの面々を思い出して、カイム第二王子と対比しつつそんなことを思った。
「打ち明ければカイム兄さんなら味方になってくれるかもしれないけど、確証がない以上はまだ何も言えない」
「打ち明けるって、何を?」
「〈キアル第一王子〉を殺した犯人がアテム王国の手の者かもしれないって事を」
「……なんだって?」
サレは目を見開いて問い返した。
ジュリアスが口走った言葉をすぐには理解できない。
対するジュリアスはまた苦笑を濃くして、サレの問いに答えた。
「可能性の話さ。でも、僕はその可能性が高いと思ってる。タイミングが良すぎるんだ。〈異族討伐計画〉を出したあとすぐに、キアル兄さんは殺された。それも偽装工作なしで。ただ王座が欲しいだけなら、わざわざ『他殺』であることをアピールする必要はない。病死でも、事故でも、なんでもいい。むしろ他殺である線を残してしまえば、王族の中に犯人がいるかもしれないと疑われるじゃないか」
「そ、それはそうだけど」
言われてみればそのとおりだ。
サレは胸中でジュリアスの言葉に納得する。
「でも今回は他殺であることをこれでもかと匂わせた。まるで王族同士が手を取り合うことを邪魔するかのように」
ジュリアスは続ける。
「もちろん、工作を施すほどの余裕がなかった、ということも考えられる。その場合だと、王族内に犯人がいたとしたら結構目星はつく。カイム兄さんとセシリア姉さん、それとサフィリス姉さんあたりはまずないだろう」
「どうしてそう言える?」
「カイム兄さんならまず偽装工作は完璧にこなす。あの人は『こうあるべきだ』とする正道や王道があるならば、必ずその道を辿るからね。つまり他殺であることをそもそも匂わせたりはしない。セシリア姉さんは『闘争主義者』だ。やるなら正面切って何かを為す。サフィリス姉さんは――」
〈狂姫〉サフィリスに関する説明をしようとして、一瞬ジュリアスは言い淀んだ。
しかし、数瞬の後に結局言い切る。
「たぶん王族内で唯一、王権そのものに大した興味を持っていない。あの人は好奇心の塊だから、面白そうなことが起これば反射的に首を突っ込む。今回はそれが王権闘争に向いただけだろう」
「個性的なテフラ王族の中でもやっぱり頭一つ突き抜けてやがるな、あの享楽主義なお姫さんは」
「そうだね。でもサフィリス姉さんが犯人になり得ない理由はそれだけじゃないよ」
「というと?」
「サフィリス姉さんはキアル兄さんと特に仲が良かったんだ。直情型のサフィリス姉さんがキアル兄さんを殺して平然としていられるわけがない。そして嘘の親愛を抱けるほど器用な人でもない」
まあ、
「全部僕の印象を基にしているから確かな証拠はないけどね」
ジュリアスがまた苦笑で締めくくった。
サレはそこまでの説明を聞き、首を数度縦に振る。
「なるほど。――ならさ、アテム王国の差し金の可能性があるって、いっそあの場で言ってしまえばいいんじゃないか?」
「仮に僕の予想どおりすべてがアテム王国の差し金だったなら、あの場のギルド長の中にアテム王国の手の者がいる可能性は高い。そうであれば僕が『可能性』に勘付いていることがバレてしまう。それがアテム王国がさらなる動きに出るきっかけになってしまうかもしれない」
ジュリアスはジレンマを得ていた。
「もし闘争を避けられないのならば、それを終わらせるための時間は欲しい。だから、アテム王国を刺激したくない」
闘争は避けたい。
でも避けられないなら、いっそ一気に終わらせてしまいたい。
そのための時間は欲しい。
結局――
「僕はきっと、この時点で闘争を選ぶべきなんだろう。所詮アテムの差し金というのだって可能性の話だ。確証がなければ信じてもらえないだろうし、僕も心から手を尽くせない。間違いが許されないから。だから――」
闘争を選ぶしかない。
ある意味でそれは確実な方法だ。
「ただ勝ち続けて、勝ち続けて、できるだけ早く勝ち進めて、アテム王国がさらなる手を打ってくる前に『力』で国を纏めあげてしまう。防衛力を整えるという目的に際して、現状ではこれが一番確実だ」
困った風に両手を広げ、ジュリアスは言った。
最後には結局、闘争を経て解決をした方がいいという方向に流れてしまう。
テフラ王が闘争を経ての継承権委譲という条件を出してしまったからには、覆しようがないのかもしれない。
「せめて陛下が正気なら――いや、どうにもならないことをとやかく言っても仕方がないね」
ジュリアスは首を横に振ってその考えを思考の外に追い出した。
すると、サレがジュリアスの顔を見て訊ねた。
ジュリアスの顔に決意の表情を見たがゆえの、問いかけだった。
「ならばどうする、テフラ王族末弟、〈ジュリアス・ジャスティア・テフラ〉」
「ああ――」
ジュリアスの目には鋭い意志の閃きが走っていた。
「ならば、与えられた道を辿ろう。避けられないのなら、その道を辿ったうえで最良と思える道を探そう。僕は僕のエゴを貫き通そう。たとえ悪人だと後ろ指を差されても――」
「――分かった。なら、俺たちも俺たちの矜持によって、悪役となる手助けをしよう。建前で戦争をするような連中の手助けだ。悪役にはお似合いじゃないか」
「はは、期待しているよ、〈凱旋する愚者〉の副長さん」
ジュリアスとサレはお互いに笑みを浮かべ、しばらくしてから王族たちの待つ部屋へと戻っていった。
◆◆◆
二人が会議の部屋まで戻っていくと、その部屋の扉の前に〈カイム第二王子〉が立っていた。
壁に背を預けながら腕を組んでいる美貌の男だ。
「どうするか決めたかい? ――ジュリアス」
「なんでもお見通しですね、カイム兄さん?」
「はは、なんでもじゃないさ。それに、物事を見通したとして、私はそれらに対していつも完全に手を打てるわけじゃない。今回が良い例だね」
優しげな微笑を浮かべてカイムは言った。
「兄さんは――どうなさるのですか」
やや漠然とした質問をジュリアスが投げかける。
カイムはその含まれた質問をすぐに察知して、ジュリアスの問いに答えた。
「今回は私の出る幕はないよ。物理的な闘争となれば私は他の兄弟よりもずっと不利だからね。私には神族の加護がほとんどないから」
カイムはジュリアスと同じ綺麗な金髪を揺らした。
「連帯するギルドには闘争に優れるギルドを選んだけれど、もしジュリアスが本気で闘争に臨むとなれば話は別だ。私に協力してくれるギルドには悪いけれど、ジュリアスが相手では正直分が悪い。それに、そこにいるお前の連帯ギルドの長もただ者ではないのだろう?」
「……」
ジュリアスは沈黙で答えた。
詳しくは言えない。
それが沈黙の含む答えだった。
「そうか。まだ他の兄姉がいるからね。詳しいことは話せないか」
儚げな笑みを浮かべるカイムを見て、
「兄さん、僕は――」
ジュリアスは思わずすべてを話したくなった。
――いっそカイム兄さんには言ってしまおうか。
そう胸中に浮かべ、次の言葉を舌の端に乗せかけた。
しかし、
「無理をしなくていいよ、ジュリアス。今言うべきでないとお前が思うのなら、それを咎めはしない。私はお前が王族の輪に戻ってきてくれただけで嬉しいんだ。こんな状況でなければもっとゆっくりと話していられたかもしれないけれど」
カイムがジュリアスのその心中の逡巡までもを察して、優しく制していた。
そのままカイムはジュリアスに近づいて、おもむろにその頭に手を乗せる。
そうしてジュリアスの金の髪を優しく撫でた。
「私に神族の加護が薄くとも、他にやりようがないわけではない。でも――今回はお前に任せることにする。さっきお前の目を見てそう決めたんだ。闘争を避けようとするお前の意気にも賛同してやりたいところだけれど、私自身、第二王子として自分の意見には責任を持っているから、それを曲げることはできない」
「わかっています。それぞれの発言に理由と責任があることは」
「はは、サフィリス辺りは大して深く考えていなさそうだけどね。――まあ、そういうわけで、私は私なりの結論を出して発言をした。だから意見は曲げない。だけどお前の意見に全く賛同しないわけでもない。その上で私の助けが必要ならば、その時また言いなさい」
「……わかりました。その時は――必ず」
「うん、待っているよ。それじゃあ、戻るとしようか」
カイムは長い服の裾を捲り、踵を返した。
カイムは扉を押しあけて先に中へと戻って行く。
先に部屋に入ったカイムの背を目で追いながら、
「ごめん、カイム兄さん」
一人ジュリアスが謝罪するのをサレは聞いていた。
◆◆◆
先ほどと同じように円卓の末席に座ったジュリアスは、席につくや否やすぐに声を発した。
「兄様方、姉様方の言い分は分かりました。僕一人の意見で今回の〈闘争〉を無かったことにするのもおこがましいと知りました。だから――僕は〈闘争〉の中で自らの思惑を体現します」
「ほう、ならばどうする、末弟よ」
〈戦姫セシリア〉が口角をつり上げて訊ねる。
ジュリアスの闘争への積極的意志に気付き、好戦的になっていく笑みの形。闘争主義者の本質の表れ。
「早々に闘争の結果を生み出します」
「結果とは?」
〈戦姫〉のあとにジュリアスに訊ねたのは〈狂姫〉――サフィリス第二王女。
「必要とあらば、僕の意見を通すために――僕が王になります」
「いまさらぁ? ここにいる王族の誰もがそう思ってるよ。だからこうやってわざわざ集まったんでしょ?」
ジュリアスの決意の言葉に気だるげな声を返したのはニーナ第四王女。
そう、誰もが開戦の狼煙を待っていた。
「ニーナ姉さんの言うとおりです。唯一駄々をこねていたのは僕でした。――でも、今日で決心しました」
「ハハ、ハハハハ! 良い、良いぞジュリアス! 〈神に愛されし者〉が本気になったか! 面白くなってきた!」
サフィリスが待ちきれないと言わんばかりに立ち上がった。
その明確な動きに反応し、周りの王族たちも身体を動かし始める。
そしてその後ろに控えていたギルドの長たちもおもむろに足の幅を広げたり、腕を腰元に置き始めたり、そうして動きへの準備体勢を身に敷きはじめた。
さらに場の高揚を押し上げるのは、エスター第六王子の声だ。
「図にのるなよ私生児が。他の王族が認めたとて、僕はまだお前が王族であることを認めていないからな……!」
サフィリスの興奮にあてられたように漏らす怒気。
「ならば――!」
これまでは穏便であったジュリアスが、ついにエスターの好戦的な言葉に対抗する。
張り上げるのは末弟の威声。
「この〈ジュリアス・ジャスティア・テフラ〉が王となり認めさせてやる! 僕はあなたたちにとっての悪役になろう!!」
立ち上がり、手を水平に振り抜き、〈最も神に愛されし王子〉が言った。
「今こそ力を貸せ――〈天空神〉よ!!」
瞬間、ジュリアスの眼前にあった巨大な円卓が潰れた。
見えない何かに押し潰されるように、ぐしゃり、と音を立てて。
潰れた円卓はそれでも音を止めない。
砕け散った音のあとは、軋む音だ。
潰れてなおそれは床に押し潰されていく。
上方からの見えない圧力ですり潰されていく破片の木端。
その場にいた誰もが、一瞬にして身構えた。
――何かがそこで、起こっている。
『そうか、ついにお前が自らの意志で力を行使するか。――いいぞ、ならば存分に貸そう、我が〈天空神〉の力を!』
次いで、ジュリアスの隣に神界術式が浮かびあがった。
その術式陣をこじ開けるようにして現れたのは少女だ。
〈天空神ディオーネ〉。
彼女が姿を現すと、上方からの見えない圧力は一層力を増し、背後にいたサレにまで影響を及ぼすほどになる。
腕を上げるのが辛くなる。
立っていると膝が荷重に震え、体重を支える踵が悲鳴をあげる。
――重い。
サレはその荷重に耐えながら、見えない圧力に対する率直な感想を心に浮かべた。
――空気の荷重を通常時の何倍も受けているかのような感覚だ。
空気の荷重なんてものを感じたことはなかったが、そう形容するのが一番的確であるように思えた。
サレはその重みに耐えながら周囲に視線を移す。
そこには荷重に耐えきれずに床に跪く何人かの王族と、荷重に耐える他の王族という二項的対立があった。
前者の者の中にはカイムの姿もあった。
対して、荷重に耐えている王族は各々に身体の周囲に神格術式を展開させており、
――テミスではないな。
王国法の恩恵によって効力を発揮する〈法神テミス〉の神格防護ではないことをサレは察する。
サフィリスとの戦闘時に何度も見た神格術式陣とは毛色が違う。
ともあれ、神格術式によってこの荷重空間を耐えているとなると、
――さすがはテフラ王族といったところか。
多重契約による他の神族の力だろうか。
「〈天空神ディオーネ〉の力か。――空気か、風か、それとも重力か。いまいち概要が掴めん力だな」
荷重に耐えている王族の内の一人、〈狂姫〉サフィリスが変わらぬ笑みを浮かべて言った。
「いずれにせよ、それなりの神族の加護がなければそう耐えられるものではないな」
サフィリスは床に跪いている他の王族を眺めながらうなずきを見せる。
「この程度に耐えられぬのならば早々に〈闘争〉を辞退しろ、と。そう言いたいのか?」
「ええ、そういうことです。この程度に耐えられないにも関わらず、なおも向かってくるというのならば――僕はあなたたちの『敵』としてその命を刈り取るまで力を行使する」
ジュリアスは顎をあげ、思い切り見下すようにして床に跪いている王族に視線を向けた。
「だから、死にたくなければこの闘争から身を退いてください」
その瞳にも声音にも慈悲の色はない。
「……了承……しよう」
真っ先に答えたのはカイムだった。
そんな第二王子の早々の辞退に背を押されるように、床に跪いていた王族たちは次々にジュリアスの要求を呑んでいく。
跪いていた王族たちがすべて闘争からの辞退を認可すると、ジュリアスは再び手を水平に振り抜き、辺り一帯の空間に掛かっていた荷重を取り除いた。
早々に闘争からの辞退を余儀なくされた王族は第二王子カイムを含め、第三、第四、第五王子の四人だった。
王女たちは皆ディオーネの荷重を耐えきっており、
「どうする、ジュリアス。ここで私たちとも決着をつけてしまうか?」
サフィリスに至ってはいつの間にか神格剣をその手に召喚し、今にもジュリアスに切り掛かろうとしている体勢だった。
そんな中、ジュリアスはサフィリスの言葉を無視し、床に跪いている〈第三王子〉に近づいていく。
なにをするのかと周りの者がそれを見ていると、ジュリアスは第三王子の髪をつかみ、その顔を持ち上げた。ぞんざいなやり方だった。
「やっぱり、お前は偽物だな。〈レヴィ兄さん〉なら天空神の力に耐えられる神格を持っていたはずだ」
「……」
さらに、ジュリアスはその男の頬の辺りに奇妙なひび割れが入っているのに気づき、その部分に爪を差し込んで皮膚全体を捲るように引っ張った。
ぱりぱりという固い生地が割れるような音が鳴り、捲られた生地の下から見慣れない男の顔が現れる。
「影武者か。誰かしらそんな手を打ってくるとは思ったがな。特にエルサあたりは」
「私はそんな回りくどいことはしません」
「嘘をつけ」
〈狂姫〉と〈冷姫〉のやりとりを無視しつつ、ジュリアスはその男に訊ねた。
「レヴィ兄さんはどこにいる」
「……」
男は答えない。
「答えねば潰すぞ」
ジュリアスがわざとらしく怒気を閃かせると同時、片手をあげた。
するとジュリアスの後ろにいたディオーネが同じような動きを見せ、
「――ナ、ナイアスに」
「何のために」
「ジュリアス殿下の連帯ギルドを潰しに行くと……仰っていました。特に理由があるとは思えませんが……」
「ああ、レヴィ兄さんならそんなものだろう。あの人の行動基準も大概だからな。それで、お前は誰なんだ」
「金で雇われただけの傭兵崩れです……」
「そうか」
ジュリアスは乱暴にその男を床に叩き付けると、サフィリスに向き直って言葉を紡いだ。
「サフィリス姉さん、あなたとの勝負はいずれ。この闘争はギルド間の闘争でもある。あなたたちが闘争を辞退しないと言うのならば、どこにでも機会は転がっている。もちろん今ここでもいいけれど、僕は僕の連帯ギルドを守るために極力あなたたちを無視する」
「ふむ、お前の意識が私に向かないのなら戦っても楽しくないな。――つまらん、行きたいなら行け。レヴィへの糾弾はエルサ辺りがするだろうが、お前の連帯ギルドが潰れてからではそれも遅い。せっかく楽しくなってきたというのに、水を差しおって」
サフィリスの返答を聞いてジュリアスは一息をついた。
次いで、後ろで待機していたサレに顔を向け、
「行こう。いくら君のギルドでも王族相手だと分が悪い。相手がレヴィ兄さんなら負けることはないだろうが、勝ちもしないだろう」
「ああ、わかった」そう口に出しそうになって、サレがぎりぎりでなんとか声を押し留めた。
本来ならアリスが出席しているべきなので、今ここで声が男であるとバレてしまうと、後々面倒なことになるかもしれない。
サレは声を出さずにうなずきを返す。
すると、そこへ横やりを入れる声がまた一つ。
「ここまで大立ち回りをしておいてやすやすと逃げられると思うなよ、私生児!」
部屋の扉の前に〈エスター第六王子〉が剣を抜いて立ちはだかっていた。




