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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第四幕 【神眼:その瞳が映す世界を】
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51話 「天空の都へ」

「なんというか、物凄い光景であったな。サレが神族と楽しげに話していたのである」

「ていうかうちの副長神族の腕吹っ飛ばしたけどアレ大丈夫なのか?」

「まな板は心配性ね。明らかにあのチビッ子が差し出してたじゃない」

「それはそうなんだが……」

「マコトよ、ぬし最近まな板という単語にまでツッコミを忘れるようになってきたようじゃな」


 ――いかん、本気で忘れてた。


「やっぱり私も毒されてきてるよな…… 慣れってのは怖いもんだ……」

「そうしていつの間にか胸囲がマイナスになっていくのね!?」


 ――いや、全く繋がりがないというか、まずもってまるで意味がわからない……!


「はい、皆さん、外道全開で食堂の中を覗き見るのも良いですが、夜の会合まで時間もなくなってきたので準備を急いでください」


 多くのギルド員が食堂の外から中の様子をうかがっていたが、突然その後ろからアリスが現れて、手を打って皆に行動を促していた。

 アリスの言に従ってそれぞれが蜘蛛の子を散らすように移動していく中、食堂からちょうどサレとジュリアスが現れてきて、


「さて、一応自己紹介も済んだし、早速会合に向けて話し合いを始めようか」

「僕も準備は出来てる。あとは打ち合わせだけさ」


 そう言ってアリスと共に大広間へと向かって行った。


◆◆◆


 大広間に集まった面子はサレ、アリス、ジュリアス、さらに各実戦班の班長であるトウカ、ギリウス、マリアだった。

 その後、プルミエール、マコト、メイトが加わり、細かい部分の打ち合わせに入っていった。


「で、私は妖術でサレに変化して、わざとらしく爛漫亭の入口でじっとしていればいいわけだな」

「そんなところだよ。いけそう?」

「ああ、会合に向かう前に一度全身像を見せてもらえれば大丈夫だ。見慣れているし、服の細かい部分だけ見直させてくれればそれなりの精度で化けられると思う」


 マコトが真っ直ぐな長髪を揺らしてうなずき。

 その眼には確かな意志が込められていた。


「わかった、なら頼むよ」


 サレも「安心して任せられる」と胸中に浮かべ、同様にうなずいた。


「安心なさい、マコト。何かあっても私が守ってあげるわ。――高貴かつ美しく!!」

「そこは堅実かつ安全に頼む……」


 マコトが苦笑しながら言った。


「俺たちが空都アリエルで会合している際に事が起こるとしたら、拠点であるこの爛漫亭付近だろう。そしてたぶん、情報の流通具合によるけど、俺が真っ先に狙われる可能性が高い。一度おおっぴらに暴れちゃってるからね。ギルド長であるアリスは空都アリエルに会合に行っているって設定だから、むしろ安全だと思う。外から見えないように爛漫亭の奥に隠れていればいいわけだし」


 ゆえに、サレに化けるマコトが一番危険だ。


「かといって姿を全く晒さぬわけにもいかぬからな。何度かは周りの目に姿を晒さなければ不自然に思われるかもしれぬ。影武者としてサレが会合に行っているという疑念を抱かせるのも後々面倒じゃ」

「だからあえて姿を晒すわけであるな。不自然に思われない程度に」

「必要ないかもしれないけど、念には念を。それに、俺なんかよりずっと頼りになる護衛役がたくさんいるからね。大丈夫さ」

「ねえ! それ私のこと!? いいわ!! もっと褒めなさい!?」

「プルミ、あんまりうるさいとつまみ出しますよ?」

「……ごめんなさい」


 いつもの柔和な笑みを浮かべて淡々とプルミを叱りつけたマリアは、続けてジュリアスに訊ねた。


「〈空都アリエル〉まではどういう手段で向かうのですか?」

「転移術式だね。一本だとさすがに届かないから、いくつかの転移陣を経由してアリエルに向かう。そういう独自のルートが湖都ナイアスには隠されているんだ。よっぽど大きな転移術式陣なら一本でもアリエルに届くかもしれないけど、それだと簡単にアリエルへの道がバレちゃうし、誰でもアリエルにいけるようになってしまう。そこらへんは規則があるんだ」


 「王国法ほど強い強制力は持たないけど」とジュリアスは付け加えた。


「転移術式か。転移系は術式編むのに物凄く時間が掛かるからなぁ。独自の転移術式を編んで、ってのは難しいか」

「その上、空都アリエルは空に浮遊しているだけあって常時微妙に座標が変わるからね。その辺の事情もあって今のところ独自の転移術式でアリエルに挑んだ者はほとんどいないよ。そういった手段で挑戦するよりも、長年かけて組まれた備え付けの転移陣を使える地位につく方がまだ楽なもんさ。べつに王族になれっていってるわけじゃないしね」

「なるほど、ではこちらで何かあってもすぐには戻ってこれそうにありませんね」

「〈シルフィード〉に直接触れなければ自由落下式で空都から戻ってくることもできるけど――」


 ジュリアスの言葉にプルミエールがすぐさま反応した。


「でもそれ、ミスったら死ぬわね」


 プルミエールが重ねて言う。


「あの風域帯はさすがの私も飛んで越える気にはならないわね。風の流れは滅茶苦茶だし、勢いも殺人級だし。洒落になってないわ。流れを読める類の風じゃないわよ、あれ」

「神族が外界からの干渉を遮断するためにわざわざ生み出した風域帯だからね。天空神であるディオーネならある程度干渉できるかもしれないけど――」


『あれは風を司る神族が複数人で何年か掛けて作った代物だ。解析できないこともないが、私一人では時間が掛かる』


「――というわけらしい」


 どこからか声が飛んできて、それに応じるようにジュリアスが両手を広げて困った風にリアクションを取って見せた。


「ちなみに範囲はどのくらいかわかるか?」


 そこでサレがジュリアスに訊ねた。


「〈シルフィード〉の正確な範囲幅はわからない。そこらへんも含めて常時変化している風域帯なんだ。風域を見極めるくらいなら転移術式を使った方が早く戻れるけど――」

「俺たちの足止めを目的とされた場合、真っ先に転移術式を封じられるだろうな」

「――そうだね」


 少しの唸り声があがり、一同は黙った。

 ややあってアリスが口を開く。


「つまり、総括すると、こちらの方で何かが起こったとしてもサレさんとジュリアスさんはすぐには戻れないということですか」

「どの程度の足止めをされるかにもよるけど、大方そういうことになるね」

「あ――」 


 そこで、突然ギリウスが間の抜けた声を上げた。


「なに? ギリウス」

「なんだか議論を重ねたところで悪いのであるが、我輩、本気出せばあの風域を越えられるのであるよ?」

「……はい?」


 ギリウスは目を弓なりにして嬉しそうに言葉を重ねた。


「だから、我輩本気出せば〈シルフィード〉を越えられるのであるよ」


◆◆◆


「愚竜、あんた本気で言ってるの?」

「うむ。我輩は竜族(ドラグナル)であるからな。若干派手になってもいいのなら可能であるよ」


 ほんわかと言うギリウスと、その言葉を信じられないといった体で聞くプルミエール。


「だから、もしサレやジュリアスの力がこちら側で必要となったならば我輩が迎えに行くのであるよ」

「でもギリウス、前シルフィードを見た時は結構辛いみたいなこと言ってなかったっけ」

「あの時はまだ竜体に戻ることに慣れていなかったのである。最近訓練を重ねていくうちに、ようやく良い感覚を取り戻してきたので、たぶんなんとかなるのであるよ」


 いまだにプルミエールはギリウスの言葉を信じられないようだったが、


「我輩、仲間には嘘をつかないのである」


 というギリウスの言葉を聞いて、どうやら納得したらしかった。


「じゃあ、湖都の方で何かあった場合はギリウスに頼むよ」

「うむ、任せるのである。とはいえ、事が起こる可能性が一番高いのはサレたちの向かう空都アリエルであるから、十分気を付けるのであるよ」

「胆に銘じておくよ」


 そうして話しているうちに、おおよそ予想しうる場合の対応策は決まっていった。


◆◆◆


 そして日は沈み、夜が訪れる。

 サレはいつもの服装の上からさらに全身を覆う黒いローブを身に着け、爛漫亭の入口に立っていた。

 隣には全く同じ背丈をしたもう一人の『サレ』がいて――


「じゃあマコト、戻ってくるまで頼むよ」

「ああ、任せろ」


 サレは自分と全く同じ姿をした人物と会話するということに奇妙さを感じながら、妖術でサレに変装した〈マコト〉に声を掛けていた。


「サレ、一応これもつけておいて」


 さらに少し遅れて爛漫亭から出てきたジュリアスが、サレに何かを手渡す。


「……仮面?」


 手渡されたのは白塗りの仮面だった。

 道化面のような不気味な笑みを湛えた仮面だ。


「……趣味悪くない?」

「不気味なくらいがちょうどいいさ。僕たちは他の王族にとっての悪役になるんだからね。それに、どうせだから雰囲気を楽しまないと!」

「ジュリアスもサフィリスのことをとやかく言えたもんじゃないなぁ……」


 微妙なところで姉弟であることが窺える。

 テフラ王族には共通して『劇役者根性』のようなものがあるのだろうか。

 とはいえ、顔を隠す必要性には同意で、仕方ないと思いつつサレは仮面を顔に装着した。

 最後にローブのフードを目深に被り、


「よし、それじゃ、楽しい楽しいパーティーに行くとしよう」


 大きく一歩を踏み出した。


◆◆◆


 ジュリアスに先行されてついて行った先は湖都ナイアスの中心区域だった。

 円形に地盤がくり貫かれてアレトゥーサ湖の湖面が露わになった場所がある。

 碧い水面が静かに揺蕩(たゆた)う場所。


「まっ、まさかこの湖の中に術式陣が隠されているとか!? それか湖の表面に術式が浮かび上がって『よくぞいらっしゃいました』風な女神が出てきたり!!」

「え? ――まさか。水面に術式を描き出すとか無理に決まってるじゃないか」

「ちょっと期待した俺が馬鹿だったよ」


 ――少しくらい期待させてくれてもいいのに……

 サレは仮面の下で残念そうな表情を浮かべながら、内心で思った。

 ジュリアスはその様子を適当にスルーして、どんどんと歩を進めていく。


「僕の目当てはここさ」

「……小屋?」


 ジュリアスが指差した先にあったのはくたびれた小さな小屋だった。

 湖の近くに立ち並ぶ建造物の中に紛れ込むように佇んでいる小屋。

 何の変哲もない、あるいは倉庫であろうかなどと勘ぐってしまいそうな小汚い小屋だ。

 ジュリアスはその小屋の前に立ち、懐から鍵を取り出して扉の鍵穴に差した。


「まさかこの中にあるわけ?」

「そうだよ?」

「……」


 ――何かの拍子に壁に穴が開いたりしたら丸見えじゃないか。


「ああ、この小屋自体にもある程度の防護が掛けられているからそう簡単には壊れないさ。一見するとただのくたびれた小屋だから、簡単に壊れそうに見えるけどね」


 そんな会話をしていると、小屋の扉がカチリと音を立てる。

 次いで、軋んだ音を上げながら扉が手前に開いた。

 扉をまたぎ、小屋の中に足を踏み入れて周りを見回すが、特別変わったところは見られない。

 くたびれた外観と同様にぼろぼろの内装が映るばかりだ。


「床下が開くとか!?」

「そう、そこは正解」


 ――よし! 実は床下に通路が隠されている、っていうロマンシチュエーションの重要さはこの小屋を作ったやつにも理解できていたようだな!

 サレは内心で小屋を作った者を褒め称えた。


「なんかお宝を探しに来た冒険者みたいで楽しいよね」

「僕はもう慣れちゃってるし、お宝が眠ってるわけでもないって知ってるからなぁ……」


 ――ノリの悪い奴め。


「それに、なんかサレの今の格好で言われると冒険者っていうより密売人とか、そういう方が似合うんだけどね……?」

「鏡がないことを祈るよ……切実に見たくねぇ……」


 その後も他愛のない会話をこなしつつ、さらに何重かの隠し通路を通り、ついにサレとジュリアスは転移術式陣の存在する部屋にまで到着した。

 武骨な石で造られた床と壁。

 そこに描かれた複雑な術式。

 それのみの簡素な部屋だった。

 サレは部屋中に広がる術式陣を端から端まで眺め、思わず嘆息する。


「可能なら構成式を盗もうと思ったけど――これは無理だな。知らない術式理論も組み込まれてるっぽいし……」

「どの国でも固有の術式理論は重要な戦力なうえに取引材料でもあるからね。術式書に記載されている術式理論がすべてってことはないさ」

「んー、時間かければ解析できそうでもあるんだけどなぁ」

「ちなみにこの転移術式陣は床の下まで伸びてるからね。全容を書きだそうとしたらたぶんサレがうんざりするくらい膨大な量になるよ?」

「大人しく諦めよう……」

「はは、まあ、機会があれば試してみるといいよ。さて、そろそろ行こうか」


 ジュリアスに促され、サレは術式陣の中心に立った。

 ジュリアスが隣に歩んできて、術式の起動言語をつぶやく。


「――」


 そして次の瞬間。

 術式陣が淡く明滅したかと思うと――

 一瞬にしてサレの視界が暗転した。


 飛ぶ。


 空間から空間へと。


 湖から――空へと。

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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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