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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第四幕 【神眼:その瞳が映す世界を】
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48話 「第七王子と天空神」

 今までの〈殲す眼(グラム・イストーラ)〉の術式紋様は黒色だった。

 瞳の赤色によって若干赤みがかることはあっても、決して紋様が金色になったことはなかった。

 赤い瞳に金の紋様。

 アルフレッドたちにもらった六芒星のペンダントと同じコントラスト。


「さすがにここまで予想していたわけじゃあるまいな、アルフレッド」

「――アルフレッド?」

「ああ、いや、こっちの話だよ」


 よく見ると、現在進行形で黒色部分が金色に変化していっている。


 ――これが変化なのだろうか。


 さすがに、術式紋様の色が変わっているだけではないと信じたい。

 もしそれだけならなんとも間抜けだ。

 そんなことを考えていると、ついに黒色の部分がすべて金色になり、一度強く輝いた。

 同時、サレの目尻から流れていた血の涙が止まり、


「あ――」


 瞬間、サレの意識はそこで途切れた。


◆◆◆


 爛漫亭で一大事が起こっていた頃、ジュリアスは湖都ナイアスの歓楽区にいた。

 歓楽区とはいっても表通りではなく、人気の少ない裏通りである。


「あんた、王子殿下だったのかい?」


 裏通りにひっそりとたたずむ小さな娼館の前で、恰幅のいい女性とジュリアスが向かい合って話をしている。


「はは、実はね。――驚いた?」

性質(タチ)の悪い冗談じゃないさね? あたしの店を宿代わりにしてたタダ飯喰らいが、実はこの国の王族だったなんて信じたくないねえ」

「湖都だからこそ僕は身分を隠して放蕩することができたのさ。空都で同じことをしても名前と外見ですぐバレちゃうし。名前は偽名を使うとしても、容姿を隠すには限界もあってね」

「だろうね。あんたは目立つ外見してるから」

「空都と違って、湖都ナイアスは王族とは縁が薄いから。王族の威光なしでもこんなに繁栄しているわけだし。僕はこっちの雰囲気のが好きだなあ」


 満面の、心底楽しいといった風の笑顔を浮かべるジュリアス。

 対する女性の方は「やれやれ」と両手を上げて、口を開いていた。


「はあ――まあいいさ。あたしにとってはあんたはタダ飯喰らいのままだよ。また気が向いたら遊びにきな。結局あんた、うちの娘に全然手を出していかなかったしね。娘たちからは結構人気だったのに。――まったく、娼館をただの宿に使うなんてとんでもない男がいたもんだよ」

「ここのベッドは寝心地がよくて、ついね」


 ジュリアスは悪戯気に笑った。


「――これからなにをするのかは知らないけど、身体には気をつけなよ」

「うん、ありがとう。ママさんも身体には気を付けてね」


 そう言ってジュリアスは踵を返し、通りから姿を消した。


◆◆◆


「――〈ディオーネ〉」


 そのまま人通りの少ない街路を目指し歩いていた最中、ジュリアスは周りに人がいないことを確認したあと、ふと誰かの名を呼んだ。

 誰もいないその空間に語りかけるようにして。


『呼んだか?』


 しかし、その奇妙な語りかけの動作のあとに響いた声があった。

 なにもなかった宙空に、突如として複雑な術式陣が展開された。

 その術式陣が今度は中心から左右に割れるように広がり――


 開けた術式陣の中の空間から腕が飛び出してきた。


 それはいつかのサレが神界術式で〈ツッコミの神〉を呼び出したときと同じ光景だった。

 だが、今回は腕だけでなく、さらに神界術式の門を押し広げるようにして中から頭と胴体が現れてきている。

 閉じられた空間から体半分を乗り出すようにして現れたのは、白光に包まれた真っ白な『人型』だった。

 身体に纏っているのは薄い布きれ一枚だが、その布は身体と同じように白く淡い光を常時放出していて、奇妙な存在感を醸し出している。


「呼んだとも、ディオーネ」


 徐々に身体とその服から発生していた白光が薄れていき、ついにその明確な輪郭と顔が露わになる。


『天空神を呼び捨てにするのはお前くらいだぞ、ジュリアス』


 少女だった。

 白い髪、白い肌、白い服。

 すべてが現実離れした純白で構成されている。

 微弱な白光を常時発生させているその少女は、異様に整った顔を少しけだるそうに歪め、宙に頬杖をつくような姿勢で神界術式から半身を乗り出していた。


「べつにいいじゃないか。僕に勝手に取りついたのは君の方なんだし」

『主神級神族の私に対して皮肉まで飛ばすか』

「だって事実だし」

『――いいか、お前は良い匂いがするんだ。神族が好む匂いだ。だから多くの神がお前に寄りつく。つまりお前がそんな匂いを発しているのが悪い』

「言い訳じみてる気が……というかなんで僕怒られてるんだろ……」

『ハハハ、ばかめ』


 ――彼女は本当にプライドが高い。

 ジュリアスは頭を抱えながら、そう心の中で思った。


「とてもじゃないけど、君が主神級の神族だとは思えないなあ」

『久々に呼んだと思えばそれか? ――叩き潰すぞ?』

「僕を叩き潰したらその神が好きな香りとやらが嗅げなくなるね」

『ぐぬぬ……』


 ジュリアスの言葉を聞いて急に尊大さを消したディオーネが、見た目の年相応の反応を見せる。

 それだけを見れば少女が悔しげに呻いているだけの絵で、どこか可愛らしくすら見えた。


『ふん、まあいい。それで、私を呼んだ意図はなんだ』

「これから力を借りることが多くなると思うから、その前挨拶に」

『ほう、お前の方からそんな意気を見せるとは珍しいな。――玉座でも狙うつもりか?』


 ――妙に察しがいい。


 あるいは、神族らしく実は状況を理解しているのかもしれない。


「そんなところだよ」

『穏和なお前に似合わぬ行動だな』

「僕は穏和じゃないさ。必要があれば凶暴にもなるよ」

『――ふむ、言われてみればそうかもしれないな。お前は妙に飄々としていて理解に難いところがある。腹立たしいことに私にもお前の胸中は理解できん。もっと他の神格術式希望者のように欲に忠実であればわかりやすいものを』

「だから、望んで神族と契約しようとしたわけじゃないんだけどなあ」

『うるさい。そういうことにしておけ。実際こうして役に立っているではないか』

「それもそうだね。ともかく、また力を借りるよ。対価は必要?」

『天空神の力を借りるに見合う対価は巨大だぞ? ――と言いたいところだが、まあ、お前はいいか。定期的に匂いを嗅がせろ』


 ――それはそれでちょっとうなずきがたい対価なんだけど。


「――わかったよ」


 ジュリアスは渋々といった体でうなずいた。


「あと、僕が目的に向かうに当たって協力する仲間がいるから、彼らにはちょっかい出しちゃだめだよ」

『ほう、お前の仲間か。物好きな連中がいるものだな。まあいい、それも了解した。だがその仲間とやらがお前を害する場合は私の好きにさせてもらう。いいな?』

「さすがの僕も主神級神族である君の行動を制することまではできないよ。好きにしたらいい。これからその仲間たちのところへ行くから、神界から眺めているといいよ。少しだけ門を開けておくから」


 ディオーネはジュリアスの言葉を聞くと、口角を釣り上げて悪戯気な笑みを浮かべた。


『期待させてもらおう。私が気に入る者がいたならば、そいつにほんの少し力を分け与えてやってもいい』


 そういってディオーネは再び神界の奥へと消えて行った。


 ――これはこれで騒がしくなりそうだ……


 ふとそんな思いが込み上げてきて、ジュリアスは嘆息した。


◆◆◆


 ジュリアスがアリスたちの返答を聞きに爛漫亭を訪れた頃、爛漫亭内部ではめまぐるしい動きが展開されていた。

 ギルド員たちがせわしげに走り回っていたのだ。

 その手には薬草や薬瓶が漏れなく握られている。


「何かあったのかい?」


 ジュリアスはあっけにとられながらも、近場で同様の(てい)でギルド員たちの様子を見ていた爛漫亭の犬顔亭主に訊ねた。

 亭主は困った風に首をかしげながらジュリアスの問いに答える。


「どなたかが倒れなさったようですよ。どなたかはわからないのですが」

「――倒れた?」


 ジュリアスはその言葉が気になって、薬草類を持って走り回るギルド員のうちの一人を引き留めてさらに詳しく話を聞いた。


「誰か倒れたの?」

「あ、ああ、副長がな――」

「サレが……? 部屋はどこ?」

「三階だ。でも今はいかない方がいいぞ。おっかない女性陣が鬼気迫る感じで看病してるから。俺たちはあの人らの指示に従って薬を運ぶパシりってわけさ」


 そう言い残してギルド員は慌てた様子で階段を駆けあがっていった。

 対するジュリアスは忠告を念頭に置きつつも、やはり気になってしまって、邪魔にならないような進路を見計らい同じく三階へと駆けあがっていった。


◆◆◆


「一体副長の身体はどうなっているんでしょうね……! 薬がまったく効かないなんて――」


 ジュリアスが三階に到達し、最も人の出入りが激しい部屋を見つけた時、そんな声が部屋の中から飛んできていた。

 マリアの声だった。


「話に聞いた程度じゃが、サレは大方の毒物に対して耐性があるらしいぞ。後天的に身に着けさせられたものだそうじゃが……」

「今使っているのは毒物じゃなくて薬なんですけどねえ……!」

「う、ううむ……」


 マリアの珍しくイラついた声色を聞き、トウカは黙り込んだ。


「複合薬だと一つの成分がその耐性とやらにひっかかって丸ごと分解されてしまうようなので、わざわざ手間のかかる単一効能の薬草を使っているというのに――」

「それでも効きませんか?」


 相槌を打つように言葉を挟んだのはアリスだった。

 アリスは部屋の隅で椅子に腰かけながら、めまぐるしく動くギルド員たちの足音に聞き耳を立てている。


「――ダメだわ。一体どんな訓練をすればこうまで毒物に耐性ができるのか……」

「実際に毒を飲んでは死にかけて身体に記憶させたそうですよ。一月前くらいにサレさんがおっしゃっていました。『鬼のような姉たちに強制的に毒物に対する耐性をつけさせられた』――と」

「俺も似たような事したことあるけど、本気でそれを続けるやつがいたんだな……」


 クシナが珍しく身震いをして言う。


「それにしたって、ここまで多種の薬を試しているのにそのどれもが空ぶりだなんて」


 マリアは走り回るギルド員たちから薬草や薬瓶を受け取る度に、それらを慣れた手つきでベッドに寝ているサレに飲ませては悪態をついていた。

 サレが寝ているベッドの傍らには泣きそうな顔のシオニーがいて、サレの手を握り続けている。


 そんなやりとりがなされているのを扉の外から見て、ジュリアスは部屋に入ることを即決で諦めた。


 ――さすがに今は邪魔になりそうだな。もう少し落ち着くまで待とう。


 ジュリアスは足早にその場を去り、一旦爛漫亭の外へと抜け出した。


◆◆◆


「ジュリアスさん」


 爛漫亭の門をくぐったあたりで、ジュリアスは不意に後方から呼び止められた。


「あ、バレてたかな?」

「私は耳が良いので」


 アリスだった。

 アリスはジュリアスに手招きをすると、再び爛漫亭の中へと戻っていき、大広間のソファに腰かけてジュリアスが同様に座るのを待った。


「サレになにかあったの?」

「はい。端的に言うと、〈血の涙〉を流したあとにぶっ倒れました」

「端的すぎるなあ……」

「まあ、かみ砕いて言うとちょっと貧血気味な感じです」


 ――とてもじゃないけど『ちょっと』って感じじゃないよね。この様子だと。


「大丈夫ですよ。普段殺しても死ななそうな人が倒れたので、皆さん少し驚いているだけです。基本的に世話好きかつ心配性な人が多いですからね、私たちのギルドは」

「アリスはあまり心配していないようだけど――」


 そこまで口にして、ジュリアスはアリスの手が震えていることに気付いた。


 ――心配してないわけがないか。


「まあ、私もそのうちの一人なわけですが。――それでも、大丈夫だと思っています。皆さん優秀なので、なんとかしてくださるでしょう」

「そうかい。なら、僕も信じて待つとしよう」


 ジュリアスはジュリアスで現状を察し、特に皮肉を付け加えるでもなく、大人しく黙り込んだ。

 そうしているうちに日が暮れ、夜が更けていく。

 夜中になっても爛漫亭は騒がしいままだった。


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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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