43話 「銀狼の告白」
「そ、それで、どうしたの、シオニー」
「あっ……ん……そ、その……」
部屋の扉付近で佇むシオニーは、言いづらそうに両の人差し指を合わせて、数秒の間黙った。
「とりあえず、立ったまま話すのもなんだし、こっちくれば?」
サレは無言の間に耐え切れんと言わんばかりに、机を挟んで向かいの椅子を指さしてシオニーに座るように促す。
「あ、ああ……そうさせてもらう」
シオニーは椅子に腰掛け、再び伏し目がちに顔をうつ向けた。
その状態で、ちらちらとサレの顔色を窺うように上目使いで見上げてきている。
――言いたい。犬のようだと……!
こんな時にまでそう考える自分はある意味でいつもどおりなのだろうと、サレは内心で自らを客観視した。
「――見た……よな?」
サレがどうすることもできずにシオニーの言葉を待っていると、ついにシオニーが言葉を紡いだ。
――はて、見た、とは。
サレの中に逡巡があり、しばらくしてからハっとして、答える。
「……黒だった」
「……」
――やっべえ、間違えたらしい。
「下着の話じゃないのか……」
「逆に聞くが、いつ見たんだ? ――ねえ、いつ見たんだ?」
「こ、こっそり下着を買っている姿を我らが同志たる凱旋する愚者の男性陣の一人が目撃したという情報がだな……」
「……」
「その時のチョイスは黒だったという情報も入ってきている。つまり、その、なんだ……そ、そういうことだ……」
サレは言いながら、目の前のシオニーの頭にひょっこりと銀の犬耳が現れたのを見た。
さらにその身体から物言わぬ殺気が迸らんばかりに溢れ出しているのにも気付いて、速攻で言葉尻を切る。
これ以上この話を続けてはいけない。
「――もういい。あとでその情報を流したヤツを教えてくれ。しかるべき『措置』をする」
――さらばだ、メイト。お前の命を懸けた行為を俺は忘れない。
好奇心は時として眼鏡を割る。
「はあ……なんだか毒気を抜かれた気がするな」
シオニーが椅子の背もたれに寄り掛かって、眉尻を下げながら空中に息を吐いた。
「シオニーが聞いたのって、さっきの銀狼の姿のこと?」
「――そうだ」
「シオニーが獣化を避ける要因にはならない気がするけど。――俺がとやかく言える筋合いでもないか」
自分はシオニーではない。
獣化を嫌う原因が彼女の心に関係するならば、たやすく肯定や否定の言葉を述べるべきではないかもしれない。
「……銀の狼はな、人狼族の中でも特段に畏れの対象として見られるんだ」
「――畏れ?」
「そうだ。私の一族は、よく他種に畏れられる」
なぜなら、とシオニーが続けた。
「――銀狼は狼王の系譜に連なるから」
「それは初耳だね」
――すらっと流したけど、いよいよもって〈凱旋する愚者〉の権力的インフレがやばい。
狼王とか、シオニーもそっち系なのかよ……
サレは額に手を当ててため息のひとつでも吐きたい気分になったが、今のところはそれを抑えた。
「もともと人狼には食人習性がある。中でも銀狼は率先して人種を捕食していた系譜だ。人種も、獣も、すべてを喰らった」
――シオニーもよく腹の虫ならしてるもんね。
口には出さず、内心に紡ぐ。
その間にもシオニーは語りを続けていった。
「何者よりも気高くあれ、というのが銀狼族の家訓でな。相手よりも位が高いことを、闘争の果てに相手を食すことで示そうとしていた。その結果、初代の銀狼族の長は人狼の王となった」
どことなく、魔人の矜持に近いものをサレは銀狼の家訓に感じた。
「ちなみにいうとな、一時期は同族の他部族人狼をも牙にかけていたという。人狼は毛の色で部族分けされているからな。他の毛色の人狼をも喰らった。そして――私はその銀狼の系譜を受け継いでいる」
「でも、シオニーは食人習性をこれっぽっちも表に出してないじゃないか」
率直に言う。
「食っても食わなくても、生理的には大差ないからな。人狼にとっての喰うという行為には、一口で説明するには苦労するぐらいのいろんな意味が込められているんだ。そのどれもがもっと理性的な意図でね。たとえば敬意を表すためだとか。――たぶんこれは人狼にしかわからない価値観だけど、ともかく、そういうわけで食わなくても特に問題はない。けど――」
「――『畏れ』、か」
シオニーが懸念している箇所を察する。
「――ああ。銀狼を知る者からすれば、私のあの姿はさぞ恐ろしく映るだろう。私はそれが嫌なんだ。仲間にさえも恐れられ、畏れられることに……耐えられない!」
シオニーがうつむき、服の裾を強く握り、身体を強張らせた。
「私は同種にさえも畏れられる。凱旋する愚者の中でも、私の『あの姿』を見れば恐れる者はいると思う。――だからっ!!」
シオニーが立ちあがり、サレの瞳を真っ直ぐに見つめた。
雫の浮かんだ、その目で。
表情は弱弱しげで、今にも泣きだしそうな顔だ。
今のシオニーは、まるで、
――幼気な、少女のようだ。
そうサレは思った。
◆◆◆
「あー……ないない」
しかし、シオニーの悲痛な声に対して、当のサレは気の抜けた声音で言い放っていた。
その顔も声音に伴うように、緩んだものだ。
畏れどころか、驚嘆の欠片すら見て取れない、柔和な表情だ。
対するシオニーはサレの言葉を受けて、時間が止まったかのように硬直し、ぱくぱくと口を動かしていた。とっさに言いたいことが出てこないといった様相。
そうこうしているうちにサレが言葉を紡いでいた。
「だって――」
シオニーの顔を数秒見て、続ける。
「シオニーはどっちかっていうと『犬』だもん」
「……殴っていいか?」
「やめてっ、痛いのは嫌だっ!」
わなわなと震える拳を振り上げ、引きつった笑顔でシオニーが言った。
「ま、まあ、今のは冗談としておこう」
――俺的には本気だけど。
「少なくとも――普段のシオニーを知る奴があの姿を見ても、なんとも思わないと思うよ。よくよく考えても見ろって。――『あいつ』がいるだろ、あいつが」
「あいつ……?」
「そう、もっと見た目がおっかないの。トカゲ頭してる――」
◆◆◆
「ぶえっくしょい!! ――であるっ!」
サレたちと同じように睡魔の訪れを自室で待っていたギリウスが、椅子に座りながら盛大なくしゃみを放っていた。
「んああああああっ!! せっかくあとちょっとで僕の勝ちだったのに!! ねえ!! わざと!? 今のくしゃみわざと!?」
「い、いや、たまたまであるよ? ――ホ、ホントであるよ? チェックメイトかけられそうになったからいろいろ悔しくなってふっ飛ばしたのではないのであるよ?」
ギリウスの盛大なくしゃみで机から吹き飛んだチェス盤を見て、向かいの席に座っていたメイトが喚いている。
「はあ。……まあいいや。駒の位置は全部覚えてるし。――さ、組み直そうか、ギリウス?」
「ぐ、ぐぬう……!!」
◆◆◆
「ああー……」
「ほら、ギリウスなんか竜だよ? シオニーも見ただろ、ギリウスが竜体に化身した姿。正直あの形態のギリウスと比べたら、シオニーは犬だよ、犬」
「やっぱり殴る……」
「いささか歪曲した例えでした許してください」
ともかくとして、
「自分で忌避感を持ってしまうなら俺たちにはどうしようもないんだけど――」
でも。
今のシオニーの反応で確信する。
「今みたいに、シオニーは銀狼であることに『誇り』を持ってるじゃないか。犬と言われるのが嫌と思うくらいには。――だから、実際のところ、自分自身の姿に恐れもあるかもしれないけど、それ以上に誇りも持ってるんじゃないかな」
「そう……なのか……」
「いや知らないけど」
――俺シオニーじゃないし……あっ、ホントごめんっ。殴らないでっ。
「それに、そんなこと言ったら魔人族だって結構なもんだよ? 喧嘩吹っかけられた種族滅ぼしたりしてるからね、魔人族」
――たぶん初代様もあの言いようだと結構ヒャッハーしてたに違いない。
サレはしみじみと思い出した。
「多様な異族をひとくくりにするのもなんだけど、どこも似たようなもんさ。それに、俺たちは種であること以上に、個人であることを尊重しようとしてる集団じゃないか。せっかく〈凱旋する愚者〉にいるんだ、この機会に自分自身を見なおしてみれば?」
「……う、うん」
「どうなっても責任は取らないけどな! おっふ……!」
「殴るぞ!」
――殴ってから言うなよ。バイオレンスな奴め。
殴られた腹をさすりながらシオニーを見る。
――ちょっとは、元気が出ただろうか。
顔色は少し良くなった気がする。
ただ、シオニーの『恐怖への恐怖』にたいする根本的な解決にはなっていないようで。
まだ表情に力はない。
――ならば。
――言葉ではなく、その五感で理解すればいい。
シオニーを恐れない、上位の畏怖者がそばにいることを――理解すればいい。
そう思って、サレは方針を改めた。
「……ハッ、ハハ、ハハハハハ!」
そうして、サレが突然哄笑をあげる。
「な、なんだ、どうした」
「聞け、シオニー! 聞いて、見て、理解しろ!」
サレが両手を大きく左右に広げ、立ち上がった。
立ち上がり、赤い瞳でシオニーを上から見下ろす。
同時に――
「うわっ!」
その背から、あの『黒い炎の翼』を発生させていた。
「――『魔人』が近くにいるかぎり、銀狼ごときで人の恐怖が奪えると思うなよ!! そんなに人の恐怖が欲しいなら、俺を倒してからのたまうがいい!」
唐突の『威圧』だ。
みしり、と部屋全体が軋んだ。
えもいわれぬ力の波動が、シオニーの全身を覆っていく。
「ぅ、ぁ――」
威圧、気迫、
――『恐怖』。
シオニーは黒炎をまとったサレの姿に、そしてその威圧と凄まじい戦意が自らに向いていることに――恐怖を抱いた。
今さっきまでの柔和な表情はどこへ行ってしまったのだ。
そんなふうに思ってしまうまでの、急激な状況の転換。
しかし、サレの顔を見れば、そこには稚児染みた戯れの表情さえなくて。
魔人が、目の前に立っていた。
赤い瞳がまるで微動だにせずに、ただこちらの目を穿ってくる。
直視、直視、直視。
有無をいわさぬ強烈な覇気をたたえた瞳が、穿ってくるのだ。
目を合わせていられない。
逸らしたくなる。
瞳に喰われてしまいそうだ。
「――」
サレがシオニーへと一歩近寄る。
二歩目を踏み、顔と顔が近くなる。
三歩目で、身体が正面から密着しそうになる。
シオニーは近づいてくるサレにたいして退かなかったのではなく――退けなかった。
動けなかったのだ。
「あ――」
シオニーは腹の底のあたりを冷たいものが走ったのを感じた。
その間に、不意にサレが手を伸ばし、シオニーの頬に添えていた。
「――ほら、まだ俺のほうが恐いじゃないか」
「――」
そうしてサレはシオニーの頬を撫でて、そして、
「――すきありぃ!!」
「えっ――ひゃうっ!!」
瞬間的な動きで、両手でもってシオニーの両の犬耳をつまんだ。
つまんで、引っ張ったり、撫でたり、好き放題に弄びはじめる。
「おっ! これやっぱ手触りいいな――――おうふっ!!」
次の瞬間、サレの強行はシオニーの流麗なボディブローによって阻まれる。
「あっ!! メキって! 今メキっていった!! ねえ、ちょっと――」
「そのまま死ねええええええ!!」
サレのわき腹に下からめり込んだシオニーの右フックが、サレの身体を浮かし、そのまま壁まで吹っ飛ばした。
「もうっ! いきなりつまむな! びっくりするんだぞ!」
シオニーはフックを振り抜いた姿勢のまま息を荒げつつ、壁に顔面から突っ込んだサレに言った。
「はあ……なんかサレに相談してたらバカバカしくなってきた。今のですっきりしたし、もういいや」
「――あれあれ? 上目使いで顔色を窺ってたのが嘘のようですね?」
めりこんだ顔面を壁から救出したサレが、シオニーの振り返りに際して、その背にニヤニヤとした笑みをぶつけながらわざとらしく言う。
そして、
「あうふっ……!」
――二発目は予想してなかったわ……
追撃をさらに受け、もう一度顔を壁にめり込ませたサレが、内心に思った。
「ふんっ! 私は部屋に戻るぞ!」
「ど、どうぞ……」
そういうとシオニーは荒々しく鼻から息を吐いて、頬を膨らませながらずかずかと扉まで歩んでいった。
その姿を壁際からわき目で見ていたサレは、
――ホント、感情豊かだなぁ。
クールぶってる時も良いが、素に戻った時もなかなか見応えがある。
胸中にそんな思いを抱いた。
そこで、サレは思い出したようにシオニーの背に言葉を投げかけた。
「――ああ、最後に」
「なんだ」
そっけない返事が返ってくるが、構わずサレは続ける。
「少なくとも俺は、銀狼のシオニーを恐れたりはしないよ」
「……」
シオニーが歩を止め、少し俯いた。
そうして間をおいて、振り向かず、扉の取っ手に手を伸ばす。
がちゃり、と取っ手が音を立てたあと――
「……ありがとう」
部屋から出ていく間際、震えた声で、彼女はそう言った。
◆◆◆
その後、サレは少しの間、さきほどのサンクトゥスの黒炎の術式解析に努めたあと、ようやく訪れた睡魔に身を任せて眠りに入った。
◆◆◆
次の日の朝。
自室、ベッド。
「――の、はずだよな……?」
自分の隣に誰かいる。
サレは目覚めと同時に、そんな確信を抱いた。
信じたくない現実を脳内で目一杯横に押し出し、極めて冷静を装って、おそるおそる『自分の隣で寝ている誰か』を探った。
ビクつきながら、布団の上からの触覚で形状を確かめる。
ダメだ、まだ直視できない。
背、高め。
ある程度候補が絞れるところだ。
髪、さらさら。
ううん……
尾、ふさふさ。
……尾? ……悲しいかな、だいぶ候補が絞れた。
そこまでを触覚で察し、ついに目を向ける。
下着、黒。
…………うん。
「というかなんで脱いでるんだよッ!」
サレは凄まじい勢いで飛び上がり、布団を弾き飛ばしながら悲鳴染みた声をあげた。
布団の下から現れたのは、下着姿のシオニーだった。
滑らかな白い肌に、すらりと伸びた四肢。
露わになっている腹部は女性らしいくびれと細さを呈しながらも、適度な筋肉によって軽く筋が浮かんでいる。
おもわず撫でたくなるような、胸の下から下腹部までの白いキャンバス。
頭の方を見れば、頬ずりしたくなるような綺麗な銀の髪が扇状に投げ出されていて、前髪は冷たい印象をもたらす美麗な顔に少しかかっていた。
「……んっ……んん」
すると、シオニーが甘い音色で言葉にならぬ声を上げ、次いで、
「ん……?」
目を覚ました。
「待て、せめて細剣はやめるんだ」
サレの口からはとっさにそんな言葉が生まれていた。
シオニーの傍らには物騒にも細剣がおかれていて。
だが、サレの予想とは裏腹に、シオニーは特に物騒な行動を起こすでもなく、ゆっくりと身を起こした。
そうして傍らに放り出されていた布団を引っ張りあげて――自らの肢体に巻いた。
女らしい恥じらいの色が、シオニーの全身から漂った。
「……」
「お、おおう……」
艶っぽい上目使いでサレを見上げるシオニー。
いざそれらしい振る舞いをされると、ものがものだけにサレの胸も高鳴る。
いっそ襲い掛かってしまいたいような、そんな情欲をシオニーの恥じらいの姿が煽ってくるのだ。
「あ、あの……シオニーさん?」
「……ちょ、ちょっと向こうを向いていてくれ。……服……着るから」
サレはシオニーの促しに即座に応え、高速で窓辺を向いて直立不動で固まった。
その間に、今の状況を分析する。
――昨夜はお楽しみでしたね。
いやいや、違う違う。
それ俺のセリフじゃなくて亭主のセリフ。
いやいやいや、それも違う。
根本的におかしい。
黒炎の術式解析の途中で眠くなって、そのまま布団に入って寝て――それだけだ。
――まさか夢遊病の類か!?
「よし、こっち向いていいぞ」
しばらくして声が掛かり、振り向くと、簡素な細身の普段着を着こなしたシオニーの姿があった。
「じゃあ、私は先に食堂に行ってるから」
「え、あ、うん」
シオニーはそれ以上を言わず、しっかりとした足取りで部屋から出ていった。
むしろもう少し説明が欲しいとサレは内心に思ったが、この状況で聞くわけにもいくまいと自分を制して、少し経ってから上着を羽織って食堂へと向かった。
◆◆◆
「――犬くせえ」
食堂に入って席について一声。
斜め向かいに座って食事を取っていたクシナが唐突に声を上げていた。
クシナが数少ない自分の荷物の一つ――専用お箸を静かに食卓へ置き、ずかずかとサレの傍らにまで歩いて行く。
そうしてサレの傍まで歩きつくと、今度は周りの目も憚らずにクンクンと鼻をひくつかせてサレの匂いを嗅ぎはじめた。
「な、なにかな? クシナさん。すっごい食べづらいんですけど」
「――やっぱり犬くせえ。それもかなり匂う。――サターナ」
クシナが言った。
「お前――あの犬と寝たか?」
「えっ」
一瞬にして、その場にいた全ギルド員の好奇の目がサレに向いた。
完全に同期した全速力の振り向きから、穿つような好奇の視線が一斉にサレを射抜く。
彼らの顔には楽しげな笑みが載っていた。どちらかといえば、ニヤニヤとした笑みだ。
――改めてこいつら質悪いな……!!
サレはサレで内心の思考もほどほどに、
「いや、寝たというかですね? ……気づいたら寝ていたというか、なんというか――」
「ほう、ほほう? ――ははーん」
――ああっ!! 一番聞かれちゃいけない人に聞かれた気がする!! ホント耳が早いな、アリスッ!!
「無意識に一緒に寝ちゃうあたり、サレさんは相当な高レベルで女の敵のようですな」
「誤解だ! 寝ただけだ!」
「ほほう、その時だけの関係ということですか、そうですか」
悪化した。
「なにも特別なことはしてないぞ」
そこでシオニーがまったく態度を崩さずに、フォークで肉を口元へ持っていきながら言った。
――ナイス助け舟!
サレは小さな動作でシオニーに親指をあげて見せる。
「私が勝手にもぐり込んだだけだ」
「でもお前、服脱いでただろう。服越しじゃこんなに匂いはつかねえ」
「ああ、寝るときはいつも下着だからな」
「下着姿と来ましたか。いよいよもってサレさん、言い訳ができなくなってまいりましたね」
――どうでしょう。わかりましたでしょうか。――彼女らは悪魔です。
『特別なことはしていない』という部分を、おそらく『面白くないから』という理由で聞かなかったことにしています。
大事なことなのでもう一度言います。
――彼女らは悪魔です。
「あらあら、副長も男性ですねえ」
そこへマリアも訪れ、いつもの柔らかな微笑で言う。
――ちょっと目元がひくついてるのは気のせいということにしよう。
サレは無理やりに納得させた。
「じゃ、私は先にいくぞ」
シオニーは表情を崩さずに平らげた料理の皿を持って、席を立った。
「あの、シオニー? そもそもなんで俺のベッドの中にいたの……?」
「……そこの猫に訊け。その猫も一応私と同じ獣人種だから――」
そう言ってシオニーは食堂を出ていった。
シオニーが出ていったところでサレはクシナに視線を向け、
「――って言ってたけど?」
「あ? ――ああ」
クシナが「ふう」と面倒くさそうに息を吐いたあと、仕方ないと言わんばかりに両手をあげて、サレの問いに答えた。
「たぶん、『マーキング』みてえなもんだろ。獣人種の異族は獣の習性が混ざってるからな」
「――つまり?」
「ここまで言わなきゃわかんねえのかよ」と呆れながらも、クシナは続けた。
「少なくとも、他のやつに近づかれたくない程度には『お気に入り』ってことだな。――お前、あの犬になんかしたか?」
「特別なことはしていないと思うけど……」
「ああ――」
クシナは悪戯気な笑みを浮かべて続けた。
「お前がその様子じゃあ――あいつの苦労もあんまり実らなかったようだな」
クシナがいうと、周りの女性陣は一斉にうなだれ、
「ダメダメですね、うちの副長は」
「あらあら、この反応ですと本当になにもなかったみたいですねえ」
「お前らホント楽しそうだな」
最後にマコトが別の意味でうなだれた。
「マコトには少し早い話かのう。――カカッ」
「なっ! 馬鹿にするなよ! トウカ!」
そうしていつもの言い合いがはじまって。
――とりあえず、好奇の矛先からは外れたようだ。
「まあいいか」とサレは適当に流しながら、再び食事に集中した。
「ねえ! 食堂の外でシオニーが耳まで真っ赤になって三角座りしてたんだけど、なにか面白いことあったの!?」
そこへ、目を燦然と輝かせたメイトが食堂の外から走って入ってきて、
「ぬしは少し空気読め」
言葉と共にトウカが投げた箸が見事に眼鏡に命中し、メイトの眼鏡に亀裂が入った。
「んああああああっ!! なにするんだよ! 僕の眼鏡がっ! 眼鏡があっ!!」
「お、おお……す、すまぬ、少し力が入った」
「うう……――ま、まあ亀裂ならまだ見えるし……スペア持ってこよう……」
とぼとぼと再び食堂の入り口をくぐるメイト。
しかし、食堂から出たところで盛大に「パリンッ」という音が鳴った。
音が鳴ってすぐあとに、
「な、なにするんだよシオニー!! 僕の眼鏡が修復不可能なまでに割れたじゃないか!! なんで殴るんだよっ!?」
という悲鳴が響き渡った。
「あいつもダメダメだな……」ギルド員たちの嘆息がまたシンクロした。
ちなみにその日、メイトの眼鏡は二度死んだ。




