34話 「爛漫亭食堂大騒動」
湖都ナイアス、第二歓楽区。
夜の帳が下りて、そこには色とりどりの光が舞い散っていた。
暖色系の光源を基本にして、アレトゥーサ湖の水色と同じ碧の光源や、紫の光源までがある。
紫の光源は歓楽区の裏通りに連立して佇む娼館の周りに多く見てとれて、場に扇情的な雰囲気を漂わせていた。
人通りが多いのはやはり表通りだ。
夜になると露店商の半分が撤収して、露店自体は数を減らす。しかし、その代わりに昼に閉まっていた酒場が開いて、続々と人を呼び寄せていた。
屋外にまで飛び出たテラス付きの酒場には、有麟系や有翼系の異族、はたまた獣の顔をした半獣人まで所狭しと座っていて、その中には純人族の姿も混じっていた。
そんな第二歓楽区の一角で、今日も爛漫亭は穏やかな光を灯していた。
中から聞こえてくるのは五十人の異族たちの声だ。
◆◆◆
「おっかねえ。いろんな意味で、おっかねえ」
爛漫亭一階、大食堂。
人が十人並んでも余裕がある長テーブルを前にして、〈凱旋する愚者〉のギルド員たちは椅子に座っていた。
計五十人。大食堂の真ん中の長テーブルを中心に、その両脇に十人ずつ。残りは両隣の長テーブルのあたりに適当に座って、談笑に華を咲かせていた。
「プルミエールの奴、手加減ってもんを知らねえようだ。見たかよ、あの天術式。あれ直撃したらやばいだろ。――やばいだろ……!!」
「見たとも。見たどころじゃねえ。あの残念天使、俺たちが下でトウカにボコられてへたってたところに嬉々として天術式で追撃してきやがった……!」
「はっ!? なによ!? ――悪いの!?」
「悪いよ!!」
大食堂がそんなツッコミに彩られている。
ツッコミの対象は白翼金髪の天使だ。
彼女は右手にフォークを、左手にもフォークを持って、所狭しと並べられている長テーブル上の料理をパクついている。
「べつにわざとじゃないわよ。たまたまよ。たまたま手が滑っちゃったの。主にあの愚竜が悪いわ? だから文句はあっちに言いなさい。――あっ、なにこれおいしいわね。何の肉かしら。――えっ!? 鳥っ!? なによちょっと共食いみたいじゃない。――まぁでもおいしいからいいわね。共食い上等ね」
プルミエールが右のフォークで肉汁が迸る一口サイズの鳥肉を突き刺して、それを口に持っていっている。
モグモグと忙しなく口を動かしながら、左右のフォークで器用に料理を運ぶさまは健啖家の名に恥じない姿だ。
ときたま他のギルド員の手を押しのけて、自分が気に入った料理を「こえっ! んむぐっ、こえわたひの!」と言いながら手でガードしている。
そんな彼女の頬はげっ歯類の頬袋かと思われるほどにぱんぱんに膨れ上がっていて、
「リスかよ……」
「はむっ!」
「ハムはそこにあるよ……」
「むぐぐ……」
なにを悔しがっているのかは誰にも推測できなかったが、あえてツッコむと狂人に巻き込まれて面倒なので、基本的にスルーだ。
「ていうか普段高貴高貴いってるくせに品位の欠片もねえじゃねえか……」
しかし、ギルド員のうち一人から我慢しきれないと言わんばかりに声があがった。
瞬間、金髪天使の首が恐ろしい速度でぐるりと回り、口をモグモグしながらその目が発声者を探した。
彼女の首が回るのと同時、発声者以外のギルド員が一斉に視線を下に向けた。
目を合わせちゃいけない。
合わせた瞬間冤罪確定だ。証拠なき処刑に陥れられる。
「はむぐぅ……!! むむむ……むぁ!」
ひとまず聞き取れる言葉を喋ってくれ。思いながら、彼らは発声者が早く見つかって、自分たちの知らないところで処刑されることを祈った。
「誰だよ」「早く見つかれよ」「まともに飯食えねえよ」「いっそ自首しろ」ぼそぼそと声があがるが、あの天使の注意をひいてはならない。隣の同志に聞こえるか否か、その程度の音量だ。
すると、
「ふぁえ!! ――んぐ、んっ、サレ!!」
「はい……」
「あいつかよ」「馬鹿めっ」「うちの副長たまに一言多いよな」「副長の尻尾撫でたい」またいくつかの声があがる。安堵のため息付きだ。
一方のサレは、長テーブルの端の方でおもむろにフォークとナイフを置いて、プルミエールの方に向き直っていた。
内心で自らの失策を嘆きながら、プルミエールの次の言葉を待つ。
「……フォーク。ナイフ。――どっち?」
「……」
「うわぁ……」「選んだ物を何に使うのか聞きたくねぇ……」ヒき気味にあがる言葉と、サレの内心に浮かんだ言葉は同一だった。
「それかトウカの専用お箸。クシナの専用お箸でもいいわ。さあ、どれよ?」
「あのあの、一体それを何に使うん――」
「はい、じゃあお箸ね。トウカのをググっと入れてあげるからそこに座りなさい」
「どこに入れるんだろうな……」「訊いちゃだめだろ……」「おい! わらわの箸を使うな!」頭を抱える者や、辛そうに額を押さえる者の姿があって、一部は自分の箸を握りしめて丸まっていた。
一方的な処刑宣告を受けたサレは、そのプルミエールの言葉のあと決心を固めていた。
逃走への決心だ。
自分の後ろに窓があることを確認する。外からの風を入れるために、あらかじめ開けておいた窓だ。
――いける。
「こんなところで死んでたまるかっ!!」
サレは叫ぶと同時、一瞬の跳躍で後方の窓辺に近接し、その枠に足を掛けた。窓の向こうには表通りが見えて、通りを歩いている多数の人垣が映る。
紛れ込めば逃げ切れる。
サレは確信し、身を絞って窓の枠を通り抜けた。
「ははは、俺の勝ちだプルミエール!」大食堂の窓の外から、そんなサレの声が響いて、
「いや負けてるだろ……」
「確実にな」
「飯くらい静かに食えないのかお前ら……!」
ギルド員たちの届かないツッコミが食堂の天井に昇って行った。
◆◆◆
その後、げっそりした顔のサレがシオニーに連れられて食堂に戻ってくるまでに、五分と掛からなかった。
「追跡犬使うとか卑怯だぞ……」
サレが涙目で言うが、もはや誰もフォローはしない。そもそも自分の部屋がこの建物の中にあるのに、その場だけ逃げ出すことに意味なんてないのだ。
ギルド員たちはフォローをしない代わりに、売り出される子羊でも見るかのような目でサレに一瞥をくれてやる。
「プルミ、つかまえてきたぞ。ちゃんとあとで高い肉おごってくれよな」
「俺の命は肉と引き換えになったのか……」
それがサレの断末魔で、その後プルミエールに連れられて行ったサレは、しばらく食堂へ帰ってこなかった。
◆◆◆
プルミエールがほくほく顔で戻ってきて、さらにそのあとに骸骨のように痩せ細ったサレが戻ってきて、ようやく食堂が平常に戻った。
模擬戦のために多量に消費したエネルギーを補給するように、陸戦班員空戦班員の戦闘員たちががつがつと食事を口に運んでいく。
それらを非戦組の者たちは驚きの表情で見ながら、内心に感謝を浮かべていた。
自分たちの代わりに身体を張ってくれている仲間への感謝だった。
そうして騒がしい食事が終わり、再び外に出ていくものや、自室に戻っていくもの、それぞれが動き始めた頃、トウカが立ち上がりながら周囲の女性陣に言葉を放っていた。
「――さて、浴場もあることじゃし、風呂でも堪能しにいくかの」
「ん、そうね、悪くないわ」
プルミエールが白翼の手入れをしながらそっけなく答え、
「あらあら、私もお邪魔しようかしら」
マリアが柔和な微笑を湛えたまま答えた。
「あたしも超行く!」
「ちゃんと着替えを持ってくるのよ、イリア」
「なら女衆で行くとするか」
トウカが率先して席を立つと、女性たちが着替えを取りに一旦部屋へ戻っていく。
対して、食堂で談笑していた男たちは、女性陣が皆食堂から出ていったあとに他愛もない言葉を紡ぐ口の動きを一斉に止め、大げさに息を飲んでいた。
ごくり、と生唾を飲む音があがり、ついに一つの言葉がその場に生まれる。
「……『どうする』?」
漠然とした言葉だ。
しかしまわりの男たちには確かにその意味が伝わっていた。
「――いやいや、待て待て。……お前の言わんとすることはわかる。わかるつもりだ。だがあえて聞こう。――どうする、とは?」
「俺にそれを言わせるのか」
また一つ、ごくりと音がなった。
すると、その中にいたサレがおもむろに襟を正し、ゆっくりと言葉を紡いだ。その顔は真顔そのものだ。
どうやら先ほどのショックからも立ち直ったらしく、顔には生気が漲ってきている。
「確認しておこう。誰が、どのポジションに入るか……!」
「懲りねえなこの副長」そう言いながらも、周りの男たちは決してサレを貶めはしない。
男として当然の反応だからだ。
今は連帯する時。
つまり同志だ。
「ちょ、ちょっと待つのであるよ! 皆の衆!」
すると、男たちの会話を聞いていたギリウスが焦った様子で席を立ち、大声をあげる。
「ノリノリな感じであるが、よく女衆の面々を思い出すのである! 覗きなんかしたら即死であるよ!?」
「ギリウス、それは言っちゃだめだ。『覗き』じゃない。俺たちがそんな外道染みた所業に走るわけないじゃないか。これは……そうだな……なんというか――」
サレがうんうん唸ったあとに、閃いたように目を見開いた。
「――間違い。そう、『間違い』なんだよ!」
「お、おお……サレがついに迷走をはじめたのであるよ……」
「間違って、入浴時間が被った。――つまりそういうことだ」
「格好よくポーズ決めながら言っても内容は変わらず外道のままである……」
サレは両手を開いて地面と平行にもたげ、高まった空気を押さえつけるように上下させた。
「冷静にいこう。一つの間違いが死に直結する」
「すでに間違いを犯しているということになぜ気付かないのであるか」
「さっきからうるさいぞギリウス! やる気がないなら今すぐここから出ていけ!」
他の男衆から「そうだそうだ!」などと囃し立てる声があがる。
「い、いや、でも、仲間外れは嫌であるなあ……」
「なら黙って作戦概要を聞いていたまえ」
「う、ううむ……」
仕方なくギリウスは両腕を組んで黙り込んだ。
「まず一つ、前提として、トウカとプルミとマリアには見つかってはいけない」
皆がうなずく。
「たぶん、見つかったら死ぬ」
「お、おおう……」
畏怖を含んだ同意の声。
「あとクシナもヤバい。すごい殴られると思う」
「シオニーは?」
メイトが眼鏡の位置を直しながら言った。
「たぶん細剣投げつけられる」
「彼女、浴場にまで武器を持っていってるのか……」
「一応どこでもアリスを守れるように、ってことらしい。他の女衆も武器ごと持っていってる奴はいるだろう」
「ちょっと待って。それってつまり……」
「――ああ、そうだ」
サレが神妙な顔でうなずき、
「議論するだけ無駄だ。――基本的に危険だらけだ」
言った。
「じゃあなんでこんなスクラムまで組んでむさ苦しく議論してるの!? ねえ、これ意味あるの!?」
間髪入れずにメイトが両手を振るって抗議する。
その抗議に対して、サレはあっけらかんとして答えた。
「女性陣が戻ってくるまで暇だからな。一致団結のための空気作りだ。――あ、今思い出したけど、アリスまで一緒に入るとなると完全に隙がないな。下手したら息遣いでバレるな。……うん」
上気していた男たちの頬が、サレの言葉のあとで一斉に虚仮落ちたように見えた。
『そんなことで諦めるのかい!! 我らが夢の桃源郷を!!』
空気が重苦しく変異する中、一人の明瞭な声がその空気を真っ二つに切り裂いた。
男たちが一斉に発声者の方を見る。
一人の快活な男がそこにいた。
薄汚れたベージュのローブを着た金髪の男だ。
着ている服のみすぼらしさとは対照的に、肩を優に覆う長い金髪は部屋の明かりを受けて美しく輝いており、快晴の空のような淡い青の瞳は強い活力の光に満ちあふれている。
「――ああ、その通りだ。俺たちはこんなことで諦めちゃいけない。――そうだな!?」
「わかってくれて嬉しいよ!」
サレがわざとらしくうなずき、だが、一瞬その動きを止め、
「ところで――」
首を傾げて言った。
「――誰?」
時間が止まった気がした。
◆◆◆
「あ、僕?」
問われた金髪の男は微笑を浮かべ、自らを指差した。
「僕は通りすがりの者だよ。おいしそうな匂いがしたので食堂にお邪魔したんだ! それで紛れ込んでついでにご飯を頂いた! おいしかったね!」
胸を張って答えているが、
「タダ飯じゃねえか!」
「そうとも言うね!」
「なんでコイツ偉そうなの!? なんでこんなに偉そうなの!?」
サレがツッコミにまわりつつ、男を指で差して皆の同意を誘った。
対する金髪の男は笑みを崩さずにまた言葉を紡ぐ。
「あ、ちなみに僕の名前は〈ジュリアス〉。『タダ飯喰らいのジュリアス』ってこの界隈じゃ有名だから! 君たちも覚えておくといいよ!」
「くそっ、まるでこっちのツッコみに動じねえコイツ! 大物なのか阿呆なのかわからなくなってきた……!」
サレはうんざりしたように顔をうなだれた。
まわりの面々はその間にもジロジロと男を観察していて、やはりサレが抱いたのと同じような印象を男――〈ジュリアス〉に得ていた。
そもそも、現時点で会話をこなせているのはジュリアスに敵対心や殺気というものが見えなかったからだ。
どんなにふざけていても最低限の気は張っている。
ジュリアスが奇妙な動きをすれば、その瞬間にサレが皇剣を抜き放っただろう。
サレの右手はマントの下に隠れながらも、皇剣の柄をすでに握っていた。
うなだれながらもジュリアスの身体には目がいっている。挙動を見計らっているのだ。
しばらくして、ジュリアスが動きを起こさないことにひとまずの納得を得、サレは名乗りを受けたことに対する礼儀を敢行した。
「――まあいいや。――俺は〈サレ〉だよ」
名乗り返し。
「よろしく、サレ!」
底抜けに明るい表情と声を発する金髪の男。
「それにしても、君たちバラバラだねえ。こんな混成集団見たことないよ」
するとジュリアスが男衆を見回しながら、感嘆したように言葉を発していた。
複雑に入り組んだ混成集団に目を見張っているようで、特にギリウスを見た時に最も大きな驚きの表情を見せていた。
「〈竜族〉!? ――初めて見たよ! かっこいいなあ!」
「そ、そうであるか?」
まんざらでもなさそうなギリウスをよそに、ジュリアスはギリウスの翼や尾をぺたぺたと触りはじめる。
その様子は好奇心の赴くままにはしゃぎまわる子供のようでもあった。
ひととおりギリウスを観察し終えたジュリアスは、次にサレに視線を移した。
一見して純人と大差ないサレの見た目に、ジュリアスは不思議そうに首を傾げ、言う。
「君は――〈純人族〉?」
が、一瞬サレの背中側からひょこりと頭を出した黒の尻尾を見て、
「――尻尾があるんだ。なら純人じゃないね。でも、見当がつかないなあ……獣人系の尾とは少し違う気もするけど」
首を傾げた。
サレは自分の種族について言うべきか一瞬迷った。
いくらジュリアスに敵対心がないからといって、みだりに情報を与えるのもどうか。
ジュリアスが周りに情報を流さないとも限らない。
そんな懸念が心の中にあった。
「――ああ、心配しないでいいよ。僕は基本的に節操なしだけど、一食の恩に対する義理は守るから」
「意図的に飯をおごったわけじゃないけどな……」
「まあまあ、そこはそういうことで。――ちなみに僕は純人族だよ」
ジュリアスが先に公言する。
深く勘ぐろうとすればキリがない。
ジュリアスが純人であることも嘘かもしれない。
しかし、彼には人を信じさせる奇妙な力があった。
――隠しても、いずれ他のギルドとの交戦が本格化すればバレることか。
観念するようにサレは両手を挙げ、
「――わかった。信じるよ。――俺は〈魔人族〉だ」
「……魔人族!?」
ジュリアスはサレの言葉を聞いた瞬間、その澄んだ目を一際大きく見開かせて、サレにずいと一歩近づいた。
「お、おい、尻尾には触るなよ!?」
「大丈夫大丈夫――」
そう言いつつジュリアスの手はサレの黒尾に伸びていて、
「ふおあっ!」
「あれっ、意外と隙だらけだね」
次の瞬間には黒尾をつかんでいた。
「触るなって言ったろう!」
「アハハ――ついね?」
片目をつむり、舌をだし、わざとらしく剽軽になって言うと、ジュリアスはサレの黒尾から手を離して一歩下がった。
「魔人かぁ、まだ生きてたんだねぇ。最近アテム王国が〈異族討伐計画〉を布告したから、昔の魔人族の集落――ええっと、イルドゥーエだっけか、あの辺りにもその魔の手が入ったんじゃないかと思っていたよ。アテム王国から場所が近いしね」
「そんなことまで知ってるのか?」
「あ、うん。僕はこの街では結構顔が広いから。情報ならそれなりに入ってくるよ。――内外問わず、質も問わず、だけど」
「へえ。――じゃあテフラ王国のギルド事情とか、そこらへんにも通じてる?」
「深い事情じゃなければ、いくらかね」
ふーん、とサレは鼻を鳴らし、次いで、
「テフラ王族の事情については?」
そう訊ねた。
ジュリアスは微笑を崩さずに、
「それも、深い事情じゃなければ、少しは知ってるよ」
と返した。
その間に、サレとジュリアスの間でいくつかの視線の応酬があった。
お互いを探るような視線の応酬。
しかし、サレもジュリアスも基本的に笑みは崩さなかった。
「――それを知りたいけど、ジュリアスにはわざわざそれを喋る義理もないしな」
「またタダ飯を御馳走になったら、その時にでも答えるよ」
「ずいぶん前衛的な取引方法だなぁ」
サレが笑い、つられてジュリアスも笑った。
「それはそれとして――」
そうして笑い合いながら数秒を経て、そのあとで二人の笑いが急に止まる。
さらに続けて、
「今は――」
その言葉にジュリアスが、
「――浴場だね!」
続けた。
しかし、その息の合った言葉の応酬のあとに、その謎の連帯感を切り崩すようにして野太い声が割り込んできて、
「もうとっくに女衆は湯からあがったようである」
「はっ!? 気付いてたなら先に言えよギリウス!」
「えっ!? い、いやっ、なんか二人とも楽しそうであったから……我輩……邪魔するのも悪いと思って……」
もじもじしだすギリウスをよそに、男衆が盛大なため息をついた。
◆◆◆
その後、ジュリアスは「見損ねたから今日は帰るよ」と言って食堂からそそくさと退散していった。
「嵐のような男だったな……」
「好き勝手生きる放蕩息子、とかの役が似合いそうな男であったな」
「はは、そうだね」
するとそこへメイトが眼鏡をくいと持ち上げながらやってきて、少し真面目な風に言葉を紡ぎ始めた。
「真面目な話をすれば、彼と繋がりを持てたことは大きいんじゃないかな」
「というと?」
サレが腕を組んでいるメイトに訊ね返す。
「うん。ナイアス・アレトゥーサに独自の情報網を持つ彼と繋がりを持てれば、それなりにこちらに情報を流してもらうこともできるってこと。これは大きいよ。まだ確信は持てないけど、信用もできそうだしね。情報屋とかそういった人種で、お互いに信用を保てる相手を探すのは一つの難しい課題だったけど、この問題はなんとかなりそうだ。探す手間が省けたよ」
メイトの説明に男たちの一部は「おお!」と感心し、また一部は予想済みといわんばかりに首を縦に振って同意を示していた。
「――そうか、確かに言われてみればそうだな。この街で〈凱旋する愚者〉の基盤を作るためには正面切っての荒事だけに対処しているわけにもいかないしなぁ。〈黄金樹林〉なんていう情報戦主体のギルドと真っ先に出くわしたわけだし、こちらもそういった分野に詳しい伝手があるに越したことはない」
「立場的にそういう視点も欠かせぬが――」
ギリウスがにっこりと竜顔を笑みに彩らせ、首を突っ込んできて言った。
「我輩としては新たな地で新たな友人に出会えたことが、単純に嬉しいのであるよ」
「ギリウスって結構ロマンチストだよね。――顔に似合わず」
「最後のは余計であるよ」
はは、とサレが笑みを浮かべ、食堂の席を立った。
「ともかく、少しずつ運が傾いてきていると思うことにしよう。――さて、今日は模擬戦もあったし、少し早めに寝ようかな」
サレは皆に手を振りながら食堂を後にした。
他のギルド員たちも各々に食器を片づけたあと、一人また一人で食堂から消えていく。
最後には机の上に乗った燭台と、食堂を照らすオレンジ色の炎の光が残った。