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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第二幕 【王国:在処を求めて】
30/218

29話 「抵抗者の心構え」【前編】

 次の日の朝。


「ふおあっ――!!」


 爛漫亭に響いたのはサレの珍妙な悲鳴だった。


◆◆◆


「なにッ!? なになにッ!? えっ!?」

「ホントだ。まったくリアクションにブレがないな。――フフッ、なんだこれ、ちょっとおもしろいな」


 飛び起きて周囲に視線を巡らせる。

 右――窓。

 左――椅子。

 後ろ――自分の黒尾を握りながらくすくすと笑っているシオニー。


「……」


 サレはシオニーに自慢の黒尾を握られて目を覚ました。

 窓から差しこんでくる朝日の眩しさで目が痛いが、尻尾の方からくるじんじんとした痛みの方が看過しがたい。


「これ、すりすりしたらどうなるんだ?」

「あっ、ちょっ、くすぐったっ――」


 痛みにこそばゆさが混じって、奇妙な感覚が身体を駆け上ってくる。

 その感覚に身体を振るわせた後で、サレは思わず涙目になって彼女に訴えた。


「握られると痛いし撫でられるとくすぐったいんだよ!? ――もっとマシな起こし方はなかったの!?」


 対するシオニーは冷たい美貌にニヤリと笑みを浮かべ、銀尾を楽しげに振っていた。


「ははは、いつも私で遊んでいるんだ、たまにはいいじゃないか」


 ――これは次からもやる顔だ。得意になってやがる。――犬っころのくせに!!


 確信する。

 「はぁ」とため息をついた後、サレは髪を整えるようにぐしゃぐしゃと掻いた。

 自分の尻尾を撫でながら「あっ、これ意外に手触りいいな……」とのたまっているシオニーを一旦無視し、再び窓の外に視線を向ける。

 相も変わらず日差しは眩しい。

 窓から階下を覗き込むと、ギルド員たちが談笑しながら街へ繰り出していく姿が見えた。


「――みんなは?」

「早い人たちはもう街に繰り出していったよ。なんか毟る――じゃなくて稼ぐのに朝の方が都合がいい、って人もいるらしい」

「なんかやたらに手馴れてやがるな……」


 手癖の悪さは折り紙つきらしい。

 稼ぎやすい時間まですでに考慮に入れているあたり、なんとも熟練者の匂いがぷんぷんする。

 まったくもって、たくましい限りである。


 サレの頭がようやく眠気から完全に醒めて、その頃になってふと気になることがあった。

 まずもって。

 そもそもそこからおかしいのである。


「……そういえば、なんでシオニーが俺の部屋に?」


 鍵は掛けていないが、あえて男の部屋に勝手に忍び込んでくる理由もないだろう。

 アリスか誰かに頼まれたならまだしも、シオニーはのほほんと顔を緩ませながら自分の黒尾を撫でているだけだ。

 ――何しに来たんだ、こいつ。


「……?」


 シオニーはサレの言葉を聞いて首を大きく傾げた。

 頭の上に浮かぶ疑問符が目に見えそうだ。

 すると、今度は徐々に顔を赤くさせていった。

 頬が桜色に染まって、徐々に耳まで赤みが昇り、ついに顔全体が真っ赤になる。


「――べ、べべべべつに意味はない! た、たまたまだ!! あっ、朝だしそろそろ朝飯の時間だしせっかくだから起こしてやろうかと思って!」


 わざとやっているんじゃないだろうかと疑うような狼狽ぶりで、そう言い訳をされた。


「お、おう、たまたまで侵入されても困るんだけど……――いや、まあ、シオニーだしいいか」


 サレは少し思案してから「意外とこの方が面白いかもしれない」と奇天烈な予想をたてて、あえてシオニーの行動を歓迎した。

 徐々に形勢が逆転してきたことに気付いて、止めとばかりにサレは行動に出た。


「ちなみにさ、シオニー気付いてないかもしれないけど、俺、今下の方が裸族状態なんだよね……」


 腰から下にブランケットが掛かっているのをいいことに、ふと思いつきでそんな冗談を飛ばした。

 わざとらしく視線を下腹部にもっていく。

 きっともっと狼狽するだろう。

 そうすれば完全勝利だ。

 内心でほくそ笑んでからシオニーの様子を窺うと、


「うわああああ!! さきに言ええええええ――!!」


 振り向いた瞬間に細身の剣が抜き身の状態で回転しながら飛翔してきた。

 突如の不意打ちに対してサレは必死で身体をひねり、かすかな走馬灯を得ながら、


「うおああああ!! 抜き身の細剣(レイピア)投げるなよおおおお!!」


 おもわず二度目の叫びをあげた。


◆◆◆


「まぎらわしい冗談を使うな……」

「俺も命は惜しいからな……ほどほどにするよ……」


 シオニーが退室してから十分ほどで、サレはあらかたの身支度を整えた。

 部屋の外で荒く息をして待っていたシオニーと共に、一階の食堂へと歩を進めていた。

 廊下では数人のギルド員たちとすれ違い、お互いに挨拶をかわしながらその背を軽く見送る。

 爛漫亭の外、湖都ナイアスの市街へと出ていく面々は、すでにアリスとの役割相談を終えた者たちだろう。


「シオニーはもうアリスと話した?」

「いや、私はまだだ」


 シオニーやクシナもサレと同じ三階部屋で、そのことからまだ三階部屋にはアリスは来ていないのだろうとなんともなく予想をたてる。


「アリスも昨日は疲れていたようだからな。盲目であることを含めて、精神のすり減らし方は私たちの比じゃない。ちゃんと休めてるといいな」

「そうだねぇ」


 シオニーの言葉にうなずきを返す。


「あとその疲れをあまり見せようとしないのがまたアリスらしいというか……」

「強がりだよね、アリス」


『べつに強がってはいません』


 まさに食堂へ入ろうとしたところで、ちょうど二人の真後ろからそんな言葉が投げかけられていた。


「――ぬおあっ!」


 同時に、サレは尻尾のあたりを強めに握られる感覚を得て、思わず素っ頓狂な声をあげていた。本日二度目の尻尾痛だ。


「アリス! 尻尾はやめて!」

「あ、プルミエールさんのおっしゃるとおり、確かに手触りが良いですね、サレさんの尻尾」


 サレは黒尾をアリスになでられていっそう鳥肌を強くするが、彼女の方は一向にやめる気がないように見えた。

 尻尾の毛を撫でながら、もはや一つの特徴と化している無表情を維持しつつ、再びアリスが口を開く。


「ちょうどいいところにいらっしゃったのでお二人にお伝えしておきます。各戦闘班に所属する方々には資金調達や情報収集を後回しにしていただいて、今のうちにお互いの力量を確認する作業に移ってもらいたいと思います。ここ一月の間まともな実戦もありませんでしたし、ここまでの旅程も断食チキンレースやらなにやらでせわしなく、なかなか合同訓練というわけにもいかなかったので」

「そうだなあ」


 悶絶しているサレのかわりにシオニーが同意の声を作る。


「これからはいつ交戦や襲撃といったことが起きるか予測がつかないので、早めに、ということですね。空戦班の方々は湖都内での模擬戦は目立つうえ、ギリウスさんも竜体にて戦闘に臨むようなので――湖都ナイアスの外へと一時移動しているようです」

「わ、割と本気だな……」


 ギリウスが竜体で。そんな台詞を聞いておもわずシオニーがヒき気味に言った。


「マリアさんたち海戦班は今日のところは私の護衛についていただいておりますので、明日にでも模擬戦を行ってもらいます。そしてシオニーさんの所属する陸戦班は――昼ごろに湖都の外で手合わせをすると班長のトウカさんがおっしゃっていました」

「……ね、ねえ、俺はどうするの?」

「サレさんは陸戦班と合同演習ということで。一番協同の機会が多いでしょうし。――ぼっち班ですけど」


 ようやくアリスがサレの尻尾を解放すると、サレは感触を確かめるように尾を左右に振り、そして涙目でうなずいた。


「ぼっち班……わ、わかった、じゃあ飯を食ったらトウカのところに行ってみるよ」

「お願い致します。湖都の外ならばそう易々と周りに手の内がバレるということもないでしょう。今のうちに各々(おのおの)の力量を知るため、それなりに本気で手合わせをすることをお勧めします」

「――そうだね」

「手加減はしないぞ、サレ。今までイジられた分は今日で返すからな!」

「やる気満々だねぇ、シオニー」


 得意げに鼻を鳴らすシオニーを見て、サレは苦笑を浮かべながら言った。


 その後、二人はアリスと別れ、食堂で共に食事を軽くとったあと、トウカの部屋へと足を運んだ。


◆◆◆


「――来よったか」

「おせえよ、駄犬」

「開口一番にこの猫は……!」


 トウカの部屋を訪れて早々、部屋の中にいたクシナに口撃を食らったシオニーが、ぷるぷると拳を憤怒に震わせていた。

 すでにトウカとクシナは身支度も終え、いつでも出発できるという状態だった。


「我慢しろ私……! ――外に出たら今までの分を返してやるんだからな!」


 シオニーはクシナの口撃に対抗しようとあらんかぎりの悪態言語を頭の中でチョイスしていたが、このあとに模擬戦があることを考慮して、一旦それらの言葉を飲み込むことにした。

 その様子を見ていたクシナが妖しげに口角をつりあげ、わざとらしく鼻で笑う。


「どうせ恥を重ねることになると思うがなぁ」

「その言葉、そっくりそのまま返すぞ。その得意げな顔があとで悔しげに歪むのが楽しみだ」

「ぬしら、本当に仲良いのう」

「だねぇ」


 二人のやり取りを笑みで聞いていたトウカが楽しげに言い、サレも同じような笑みで同意した。


「まあよい、外にほかの班員も待たせておるし、早めに出るとしよう」


 トウカが左腰の刀鞘をなでつけ、納得のうなずきを見せたあと、そう告げた。


◆◆◆


 爛漫亭の外で待機していた他の陸戦班員と合流したサレたちは、その足で湖都ナイアスの東門を抜け、さらにそこから数十分走った辺りに広がっていた草原区域に入った。

 まばらにそびえる丘が部分的に視界を遮るが、全体的に見晴らしはいい。

 尾行や監視の目があっても確かめやすいということからその場に一時拠点を置くことになった。

 それぞれに班員は身を伸ばしたり、持ち込んでいた食糧をついばんだり、このあと始まるであろう模擬戦に向けて準備を整えている。


「さて、どうするかのう」


 そんな様子をはた目に、トウカがつぶやいていた。


「――組み合わせ?」


 隣にひかえていたサレが短く相槌を打つ。


「うむ。陸戦班長としてわらわが全員と相対(あいたい)してもよいが、疲れそうじゃしなあ」


 目を線にしてほのぼのと告げるトウカだが、その内容は相当にスリルのある発言で、


「いやいや、全員は無理だろ」

「まあ飯食ったし、万全の状態なら体力には自信あるぞ? ――とはいえ、さすがに後半は精彩を欠きそうじゃな」


 そこでトウカはにたりと笑い、サレを流し目で見つめた。


「それに、サレもおることだしの。本当に凱旋する愚者(イデア・ロード)の副長足り得るか、わらわで試すのも悪くなかろ。そうなるとわらわも体力は十分に残しておかねばなぁ」

「や、やる気満々ですねトウカさん」


 ――いざ戦事になるとトウカって血沸くよなぁ。


 戦鬼という名は伊達ではないらしい、とサレは胸中で言う。


「トウカ、俺もそいつとやるからな!」

「私もサレとやるぞ!」

「わかったわかった。――サレ、ずいぶんと人気者じゃな」


 ――まったくだな。……人気の原因が『仕返ししたい』じゃなければ最高だったよ!


 サレはクシナとシオニーの鋭い声に対して冷や汗を流すことで反応しつつ、おもむろに左腰の鞘から皇剣を抜いた。刀身の点検だ。


「術式使うのはやめようか」

「うーむ……できるかぎりは本気でやり合いたいところじゃが……」


 トウカが唸りながら眉間を指で押さえた。


「ちなみに、一応建前として訊いておくが――ぬしの術式兵装、手加減利くか?」

「無理無理、イリアの言を借りれば超無理。『殺られる前に殺れっ!』と『一発で殺れ!』って怖い怖いお姉さんたちに言われながら、涙で顔ぐちゃーってして練習した術式だからさ……もう手加減とか絶対無理だよね……術式の事象式とかほとんど頭で考えてないし……いや考えてるんだけど繰り返しすぎてもはや意識の外っていうか……」

「……なんだか今、ものすごくぬしのことを抱きしめてやりたくなったぞ」

「ふふ、いつでも歓迎だよぉ……」


 サレの目から生気が抜け落ちていくのを見てトウカが焦り、即座に話を進めた。


「よ、よし、ならばぬしは術式ナシじゃ。――では、わらわとサレで適当に皆の相手をしつつ、お互いに体が温まればわらわとサレで模擬戦――としようかの。シオニーとクシナはサレが受け持て。わらわはその他の者たちと(たわむ)れよう。シオニーとクシナはなかなかに高位の獣人族じゃから――油断していると苦労するぞ?」

「油断してなくても苦労するよ……」


 着物の袖の下から鋭い爪を出して点検するように舌でなめているクシナと、すでに頭から銀の獣耳がひょっこり出ているシオニーを見て、サレはうなだれた。


「シオニーにいたってはすでにちょっと獣化しちゃってるじゃん。犬耳出てるし……」

「仕返ししたいからな! ――今はかわいいって言われても手加減しないぞ!」

「チッ、戦術の一つが潰れたか……!」

「えっ!? 本当にやるつもりだったの!? ――私ってその程度だと……」


 ――普段の自分の行いを呪うんだな!


「それじゃあ――ぼちぼち手合わせといこうか」


 サレが笑い声もほどほどに、皇剣を鞘にしまい込んでから言った。


◆◆◆


 ――ここ一月ほど、まともな戦闘状況にならなかったことは確かに懸念の一つだった。


 サレは思う。


 ――(いな)、戦闘状況がないこと自体はいたって平和的で、殺生という積極的な消費行為にいたらなかったことも『幸い』と言えるだろう。


 しかし、


 ――いずれ戦いに身を投げねばならないだろうと予想できている身でありながら、平和的な状況に長い間その身をおくことは、むしろ愚かなのではないか。


 平和を甘受する意志を忘れてはならないが、それにかまけて腑抜(ふぬ)けることは許されない。 

 『抵抗者である自覚』を忘れてはならない。

 まさしく、ある意味で、『戦い』は自分の人生をもっとも強く輝かせる要因の一つであるだろう。

 追われるものであること、虐げられるものであること、魔人族であるということ。

 さまざまな要因が戦いへと自分を誘う。


 ――今も同じだ。


 状況的には大きな変化はない。

 ゆえに、


 ――我が身を錆びさせてはならない。


 思い出せ、敗北が死に直結しうる身分であることを。

 そして自分たちが、


 ――絶壁に立たされた『抵抗者』であることを。


◆◆◆


「――よし」


 おもむろにサレが短く声をあげた。

 同時に、サレの眼前に立っていたクシナとシオニーが身構える。

 不意の臨戦態勢だ。

 獣の本能が、サレが一瞬の後に身体にまとった緊張に対して行動を起こさせた。


「どっちからでもいいよ」


 サレの顔には微笑が浮かんでいるが、それは普段のような柔らかい笑みではなく、強い意志を含んだ揺らぎのない笑みに見えた。


「さすがに間抜け面のままじゃねえか」


 クシナが嬉しげな笑みを浮かべ、一度ちらりとシオニーを(あお)ぎ見た。

 そして、


「ハハッ! 早い者勝ちだろ――!」


 瞬間、喜色を含んだ笑みと共に――人虎が跳んでいた。


 

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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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