26話 「戦鬼の威力」
〈凱旋する愚者〉のギルド員たちがどんどんと噴水から離れていき、最後に五人が残った。
トウカ、ギリウス、プルミエール、マリア、そしてイリアの五人だ。
「では、わらわたちもそろそろ行くかの」
トウカが大きく伸びをして、皆に声を掛けた。
するとギリウスが首を傾げて訊ねる。
「何かアテはあるのであるか?」
トウカはギリウスを振り向いて、自信満々に胸を張った。
それを見たギリウスは「さすがであるな、トウカ。脳筋臭するのに意外と物知りであるな」などと胸中に浮かべ、トウカに対する認識を改めた。
「――わらわにアテなんてあるわけなかろ!」
二秒で認識を元に戻した。
「――我輩、選択をあやまったかもしれぬのである……他のメンバーと行けばよかったのである……」
「よく聞きなさい、愚竜。トウカはいつもそれらしく考えてるようで――でも実は全然考えてないわよ!? それっぽくしてる時もあるけど、たぶんノリで言ってるに違いないわ!!」
「脳筋ですものね、トウカは」
「言いたい放題じゃな、ぬしら。――ま、歩いていればなにかしら見つかるじゃろうよ」
そういってトウカが先頭をきりつつ、歩き出した。
◆◆◆
ほかのギルド員たちが進んでいない方角へ歩むこと数十分。
湖上都市ナイアスの景色は相も変わらず美しいままだが、同時にその広さにも意識が傾く。
「広いのう。まだまだ商業区が広がっておる」
「であるなぁ。こうなると〈空都アリエル〉の方も気になるのであるな。我輩も飛んで確かめに行きたいが、どうにもあの〈シルフィード〉とかいう風域帯が邪魔で、苦労しそうであるよ」
「そうですねぇ。当分私たちは空都へ行けそうにはありませんが、少しくらい前もって観覧してみたいものです」
「マリアー、あたしも空の街に行きたいー」
イリアが駄々をこねるように言う。
「もう少し我慢しましょう、イリア。いずれ私たちの長や副長が道をつけてくださいますから」
「そうじゃのう、テフラ王族がアテム王国に対してどんな思いを抱いておるのか、気になるしの。仮にアテム王国に対して対立姿勢をとるつもりなら、わらわたちがアテム王国と敵対するときにうまいこと活用できるかもしれぬしな」
「そこらへんを考えるにも、まずは拠点であるなぁ」
「そうですねぇ」
「はあ」というため息が重なって、それぞれが肩を落とした。
すると、ふとその時になって『あの天使』の姿が見えないことに気付いて、トウカが声をあげる。
「――ところで、プルミの奴はどこに行ったのじゃ?」
「そういえば見当たらぬのであるな。――我輩、こういう時はどうにも嫌な予感が先行するタチらしいのであるよ。今すごーく胆が震えた感じで。正直今すぐここから逃げ出したい気分である」
ギリウスが竜翼をしんなりとさせながら言葉を吐き出した次の瞬間、彼が心に浮かべた『嫌な予感』は現実のものとなって現れた。
声だ。
四人の後方から甲高い声が響いた。
「――いいわ!! じゃあ勝負しましょう!! 私の方が勝ったら有り金全部おいていきなさい!? いいわね!?」
というプルミエールの声だった。
嬉々とした感情がこれでもかと言葉に乗っている。
声の方を振り向けば、そこにはハイテンションで飛び跳ねる白翼の天使族。
プルミエールは街路に面した酒場の一角で、二人の男性異族と会話をしているようだった。
トカゲ頭と蛇頭。細かい区別のつかない爬虫類系の異族だ。
ギリウスはプルミエールの口から出た言葉にこれでもかと嫌な予感を感じて、
「我輩、知らぬ人にはあまり関わるなと教えられたので、あえて無視しようと思うのである。そういうわけで、ここからは別行動ということで――」
そういって足早にその場を離れようとした。
するりするりと足音を消して、できる限りの速さで雑踏に紛れ込もうとする。
「――なによ!? ――私が負けたら!? そうね……ならあそこにいる希少な〈竜族〉を差しあげるわ!? 売れば高くつくわよ!? ――ん、オッケオッケ? 了承ね! いいわ!! はい決まり!!」
次の瞬間ギリウスは足音など気にせず猛ダッシュに移行した。
「ぬおお!」などと叫びながら竜翼を広げ、雑踏を押しやって逃げようとしたが、同じく凄まじい勢いで追いついてきたトウカとマリアに肩を押さえられる。
「我輩売られたくないのである!! 嫌である! 嫌であるっ!!」
「まあそう言うな。――勝てばよいのだ、勝てば」
「ええ、そうですよ、空戦班長。――勝てばいいのです」
「この女衆、自分の身が懸ってないからって横暴言うのである!!」
そのままギリウスは勝負の景品と化すことに決定した。
◆◆◆
しんなりと竜翼と竜尾を垂らし、ギリウスは街路に面した酒場の椅子に座らされていた。
屋根のない酒場のテラスだ。
いくつかの円卓と、柄付けがされた木製の椅子が並べられている。
円卓の下側には夜に照らす用のつりさげ型ランプがつられていて、酒場いう割には洒落ている場所だった。
そんな酒場のテラスに、一旦席を外してどこかへ行っていたプルミエールが戻ってきて、ギリウスに近づいた。
戻ってきたプルミエールはその手に太い縄を持っていた。
すると、にやにやとした笑みを浮かべたプルミエールはその太い縄でギリウスを椅子に縛り付けた。
「ププッ……! 無様ねっ、愚竜っ!」
「誰のせいであるか……!!」
プルミエールがわざとらしく口元を隠して、目を弓なりにしながら笑っていた。
「身内に対して外道過ぎるのである……!」とギリウスが迫真の顔で言うが、椅子に張り付けられている姿は相応に無様だ。
「おいおい、女三人に子供一人かよ。ほんとにいいのか?」
ふと声があがった。
声の主は蛇頭の異族だ。
鈍色の鱗と、ぎょろついた目をしている蛇頭の男。
その男は円卓のテーブルに座りながら、対面に立っているプルミエールたちに言っていた。
「構わないわ。――だって、負けないもの」
プルミエールが自信満々に言う。
「えらい自信だな。そういわれちゃ俺たちも手を抜くわけにもいかねえ。〈ギルド〉の体裁もあるし、早々に負けて看板壊されちゃ堪らねえしな」
蛇頭の男はプルミエールの言葉を受けて笑みを浮かべた。
「〈ギルド〉……? あんたらどっかのギルドに所属してんの?」
「あ? そりゃあ、まあな。流浪の旅人やらは別として、この都を拠点にしてるようなやつは大体がギルドに入ってるじゃねえか。下手したら世界中回ってる行商だってギルドに入ってる時勢だぜ? わざわざ湖都ナイアスで露店を開くためだけにな。商業系ギルドに入って後ろ盾を得ねえと露店すら開けねえって、なんとも窮屈だよなァ」
「へー、なんだか面倒だわね」
「てかテフラにいてそんなことも知らねえのか? ――さてはお前ら、『新参者』だな?」
「そうよ?」
プルミエールは平然として答えた。
蛇頭はプルミエールの返答を聞いて、急に笑い出す。
隣に座っている友人らしきトカゲ頭の異族の肩を叩いて、言葉を紡いだ。
「おいおい、聞いたかよ。こいつらも新参者らしいぞ。最近は湖都にくる新参共が多いなァ。で、お前らは何しに来たんだ?」
「居場所を求めにきたのよ。ここ、私たちみたいなのに優しい場所らしいから」
「ハァ、優しいねえ。――テフラ王国にどんな幻想を抱いてきたんだ? お前らみたいな新参が、この列強ひしめくテフラに来て、居場所なんか得られると思ってんのか? おめでてえなぁ」
蛇頭の男の笑みが徐々に嘲笑するものに変わっていって、
「まぁよいではないか。ひとまず、勝負を始めよう。わらわ、腹が減ってしもうて」
「お、姉ちゃん美人だなァ。――どうだい、そんなに腹が減ってるなら、飯食わしてやるから一晩付き合わねえか? たらふく食わせてやるぜ――上にも下にもな」
嘲笑が下卑に変わる。
対するトウカは舐めるような視線を受けてもなお、もてなすような柔らかな笑みを浮かべていた。
「――それで、勝負の内容は?」
トウカは意味ありげな微笑を残して話を先に進める。
蛇頭の方は何を勘違いしたのか、トウカの微笑を見てさらに笑みを深くした。
そして、おもむろに腕を円卓に乗せ、肘を立てた。
「――腕相撲だ。――おっと、その腰のもんは使うなよ? 正々堂々にってことだ」
トウカが左腰に差している刀の鞘を指差して言う。
「勝負の内容を任せてきたのは白翼の嬢ちゃんなんだから、べつに力勝負でも構わねえよな?」
蛇頭の男が笑みを浮かべる。
すでに勝ちを確信しているような、喜々とした笑みだ。
「で、そっちは誰が相手するんだ? 白翼の嬢ちゃんか?」
「は? なにいってんの? ――私がただの力勝負で勝てるわけないじゃない!!」
「……」
ギリウスの竜翼がよりいっそうしんなりと縮こまり、その目には雫がたまって、今にもこぼれそうなほどになっていた。
「皆の衆……我輩……終わったのであるよ……」
「案ずるな、ギリウス。――わらわが相手をしよう」
そう言って蛇頭の対面の椅子に座ったのはトウカだった。
着物の裾をはらい、袖をまくりながらテーブルに腕を乗せる。
「なんだよ、もう我慢できなくなったのか? はは、まぁいい、前哨戦と洒落込もうじゃねえか」
「そうじゃな。楽しむとしよう」
トウカが言ってから、一瞬だった。
トウカが今にも腕を組もうとしたその時、蛇頭の男は自分からトウカの手を握りにいき――
一気に力を込めていた。
トウカが力を入れる前に、自分の都合の良いタイミングで勝負を始めたのだ。
「なっ! 卑怯であるぞ!」
ギリウスが叫ぶ。
「ははっ、油断した方が悪いってもんよ」
トウカの右手の甲が見る見るうちに円卓に近づいていく。
倒されそうだ。
「――」
しかし、当の本人の顔に焦りは見えなかった。
もう少しで手の甲が円卓に付いて負けになる。そのギリギリのところで、蛇頭の男の手がピタリと止まる。
止まったのだ。
それ以上トウカの手を押し倒せなかった。
異変に気付いた蛇頭の男がトウカの顔を見る。
トウカの顔は薄い笑みに彩られていた。
「ぬし、三下臭がハンパないの。あと、油断した方が悪いという言葉にも賛同する。――まあ、しかしじゃな?」
トウカの薄い笑みが、みるみるうちに妖艶な深い笑みに変わっていって、
「わらわが油断するということは、対面のぬしは『油断してもコイツなら問題ない』という程度に思われている証拠でもあるのじゃぞ? そこらへん、わかっておるか?」
ついにその口角が大きく吊り上がった。
「――あ?」
蛇頭の男は挑発されているということに気付いて、ドスの利いた声を喉から絞るが、
「ぬしは取るに足らぬ程度ということじゃよ……!!」
その声はトウカの強声に塗りつぶされた。
そして、強声と同時に、トウカが倒されかけていた手に力を込める。
ミシリ、と蛇頭の男の手から骨が磨り減るような音が聞こえたかと思うと、その顔に苦悶の表情が浮かび、
「痛っ――!!」
悲鳴が上がった。
しかしトウカはまるで力を緩めず、むしろさらに強力を込めていく。
蛇頭の男の手をそのまま握り潰してしまいそうな、凄まじい握力だ。
「カカッ! これ、一応ちゃんと倒しあいしとるからな? ――正々堂々じゃ。いやあ、ぬし、結構強いのう。なかなか倒しきれぬわ」
トウカが笑顔でわざとらしく紡ぐ間にも、蛇頭の男の手からは軋むような音が鳴り続けた。
「――まっ、負けでいい!! 俺の負けでいいから手を放してくれ!!」
ついには蛇頭の男の方からそんな声が漏れた。
だが、
「なにを言う。――まだじゃ。まだわらわは腕相撲に勝っとらんからな! カカッ! ――まったく、なぁーにが『たらふく食わせてやるぜ――上にも下にもな』じゃ! わらわより弱い雑魚が! 三下が! 片腹痛いわっ!!」
「え、えぐいのである……」
ギリウスが思わず声をあげた。
「ふぅー。――放して欲しいか? わらわはまだミシミシやっていたいんじゃが、どうしても放して欲しくば考えてやらんでもない」
「……っ!」
すでに悶絶を深くしている蛇頭は言葉もまともに紡げないようで、無言のうなずきを返していた。
「よろしい。ならばわらわの問いに答えよ」
トウカがうなずきを受けて少し握力を弱める。
「まず、ぬしらのギルドの名を教えよ」
「〈鱗の塔〉って……ギルドだ……っ」
「ほう。どんなギルドなんじゃ?」
「っ……有鱗系の異族が集まったギルドだ。傭兵業から密偵業まで……手広く請け負ってる依頼受け型のギルドで――」
「ほうほう。強いのか? ぬしはその中でどれくらいの力量じゃ?」
「――」
「ふむ。言えぬか。まあいい。名さえ知っておれば探りようはある。では話を変えよう」
トウカが手に力を込めながら、さらに顔を近づけた。
「わらわたち、ここらへんに空き家が欲しいと思っておったのじゃが、ぬしらのギルド権限でどこか紹介してくれぬか?」
「……っ」
蛇頭はうなずきを返しはしなかった。
「お、俺たちにはそんな権限ねえから無理だ……っ!」
代わりに、隣に座っていたトカゲ頭の男が怯えるように言葉を返した。
手を椅子の背もたれに掛け、今にも逃げ出そうという体勢だ。
「ふむ――そうかそうか。なら仕方あるまい。とりあえず、金で手を打とう」
その言葉にトカゲ頭はびくりと目蓋を痙攣させ、次の瞬間――一目散にその場から逃げようとした。
しかし、
「あらあら、逃げるのはいけませんよ? ――あなたにもしっかり腕相撲をしてもらわないといけませんからね。そうしなければお金を貰う口実がなくなってしまいますから。――楽しいですよぉ? ほうら、あなたの相方さんもあんなに嬉しそうに悲鳴を――ああいえ、嬌声をあげていますからね?」
すでにマリアがトカゲ頭の男の後ろにまわり込んでいて、その両肩に満面の笑みで優しく手を置き――しかし次の瞬間には叩き付けるようにその肩を椅子に押し込んでいた。
ガタン、と音を立ててトカゲ頭の尻が椅子に押し付けられ、上からの圧力で椅子の足がみしみしと軋む。
その後、十数分に渡って二人の異族の悲鳴が酒場に響き渡った。
◆◆◆
「――いやあ、腹減っとるから調子がでんかったのう」
数十分後。
てかてかと輝く満面の笑みを浮かべ街道を歩くトウカの姿がそこにはあった。
「と、とりあえず売られなくてよかったのである……」
「竜族のくせに肝っ玉が小さいのねえ、あんた」
「プルミの肝っ玉がでかすぎるのである。比較対象が悪いのである……!!」
「なによ、結果が良かったんだからべつに愚痴らなくたっていいじゃない」
竜翼をしなびさせたギリウスと、それを見てわざとらしい嘆息をするプルミエールの姿がトウカの後ろにあった。
さらに隣にはマリアとイリアが手を繋いで歩いていて、イリアはもう一方の手に林檎を持ち、もしゃもしゃとかじりついていた。
林檎を頬張る顔は満面の笑みだ。
「うまいか? イリア」
トウカが振り向き、イリアに問うていた。
イリアの持つ林檎は先ほどの爬虫類系異族から毟り取った金で買ったものだった。
「超おいしいよ!」
パァっとイリアの顔がさらなる喜色に彩られ、まるで太陽のような輝きを放っていた。
「そうかそうか、また毟ってきてやるからな」
「こ、この女衆おっかないのであるよ……! まさかまた我輩を餌にするつもりでは……」
ギリウスがヒき気味に言う。
しかしイリアの満面の笑みを見て、「んんっ」と意味ありげに唸ったあと、渋々と言った様相で言っていた。
「ま、まあ情報も得られたことであるし、とりあえず今回はよいということにしておくであるか……うむ――」
「またはじまったわね、うむうむ口癖。あんた必死で納得しようとするけどそれ無意味よ? ――あんたの愚脳じゃ私の超高貴な考えは読めないわ!! 一生ね!!」
「大丈夫ですよ、空戦班長。この子ロクなこと考えてませんからね。考えが読めたって得るものなんてありませんよ」
「そ、それって逆に大丈夫ではないのでは……」
「……あらあら、細かいことを気にするものではありませんよお」
「なんだか凱旋する愚者の女衆はたいそう危険であるな……」
――サレがいないと我輩に矛先が向きまくりで我輩の精神は磨り減るばかりであるよ……
イリアの笑みを心の栄養にしつつ、今は別行動のサレに思いを馳せつつ、ギリウスはその後も女衆との会話に勤しんだ。
◆◆◆
それぞれが金策に走っていたころ、別働で尾行者を追っていたサレとシオニーとクシナは、いまだに屋根の上を跳んでいた。
「おいおい、いつまで追いかけっこすりゃいいんだよ。はやくやっちまおうぜ、サターナ」
「血の気が多いなあ、クシナは」
前を跳ぶクシナが着物の袖の中から鋭く尖った爪を見せながら言う。
その手刀で容易く獣の首を刎ねる姿を、狩りの時に目撃したことがあった。
たかが爪、されど爪。
獣人の腕力とやたらに頑丈な爪で繰り出される爪撃は、凄まじく重そうだった。
そんな光景を思い起こしながら、サレは前方へ意識を集中する。
尾行者はサレたちが反転して逆に追ってきたのを知って、どうやら一目散に逃げたようだった。
あえて尾行に留まっていたということは、あくまで情報収集のみで、積極的な近接はしないつもりであろうか。
サレの脳裏にいくつかの予測が生まれるが、ひとまず無難そうな策を選択し、クシナの質問に答えておく。
「――もう少し泳がせよう。もしかしたら親のもとへ逃げ帰るかもしれない。まあ、そこまで馬鹿じゃないとは思うけど」
「仮に親もとに戻ったとして、私たちが返り討ちになるとは考えないのか?」
今度はシオニーが訊ねてきていた。
銀の髪を揺らすシオニーは、クシナと違って明確な武器を手に携えている。
細身の剣だ。
柄の部分が装飾染みた代物だが、かといって刃の閃きに鈍さは見られない。十分な手入れのされている品のようだった。
「返り討ちにされそうだったら逃げればいいじゃん。んで、あとで奇襲でも夜襲でも、なんでもできる。俺たちはどこに定住するかも定まっていないから、向こうの本拠地を知ってしまえばその点では少しも有利だし」
「楽観的というかなんというか、サレらしいな」
シオニーが苦笑した。
「あっ――」
すると、苦笑もほどほどに、シオニーが何かに勘付いたような短い声をあげた。
「――二人目と三人目――左右から来るぞ!!」
彼女は剣を構え直しながら伏兵の存在をサレとクシナに知らせる。
そうして、シオニーの言葉はすぐに現実となった。
ちょうど両翼側から一人ずつ、真っ黒なローブに身を包んだ人型が器用に屋根を伝いながらサレたちに向かってきたのだ。
その手には銀光を反射する短剣が一本ずつ握られており、黒ローブのフードの下からは鋭い視線が向けられていた。
「――迎撃か」
サレの顔から笑みが消える。
代わりに両の瞳が赤く光り始め、同時に六芒星の刻印が浮かびあがっていた。
〈殲す眼〉の発動準備。
つまりは戦闘態勢への移行だ。
次に、サレは右手を左腰の皇剣の柄に添え、
「おい、馬鹿、お前こんなとこであの術式兵装振り回すんじゃねえだろうな?」
とっさにクシナが警告を送る。
「お前は大人しく前のやつを追えよ。左右のは俺と『犬』でなんとかする。お前の術式兵装は近場で振り回されっとこえーんだよ」
「おい、犬っていうな! ――このっ……『猫』!」
「――ああっ!?」
――本当に大丈夫なのだろうか。
そう思ったサレだったが、彼女たちが言い合いつつもまったく同じタイミングで左右に散ったのを見て、
――結構息は合ってるんだよなぁ、あの二人。
感慨深く胸中で言った。
「――わかった、じゃあ俺は先に行くよ」
増援、もしくは迎撃班が出てくるということは、もしかしたら親もとが近いのかもしれない。
――そろそろかな。
思った以上に追手対策もなされているようだ。
迎撃班が出てこなければもっと深くまで追ってもよかったが、ここで迎撃が出てくるとなると易々と親もとへの道筋は辿らせてくれないだろう。
向こうからすればあとは周辺を適当に逃げまわって、迎撃に出てくる仲間たちに追手である自分たちを狩らせればいいわけで。
時間が経てば経つほどこちらは人数的に不利になる。
向こう側にどれほどの人数的余裕があるのかも定かではないし、シオニーとクシナも万全な状態ではない。
そうしてサレは判断を下す。
これ以上およがせるのは得策ではないと、そう確信した。
同時。
今までとは一線を画す速力を身に纏い――
大きく前方へ跳躍した。
尾行者への急速近接だ。




