23話 「凱旋する愚者」【後編】
それからさらに東へ。
明確な時間の期限があるわけではないが、かといっていつまでもその場で話しこんでいるわけにもいかない。
〈凱旋する愚者〉の名を冠した集団は再び旅路を進み始めた。
その途中、移動しながらで会話をしていたサレが、ふと言葉を浮かべていた。
「あのさ、今更ふと思ったんだけど」
疑問だ。
「陸戦と空戦ってのはわかるけど、海戦ってわざわざ分ける必要あるの?」
それはテフラ王国の立地を詳しく知らないがゆえの言葉であった。
わざわざそれを作るくらいならもしかしてテフラ王国には海があるのだろうか、などと胸中に思いながら、サレは答えを待つ。
すると、隣を歩いていたアリスがすぐにその言葉に答えていた。
「はい。海ではありませんが、結構広めな水辺がテフラ王国にはあるのです」
「そうなんだ。海じゃないってことは――でっかい川とか?」
「いえ、湖です」
アリスが短く答え、そのあとでさらに言葉を加えていった。
「テフラ王国の立地について少し説明しておきましょうか」
「お願いするよ。俺、なにかと世間知らずでね」
サレが困ったように頭を指で掻いて、アリスに願った。
「では。――まず大きな視点で見ますと、テフラ王国は他の大部分の国家と同じように〈都市国家型〉で、その巨大な王都を主な国土とします。そして、その王都は〈湖上都市〉であり、また〈空中都市〉でもあるのです」
サレはアリスの言葉を三度ほど脳裏で反芻して、思わず首を傾げた。
「……んん?」
〈湖上都市〉であり、〈空中都市〉。
どういうわけであろうかと、サレは頭を捻る。
その間の沈黙からサレの状態を察して、アリスがさらに説明していった。
「もう少しわかりやすくお話ししますと――」
アリスが身振り手振りを加える。
「――テフラ王国の地盤は、とある巨大な『湖』の上に存在します。『湖の上に都市が浮かんでいる』のです。ゆえに、都市の周りは湖の外縁として湖水で満たされています。――おわかりですね?」
「うん、わかるわかる」
サレはアリスの説明に声を返した。
その声を受けて、さらにアリス続ける。
「さらに、その湖上都市の上方にもう一つ、『都市が浮いている』のです。こちらの都市はまさしく空中に浮かんでいます。――これを〈空中都市〉といいます。つまり王都が〈湖上都市〉と〈空中都市〉で二つあるということですね」
「――ま、待ってくれ」
そこでサレはとっさに制止の声をあげた。
頼み込むようにアリスの言を止め、訊ね返す。
「都市が――浮いてる?」
地盤が湖に浮いている、という方はまだなんとなく許容できたが、空中に浮いているとなると話は別だ。
さすがにすぐには呑み込めなくて、サレは唸った。
しかし、サレの問いにアリスが速攻で答えて、
「ええ、浮いてます」
「……マジで?」
おもわずサレは目を丸めた。
周りの異族たちにも「マジかよ」という意味を込めた視線を送るが、彼らの返してくる視線はどれもが『マジだよ』という意味を内包しているように見えた。
「ええと……どうやって浮いてるの?」
そうなると、どうしても論拠を求めたくなる。
対してアリスがまた答えた。
「神族の術式――つまり〈神格術式〉によってです。テフラ王国のある地域は初期時代から非常に神族とのかかわりが深かった地域でして、地盤から空にいたるまで、神族による手が入っていました。――神族が神界に引きこもる前に紡いでいった術式が、今の時代にも残っているのです。正確にはずっと残っている、ですが」
「神族かぁ……」
神族から術式を借りるという手法をとる〈神格者〉と剣を交えたあとだと、まったくそのでたらめさを信用できないわけでもないのがある意味恐ろしい。
サレは思った。
「引きこもる前の神族の中には結構ヒャッハーしてた方々もいらっしゃったようですので。――まあ、都市規模の地盤を空中に浮かせるというのが信じがたいのは事実ですが……そうですね、おおげさに言えば〈神族の遺産〉といったところでしょうか」
「それって術式の効果が切れて落っこってきたりしないの?」
「もちろん当初はそういう事態を懸念していたようですよ。しかしその心配はないそうです。百年単位で多くの人々がその空中地盤を調べたようなのですが、地盤に封入された〈神力〉はまだ当分尽きないとのことで」
「おそらく結構な人数の神族がヒャッハーしたのでしょうね」とアリスは付け加えた。
一息を入れて、さらに続ける。
「そういうわけで、テフラ王国の王都は湖の上の〈湖上都市〉と、その湖上都市の上方空域に浮く〈空中都市〉に分かれています。その二つの王都をあわせて〈テフラ王国〉としているのです」
また、
「異族や純人族が予測すらできない『時の彼方』まで浮き続けるであろうその空中地盤を由来として、テフラ王国は〈永遠のテフラ〉と呼ばれているのです」
「はあ――とてもじゃないがこの目で見るまでは想像もつかない光景だ」
サレは遠くを見るような目で言った。
「そうですね。――ちなみに、空中都市の周りに小さな地盤が同じように浮いており、そういった天空の〈浮遊島〉を本拠地にしているギルドも存在するそうです。有翼系異族などが特に多いようですが」
「そっか、そうなるとやっぱり空戦の枠は必要だね」
サレはさきほどの図を思い浮かべながら納得の声をあげた。
するとそこへトウカがやってきて、
「――今では術式の発達によって有翼系異族以外が浮遊島に本拠地をおいている場合もあるらしいがの。――いやはや、便利になったものじゃな」
しみじみしながら言っていた。
アリスもトウカの言に同意を示し、続ける。
「いずれにせよ、空中都市や浮遊島はテフラ王国内でもそれなりの力を持たなければ足を踏み入れることができないらしいので、私たちが最初に活動する場は〈湖上都市〉の方でしょうね」
そういうことで、とアリスはいったんそこで話を切った。
そうして、おのおのが自分の中で情報を整理していると、
「そこらへんの話が重要なのもわかるけど……その前に」
間に入ってきたのはマコトだ。
彼女は眉を立たせて少し怒った風に続けた。
「どうするんだよ! この適当な班員の割り振り!! 海戦班にいたっては班長もいないぞ!」
「うーむ、海戦と言ってもおそらく身一つによる湖上戦になるからのう。それなりに水に適性のある異族でなければまともに動けまい。――水系の異族があんまり見あたらんのじゃよなぁ」
「かといって放置っていうのもなんかしっくりこないだろ。というか放置してその弱み突かれたらやばいだろ」
すると、サレがおもむろにある人物の方を見て、嬉々とした笑みでその人物に訊ねた。
「ギリウスとかなんかその爬虫類質な感じで実は超速く泳げたりしないの!? ――水蛇的なノリで!!」
「サ、サレは竜族をなんだと思っておるのであろうな……」
ギリウスがしょんぼりとしながら続けて言った。
「さすがに竜族でもそれは無理であるよお。我輩よりもまだ水系術式を使える術式系異族の方が器用に立ち回れるはずである。我輩も水はあんまり得意じゃないのである」
「そっかあ……」
サレは輝かせていた目をふせて、残念そうに言った。
次いで、
「トウカは?」
「わらわも一応術式燃料は持つが、そう汎用性のあるほどの絶対量ではない」
「ちなみにどの術式燃料もってるの?」
「魔力と妖力じゃよ」
「えっ、二つもってんの!?」
サレが目を丸めた。
対するトウカは少し鼻を鳴らして自慢げだが、
「鬼人族は珍しいタイプでの。まあでも――」
おもむろに腰に手を当てて、胸を反らせて、
「わらわ術式編むの苦手じゃからあんま意味ない感じじゃ!!」
言っていた。
「じ、自慢げに言うなよ……」
「よ、よいのじゃ! 戦鬼のおもだった戦闘術は体術と固有術式じゃしぃ、べつに魔術も妖術もなくて困らぬしぃ――」
口笛を吹いて誤魔化そうとするトウカを見て、サレはとっさに、
「無理やり自分を納得させてやがる……!」
そういって他の異族たちに同意を求めると、まわりの面々も慣れ親しんだ動作で「うんうん」とうなずいた。
「――なんじゃ、なんか文句あるのか?」
しかし、トウカの鋭い視線と言葉の圧力を受けて、皆が一斉に目をそらした。
数秒の間をあけて「だいたい」とトウカは繋げ、
「ぬしみたいなのがそうぽんぽんとおるわけなかろう。不気味なまでに細かく編まれた術式を簡単に発動させおって。ぬしはぬしの使う術式が規格外であることをもっと意識したほうがよいぞ。まったく――」
「なんで俺が怒られてんの!? これ完全に責任転嫁してきてるよね!?」
サレは急にぶつくさと文句を言い始めたトウカに抗議の言葉を送りつつ、続けて紡いだ。
「ま、まあ確かに〈改型・切り裂く者〉も〈祖型・切り裂く者〉も事象式を作るのに手間をかけたから複雑になってるかもしれないけど……俺だって最初からこんな術式を即時発動させられたわけじゃないよ?」
――命掛かってたからな……
ふと、サレの脳裏に、満面の笑みで自分を攻撃してくる魔人族の女性陣たちの顔がよぎった。
不意に体中から冷や汗が噴き出てきて、
「毎日毎日、ああ……毎日、毎日、起きては術式を展開し、飯を食っては展開し、寝る前に展開し、うまくできなければどこからともなく短剣が飛んできて、たまに術式炎が飛んできて……」
「お、おおう……ぬしの家には常に密偵か暗殺者でも潜んでおったのか……?」
「ま、まあそんなところだよ……ああ……思い出したいような、思い出したくないような……」
複雑な思いにサレは身をよじらせた。
そうこうしていると、そこへ別の声が飛んでくる。
サレが聞いたことのない新たな声だった。
◆◆◆
『トウカ、あまり副長を困らせてはいけませんよ?』
◆◆◆
サレが過去を思い起こしてがくがくと震えていたところへ、一人の女性の声と姿が舞いこんできた。
長身の、豊満な肉体をした柔らかな笑みの女だった。
うっすらと青みがかった鴨の羽色の髪をした女。
彼女が集団から抜けでてきてトウカの隣に立つと、
「うおっ……!!」
と周りの異族から歓声があがった。――おもにその男性陣から。
おそらくこの〈凱旋する愚者〉の中でもトップクラスであろうその女性的プロポーションに、男性異族たちは唸り声をあげていた。
でかい、締まって、でかい。
横に並び立つトウカも全体的に見れば上位に食い込むプロポーションの持ち主であったが――今回ばかりは相手が悪すぎた。
「なっ、なんだよあれはっ!! 魔性の女か……!? 男をダメにする女か!?」
どこからともなくそんな声があがる。
彼らの視線はその女の身体に釘付けだった。
扇情的な妖艶さを映す美貌と、聖母のような慈愛に満ちた表情。それを両立させてしまった存在が、そこにはいた。
すらりと伸びた高めの身長。
細く伸びる白い四肢。
そして、
「で、でけえ……っ!」
服越しにでさえ莫大な物量を訴えてくる胸元に、くびれの深い腰。
最後になによりも、
「安産型だな……!! 最高だ! 最高の――」
――尻だ。
最後に、そんな飾らない言葉があがった。
巨乳安産型。その言葉が彼女を表すのに実に端的であった。
魔性の身体を持ちつつも、ゆったりとした柔らかな雰囲気を醸す彼女を見て、トウカはばつの悪そうな表情を浮かべていた。
「……マ、マリアか」
たじたじとして、今にも逃げ出そうとしている体勢だ。
そしてその頃、また別の場所でも動きが生じていた。
動きの主はプルミエールだ。
遠まきにトウカの不出来を見て爆笑していたプルミエールが、その白翼をしんなりとたたんで、集団の陰に隠れるようにこそこそと移動している姿があった。
「――プルミ? あなたもトウカをダシに笑いを得るのはほどほどにしなさい?」
トウカに〈マリア〉と呼ばれたその女性は、プルミエールの隠れる動きを見逃さず、一言で彼女をその場で繋ぎ止めた。
彼女は相も変わらぬ柔和な笑みのままでプルミエールの反応を待っている。
そして、その声に対してプルミエールは――
「ご、ごめんなさい……」
しょんぼりと悲しげな顔をして、素直な謝罪を述べていた。
異族たちに衝撃が走った。
◆◆◆
数秒の静寂のあと、一気にどよめきが広がる。
サレにいたっては目を見開いたと同時、三度にわたって自分の耳をかっぽじり、まわりの異族たちに向かって、
「――え? 俺の聞き間違えだよね!? ――えっ!? 今謝ったの!? ――ってかあいつ『ごめんなさい』って言葉知ってんの!?」
「そんなバカな」そう連呼していた。
傲岸不遜の権化であると思っていたあの天使が、こうまで素直に謝罪を述べることが、どうしてもサレには信じられなかった。
他の異族たちも同じような反応で、一部にいたっては「嘘だあああ!!」と発狂する始末であった。
そんな周りの反応をよそに、マリアは子供をあやすようにしてトウカの頭を一撫ですると、プルミエールの背に視線を向けながら、
「あまりアリスや副長を困らせてはいけませんよ、あなたたち」
「う、うむ……気をつけよう」
「わ、わかってるわよ……」
――これが救世主ってやつか……!!
サレは、サンクトゥス城に連れられていった初期の頃にアルフレッドに抱いた感動に近いモノを、彼女に感じていた。
◆◆◆
〈マリア〉と呼ばれた妙齢の美女は、二人の返事を聞いて満足したように柔和な微笑のままうなずくと、次にサレに視線を向けた。
そして、
「私、〈マリア・アンヌ・レオミュール〉と申します。あまりお話をする機会がございませんでしたね、サレ・サンクトゥス・サターナ様」
「あっ――いえ、こちらこそ」
どんな名家の家長でさえも口出しできないであろう優雅な立ち振る舞いで、サレに一礼をしていた。
そんなマリアに対し、サレはたじろいで返すのが精一杯だった。
別世界の住人ではないかと錯覚するほどの、『美しいがゆえの威圧感』のようなものが彼女にはあって。
「あの、敬称はべつにつけなくてもいいよ? 俺は別に地位が高いとか、そういうんじゃないし」
せめて敬称を取りのぞいてもらえれば多少は気が楽になりそうだ。そう思ってサレは提案した。
するとマリアが「ふふ」と手を口元にやって小さく笑みをこぼし、
「そうですか? ――本当に?」
見る者すべてをどきりとさせるような、扇情的な上目使いで言っていた。
思わずサレの胸が高鳴った。
「う、うん」
上ずった声で答え、なんとか息を整える。
しばらくして彼女の視線がサレの目から外された。
一瞬だけ、彼女の視線がサレの左腰に差している〈イルドゥーエ皇剣〉に向かったが、その視線の移動に気づく者はいなかった。
「――では、そういうことにしておきましょう」
楽しそうに笑って、マリアはその話題を締めた。
再び笑うマリアを見て、サレは一つの疑問を得ていた。
端的に言って、彼女には異族的な特徴が見て取れなかった。
一目見た程度では純人族と大差ないように思える。
すると、マリアがサレの内心を察したように、答えていた。
「――私、純人族寄りの〈精霊族〉でして、見た目はほとんど純人族と変わりないんです」
彼女は続けて、
「ですが、この目にはたぶん、副長には見えないものが見えています」
〈精霊族〉という単語を聞いて、サレの脳裏には予測が生まれていた。
「〈精霊眼〉――だっけ?」
「ええ、そのとおりです」
すると、その声のあとで唐突にマリアの新緑色の瞳が『金色』に変色していった。
きらきらと輝いてすら見える、金色の瞳だ。
精霊を見ることができる特殊な眼――〈精霊眼〉。
サレは初めて見る実物に、仄かな興奮を得ていた。
「おお……」
精霊は確かに存在する。
だが、万人に見えるわけではない。
精霊を見るには特別な〈眼〉が必要だった。
「私は精霊族なので当然のようにこの眼を持ちますが、他の種族の方々にも稀に発現する場合があるといいますね。――たまたま精霊に好かれていた、などその発現基準はとても曖昧なようですが」
「精霊が見えるってことは〈精霊術式〉も使えるのかな? ええと――マリアさん」
「――呼び捨てでいいですよ?」
マリアは金色の瞳のままで、また小さく笑いながら言った。
それは子供が悪戯をする時に浮かべるような、無邪気で楽しそうな笑みだった。
またなんとも蠱惑的だ。
――それはなんだか、おそれ多い気もする。
だが、あえて逆らうのも得策ではなさそうで、サレは内心に思いながらも素直に答えた。
「わかったよ、マリアさ――マリア。次からそうしよう」
「ええ。連れ添った想い人にそうするように、何気なく呼んでくださいね」
「善処しようじゃないか」
「ふふ。――それで、精霊術式についてでしたね。もちろん使えますよ」
精霊術式。
空間に点在するさまざな種類の精霊に『願い』という形で言葉をうったえかけ、事象を『起こしてもらう』術式。
術式燃料は必要ではないが、精霊とコンタクトを取るために彼らを可視する特別な眼を必要とする。
それが〈精霊眼〉だ。
精霊は己の姿が見えない者には力を貸さない、というのが学術的な定説で、かつ実際にそうであった。
サレは学として頭に叩き込まれた精霊術式の体系を思い出し、復習するように反芻した。
――使用限界は精霊の機嫌や祈願者との親密性に左右されるんだっけか。
その点がややいい加減である。
どこで打ち止めになるのかが分からないと、それはそれでいくらかの不利を呈しそうだ。
だがしかし、願いだけで事象を起こせるという凄まじい汎用性を考えると、些末ないい加減さだとも思う。
「たとえば、簡単なものだと――」
「こんな感じですかね」と言って、マリアは不意に指を鳴らした。
ぱちん、と小気味よい音がなって、瞬間、
「――うおわっ!!」
さりげなくマリアの傍を離れようとしていたトウカの足元で「ボッ」という音と共に突然火炎が散った。
トウカが「熱っ、熱っ!!」などと本気で足をバタつかせているが、マリアの笑顔は微動だにせず、
「あらあら、トウカったら――女の子がそんなにバタバタと足を上げてはいけませんよ? はしたないですからねぇ」
――こ、こいつァ……思った以上におっかねえ姉ちゃんだ……
サレは内心でトウカに同情した。
「――自己紹介からだいぶ話がずれてしまいましたが、この要領で水系術式もカバーできるので、誰もいないのならば私が〈海戦班長〉を承りましょう。――どうでしょう、アリス、副長?」
「願ったり叶ったりです、マリアさん」
アリスがサレの裏から姿を現して、声のする方に手を差し伸べながら言った。
マリアがその手を優しくとって、にこりと微笑む。
するとそこへ、
「マリアは超万能家事精霊でもあるよ! なんでもできるんだよ! すごいでしょ!」
不意にマリアの後ろ側から愛らしい少女――イリアが現れて、まるで自分のことのようにアリスとサレに自慢していた。
「ふふ、そうね、家事全般も得意ですよ、私。――あとで副長の服も縫いあわせておきましょうか?」
マリアが、サレの左腕の辺りの服を指差して言った。
「ああ、そういえばあの男にぶった切られたんだったな」
サレはその指差しを受けて、いまさらながらにリリアン特製の衣服が腕ごとぶった切られたことを思いだした。
――思い出深い品だ。
宝物だ。
切られた左腕部分の衣服の残骸をそのポケットに回収していたサレは、それを取り出してマリアに手渡した。
「ありがとう。ぜひそうしてもらえると助かるよ」
「思い入れの深い服のようですね?」
「うん――かなりね」
「ふふ、なら私もいっそう気合を入れて縫うことにしましょう」
そう言いながら、マリアは笑みを濃くした。
次いで、確かめるように傍らのイリアの髪に触れ、
「大丈夫よ、イリア。あなたのこともちゃんと見てるから」
そう告げるマリアの顔には今まで以上に慈愛に満ちた笑みが見て取れて、
――二人は何か特別な関係にあるのだろうか。
そんな疑問がサレの心の奥底に生まれていた。
しかし、
――彼女たちが自分から喋らないのなら、あえて聞くべきではないか。
そう自分を制止し、
「――んじゃ、一応はこれで役職も決まったわけだし、あとは道中に調整する感じで」
話題を転換した。
「そうですね、そろそろテフラ王国へ出発しましょうか」
アリスの号令がその場に生まれ。
◆◆◆
『愚者』たちが新たな一歩を踏み出した――
◆◆◆
―――
――
―
第一幕終。