22話 「凱旋する愚者」【中編】
サレはまず片手で自分を指差し、
「俺が――」
次いでアリスを指差し、
「アリスの――」
最後にぐるりとまわりの異族たちを見渡して、
「次に偉い人?」
呆けたように言っていた。
◆◆◆
「端的に言えばそうですね」
「……なんで?」
サレの「不思議だ」という顔を見て、ギリウスとトウカが同時に盛大なため息を吐き、プルミエールはなぜか白翼を大きくはためかせ、シオニーはふさふさの銀尾をしんなりとさせて、メイトは眼鏡の位置をおもむろに直し始めた。
方々から聞こえる落胆の声は、どれもが似たような重い響きを含んでいた。
「いえ、ですから……あ、なんでしょう、今ものすごく前言を撤回したくなってきました」
――相手の察知力や理解力を過信したのが裏目に出ましたね、これは。
察しがいいのか、そうでないのか。
――いや。
よくよく考えれば、意外とわかりやすいのかもしれない。
そうアリスは考えを改めた。
精神的にせよ、肉体的にせよ、『臨戦態勢』に入った彼の集中力は驚嘆に値する。
しかし、それに比して平常時はマイペースなタイプなのかもしれない。
それこそ独善的なほどに。
アリスが思っていると、サレが困ったように笑って、答えた。
頭の裏を掻きながら、なんとも居た堪れなさそうな顔だ。
「いや、べつに拒否しようって腹じゃないんだけど。――理由がわからなくて。俺、この中で一番の新参者だし、それを考慮したら他に適任がいるんじゃないかな、って」
「加入時期は関係ありませんよ。新参古参といってもたかだか一月程度の違いで、あってないようなものです」
サレの自身に対する消極的な意見を宥め、さらにアリスは続けた。
今度はサレを選んだ積極的な理由を述べるために。
「もう一度言いますが、サレさんが適任です。私に足りないものを持ち合わせているあなたは私を補完しえますし――」
なにより、
「この集団の方向性を決定づけたのはあなたですから」
力強く断言する。
間違ったことは言っていない。
アリスは自信をもって言えたと自負しながらも、サレの反応を恐る恐る待った。
対するサレはゆるやかに黒尾を左右に揺らしながら、思案気に首をかしげている。
さらに数秒経って、今度はまわりの異族たちをぐるりと見渡し、その表情を確認していった。
異族たちの大半が面白いものを見るかのような悪戯気な笑みを浮かべており、その他は優しげな微笑を浮かべていた。
「――本当にいいの? ――俺、結構好き勝手やるタイプだけど」
「ええ、サレさんはそれでいいのです」
即座にアリスは用意していた言葉を返した。
周りの面々も同様にうなずきを見せ、
「――そっか」
サレもついにうなずきを見せた。
「――なら、わかった」
了承の言葉。
サレは漂わせていた尾をピンと縦に立てて、声をあげた。
「じゃあ、副長の座を貰い受けるよ」
快活な笑みだ。周りの異族たちも、その笑みを見て「おうよ」と笑顔を浮かべていた。
アリスはそれを見ることはできなかったが、サレの声に力強さがあったことを察知して、内心でホッと胸をなで下ろした。
「――決まりですね」
アリスが襟を正して、再び口を開く。
「サレさんには緊急時、独断で行動を起こせるだけの権限も与えます。いざという時には私の代わりに〈凱旋する愚者〉の名を語ってもらうかもしれません」
「そういう状況がないと信じたいところだけどね」
「そうですね。しかし、戦場においてはお飾りの私よりもサレさんの方が説得力のある発言ができるでしょう。――また同時に、その権限のために重荷を背負わせてしまうかもしれませんが……」
「それを重荷かどうか判断するのは俺だよ。だからアリスは気にしなくていい」
「……そうですね」
――本当に、気を遣うのがお好きですね。
アリスは心の中で紡ぐと、つい浮きあがってきた感情を顔に出してしまった。
その顔は照れを隠すような、ぎこちない微笑だった。
◆◆◆
――副長か。
サレは妙なむず痒さを腹の奥底に感じていたが、決してそれは嫌な感覚ではなかった。
好きなようにやると前口上したものの、責任を感じている面もある。
「おい、やるって言ったんだからしゃんとしろよ、しゃんと」
そんなことを考えていると、内心を悟られたのか、不意に横から言葉が飛んできた。
澄んで力強い女の声だ。
シオニーやトウカのような凛々しさも感じられるが、同時に語感から荒っぽさも伝わってくる。
サレは声のした方をとっさに振り向き、発言者を探した。
「近くで見ると結構間抜け面だな、お前」
振り向いた瞬間、至近距離でそんなことを言われたサレはおもわず一歩身を引いていた。
すぐ目の前に、色素のほとんどない白髪を肩あたりまで伸ばした女が薄い笑みを浮かべて仁王立ちしていた。
アルビノ質なのか、その瞳は赤みがかっており、サレはふと親近感を覚える。
しかし、なによりもやたらに顔が近い。
美人に顔を近づけられるのは悪い気分ではなかったが、それでいて睨み付けれるのはまた別だ。
「お、おおう――」
サレはどう答えようかと思ったあげく、ただ感嘆の声をあげることしかできなかった。
その間にも目の前では赤い瞳が自分の顔を覗き込んできている。
角度を変えて右下から、左下から、しかし彼女の身長がそんなに高くないこともあって、上から見下ろされることはなかった。
「おい、もうちょっと屈めよ、見下ろされてるみてえでなんか癪だ」
言われながら、サレは彼女の容姿につい見惚れてしまっていた。
幻想的な、それでいて清楚な印象を受ける女。
女性と形容すべきか、少女と形容すべきか、なんとも迷う妙齢の美女だ。
儚げな幼さと、大人な妖艶さをバランスよく取捨し、良いとこどりをしたかのような容姿をその女は持っていた。
「……猫?」
ふと、サレはそんな声をあげていた。
彼女はトウカが着ているものと同じような、ゆったりとした着物を着ていた。そしてその着物の後ろの方から、柔らかな動きを呈する白尾が飛びだしていたのだ。
気ままに揺れる猫の尻尾のようだ。
「ああ!? お、俺は猫じゃねえよ! ――虎だ!!」
そんなサレの問いに、彼女は少し怒った風に答えた。
完全な男口調から放たれた事実が、辺り一帯に強く響く。
尻尾の他にも、彼女の頭にはこの異族集団では二番煎じになりつつある獣の耳がついていた。
「でも虎ってネコ科だよな。つまり猫……」
サレの一方的かつ確信的なつぶやきに、周りの異族たちもここぞとばかりにノってきて「うんうん」と同意を示した。
「だからっ!! 虎だって!!」
「喜べ、皆! ついに我らがギルドに犬と猫がそろったぞ……!!」
「俺の話を聞けよ……!!」
白髪の女がわめきたてるが、周りの異族たちはサレの言葉に感慨深げにうなずくだけで、彼女の言葉にはほとんど耳を傾けていなかった。
唯一、『犬枠』として同じような扱いを受けていたシオニーだけが、同情するような目で彼女を見ていた。
そしてその口から思わず言葉が出る。
「その、なんだ、たぶんもう覆すのは無理だと思うよ……このギルドの面々って思ったより身内に厳しいらしいから……」
シオニーが彼女の肩を叩こうと近寄った。
しかし、白髪の彼女の方は振り向いて、
「うるせえ! 喉元なでられてとろけながら尻尾振ってたお前と一緒にすんな! ――俺はああはならねえからな!」
「なっ!」
「ねえねえ! 犬と猫ってやっぱそり合わないのかな!? かな!?」
「犬じゃないから!!」
「猫じゃねえよ!!」
微妙に険悪なムードになりつつあったところへ、サレがワクワクした風でそんな言葉を漏らすと、一気に矛先がサレに収束した。
おかげで二人の間の険悪さは霧散する。
白髪の女とシオニーは一度目を合わせるが、即座にお互いが「ふん」という鼻息をついてそっぽを向いてしまった。
「あっ、う、うん、俺のせいだね! ……うん。……あの、せめて名前を教えてくれないかな……?」
サレはいろいろとフォローしようと一度は気をまわしたものの、原因が自分にあることと、正直実は見てて楽しかったこともあり、途中で方針を切り替えた。
「……人虎族の〈クシナ・ヨラ〉」
そっぽを向きながらだが、それでもちゃんと答えをもらえたことにサレはひとまず安堵した。
そうして、サレは彼女の後姿を見ながら、
――そういえば、前線組にいたっけ。
ふと、王剣との遭遇戦の最中に彼女の姿を見かけたことを思い出した。
また同時に、いまさらになって彼女がトウカと同じような着物衣装を着ていることが気になった。
そのことを訊ねてみようかとわずかの間逡巡していると、
「同じじゃよ、わらわとマコトと。――クシナも東大陸系の出身じゃ」
先にそれを察したように、トウカが横から顔を出して言っていた。
「そっか。結構多いんだね、東大陸系の異族って」
「特に獣人系異族は東大陸に多いのう。つけ加えていうならば、アテム王国の異族討伐計画で真っ先に被害を受けたのも東大陸じゃった。計画の布告を知った時には、すでに回り込まれておったのじゃ。本来ならわざわざアテム本国のある中央大陸側へは来たくなかったのじゃが、北や東への退路は周到に断たれておってな。たぶん、狩り残しを想定しての誘導なのじゃろ。――だから、多いのじゃよ。この中央大陸まで死にもの狂いで逃げてきた東大陸系の異族が」
そう話すトウカの顔は困ったような苦笑だったが、その笑みにいくらかの痛みが見え隠れしていたのを、サレは確かに見た。
トウカの話を背で聞くクシナからもぴりぴりとした空気が伝わってくる。
マコトは茶色の狐耳を垂れさせ、遠くを見るような目で空を眺めていた。
それぞれに過去を思い起こしているのだろうか。
「……うん、そっか。まあ、その辺は追々、自分たちで整理をつければいい。もし整理をするのに何か助けがいる時は、言ってくれればいつだって手伝うから」
サレは笑顔で言った。
苦笑でも、自嘲でもなく、快活な笑みで。
それは彼女たちを励ますような笑みにも見えた。
その笑みを肩越しに見ていたクシナがまた鼻で笑い、
「はっ、よく笑ってられるな、お前。お前だって前の繋がりを全部失ったんだろ?」
「そうだよ。でも俺は、今は無理をしてでも前を向こうと決めたから」
「――そうかよ」
サレの真っ直ぐな視線を受けて、クシナは思わずたじろいだ。
サレの瞳から発せられた強烈な意志の光を、まっすぐに受け止めることができなかった。
「――くそ、嫌な目をしやがる。そういう目は今の俺たちにとっては毒なんだよ。誰もがお前みたいに強くはねえんだからな。それを忘れるなよ、クソ天然」
クシナは白い尾をゆらゆらと揺らめかせながら、その場を離れていった。
「俺だってそんなに強くないんだけどなぁ」サレの苦笑の言葉がその場に残った。
すると、
「ぬしぬし、結構言われとるが、よいのか?」
トウカがいつの間にか悪戯気な笑みを浮かべてサレに問うていた。
サレは「心底残念だ」という風に演技ぶった身振り手振りを見せつつ、眉尻をさげて笑みを作り、
「ホントは猫なで声を出させたかったけど、まだ当分は喉を触らせてくれそうにないね。――犬成分はシオニーで補充したから、次はクシナで猫成分を補充しないとな! 『にゃあ』って言わせたら俺の勝ちだよなっ!?」
そうかもしれない、と曖昧な返事が周りの面々から返ってくる。
「あやつはぬしの言うとおり猫のように気まぐれじゃから、シオニーのようにはいかぬぞ?」
トウカが楽しげな笑みを浮かべて言うと、
「私が簡単だったみたいにいうなよっ!! トウカ!!」
隣から顔を真っ赤にしたシオニーが飛び込んできて、トウカの着物をぐいぐいと引っ張った。
「お、おお……す、すまんすまん、落ち着けシオニーよ。――ぬし、クールなキャラがだいぶ崩れてきておるぞ…………カカッ」
「うわっ、笑った!! 最後おもいっきり笑った!! 絶対楽しんでるだろ!! 私だって好きでこういう立ち位置になったんじゃないんだからな!!」
「まあ落ち着けって、シオニー。――あとで耳の裏も掻いてやるからな」
「…………耳の裏か」
その瞬間、シオニーの尾が楽しげに左右に振られたのを皆は見逃さなかった。
「……っ! いや! 待て! 今のは違うっ! 違うから!!」
一瞬の間をおいて自分の犯した過ちに気付き、見ている方が恥ずかしくなるほどにあたふたと動揺するシオニーを眺めながら、皆が口を合わせて言った。
「自爆しすぎだろ……」
「尻尾があるとこういう時に不便だよね……俺も気を付けよう……」
サレは教訓のように心に刻みつけた。
◆◆◆
その後、皆はアリスとサレを中心にして、それぞれの立ち位置を決めていった。
テフラ王国へ入国してからまた役割は変わってくるかもしれないが、この最初期の立ち位置決定は以後も目安として扱われていくことだろう。
特に、性急さと確かな能力を求められる実力行使部隊――端的に言えば攻防における『戦員』はしっかりと決めておかなければならなかった。
それ以外の役割はそこまで性急さを求められていないし、なにより、テフラ王国に入国したあと戦闘員以外にどのような役割が必要になるのかが不明瞭だった。
結局その点は追々ということで、おおまかに割り振られていった。
◆◆◆
「荒事系の役職は私よりサレさんの意見を尊重します。もちろん私も意見は出しますが、私の言葉が絶対ということはありません」
アリスは最初にそう告げた。
その言葉に対し、前線組の面々が一斉にうなずいて了解を示すと、それとなく真面目な顔をしたサレが続けて紡いだ。
「アリスの期待には応えたいけど、俺とて集団戦はほぼ素人だ。俺は個人で動き回る術は知っているけど、集団を動かす術は学という体系でしか知らない。実戦を経験していないしな。だから、できれば集団戦の参謀やらは俺以外の面子にやってもらいたいんだけど」
ふむ、と顎に手を添えて吐息をもらしたのはトウカだった。
「そうじゃな、先刻の戦い方を見ても思うことじゃが、サレには個人で――もしくは少数で動いてもらったほうがいいかもしれんの。ぬしの馬鹿力で味方ごと巻き添えを喰らわせるわけにもいくまい」
「そうであるな、我輩もぶった切られる寸前であったしな」
「ギリウス、それ引きずるの楽しんでるだろ」
「クハハ、我輩、サレの弱みを握っているのである」
相変わらず途中途中に横道にそれながらも、幾らかの時間を掛けるうちにそれなりに考えはまとまっていった。
◆◆◆
大体の構想が決まったとそれぞれが確信したのは、会議開始から一時間ほどあとのことだった。
つい先日まで有象無象の集団だった彼らが、共同体としてそれぞれ役割を担うことを決める大事な会議が、なんだかんだと一時間程度で終わるというのもあっけない話であったが。
「では、こんなところで一度お開きといたしましょう」
前線組が作っていた円陣の中心で、アリスがそんな声をあげた。
他の者たちもそれに応じて、気だるげながらも楽しげな声をあげつつ、それぞれに立ち上がる。
周辺の仲間たちとなにげない会話をしながら、凝った身体を伸ばしていた。
まるで大仕事を終えたかのような様相だ。
彼らの円陣の中心の地面には、適当な木枝でなぞられて描かれた文字列があった。
『陸戦班 班長:トウカ 班員:陸戦に向いてそうな方々』
『海戦班 班長:空き 班員:おぼれない方々』
『空戦班 班長:ギリウス 班員:飛べたりできる方々』
『遊撃班 副長枠:サレ 補足:一人で頑張ってください』
「――うっわ!! 適当!! やっぱ適当だなお前ら!! いつになく真面目っぽい顔してるからって期待した私が馬鹿だった!! ていうかその『大仕事終えたわぁ』みたいな仕草なんだよッ!! やめろよっ!! お前らたいしたことしてないから!!」
前線組の会議が終わったのを見越して様子をうかがいに来たマコトが、そう発狂気味に叫んでいた。
そこへアリスが歩み寄り、「まあまあ」と手で怒気をいさめながら、
「いかがでしょう、分隊などと名称を付けると軍事的側面が露骨になるので、あえて班という名称を使ってみました」
「いやいやいや、『戦』ってついてるからその気遣い意味ないって!」
「あ、そういえばそうでしたね」
「これはしまった」とアリスが無表情でつぶやき、対してマコトは頭を抱えた。
すると、それぞれの異族が周辺へばらけていく中、一人だけその場に残っていまだに地面の文字列を見ていたサレが、力なく尻尾を漂わせながら言った。
「なぜだかすごいハブられてる感が……確かにああは言ったけどさ……」
しおらしく尻尾で地面に『の』の字を描き始めたサレは、背中からありったけの哀愁を醸し出していた。
そこへ、いつもの妖しげな笑みを浮かべたプルミエールが歩み寄り、サレの肩に手を置いて、
「――フフッ……!!」
まるで意図の読めない謎の笑い声を残して、再び去っていった。
「……あれ? 馬鹿にされてる? ――あれっ!? 今馬鹿にされたよね!?」
サレがそんなことを言いながらわずかな苛立ちを表している姿を見てマコトは、
――なんか、すごく不憫だなあ……
と心の中でつぶやいていた。