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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第十三幕 【吟遊:人歌神歌は入り乱れ】
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217話 「神歌:罪の歌と愛の声」

 ――まだかなぁ。


 ジュリアス・ジャスティア・テフラは、そのときもテフラ王城の自室で膝を抱えて丸まっていた。

 ジュリアスの感覚的には自分の身体はふわふわと宙を浮いていた。


 ――嫌な浮遊感だ。


 空を飛ぶ種族とは違って、宙を浮くという感覚にもともと慣れているわけでもない。

 天空神ディオーネの神格術式によって、ときおり宙に浮いた状態になることはあっても、『目をつむった状態』での浮遊は一味も二味も違うようだ。

 見えないというのは、存外に怖い。


「ディオーネ、そこにいるかい」


 少しだけ不安になって、ジュリアスは空中へ語りかけた。

 今の自分がどんな状態だかはわからないが、ひとまず声は出せる。

 『天がなくなる』と言っていた彼女と話をすれば、いくぶん気も紛れるだろうと思った。


「……」


 しかし、返事はない。

 

「忙しそうだね」


 近頃また神族たちがどたばたと動いている。

 ロキが情報収集から帰ってきてから、特に忙しそうだ。

 神界から出てくる神族が多くなった今、はたしてどこで会談をしているのかもわからないが、テフラ王城は広いし、案外使われていない一室をこっそり拝借して使っていたりするのかもしれない。


 ――あとは、王城の天辺とか。


 とてつもない高さになるが、彼らならなんなくそこで談笑くらいするだろう。


「さて」


 ともあれ会話で気を紛らわせることはできそうになかった。

 そう、思った。

 ――が、


「ディオーネではありませんが、わたくしでよければお話の相手をさせて頂きましょう」


 ふと、別の声がジュリアスの耳を穿っていた。

 聞き覚えのない声だ。

 しかしなぜか、懐かしく感じられる声だった。


「――どちらさまかな」


 ジュリアスはとっさに目を開けそうになって、ぎりぎりでその衝動を抑えた。

 目を開ければ天のない光景に発狂するとディオーネに言われている。そこは守らねば。


「通りすがりの――吟遊詩人でございます」


 ここが何階だかわかっているのだろうか。

 声は窓の方向から聴こえてきている。今いる部屋が王城の上層であることも加味すると、とてもまともではない予想が浮かんでくるが、その点をいちいち追求するのも無意味だ。

 彼女の声は、どことなく隙なさげな雰囲気を漂わせているが、一方で柔らかな――不思議な安らぎをもたらしてくれる響きを含んでいた。


「そうかい。吟遊詩人。……じゃあ、歌ってくれるのかな」


 ジュリアスは目をつむったまま言った。

 最初は警戒したが、今の状態ではどうしようもない。

 さほど敵意も感じられないし、いっそのこと会話に専念して向こうから情報を引き出すべきだろう。

 そう思って、軽い調子で答えた。


「ええ、もちろん。特別に、タダとしておきましょう」

「太っ腹だね」

「『(えにし)』がございますから」

「そうかい」


 理由はともあれ、タダで歌ってくれるという。

 案外、気を紛らわしたかったこちらとしては、悪くない出来事かもしれない。

 ジュリアスは今の状況に少し滑稽さを抱きつつも、おとなしく彼女の歌を聞くことにした。


「少し、短めにいたしましょう。うるさい子たちが今にやってきてしまう気がしますから」


 うるさい子たち、というのが誰のことだかはわからなかったが、その言葉に対してジュリアスは特に反応は返さなかった。


◆◆◆


 そしてジュリアスは、あの三人の青年の物語――未完成の物語を、聞かされた。


◆◆◆


「……」


 ほんの少し身体の浮遊感が和らいだことを感じながら、ジュリアスは思考をめぐらせていた。

 ジュリアスはサレたちと比べ、その物語を聞いても大きな反応を示さなかった。

 まるで、その話をすんなりと理解したかのような――


「秘密の種、か」

「ええ」


 狂った村長の傍にいた者が、村長を止めるために埋めた種。

 その意味するところに、ジュリアスは――


◆◆◆


「――僕たちのことだね」


◆◆◆


 気づいていた。

 

「……」

「狭義には僕のことかな。しかし広義には『テフラ王国そのもの』のことだろうか。それで――合っているかな?」

「――はい」


 彼女は答えた。

 まだ目は(ひら)けないが、彼女が暗鬱な表情をしているだろうことをジュリアスは疑わなかった。


「わざとわかるように話したね。今の話が三貴神にまつわる話だということは、その三貴神と近しいところにいる僕にとっては予想に(かた)くなかった」

「なぜテフラ王国が秘密の種であると?」

「そんなの、今の世界情勢を見ればわかる。『マキシアのついているアテム王国と敵対』しているのが、今のテフラ王国だ。マキシアがこうして表舞台に出てきたことを考えると、自然とそうなる。秘密の種も芽が生えて、十分に背が伸びたところだしね。――精確には、これから伸びようというところでもあるんだけど」

「そこへ、彼女が重荷を降ろそうとしています」

「うん」


 ジュリアスはさまざまなことに合点がいっていた。

 されど、どうしても彼女に真偽を確かめられないこともあった。

 訊きたいけれど、訊けない。

 言葉が出てこない。

 

「恨むでしょうね、『彼女』のことを」

「半々かな。たぶん、いずれ誰かが(こうむ)らねばならなかった重荷だ。より荷が重くなってから誰かが成し遂げようとして失敗するよりは、今僕たちが最善の状態で事を為した方が世界のためなのかもしれない」

「理不尽でしょう。世界をどうにかしろと上から言いつけられるのは」

「まったくそういうわけでもない。僕たちはみな同じく世界に生かされているから。それに、僕がそう思えるのは、ありきたりだけど――荷を背負っているのが僕一人じゃないからかな」


 ジュリアスはふと顔に笑みを浮かべた。


「僕より力持ちな友人がいてね。あなたの歌でいうところの、『強靭な子どもたち』だ」

「ええ、村長たちの力を借りずに生き抜いてきた彼らこそが、もしかしたら一番の特効薬なのかもしれません。病みかけた世界に対する、特効薬」

「予防薬であって欲しかったけど、彼らは彼らで万能の薬ではなかった。彼女の植えた秘密の種と組み合わさって、ようやく効能の方向性を決められたんだ」

「そして、秘密の種の芽を伸ばす方向も」

「後押しは、されたよ。僕はサレに出会わなかったら王族であることを捨てたままだった。芽を出そうとは思わなかった」

「ならば、感謝すべきは彼らでしょうか」

「まだ、なにも達成されてはいない。だから――」


 ジュリアスは徐々に徐々に自分の心の中で目を開けたい衝動が大きくなっていくのを感じていた。

 

「すべてが達成されたら、また会えるだろうか。――あなたに」

「……」


 そういうには当然理由があった。

 しかし同時に、目を開けられない理由もあった。

 衝動と理性の狭間で、ジュリアスはどうにかそんな言葉を紡いだ。

 彼女はすぐには答えなかった。

 

「……わかりません」

「そう……か」

「わたくしには罪があります。本来なら、あなたの前に姿を晒せるような女ではないのです」

「……」

「だから、すべてが終わって、わたくしがわたくし自身のことを許せるようになったら――そのときにまた会いましょう。もちろん、あなたがわたくしを許すという前提がありますが」

「僕は別に怒っていないよ」

「今はきっと、冷静に考えられていないからです」

「たとえ冷静になっても、僕はあなたを許す。――僕だけは、絶対に」


 無言の間が幾秒か続いた。

 そして、


「ジュリアス。『わたくしの植えた秘密の種』。自分で彼を止めることを諦めてしまったわたくしを、どうか恨んでください。きっとその方があなたのためになります」

「僕はあなたを許し続ける。神族だって人だ。一人じゃ生きられない。それを僕は知っている。だから――」


◆◆◆


「僕はあなたをいつまでも許し続ける。――母さん」


◆◆◆


 ジュリアスの声は、ぽつりとその場に浮かんだ。

 最後の台詞を吐いたときには、気配が消えていた。

 直後に身体の浮遊感が消えて、ディオーネの神格術式の対価を払い終えたことを確信する。

 ジュリアスは急いで目を開き、立ちあがった。


「っ――」


 久方ぶりの日の光に、目が眩む。

 しかし、それでも視界は閉ざさず、あたりを見回した。

 窓が開いていた。

 カーテンが風に揺れて、ふわふわと部屋の内側に舞っている。

 駆け寄り、開けた青い空を見やった。

 白い雲が上に見えて、下にはアリエルの街並み。

 だが、ジュリアスが一番見たかった者の姿は、すでにそこにはなかった。


「母さん……」


 ジュリアスは窓辺に両手をついて、顔をうつむけた。

 すべてに気づいていた。

 さっきの歌を聞いて、確信した。

 遅れてやってきた実感が、今自分の身体の中に滲み出していた。


「……」


 目尻からこぼれた涙が床に落ちて弾ける。

 しばらくの間そうやって人知れず泣いていたジュリアスは、しかしすぐに――


「僕が、必ずその未完成の物語に終わりをつけます。悲劇ではなく、喜劇と呼ばれるような、終わりを」


 決意のまなざしで空を見上げた。

 もうジュリアスの目元に涙は浮かんでいなかった。


「ジュリアス!」


 すると、ちょうどその頃になってジュリアスの顔横に神界術式陣が広がり、中からディオーネが現れた。


「やあ、ディオーネ」

「対価を払い終えたな! 私の方でも確認したから、急いで戻ってきた」

「はは、なかなか孤独な戦いだったよ」

「これでもかなりまけてやった方なんだから、文句言うな」


 ディオーネは腕を組んで少しムっとしながら大きく息を吐いていたが、まだジュリアスの様子をちらちらと心配げに観察していた。


「そっちはどう?」

「ん。ロキがいくらか情報を持ち帰ってきた。アテム王国側が動くのは、本当に宣言通りの一週間後かもしれん」

「向こう側の神族がそういう動きを取っていたとか?」

「それもあるし、アテム自体もそういう動きを取っている。なにやら戯曲好きのわざとらしい演出のようにも思えるが」

「本当にアテム勢力とテフラ勢力がぶつかるとしたら、そういう様相にもなるさ。歴史が動くわけだからね。規模が規模なだけに、小細工もさほど有用ではないだろう。結局はこうなる気がする」

「そうかもな。ともあれそういうわけで、こちらもその期日に合わせていろいろと会議をしているところだ」

「ちなみにどこでやってるの? その会議」

「王城の空いている部屋とか、あとときどき王城の天辺で」

「あ、本当にそんなところで会議してるんだ……」

「自然系の神族で室内を嫌うやつがいたりして面倒なんだ。かといってアリエルの街に下りたりすると別の意味で面倒になるだろう」

「そうだね」


 ジュリアスは苦笑を浮かべる。


「じゃあ、僕たち純人異族連合側も、予定通り例の『祭り』を開くことにしよう」

「呼び寄せるか、アテムに対抗する者たちを」

「なかば無理やりにね。もちろんほかの手もできるかぎり尽くすけど。その上で、人を呼び寄せることにするよ」

「私は祭りが好きだからいいと思うぞ。ナイアスの住人たちも祭り好きが多いらしいし、喜ぶだろう」

「じゃあ、早く兄さんや姉さんたちと合流しないとね。サレたちはもう知っているだろうか」


 ジュリアスはそういって部屋の外に向かうべく扉の方へ歩いて行った。

 ディオーネもジュリアスに従って隣を歩きはじめる。

 と、ジュリアスが扉の取っ手に手をまわしたところで、ふとディオーネがなにかに勘付いたように窓の方を振り向いた。


「……お前のほかに誰かいたか?」


 ディオーネはやや怪訝(けげん)な表情でジュリアスに訊ねた。

 ジュリアスはその言葉を受けて取っ手にまわした手をぴたりと止めたが、


「――いや、誰もいなかったよ。対価を払っている間、僕は誰にも会っていない」

「ふむ、なら気のせいか」


 なんともなかったように答えて、外に出た。


 ――必ずや。


 ジュリアスは一人内心に決意を浮かべ、大きく一歩を踏んだ。

終:第十三幕 【吟遊:人歌神歌は入り乱れ】

始:第十四幕 【祝祭:約束をしよう】

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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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