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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第十三幕 【吟遊:人歌神歌は入り乱れ】
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213話 「人歌:紡がれる真実」

「初めに訊くが、お前たちはわたしが今回のような王権闘争の手法を取ったと知ったとき、まずどう考えた」


 アルギュールはそんなふうに話をはじめた。

 カイムはアルギュールの疑問に対し、内心では『父上の頭がどうかしてしまったのだと思いました』と述べたかった。

 事実、アルギュールからその言葉を聞いたときのカイムは、そのやり方にいい加減さを感じていた。

 今こんなふうにおおよその物事がうまく巡って一点にたどり着くことができたのは、いわば結果論である。


 だがさすがのカイムも――むしろカイムだからこそ、そこは丁寧に答えた。

 ほかの弟妹が弾かれたように言葉を紡ぐのをどうにか抑えている手前、自分から好戦的な皮肉を送るのもまだ気が引ける。――まったくその意気がないわけではないが。


「ずいぶんと『過激な』方策を取るものだと」

「過激、か。ああ、お前らしい言葉の選び方だ、カイム」


 しかしアルギュールの方は、カイムの言葉からカイムの内心を正確にくみ取ったらしい。

 初老の王はベッドの上でからからと笑った。


「ではもう少し踏み入って――エスター」

「――はい」


 と、アルギュールは今度は名指しで回答者を指名した。

 その視線が向くのはエスターだった。

 エスターはさらさらとした金糸の髪を窓からの風に揺らし、アルギュールとよく似た目元にいっそうの力を入れて、その言葉を受けた。

 

「……正直に言えば、なぜこうも混乱をきたすような方策をお取りになったのだろうと、私は思いました」


 エスターの一人称は普段から『私』と『僕』を行き来するが、基本的には公的性格が強いときには『私』になる。

 また激情家たる影響で、感情が高ぶった際には素である『僕』が率先して使われることがあった。

 しかし、いまのところエスターは私として自分を語っている。

 それは息子エスターと父アルギュールの距離感を、如実に表していた。


「父上が継承順位に素直にならってカイム兄上か、もしくはせめてセシリア姉上を指名してくだされば、闘争は必要ありませんでした。――今回の闘争を経て『良かった』と思っている自分もいるので、今でこそ全否定はしませんが、しかし当時の私は父上のやり方に反発していました。――内心では」

「正直だな、エスター。食って掛かるようなお前の論法は嫌いではない」

「今のお言葉を父上のお許しと取って、数語を加えてもよろしいでしょうか」

「ああ」


 エスターは一旦言葉を切って息を整えた。


「王族全員に平等なチャンスを与えたのは、やはり大きな混乱のもとでした。もし父上が子女の誰をも見捨てたくない、という慈悲の心でもって今回のような方策を取ったのであれば、せめて部分的に役割を割り振るなどの代替案を取ってくださった方が、国全体の――いや、ここでは『アリエルの』、としておきましょう――混乱はもう少し小さく済んだでしょう」

「かもしれん」

「結果的に、今回の方策は良い方向への変化が多く得られましたが、しかし決してすべてが良かったわけではありません。なんといっても――」


 エスターは鋭い視線をアルギュールに向け、真っ向から言ってのけた。


「――〈アテム王国〉の侵入を許した」


 アルギュールはそれを聞いて、目を瞑って小さくうなずいた。

 あまり驚いていないところを見ると、その情報は知っているらしい。

 エスターは父の反応を見てそのことを察した。


「国内の混乱は大きかった。どさくさにまぎれる隙はいくらでもあった。それをも承知で、父上は今回のような方策を?」

「半分()で、半分(いな)だ」


 アルギュールは髪と同じ金色の顎髭を撫でながら目を開けた。


「いずれにせよアテムには侵入された。ナイアスの奔放な態勢を変えないかぎりは防ぎようがなかった。たしかにどさくさにまぎれられる隙が王権闘争のせいで多めに生まれたことは否定しないが、アテムならやろうと思えばいくらでも入り込めただろう」

「それを知っていて、対策を取らなかったのですか?」

「取った。ナイアスの異族たちをけしかけた。つまるところ、ギルドをだ。今回のような王権闘争の手法を取れば、利権に食いつくギルドが出ることは自明だった。そしてアテムがテフラ王国の利権を貪りにくるとすれば、ナイアスに土着しているギルドとは競合する」

「それはあまりに不確定な方法です。実際サフィリス姉上のギルドは、内部にアテムの密偵が紛れ込んでいた」

「それはサフィリスが気づいてしかるべきだった」


 アルギュールの視線がサフィリスに向いた。

 サフィリスはその辛辣な言葉に、しかし言い返すことができない。

 なにより――言い返すつもりもなかった。

 実際にそうであると自分も思っていたからである。

 だからサフィリスは神妙な面持ちで頭を少し垂れるのみで、父アルギュールの視線に応えた。


「父上、お言葉ですが、サフィリスがそれを見抜けなかった原因はあなたにもあります」


 だが、サフィリスが受忍(じゅにん)しても、その兄弟が黙っていなかった。

 ――レヴィだ。

 テフラ王族の中でも特に兄弟姉妹に対する思いが深いレヴィは、たとえ相手が父であってもその言葉に異議を唱えずにはいられなかった。

 レヴィもレヴィで、テフラ王族に多い激情家の気質がある。

 ただレヴィの激情の気質が、ある範囲にしか適用されないだけだった。


 つまるところ、兄弟姉妹に関する事柄に関してである。

 そして一旦火のついたレヴィは、いつものどことなく弱弱しいレヴィとは打って変わって、むしろ兄弟姉妹の中でも特に強靭な気質を発揮する。

 ジュリアスの死の可能性を知ったときに誰よりも早く立ち上がり、すべてを支えるかのごとき強靭な意志を見せたのは、やはりレヴィだった。


「レヴィ」


 それはサフィリスの声だった。

 同い年の兄妹。ときには、姉弟。

 生まれの先後を厳密に計算すれば、わずかにレヴィの方が早い生まれだが、それも誤差という範囲である。

 ゆえに二人は不思議な間柄にあった。

 幼少時には、兄とも弟とも、姉とも妹とも、むしろ兄弟というよりは友人に近い関係を築いていた二人は、ほかの王族同士と比べてやや特別な関係にあった。

 

「だめだサフィリス。サフィリスがよくても僕はだめだ」


 レヴィは瞳の中に烈火をたたえ、その視線をサフィリスに向けた。

 サフィリスは珍しくおずおずとしてその瞳に気圧されていた。

 怒っているときのレヴィに敵わないことは、実のところサフィリスが一番よく知っていた。

 喧嘩ではサフィリスが基本的に勝っていたが、こうしてレヴィの怒りに触れたときだけは一度たりとも勝てたことがなかった。

 レヴィがいっそおそろしく思うほどの頑固さで、絶対に退かないからだ。


「父上、キアル兄さんが死んだあとのあなたの行いは、様々なひずみの原因となった。サフィリスがアテム勢力の侵入に気づけなかったのはたしかにサフィリスにも責任がある。しかしそんなサフィリスの精神に重大な不協和音を響かせたのは、なにを隠そうあなただ。あなたのせいでサフィリスの心に隙ができたことを、まったくなかったことにはさせない。『あなたが親としてまともでない』のは今にはじまったことではないが、キアル兄さんが死んでからのそれは一等ひどかった」


 徐々にレヴィの言葉遣いが荒くなっていくことに、兄弟姉妹は薄々勘付いていた。

 レヴィの中の火が、言葉を紡ぐことでどんどんと大きくなっていっているのだ。

 この父に対する悪言など、言おうと思えばいくらでもいえる。少なくとも心の中に浮かべることはたやすい。

 それは兄弟が共通して抱いていた思いかもしれない。


 ただ、それでも目の前の人間が親であるというブレーキは確実にあった。

 頭でわかっていても、そういうブレーキがかかってしまうのは、人間としての機能の一つなのではないかとさえ思った。

 だが、レヴィは違うようだった。

 そのことを兄弟たちはこのとき初めて確信した。


 レヴィは兄弟たちへの思いが深いかわりに、父に対するそれが壊れている可能性がある。


 テフラ王族の中では『普通な方』だと思われていたレヴィも、やはりどこかが壊れていたのかもしれない。

 サフィリスとは『反対の』壊れ方だ。


「あなたは自分が親として腐っていることを自覚した方がいい。あなたは――」

「兄様」


 と、不意に声が飛んでいた。

 少し怯えているような、女の声。

 〈冷姫〉エルサの声だった。

 

 レヴィの隣に座っていたエルサは、おずおずとしながらもレヴィの腕に手を添え、今にも立ち上がりそうだったレヴィを抑えようとしていた。

 それはエルサをして相当に勇気を振り絞った行動であっただろうとレヴィは直感的に察する。

 兄弟間の話し合いのときでさえ、無口で状況を傍観する側に回ることが多いエルサが、率先してレヴィを制止しようとしていた。

 また、その声が怯えの色を含んで少し震えていたことが、レヴィをハっと我に返らせた。

 いっそ強引なまでに理性を引き戻されていた。

 

「……ああ、悪かったよ。ごめんね、エルサ」


 レヴィを止めたのがカイムやセシリアのような年長者であったら、レヴィは制止を振り切ったかもしれない。

 エルサだからこそ止まったという側面が、確実にそこにはあった。


「お前らしいな、レヴィ」


 と、アルギュールはレヴィを見て言っていた。

 

「僕はあなたにわかってもらわなくても構わない」


 レヴィはそれだけ言うと、視線を自分から下げて会話を切った。


「……そうか」


 アルギュールも短く言いつつうなずいて、それ以上を紡がなかった。


◆◆◆


「それで、話がズレたが――ああ、そうだ、国内に隙が生まれることを承知の上で、王権闘争という方策をとったか否かについてだったな」


 アルギュールは思い出したふうに言った。

 意外にもアルギュールは徐々に明るい雰囲気を取り戻しているようだった。


「半分是といったのは、今さっき言ったとおり、いずれにせよアテムに差しこまれる隙はあったと初めから知っていたからだ。そして否と言ったのは――『そんなことどうでもいい』と一方で思っていたからだ。もっと考え得るべきことがあった」


 そんなものはない、と誰もが反論したかったが、一方で王権闘争前の自分たちがアテム王国について今ほど真剣に考えていたかといえば、否である。

 だから、言うに言えない。

 おそらくそれを言っていい資格を持つのはジュリアスのみだ。

 ジュリアスだけは初めからそれを強く危惧していた。


「あと言っておくが、お前たちに平等にチャンスを与えようとして今回の方策を取ったのではない。ジュリアスを除くお前らに、等しくチャンスを与えるために今回の方策を取ったのだ」

「どういう意味ですか?」


 カイムがやや語気を強めていう。

 意地でもジュリアスをはずれにしようとしているのかと思っての言葉だった。

 だが、少し違うようだった。


「ジュリアスには初めから最も強い可能性があった。『宿命(さだめ)』のごとき強さの可能性だ。だからそれに対抗し得る者がいないかと思って、私はお前たちにチャンスを与えた。――勘違いするなよ、お前らはジュリアスが不利な状況から勝利したと思っているようだが――」


◆◆◆


「逆だ」


◆◆◆


「お前らが不利な状況からジュリアスに挑んでいたのだ」


 王族たちはなにを言われているのかわからなかった。

 継承権順位的にジュリアスが不利で、また王族としての権威が薄かったのもジュリアスだ。

 それはジュリアスがおのずからそういうものを切り離そうとしていたためでもあるが、その権威という信用なしで連帯ギルドを探すのは苦労があったはずだ。

 結果的にああいうすさまじい爆発力を持ったイレギュラーと手を組んだが、まともな方法を取れば間違いなくジュリアスは不利だった。


 だがアルギュールはそれは違うという。


「まともにやったらジュリアスが次期王座につくだろうとわたしは知っていた。そして一度アレが王座につけば、『テフラ王国は大きな戦火に巻き込まれる』。――そのこともわたしは知っていた」

「なにを――」


 アルギュールが何の話をしているのかが、王族たちにはわからない。

 カイムさえも目を丸めてアルギュールを見るが、アルギュールはそれに取り合わず自分の言葉を続けた。


「わたしだけが知っていた。ジュリアスの『母』と唯一面を合わせたことがあるわたしだけが――ああっ! なぜ『わたし』なのだ! もっと前、あるいはもっと後の王に『役割』が回れば良かった!」


 急にアルギュールが大きな声で嘆いた。

 両手を天井に向けて投げだし、神に許しでも乞うかのような体勢で声を張り上げていた。

 王族たちはその姿をただ呆然として見ていた。


「無理やり宿命を変えようとすれば、あるいはもっと大きな力でお前たちの誰かが死んだかもしれない。――キアルのように! 継承順位どおりにカイムを玉座に座らせたら、今度はカイムが死んだかもしれない!」

「父上……?」

「だからあえて空席にしたのだ……、あえて可能性を散らせたのだ……! こうしてアレを含む全員に平等に機会を与えておくしかなかった! 少しでも恣意(しい)を加えれば、そこに別の力が働いてしまうかもしれない! あとはこの平等な機会の中で誰かがアレに勝つことを祈るしかない! キアルの二の舞を踏むわけにはいかなかったのだ!」


 アルギュールの声はいっそう大きくなる。

 そして、ついに天へ向いていたアルギュールの視線が、ずらりと並ぶ王族たちを一瞬でなぞった。


「お前たちはアレを同じ人間だと思っているだろう」


 アレとは、やはりジュリアスのことだろう。

 みなが確信していた。

 そしてアルギュールの不穏な言い回しに、意図せず生唾が喉の奥へと流れた。

 その間も、アルギュールの口の動きは止まらない。

 紡がれる。


「アレはただの人間ではないぞ。――純人? 違うな。まったく純粋な人などではない。むしろ異族よりもっと異物的だ。……アレがあそこまで神に好かれる理由を、お前たちはもっとよく考えるべきだった。

 アレはな――」


◆◆◆


「――半神なのだ」


◆◆◆


「わたしと、ある『女神』との間に生まれた半神なのだ。それも、一等『危うい位置』にいる女神とのな。――わたしがそれに気づいたときにはすべて遅かった。まんまと種を持っていかれた。すべてはあの女神の書いた戯曲どおりだったのだ」


 アルギュールが吐き捨てるように語った俗な言い回しも、女神という単語も、王族たちの耳には入ってこなかった。

 ただひとつの言葉を、彼らは目を大きく見開いて脳裏に反芻していた。


 ジュリアスは『半神』だった。


 ――そのことだけを。


 

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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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