20話 「道標は北東に」
結論から言えば、アリスの言葉の意図は皆に筒抜けだった。
アリスたちが皆の待つ窪地へ戻ると、すぐに答えは返ってきた。
『共に行く』――と。
◆◆◆
「皆さんだいぶ馬鹿ですね。おとなしく逃げればいいものを」
そういうアリスは相変わらずの無表情だったが、いつもよりほんの少しだけ顔を下に向け、そしてすぐに背を向けてしまった。
照れ隠しのような動作だ。
背を向けたまま、アリスはさらに言葉を紡いだ。
「――皆さんが危険を承知した以上、これからどんな目にあっても私は責任を取れないので」
「アリスに責任を押しつけたりはしないさ」
アリスの言葉に反応し、集団の中から一歩前へ出た存在がいた。
苦笑を浮かべながらそう答える少女。
人狐族の〈マコト〉だ。
彼女はアリスにそういったあと、両手を広げながら皆の方を振り向き、全員に聞こえるよう言葉を紡いでいた。
「じゃあみんな――『覚悟』を決めようか」
「うん、そうだね」
短く答えるのは眼鏡をかけた小柄な少年だった。
サレと出会った当初、魔人族の情報を的確に引き出した聡明そうな少年、〈メイト〉だった。
「どうせなら、とことんアテム王国に抗ってやらないと気がすまないよ」
避難組に入っていた二人も、それぞれに皆を鼓舞するような言葉を聞かせ、立ちあがっていた。
「どうしようもない方たちですね。本当に――物好きだと思います。あ、これ褒め言葉ではないので」
「ずいぶん舌のまわりがよくなってきたようじゃの、アリス」
「本調子にはまだまだ達していませんが」
「素直じゃないのう」
カカッ、とトウカが笑った。
「ともあれ、ならば、みなの決意が固まったところで『目的』を定めようではないか。なにか案はあるかの?」
トウカが続け、そこへアリスが補足した。
「――私たちの現状はあまりかんばしくありません。何をするにしても、早急にアテム王国の近隣から離れてまずは状況を整えねばならないでしょう」
「ふむ。――とはいってもな、これだけの混成種族集団を受け入れてくれる場所がやすやすとあるようには思えんのだが――」
トウカが言う。
そうというのも、
――異族は異族で、差別は存在するからの。
トウカがそのことを知っていたからだった。
差別というと極端な気もするが、もう少しやわらかくいって『好き嫌い』は存在する。
姿の違い、主義の違い、歴史的な遺恨。
その種族の全員が一様に同じ考え方をするとまでは言わないにしても、そういう『違い』が排他行動としてあらわれる場合が確かにある。
さらに、そこに純人族が混じってくるとよけいにややこしくなる。
――アテムの純人至高主義は極端じゃが……
純人族は異族を恐れることが多い。
顕在的なものでなくとも、潜在的な恐れへの種を持っている。
えてして異族は純人族よりも端的な暴力に優れているから。
――あやうきものは遠ざけるべし、か。その土地に住む先住民が思えば、わらわたちは安息として定住することはできないじゃろうな。
そして、近代の国家は基本的に単一異族によって形成されていることが多い。
仮に複数であったにしても、それはより近しい力量水準の種族が少数で結合している場合くらいだ。
たとえば獣人系同士で。
精霊系同士で。
結晶人系同士で。
理由は前述したとおりだ。
――ゆえに、この中の誰かがその土地の先住民の『あやうきもの』の基準にひっかかる種族であれば、わらわたちは揃ってそこから離れなければならぬ。
それが共に行くことを決めた自分たちの矜持だ。
トウカが脳裏でそんなことを考えていると、
「――いいえ、あります」
アリスがそれまでのトウカの逡巡をすべて無に帰す答えを、その口にのせていた。
◆◆◆
アリスの言葉にギリウスが真っ先に訊ねていた。
「ぬ、それはどこであるか?」
「――〈テフラ王国〉です」
「テフラ、であるか……」
アリスの答えにギリウスが押し黙り、また他の者は顔を俯けた。
そこへ話の流れがつかめないでいたサレが出てきて、
「テフラ王国って?」
そう訊ねた。
「大陸中央部に位置する〈混成種族国家〉です。ここから北東へずっと進んだところに存在します」
「〈混成種族国家〉? ――ぴったりじゃないか」
「そんなものがあるならもっと早くに教えてくれればよかったのに」とサレは内心で首をかしげた。
「口当たりのよい言葉でいうと、であるがな」
そのサレの内心の疑問に応えるかのように、アリスに代わってギリウスが言葉を紡ぎはじめる。
「確かに、アテム王国のような単一種族による国家構成はしていないのである。逆に言えば、種族で国家の主義主張が統合されていないゆえに、ずいぶんと無法化が進んでいるのであるよ」
ギリウスは身振り手振りをくわえながら続けた。
「テフラ王国の方針自体は単純なのだ。王国法を国家意思の最終防壁として、『全てを受け入れる』。これがテフラ王国の最たる理念である」
「お、おお……一国家がそれをやるのかよ……すげえな……」
サレの抱いた希望は淡かった。
「ある意味、単一種族志向の強い現在の国家のあり方に真っ向から喧嘩を売っているようなものであるな」
「逆にさ、それで成り立っていることに俺は驚きを隠せないよ」
「うむ。なんらの制限もなければ瞬く間に『崩壊』するであろう。あるいは『堕落』する、か。――ともすれば他国家からの密偵が続々と入り込んで、そのまま国が乗っ取られる可能性もある。だが、現に成り立っているのはひとえに――〈王国法〉と〈テフラ王族〉による恩恵であるな」
そこへメイトが一歩前へ出てきて、ギリウスの言葉を補足した。
「確かテフラ王国の王国法って、テフラ王族に有利な条件を規定するものが多いんだよね」
「うむ、我輩もそう聞いたことがあるのである」
二人のやりとりを拾い、「つまり」と言葉はさんでからサレが言った。
「――テフラ王国の王族があらゆる種族に対する抑止力になっているのか」
「そういうことだね。来るものは拒まず、というかなり馬鹿げた国家論を展開しつつ、その理念の形骸化を防いでいるのは驚嘆に値するよ。でもやっぱり、いくら王国法とテフラ王族がいても防げない事態はある。というか、王国法とテフラ王族はあくまで国家存続の最後の防壁であって、積極的な国家形成を担っているわけじゃないんだ」
「というと?」
サレの問いに、メイトが説明を加えていった。
「彼らは王国法に触れない限りほとんど出しゃばってこないんだ。だから、テフラ王国に住むいろいろな種族の国内対立も王国法に触れない限りは止めないんだよ。――自由放任主義的な?」
やれやれと両手を広げてから続ける。
「その方針が混合種族国家を提言した意地からくるのか、はたまた誇りからくるのかは知らないけど、わりと野放しなんだよね。だからテフラ王国は入国するのはたやすいけど、定住しようと思うと場合によってはかなりの労力を払わなければならない。先にその場所に定住している者たちの『ちょっかい』から身を守る必要があるかもしれないんだ。つまり――」
まとめるように語尾につけて、メイトは最後にこう締めた。
「――『後ろ盾』ってやつが必要なのさ」
「なるほど」
サレの感心の声があがる。
「ふと気になったんだけどさ、テフラ王族自体は異族なの? ――それとも純人族?」
「純人族だね」
「――へえ。いろいろと驚いた。同じ純人族でもこうまで考え方が違うものか」
何と比べているかといえば当然、
――〈純人至高主義〉の権化たるアテム王国の純人族とだ。
「サレの言うとおり、アテム王国の純人族とはだいぶ違うだろうね」
「――で、その純人族たるテフラ王族が、異族であるテフラの民をおさえつけている、と。――そこにも驚きだ」
純人族と異族の単純な個体差はそうそう簡単に埋まるものではない。
もちろん、神族の力を身体に借り入れている純人族――つまり〈神格者〉が、純人族を高い次元にまで引きあげているのもサレには理解できていた。
事実、あの〈アテム王剣〉の神格者と剣をまじえて、経験として実感したのだから。
しかし、それでも数が違うだろう。
来るものを拒まずという理念を掲げるならば、テフラ王国には相当数の異族も存在すると予想できる。
それをテフラ王族という、純人族の小さな組織で統率できるのだろうか。
「テフラ王族は純人族の中でも特に〈神族〉との関わりが深いから、それが抑止力の背景につながっていると言われているよ。――ま、それでもテフラに住む者たちが一丸になったとしたら、さすがのテフラ王族も対抗できないだろうと僕は思うけどね」
メイトの仮定の話を聞きながら、サレは逆説的に推論を抱く。
それがまだ仮定の話であるとするのは、ただの一度もそういう事態が起こったことがないという証明にもなっている。
つまり、
――テフラ王国に住む多様な種族たちが『一丸になることなどない』ということか。
「世界が滅亡の危機にでもさらされないかぎり、『それ』はないであろうな」
ギリウスが、まるでサレの内心の声に答えるように告げた。
さらに黒竜は続ける。
「たぶん――我輩たちくらいであるよ。こんなに多様な種族が一堂に会して、それでいて同じ方向を見ようとしているのは」
その言葉にトウカが同意を示した。
「うむ。わらわたちはこの小さな集団内で種族よりも『人』を見ることで判断を下そうと努めておるわけで、それゆえになんとか崩壊せずにおれるが――やはり組織が大きくなるとそうもいかんのじゃろうな」
そうやって人を見るにも限界がある。
「そうなると、『種族』という明快で巨大な指標は、たやすくも便利に、個人を判断する材料として人々の脳裏をよぎるのじゃ」
トウカは言って、苦笑した。
すると最後に、珍しくプルミエールが真面目な顔でやってきて、言葉を紡いだ。
「純人族と異族の溝は深いけど、異族同士の溝だって、場合によっては結構深いわよ? たぶん、愚魔人が思っているよりずっとね。歴史が証明してるもの。――異族は争うものだって」
その声や言葉には真に迫るものがあった。
「――うん」
サレがプルミエールの言葉にうなずき、再び内心に思う。
――俺だって、この集団内で示した『建前論』が世界で通用するとは思ってない。
第一、平和主義を謳うつもりなんてさらさらないのだ。
いつか読んだアルフレッドの書斎の魔人族の歴史書には『やられたからやり返した』のような、魔人族の攻撃的な記述も多くて。
――俺もそれでいいと思ってる。
やられて死んじゃったけど、こっちは平和的に、手を出さなかったよ。
――それの何がいいのだ。
否定はしないが、同意もしない。
理屈をこねる分には構わない。
冷静に話し合いもする。
譲歩もするし、和平を結んでもいい。
――だが物理的に敵対するならば、容赦はしない。
それを国家単位で体現していたのが魔人族だった。
そしてそれは、
――アルフレッドたちに願われた、俺の立場でもある。
『他を害してでも、君は生きてくれ』――あの言葉を忘れたことはない。
だから、
「――争う分には構わないんじゃないかな。正直なところ、今異族同士の垣根を取っ払おうとか、世界を平和にしましょうとか、そんなことはどうだっていい。火の粉が俺たちに降りかかるなら適時それを払えばいい。自分が安心して居られる居場所が欲しいっていうのが、今のこの集団の行動欲求の一つだろう」
――だから結束してるんだ。
ここをそういう居場所にしようと、皆が思ったから。
「そうだね。僕たちの中にはアテム王国に同胞を狩られて独りになった者も多いだろう。だいたいはアテム王国の〈異族討伐計画〉の影響を受けた者たちだ。――いわば僕たちは『敗者』なんだよ。一度大きく負けて、すべてを失った僕たちには、もう賭けるものなんて命くらいしかない。――だから、負けられないね」
「えらくカッコよく決めるわね、この愚眼鏡」
「ねえ、プルミ、眼鏡が僕の本体みたいな言い方やめてくれない? ――あと愚眼鏡ってなんか語呂が悪いんだけど……!」
プルミエールがちょっかいを出すと、メイトが苦笑して答えた。
「まあ、実際のところ、純人至高主義のアテム王国と混成種族主義のテフラ王国はその理念の部分で敵対か、少なくとも反発はするはずで。僕たちが隠れ蓑にするにはもっとも適していると思う。どちらも規模が大きな国だから、手出ししづらいだろうしね。――あ、一つ補足だけど、テフラ王国民には純人族もいるからね?」
「混成種族主義っていうんだからべつに驚きはしないよ。純人族だって種族の一つだ。心配するなよ、純人族のすべてが憎いわけじゃない。同じ種族だって、いろいろだ」
サレが穏やかな表情で言った。
「うん。――そしてもう一つ」
メイトが続ける。
「無法化が進んでいるとさっきいったけど、内部ではいろんな単位で部落というか、グループというか――そういう小単位での分裂が日常的に起きてるんだ。たとえば種族単位だったり、同職単位であったりね」
「へえ。まあ、それだけ混ざり合ってたら、内部で分裂化がおきるのもわからないでもないけど」
国家として成り立っているからには、いくら混成国家といえども一定の下限で『秩序』は見られるはずだ。
それがそのグループごとの分裂にあるのだろう。
「うん。それで、最後が一番大事なんだけど……そういう単位で分裂した各集団が、日々国家の『利権』をもとめて争っていたりするわけで――」
メイトの言葉に、それまで説明を聞く側にまわっていたアリスが続けた。
「――これが無法化の元凶です。王国法に反しないかぎり国内で誰が権威を貪ろうと勝手ですので、野心の強い方々がいたるところで決起してそれぞれに集団を作っているのです」
「みんな詳しいなぁ……」
「私の場合は一応これでもアテム王国の王女だったので――それなりの教養はつめこまれてます」
――俺も一応は皇子って扱いだったらしいんだけどね! そんなこと全然知りませんでした! ――きょ、教養とは……
サレはアリスの答えを聞いたあとで、ひとり頭を抱えた。
「ちなみにそうした集団を最近では〈ギルド〉と呼んでいるらしいですよ。同職集団であったり、同種集団であったり、はたまた同主義集団であったり。同じ職柄、同じ種族、同じ理念に同じ趣味――〈ギルド〉はそういうさまざまな要素によって結合したひとつの共同体というわけです」
頭を抱えるのもほどほどに、アリスの説明を聞いたサレは、これからアリスがとろうとしている行動に推測をたてて――訊ねた。
「――じゃあ、俺たちはそこに逃げ込んでアテム王国の攻撃から身を守りつつ、力を蓄える。――そういう寸法?」
「そうですね。私はそういう方針を考えています」
そういって一息つき、そのあとでアリスがまた言葉を紡いだ。
「今現在、これだけの混成種族集団を受け入れてくれる国は〈テフラ王国〉しかないでしょう。ほかの国では誰かしらが入国拒否などを受けるかもしれませんし、種族差別も存在します。その点テフラは自由です。王国法さえ守ればやりようはいくらでもあります」
なにもない荒野で野垂れるよりは、文明の発達した一つの国の中に居場所を作る方がのちのちずっと便利だ。
またテフラ王国という国が、その理念ゆえにアテム王国と対立し――『防壁』となる。
問題はその内部からの攻撃に対する防壁をどう作るか、ということだ。
「――なら、俺たちはまずテフラ王国で安心して眠れる場所を確保しよう。アテム王国との関係に決着をつけるのはそのあとでもいい。現状をかんがみても、進んで戦争したいとは思えないからね。――まずは居場所だ」
「ええ。ですから――いかがでしょうか、皆さん。テフラ王国に私たちの居場所を作るという最初の方針に関して――」
アリスがまわりの皆をうかがうように言うと、
――『ついていく』。
そんな言葉がうなずきと共に一斉に返ってきていた。
アリスもまた、その言葉に力強いうなずきを返した。