203話 「闘争鎮火の新たな湖都で」【前編】
次の日。
サレは日をまたいでまで続いたプルミエールの強制お使いを数件こなしたあと、他のギルド員と同じくナイアスの街に繰り出した。
先日から続いたおつかいは、本当それを買ってきて意味があるのかと思うものも多く、むしろプルミエールは嫌がらせでそれを頼んでいるのではないかとサレは思った。
――いや、嫌がらせに違いない。
そうして無様に駆け回るさまを見て哄笑したいだけだろう。
それでも昨日と今日の朝はまた一段としつこかった気がする。
サレはようやく解放されておおげさにため息をつきながら、ナイアスをとぼとぼと歩いていた。
特段に目指す場所もないが、何もないならまた奇特な武器屋や防具屋を巡ろうかと、そんな思いを胸に抱いていた。
いくらか前に路地裏の隠れ家的な防具屋を訊ねたとき、そこに玉虫色の小手がおいてあって、ものすごく気になったのだが、残念ながら持ち金がなかった。
あの時は泣く泣く踵を返したが、まだそれが残っているか確かめに行くのも悪くないだろう。
サレは尻尾を振りながら何気なく露店通りを歩く。
そうしてナイアスの中央湖まで掘り出し物はないかと目を凝らしながら進んで、
「ん?」
ふと向こう側から歩いてくる人影に視線が移った。
理由は単純だ。
その人影がやたらにデカかったからだ。
まるで巨人のようである。
「ていうか巨人族だわ」
見覚えがあった。
かつて手合わせた相手だ。
それも、自分が素直に「こいつはすごい」と思った男である。
〈戦景旅団〉所属、
――巨人族の〈オースティン〉。
あの老人のくせに異様に鍛え上げられた身体を宿している男が、隣に戦景旅団のギルド長たる〈メシュティエ〉を引き連れて歩いてきていた。
――いや、引き連れてってより、爺さんの方が振り回されてって感じか……。
相変わらずあの向こう方のギルド長は規格外だ。
ギリウスを相手に大立ち回りをしてみせた純人族、というだけですでに脅威なのだが、ああして巨人族を振り回しているところを見ると、どことなくプルミエールに似た傍若無人さも見えてくる気がする。
「んお、おんし、一人こんなところでどうした」
すると、ついに人込みをかき分けてあと数歩のところまでお互いが近づいて、オースティンの方がサレの姿に気付く。
「ちょっと散歩に。ついでに珍しい武器とか防具ないかなって!」
「んん? おんしが使う武器を探しておるのか? あのやたら派手な剣はどうした?」
「ああ、戦闘で使う用じゃないよ。――コレクション用だ……!」
「ほう。――あっ」
サレが目を輝かせていうと、オースティンが「しまった」と言わんばかりに手を口元にやって、恐る恐る眼下のメシュティエを見ていた。
サレもそれにつられてメシュティエに視線を向ける。
褐色の健康的な肌色に、鍛え上げられた腹筋を野ざらしにしているワイルドな格好で、あの時見たメシュティエがいる。
気の強そうな秀麗な眉目を宿した彼女は、ドレスでも着れば一躍社交界で人気者になれそうなほどだが、今の彼女の格好はいかにも歴戦の猛者と言う風だ。
そんなメシュティエの目を見たら、
――あっ、同類の匂いがする。
輝いていた。
キラキラと。
まるで少女が美しいドレスを見て憧れの視線を送るかのごとく。
サレが武器や防具をコレクションしているというのが、彼女の興味の針を振り切らせていた。
「愚者の副長! お前、見る目があるな!! そうだ! 武器は見ているのみでも心躍るものだ! アレに込められた鍛冶師の技術の数々! その刃の光の反射一つとっても、それぞれの鍛冶師の心意気と技術の結晶が込められているのだ!!」
「あっちゃー……」
オースティンが「やっちまったよ」という顔で頭を抱えていた。
大きな手で頭を抱えながら、もう一方の手で顎髭を撫でている。
「私が行きつけている店に案内してやろう!」
「お、戦景旅団の長の紹介となれば期待できそうだな!」
「なかなか奇特な作品もあるぞ!」
「っ! 行こう!!」
「おんしらの気が合いそうでなによりじゃが、わしはちょっとうんざりしてきたぞ。すでに、この時点で」
メシュティエがサレの手を取って駆けだしたのを見ながら、オースティンが大きなため息をついていた。
◆◆◆
また別の場所。
ナイアス商業区。
サレの通っていた露店通りとはまた別で、どちらかといえば整然として商家が立ち並ぶ場所にシオニーはいた。
隣には「ぜえはあ」と息を荒げているクシナがいて、シオニーのシャツを片手でつまんでいる。
「ぜえ……く、くそっ、地味に逃げ足早くなってやがる……!」
「イジられることに耐えられない時の最終手段は逃げることだからな。知らないうちに逃げるの得意になったぞ!」
「お前それ自慢げに言うことかよ……」
逃走劇を繰り広げ、クシナの方も毒気を抜かれてしまった。
「私が二番でクシナがビリだよ!」
そんな二人の隣には、溌剌とした笑みを浮かべる精霊少女がいる。
――イリア。
流れでシオニーについてきてしまったイリアだが、逆に言えばイリアはシオニーの脱兎のごとき疾走に追従することができたのだ。
そのことにクシナは少し驚きつつ、
「へっ、ちみっこいのになかなか言いやがる」
最後には笑みを浮かべてイリアの額に軽くデコピンを打った。
イリアの方はそれを受けて「うへへ」と奇怪な笑みを浮かべている。ともあれ、嬉しそうではあった。
「まあマリアの秘蔵っ子だしなあ。俺はもうお前が実は精霊王の娘でしたとか言われても驚かねえよ。どっちがそれ系なのかまでは分からねえが」
「え? よく分かったね? あんまり言ってないのに」
「……」
「おい、そこの駄猫、顔が凍ってるぞ」
クシナの肩をシオニーが「おーい」と言いながら叩いている。
しばらくクシナのフリーズは続いたが、ややあって正気に戻ったようだった。
「驚いちゃった?」
イリアがにやにやしながらクシナに問うている。
「う、うっせ!」
クシナは頬を朱に染めて、イリアの問いをうやむやにする。
「最近そっちもカースト下がってきてるなあ。いや、イリアのカーストがあがってきてるのか」などとシオニーが横で言っているが、それも無視だ。
「で、なにしに来たんだよ。こんな店の前で急に止まりやがって」
クシナが話題を変えるべく目の前にでんと立ちはだかっている大きな商家を指差した。
一見するに、服飾系の商家らしい。
きらきら、ふわふわ、そんな少女が好みそうな趣味の服が、店頭に飾られていた。
女物ばかりであるところを見ると、ターゲットが絞られているようだ。
「なにしにって、服を買うためだぞ?」
「あ? お前あんま着飾るタイプじゃねえじゃねえか」
自分もいつも着物ばかりだが、シオニーはシオニーで細身のパンツスタイルを崩さない。
尻尾を外に出す関係上、ある程度着られるものもかぎられるのだろうが、それでもやりようはある。
しかしシオニーは動きやすさとスマートさを重視した、少しへそが見えるくらいの服装を着ていることが多い。
今日もそれだ。
――む。
そう考えた途端、クシナの視線はシオニーのスタイルを舐めるようになぞっていってしまった。
すらりと伸びた四肢や、無駄のない腹回り。
へそから上に伸びた線は、女ながらに色気を感じる。
そういう点で自分がこの銀狼に勝てないであろうことを、クシナはハッキリと自分で決めつけてしまっていた。
自分にはあそこまでの色気は出せない。
前の風呂場騒動の時に動けなかったのも、そういう思いがあったからだ。
――んぐぐ。
変な声が内心で漏れる。
――あ、あと一年あれば……。
かくいうクシナもギルド内では『絶妙に少女の儚さと大人の色気を包括していてグッド』と一部男性陣に崇められるくらいには美貌であったが、当のクシナは周りが気になって仕方ない。
――どいつもこいつも……!
発育の速度に差がみられる。
不条理だ。やつらの遺伝子に断固抗議したい。
「まあ、外に着るものを買いに来たわけじゃない。――下着だ」
「……あ?」
「し・た・ぎ」
「ぱ・ん・つ」
イリアがキャッキャしながら直接的な形容を使う。
それでようやくクシナはシオニーの言葉の意味に気付いた。
「ああ……」
「なんだよ。お前は買わないのか?」
シオニーとクシナの間柄はなんだかんだと近しくて、シオニーが珍しく二人称にお前なんてものを使って訊ねた。
クシナはクシナでその関係性に落ち着いているところがあって、特に気にすることもなく答える。
「ん、んや、別に……」
時折風呂場で一緒になるときに見ているが、他の女たちが身に着けている下着は自分のものと比べやや派手だ。
むしろ、自分があまり頓着しないため、地味なのかもしれない。
それをいまさらどうこうするというのは、少し避けたい気もする。
ああいうのは自分には似合わないだろう。
「もしかして動物のかわいい絵柄が入ったやつがいいのか? それなら大丈夫だ、ここならそれがある。ここの商家の人はやり手だからなっ!」
かつてシオニーがそこで良いようにカモられたことをクシナは知らない。
そんなことはさておき、
「お、おいっ! 俺はそんなの穿いてねえぞ!」
「あ、そうなのか。私は時々穿くのに……」
「お前結構言うよな、そういうの」
「お、女同士なんだからいいだろ!」
シオニーが少し恥ずかしそうに顔を赤くしていうが、
「あとでサレに言っとくね!!」
「ひゃあああん! それはやめてイリアッ! お願いっ!!」
イリアの一声でシオニーのクールは崩れた。
あたふたとして狼狽え、イリアに土下座してお願いしそうな状態だ。
――俺はああはなるまい。
「こいつ馬鹿だよな」そう思いながら、クシナは仕方なくシオニーの買い物に付き合うことにした。
ここまで来てなにもなく帰るのも振り回され損な気がする。
「分かったよ、見るだけな。おら、行くぞ」
そういって、鼻高のイリアにぺこぺこしているシオニーを横目に、クシナは商家へと足を踏み入れた。