表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
序幕 【魔人:輪廻の果てに】
2/218

1話 「魔人が生まれた日」

 突然だけど、死亡フラグってあるだろ?


 代表的なものを挙げると、「ここは俺に任せて先に行け!」とか、「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ……」とかのことだよ。

 ほかにもいろいろあるだろうけど、どれも結局は、発言者の死で締めくくられるよね。


 でもさ、俺、思うんだ。


 一番悲惨なのって――


 死亡フラグすら立てられないまま突如として死ぬやつだよな。


◆◆◆


 いつものようにベッドに(もぐ)り込んで、「明日も楽しい日になるといいなぁ」なんて、楽観的な思いを(いだ)きながら目を閉じたところまではなんとなく覚えていたんだ。


◆◆◆


 目が覚めたら、鬼のような形相(ぎょうそう)の男に斬りかかられてました。


「この世から消えてなくなれ!! バケモノめッ!!」


 耳を(つんざ)くような絶叫と、すさまじいまでの気迫。

 不思議なことに、あまり恐怖はない。

 事態が飲み込めないせいでしょう。


 今、勢いよく振り下ろされてきた剣が、肩口にめり込みました。

 「ああ、こいつ、ここで死ぬんだなぁ……」と、他人事(ひとごと)な思いが浮かんできて、


「ぬ――」


 とりあえず、叫ぶことにしました。


「ぬああああああああああああああああああん!!」


 錯乱していたにしてもひどい叫びだと、我ながら失望を禁じえません。


◆◆◆


 次に目が覚めたときには、なにやら目の前に青白い光線が迫っていました。

 えっ、光線……?


「お前さえいなければ……!! 消えてなくなれっ!! 化物っ!!」


 ちょっと遠くに息も絶え絶えに叫ぶ軽装の男が見えました。

 あっ、ちょっと、光線が邪魔です。

 ともあれ、「ああ、こいつ、ここで死ぬんだなぁ……」と他人事のような思いが脳裏に浮かんできて――


「お、おい!! ちょっ、待ってええええええええええ!!」


 なんとか叫べました。


◆◆◆


 お次に目が覚めたときには、なにやら目の前にゴツゴツとした拳が迫っていました。


「お前は私が倒すッ!! (ちり)となれっ!! バケモ――」

「ふっざけんなああああああ!! オッフ!! ゴフッ! ゴフゥ!!」


 相手のセリフを(さえぎ)ってみましたが、ダメでした。

 拳が腹を貫通したようです。

 そりゃあゴフゴフ咳き込みたくもなります。


 三度目にして、ようやく事態が掴めてきました。

 そろそろ正気に戻ろうと思います。


◆◆◆


 ――まだ、前の二つはマシだった。


 一度目は心臓両断で即死。

 二度目は光に覆われて「ジュッ」という小気味良い音とともに即死。

 でも、この三度目はじんわりと後ろから死が迫ってくる感覚がある。


 ぶわりと冷や汗が(にじ)んで、全身の毛が総毛立った。

 感じたこともない熱さが腹部に広がって、その中心にある異物感が気持ち悪い。


 ――なぜ、俺は死にかけているのだろうか。


 なぜ俺は、二度も死んで、また死にそうになっているのだろうか。


 ――ああ、目蓋(まぶた)が重い。


 次に目覚めたときには、また死の手前に(さら)されているのだろうか。


◆◆◆


 目が覚めた。

 正直何度目かもわからない。

 いちいち死ぬ様子を説明するのも面倒だ。


「い、嫌だあああああああああ――!!」


 とりあえず叫ぶ。

 もう(なか)ばヤケクソだ。

 これまでに何回死んだと思ってる。


「■■■!」


 しかし、どうにも今回は様子が違った。

 数秒待っても死が訪れない。


 ――えっ? もう死ななくてもいいの?


 ひとえにそのことが嬉しくて、現状をなにも理解出来ないまま、溢れでる感動に身を任せた。


「うっ……うぐっ……うえっ……」


 我ながら、無様な泣き顔を浮かべていることだろう。

 きっと顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、見るにも耐えない状態になっているはずだ。


 ひとしきり泣いたあと、自分がおかれている状況を確認しようと首をもたげた。

 そうして周りに視線をめぐらせると――

 ふいに人の顔が映った。


「■■■、■■……」


 人。

 人だ。

 俺に攻撃をしてこない、人だ。


「■■……」


 不気味な赤の瞳が、こちらを射抜いている。

 その人は口を開いて、なにやら言葉を発していた。

 しかし俺は、その言葉の意味を理解することができない。


「■■■?」


 その人は、とても美しい顔をしていた。

 これほどの美貌を、果たして見たことがあっただろうか。

 白磁陶器のように真っ白な肌と、真っ黒で艶やかな髪。

 はっきりとした色味の差が、やたらに強いコントラストを発していて、印象的だ。


 ひととおり観察して、俺はその人を『彼女』と代名することにした。

 言葉の意味は依然(いぜん)として理解できないが、とりあえずこちらからもアクションを起こしてみよう。

 言葉には言葉だ。

 美人の前ということもあるし、出来るかぎり魅力的な声で。

 鼻から息を吸って、腹に力を込めて、


「フフファッ!」


 違う。なんか違う。

 やたらに気合の入った声が漏れた。

 「今晩は月が綺麗ですね」とさわやかに言ったつもりが、そもそも言葉にもなっていない。

 気を取り直して、もう一度いこう。


「フファッ! ――フフッ!」


 なに笑ってんだコイツ。気味が悪いな。


 ……。


 なんということだ。


 俺は言葉を話せないらしい。


 それから自分のおかれた状況を察するまで、五秒と掛からなかった。

 なんとなく嫌な予感がして、とっさに顔の前に手を掲げる。

 そして、理解してしまった。


 その手は『赤子』のように小さく、弱弱しかった。


 薄弱な、握れば潰れてしまいそうな小さな手。

 なんだ、これは。

 本当に、俺の手か。


「■■■■?」


 内なる声とは裏腹に、理性が状況を知らせていく。

 (かたわ)らでこちらを見ていた彼女が、心配そうな顔でまたなにかを言った。

 なんとか返事をしたいところだが、


「――フファッ!!」


 そろそろ心が折れる。


「――フアン!!」


 誰だ、そいつは。


 ……そろそろ限界だ。

 最初の叫びは一度きりの奇跡だったらしい。

 今まで心の中で必死に明るく声を(ふる)わせてきたが、しばらくしてなんとも言えない虚無感に襲われた。


 『赤子』。

 そう、俺の(からだ)は赤子そのものだった。


 ――なにが、どうなってる。 


 虚無を全身に感じながらそんなことを考えていると、ふいに身体が浮いた。

 さっきまで(かたわ)らでこちらを見ていた『彼女』が、俺を抱きあげていた。

 どこかに連れて行かれるのだろうか。


 ――死ななくていいなら、もうなんでもいいや。


 少し不安になったが、一周して楽観的になる。

 このときばかりは自分の精神力を讃えてやりたくなった。


◆◆◆


 時が経つごとに、理性は落ち着きを取り戻していく。


 考える、思考する、そういう能力が低下していない。

 赤子の身体と、成長した精神の差異に戸惑うが、かくあるものなのだからとやかく言ってもしかたあるまい。


 彼女の腕に揺られて数十分。

 目に入る景色は鬱蒼(うっそう)とした森ばかり。

 (あお)い、暗い、じめじめしている。


 それからさらに十数分経って、ようやく視界に真新しい景色が映った。


 『城』である。


 それも、かなり荘厳な。

 白地の壁は少し汚れていて、古風な印象を受ける。

 一方で壁にはめ込まれた光沢のある鉱石が、陽光を反射して澄んだ輝きを見せている。とても綺麗だ。


 ――針の城。


 いくつかある塔の先端がひどく(とが)っていたから、そんな形容を思いついた。


「■■■」


 彼女が声をあげる。なにを言っているのかはわからない。


 でも、その優しげな声色だけでも、ありがたかった。


 これまではただ罵倒されて殺され、悪意をぶつけられて殺され。

 そんな輪廻を巡ってきたから、彼女の心配そうな表情だけでも満腹だった。


 そんなことを考えていると、今度は強烈な眠気に襲われる。

 意志とは関係なく、目蓋(まぶた)がゆっくりと落ちてきた。


 正直なところ、睡眠というものが恐ろしかった。


 また次目覚めたときには、理不尽な死に直面しているのではないか。


 ――ああ、でも無理、これには逆らえないよ。


 睡魔は百戦錬磨だ。

 赤子の力では勝てそうにない。

 生理現象万歳。

 最後の足掻(あが)きと腹をくくって、意識が途切れる間際(まぎわ)に心の中でつぶやいた。


 ――もうどうにでもなれ。


◆◆◆


 次に目が覚めたとき、真っ先に周囲を確認した。もう死にたくない。


 結論から言えば、俺は死ななかった。

 分相応にもほどがある巨大なベッドに寝かされている。

 すると視界の端から「ぬっ」という感じに『彼女』が現れた。

 片手には分厚い本。

 彼女は俺が起きたことを確認すると、ぱらぱらとその本をめくりはじめた。


「あ……なた……は、だれ……です……か?」


 なんと。

 ……なんと!

 ――なんとおおお!!


 俺の知ってる言葉だ!

 あの分厚い本は翻訳書かなにかだろうか。

 言葉が理解できるというのは非常に大きい。


「…………」


 ――でもね、それを訊ねたところで俺に言葉を返す能力がないんだよ……!!


 どうしようかと悩んでいると、再び彼女が言った。


「……ごめ……んなさ……い。すこし……で……ことば……わかる……くる」


 眉間にシワを寄せながら、必死に手元の本に目を走らせている。

 彼女のカタコトから察するに、もっとうまく言葉を使える誰かが来てくれる、ということだろうか。


 ――まだ、俺の運は尽きていない。


 一方通行ではあるが、情報は得られる。

 なんだか嬉しくなって、身体に力をみなぎらせてベッドの上を転げまわってみせた。

 彼女は俺がベッドの上を高速で転げまわるさまを見て、嬉しそうに微笑(ほほえ)んだ。

 すべてを包み込まれるような、魔性の微笑み。


 とにかく、彼女の言う人物を待つことにしよう。

 それまでにある程度身体を制御できるように(つと)めて、言葉ではなく動きで反応を示せるように練習しよう。

 ああ、きっとそれがいい。


◆◆◆


 彼女の言う人物は、ほどなくして現れた。


 彼女と同じような、異様に真っ白な肌と、真っ黒な髪と、真っ赤な瞳。

 その人物は一見して男だとわかった。

 力強く隆起する均整のとれた筋肉群が、ことさらに男であることを主張してくる。


「はじめまして。気分はどうだい?」


 記念すべき第一声。

 言葉遣いは丁寧だった。

 俺はその短い言葉を受けて、ベッドの上で右に身体を一回転させてみせる。


 ――フフ、これがこの短時間で俺が得た能力の一つ。


 右に一回転で肯定!

 左に一回転で否定!

 完璧だっ!!


 ……そんなわけない。

 これくらいしか思いつかなかったんだ。

 頼む、なんとかこっちの意志をくみ取ってくれ、利発そうなお兄さん!


「うん? ――ああ、君は言葉を話せないのか」


 さらに右に一回転。


「あ、右に回転すると肯定……かな?」


 ――マジパネェ。

 このお兄さんマジパネェ。

 天才と称してもいい。

 察しが良いとかそういう次元を軽く二秒で超えていった。

 ここで右にもう一回転すれば、完璧だ。


「はは、やっぱりそうか。うん、わかったよ。――それにしても、意志は明確なのに言葉を話せないっていうのはもどかしそうだね。赤子ってみんなそうだったっけ。もうずいぶんと赤子に接してないから忘れてしまったよ」


 お兄さんは笑いながら言った。


「まあいっか。まずは自己紹介から。僕の名前はアルフレッド。〈アルフレッド・サターナ〉。そして君を拾ってきた彼女は、〈リリアン・サターナ〉。僕の妹だ。彼女の話だと、君は僕たちが住んでいるこの城の近くに落ちていたらしい。――■■■、■■」

「■■、■■■■」


 そう告げて、アルフレッドは別の言語で『彼女』――〈リリアン〉と話しはじめた。

 それにしても、落ちていたとはどういう了見なのか。


 ……。


 あともう一つ、名前という単語でいまさら気づいた。


 俺は俺の名前がわからない。


 あったような気もする。

 何度も何度も殺される過程で、記憶が壊れてしまったのだろうか。

 思い出そうとすればするほど、記憶の空白は明確になっていった。

 確かに前は、ここではないどこかで暮らしていたはずなのに。

 そんな気が、するのに。


 ――それすらも思い出せない。


 取るに足らない情報と、何度も死んだときの状況だけがかすかに脳裏に残っていて。


「それで、ほうっておくのも忍びないから、リリアンが連れて来たらしい」


 名前、なんだっけなぁ……。


「つらそうだけど大丈夫?」


 心配そうなアルフレッドの声でハッと我に返る。


「安心して、僕たちは君を捨てたりしないから。連れて来たからには、君が成長するのを助けよう」


 ……ありがたい。

 人の良心というものに久々に触れた気がする。


「さしあたって、君が僕たちと十分に話せるよう、僕が言葉を教えよう。無論、食べ物も与える」


 本当に――ありがたい。


「さあ、まだ疲れているだろう、君はとても眠そうだ。今は安心して、安らかに眠るといい」


 アルフレッドが柔和な笑みを見せた。

 俺はその笑みにつられるように、一度だけ顔をしわくちゃにして笑った。

 そして、


 ――明日は、楽しい日になるといいなぁ。


 いつかのベッドの中でつぶやいたように、それでも今度ばかりは心から願いながら――俺はゆっくりと目蓋を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『やあ、葵です』
(個人ブログ)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ