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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第十二幕 【物語:世界を巻き込む祝祭の前に】
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191話 「天使の告白」【前編】

「母様、父様、私まだ生きてるわよ。すっごく高貴に、生きてるわよ。天使の誇りは私がまだ支えているから――それで……許してね」


 〈プルミエール・フォン・ファミリア〉は爛漫亭の屋根の上に胡坐をかいて座っていた。

 一枚布を身体にまきつけただけの露出の多い格好で、いつものどこか優雅さのある居住まいを崩し、彼女は屋根に座っていた。

 三角の屋根に腰をおろし、顔を空に向けながら、ゆったりと流れる雲を眺めていた。

 彼女の金の髪が風に揺れ、白い翼毛が靡いていく。


「フフッ、おセンチおセンチ。私、こんなに湿っぽかったかしら」


 プルミエールは今の自分の様子を客観視して、軽い笑いを浮かべた。


 他のギルド員たちが外出していく最中、プルミエールは爛漫亭から離れなかった。

 あえて離れなかったのだ。


「今日は私がアリスの護衛当番だしね」


 他のギルド員たちが外出していくから、そういう選択を取った。大きな騒動のすぐあとで、王権闘争も終わり、アテム勢と思われる少女が残していった『一週間後』という言葉もある。昨日の今日ではさすがに大きな動きはないだろうとの予想があったのだ。

 アリスもそうであったろうし、他のギルド員もそれが分かっていたから外出したのだろう。


 とはいえ、同じアリスの護衛役であるマリアなどは、同じく外には出ていないようだった。


「フフ、マリアは心配性ねぇ」


 プルミエールはマリアの困ったような顔を頭の中に思い浮かべて、また笑いを浮かべた。

 アリスの護衛に関しては、最初は順繰りにかわりばんこで、という規定だったが、なんだかいつの間にかその辺は適当になった。

 護衛自体を欠かすことはないが、二人で一緒にアリスの傍にいたり、その時の気分によってだったり、割と適当になったのだ。


「さて、誰が一番最初に戻ってくるのかしらね」


 爛漫亭の屋根の上に陣取ってから、実は結構時間が経っている。

 サレが外に出て行ったのも見ていたし、他の面々が出て行ったのも屋根の上から見ていた。


「どいつもこいつも暗い顔して」


 まあ、自分もあまり人のことは言えないかもしれない。

 いつもよりは少し、自分も静かな方だ。

 嫌な事を思い出しているわけだからしかたないだろう。

 嫌な事を思い出して楽しくなるような被虐嗜好はない。


 ――愚魔人が帰ってきたら尻尾でも握ってやろうかしら。


 やっぱり自分が攻めていた方が好きだ。


 ――うん、そうしましょ。


 だからまずは、過去にちゃんと目を向けることにしよう。


◆◆◆


 プルミエールは目を閉じて、自分の記憶に思索の手を伸ばした。

 風の音と、喧騒の音が遠くなっていく。

 すると、そんな集中の途中で、


「プルミエールさん」


 とある声が耳を突いていた。

 プルミエールは即座に集中を切り、急いで辺りを見回す。

 ここは屋根の上だ。

 盲目の彼女が登ってこれる場所ではない。

 嫌な予感がする。


「――アリス!」


 プルミエールが屋根から身を乗り出すと、眼下に窓から半身を乗り出しているアリスがいた。

 三階から身を乗り出しているアリスはかろうじて窓枠に引っかかっているが、ともすればそのまま落ちてしまいそうで。

 プルミエールは急いで空に白翼を羽ばたかせ、そんなアリスを拾い上げに行った。


「あんたそんなに無茶するキャラだったの?」

「いえいえ、今日は特別です。プルミエールさんの少し焦った声音が聞きたかったので」


 『いつの間にこんな上手(うわて)な女にっ……!! 恐ろしい娘!』プルミエールは内心で大仰に驚いて見せた。


「私も屋根の上へ連れて行ってくださいませんか。屋根の上は風通しが良さそうですからね」

「通しが良いっていうか、遮るものが何もないわよ……」


 プルミエールは自分がツッコみ役に回りつつあることに気付いて、そうさせるアリスに再び戦慄を抱いた。

 

 そのまま窓枠にひっかけておくわけにもいかず、プルミエールはアリスを脇に抱えて爛漫亭の屋根の上へ飛翔した。


「ていうかマリアはどうしたのよ。マリアがあの状態のアリスを見て悲鳴あげないなんてありえるのかしら」

「マリアさんには一階の亭主のところに紅茶を取りにいってもらいました。その間にちょちょいのちょいと――」

「策士ね……」

「悪巧みは昔と比べて得意になった気がします」


 誰のせいであろうか。プルミエールは頭の中で候補を何人か出すが、ギルド員が基本的に悪知恵の働く奴らばかりであったので、途中で答えを出すのを諦めた。


 プルミエールはアリスを屋根の広い場所に座らせ、自分も隣に座る。


「考え事しようとしてたのに、アリスの一声で途切れちゃったじゃない」

「わざとです」


 アリスはプルミエールの声にこともなげに答えて見せた。

 相変わらずの無表情で、悪びれる様子一つない。完璧なポーカーフェイスだ。


「聞こえてましたから」

「ふーん」

「プルミエールさんも、聞こえるように言ったんですよね?」

「半々ね」

「釈然としない答えですね」


 プルミエールは正直に言った。

 半々。

 気付いて欲しかった一方で、気付いて欲しくもなかった。

 だから半々。


「まあ、誰かに説明するように話した方が、喋りやすいわよね」


 だから、きっと聴覚の鋭いアリスなら自分の声を拾うだろうと思って、あえて言葉にした。


「そうですね」


 アリスは風に黒髪をなびかせて、短く答えた。

 少しの間があって、今度はプルミエールが閃いたように紡ぐ。


「ねえ、じゃあ私の話を聞かせる代わりに、あなたも私に話を聞かせなさいよ。これでおあいこ」

「なんですかそれ」

「私の都合のためのゲーム!! 私がその方が得だから!!」

「言い切りましたね」


 アリスは「はあ」とため息をつくが、しかしすぐに襟を正した。


「分かりました。ではそうしましょう。話って、漠然としていますが、まあなんとなく言わんとすることは分かります」

「じゃあ決まりね! 完璧! やっぱり私の発想は常に高貴だわ!」

「自分の都合の良い方向に、ですけどね」


 プルミエールは白翼をばさりと広げて、高らかに叫んだ。

 対するアリスは珍しく居住まいを崩して、両手を屋根につけている。


「じゃ、私から言おうかしら」

「皆さんが帰ってきてから聞かれるのが嫌なのでしょう?」

「ぐ、ぐぬう……いちいち嫌なトコ突いてくるわね、この娘……!」

「はい、ではどうぞ。粛々と聞くことにします」


 そうして二人の間での長い会話が始まった。


◆◆◆


「私ね、前の愚民を救えなかったの」


 プルミエールが最初に紡いだ言葉は、アリスの予想の斜め上を突っ切って行った。

 というのは、こんなに素直にプルミエールが結論から述べるとは思わなかったからだ。

 アリスは正直に驚いていた。


「なによ、その顔」

「いえ、少し――意外で」


 プルミエールが過去の自分の不甲斐なさを、こうしてあっけらかんと話すとは思わなかった。


「まあ、ちょっと前ならもう少し回りくどく話したかもしれないけど、それだと時間がね。聞いてる方も退屈でしょ?」

「プルミエールさんが相手を気遣うなんて……! ――あ、分かりました、あなたは偽物ですね?」

「その返しは私も予想してなかったわ!」


 驚愕に震えるアリスを見て、またプルミエールが戦慄した。


「まさかマコトさんあたりが妖術で――」


 アリスはわざとらしく顔に驚きを浮かべながらも、そのままプルミエールの方に座りながら近づいて、


「あっ、ちょっ」

「あ、でもこの胸の大きさと柔らかさはプルミエールさんのもので間違いありませんね。マコトさんですとたとえ妖術でもきっと巨乳にはなれないでしょう。魂レベルでまな板――あ、いえ、なんでもありません。今のは忘れてください」

「マコト! マコト! あんた今この世で一番不憫よ!! ――ふう。ねえ、アリス? そろそろ私もツッコむの辛いわ? マジよ? これマジに言ってるわよ?」

「ならこれくらいにします」


 アリスは話の腰を折り過ぎるのもなんだと思って、また定位置に戻った。爛漫亭の屋根の上を走って行く風が熱気を冷ましていく。


「まったく……まあいいわ。それで、えっと、どこだっけ」

「救えなかった、というところです」

「ああ、それね。オッケオッケ。思い出したわ」


 プルミエールが白翼を羽ばたかせ、居住まいを正した。


「救えなかった。――ついでに言えば、救えなかったうえに……『私が殺した』ようなものなのよ。私はね、私の至らなさで、父様も母様も、他の愚民たちも――皆殺してしまったの」


 プルミエールの声に暗鬱としたものが紛れるのをアリスは聴き取っていた。だからアリスは言葉を挟むのをやめた。

 プルミエールが満足するまでその話を聞く方に徹しようと、アリスは決心した。



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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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