17話 「暴虐の魔人」【後編】
――いつの間に……!
〈殲す眼〉では間に合わないと瞬時に判断したサレは、〈改型・切り裂く者〉を上段で横に構えてエッケハルトの斬撃に備えた。
しかし、そうして剣を眼前に構え置いた瞬間、
――また消えやがった!!
ハッとして反射的に下を向くと、そこには切り上げ体勢を整えつつあるエッケハルトの姿があって、
「速過ぎるだろ――!!」
――もはやそれ以前の問題だ。
『空中』にいたのに、どうしてこんな速度で下側に回り込めるのか。
――宙を蹴る以外に方法はないだろうに。
まっすぐに後方に下がりたいところだが、背中にはトウカの背中があった。
そのうえ、おそらくどこからか弓使いの女が自分たちを狙っているだろうという確信もあり、下手に動くこともできず、
「わらわに任せておけ」
しかし、サレの首元を下から両断する軌道を取っていたエッケハルトの大剣は、寸前のところでトウカが裏側から伸ばした刀によって受け止められた。
甲高い金属音が鳴る。
首元ぎりぎりで止まった大剣を見て額に大粒の汗を浮かばせつつも、サレはすぐさま足元のエッケハルトに向けて膝蹴りを叩き込んだ。
顔面に猛然と迫るサレの膝蹴りを、当のエッケハルトは潰れた方の手で受け、流し、再び独特のステップで後方に下がっていった。
「助かった……あの大剣をよく受けられたね、その細い腕と刀で」
「受けるどころか、わらわとしては剣ごと両断するつもりだったのじゃがな。――わらわは〈戦鬼〉じゃ。鬼人族の中でも特に肉体能力に優れておる。こう見えて、結構馬鹿力じゃぞ?」
サレはすぐ後ろからトウカが「ふふん」と得意げに鼻を鳴らす音を聴いた。
「この刀もぬしの術式剣と同じように特殊な術式を付与しておるからな。ただの大剣の一撃程度なら容易く耐えよう」
「へえ」
「それで、どうするのじゃ、サレ」
すぐに話題は戻る。
まだ脅威が去ったわけではない。
「姿さえ見えれば――と言いたいところだけど、いくらなんでも速すぎないか、あれ」
「おそらくあれは戦系神族〈舞神ユーカス〉の加護を得ているのじゃろう。その加護は〈加速〉じゃったはず。奴は舞い続ける限り加速し続ける。あの独特のステップも、おそらく『舞』なのじゃろうて」
「〈神格術式〉ってやつか」
「正確にはもっと初期段階の、な。契約している神に通ずる神界の門を開けることで、単純にその神の司る基礎的な力の流入を得ているのじゃ。あの程度は術式とも呼べぬ。舞神はあまり攻撃的な術式を持つ神族ではないが、しかしあの速度は十分に脅威じゃな」
『なんだ、知っていやがったのか?』
トウカの説明が終わるのを見越したように、どこからともなく声が響いてきた。
エッケハルトの声だった。
周りを鬱蒼と覆う木々の上方から、降り注ぐようにおりてくる声。
サレとトウカが同時に武器を構え、次の行動に対して準備をしていると、
「おっかねえ眼だなあ、おい」
不意にサレの身体の内を寒気が通過した。
上から降ってきたと思った声はいつの間にかすぐ横から響いていて。
いる。
自分の左横の方に、奴がいる。
すぐに仕掛けてこないのは余裕か、はたまた〈殲す眼〉や他の術式を警戒してか。
エッケハルトの声には喜色が含まれているように思えた。
手は潰れているはずで、当然痛みがないわけがない。
確実に激痛だ。
――俺なら泣いてる。
ぶった切られるのも痛いが、潰れる方がもっと痛い。経験論だ。
それでもなお、喜色の声を発するエッケハルトに、サレは戦慄を覚えた。
脳内でけたたましく鳴った警笛。
左横にいるのは分かっている。
振り向いて視界に収めることができれば〈殲す眼〉を使える。
だが――
「――くそっ!!」
サレが振り向きの動作を見せたその一瞬の間に、エッケハルトの気配は消え去る。
もはや単純な肉体活性系の術式などの域を超えた、異常な速力だった。
――これが〈神族〉の力か。
顔に浮かびそうになる苛立ちの表情を冷静に引っ込めて、サレは分析する。
まずはエッケハルトが大剣を振るう時に踏み込んだと思われる地面を見た。
そこにあるのは常人の踏み足では到底生まれ得ないであろう靴型のくぼみだ。
その脚力の強さを、如実に表すくぼみ。
それを見て、サレはひとまず『安心』した。
もっとも危惧すべきは、エッケハルトの受ける加速という加護が『身体時間の加速』として適用されているか否かであった。
それが身体時間の加速ならば、より厳しい戦いを強いられることになるであろうと、サレは内心で思っていた。
しかし、その説は地面のくぼみを見れば薄くなる。
身体時間の加速による超絶的な速度ならば、地面にこんな深い窪みは生まれない。
なぜなら、ただ歩く動作をとっても、それを見る周りの者からすれば凄まじい速度になりうるからだ。
こんな力を踏み込まなくても、超絶的な速度になるはずだ。
だから、この速度の理由は、
――『舞』の間のみ脚力が強くなるだとか、そういう類のものだろうか。
一つ、サレの中で疑問は解ける。
だが問題はもう一つあった。
さきほどの奇妙な動き。
より難題なのはそちらだ。
――宙にいたかと思えば、一瞬にして懐に潜り込まれた。
エッケハルトの加速が単純な脚力による加速行為であると分かったからには、さきほどの動きはおかしい。
蹴る場所がないからだ。
身体時間の加速ならば、そもそも同じ時間軸にいないのだから納得だが、そうでないなら宙を蹴らない限り不可能な動きだ。
落下速度はいくら脚力が強くても加速させようがない。
サレはそこまでを短い時間の間で導きだし――勘づいた。
「トウカ、あいつはたぶん、すでに神格術式を発動させてる。加護だけじゃあの動きはできない」
「――かもしれぬな」
「なにか知ってることは?」
「わらわは辞典ではないぞ? なんでも知っているというわけではない。それに――ちと分が悪くて集中して考えている暇もないときた……っ!」
言うと同時、再びトウカの脳天を正確に狙って、矢が飛んできた。
トウカはこれまでと同じ動作で刀を使って矢を叩き落とすが、その額には汗が浮かびはじめている。
「一方的に嬲られるのは趣味ではないのう。疲れて仕方がない」
「矢を撃った場所に留まるなんて愚策は起こしてくれないものかな」
「そこまで馬鹿じゃないじゃろ。さっきから微妙に方向ズラしてきとるしな」
「……厄介だなぁ」
――苛立たしいほどに。
サレは改型・切り裂く者を装填した皇剣を両手で握りながら、ただひたすらに打開策を頭の中で練った。
トウカの言うとおり、現状自分たちは一方的に嬲られる状態だ。
そろそろ後発したであろう第二王剣の兵士たちが追い付いてくれば、さらに分は悪くなる。
――少し見くびった。単一の能力ならばまだしも、二つの能力が合わさると厄介だ。
超速度での回り込みと、予知に基づいた迎撃。
サレは思いながら、脳裏で言葉を紡いだ。
――〈殲す眼〉。
次いで、すぐに眼の奥を刺すような痛みが走った。
下目蓋が数度、微弱な痙攣を起こした。
――駄目か。撃てて一、二発だな。
確認する。
――魔力の残量は。
身体の中を巡る仄かな温感を感じて、
――こっちはまだいける。
二つの確信を得た。
そうしてサレは臨戦態勢を敷きなおす。
「……」
悠長にしている時間もない。
自分の術式の中で最も汎用性の高い術式兵装である〈改型・切り裂く者〉でどうにかできないとなれば、
――他の特化した手段を取るしかない。
〈改型・切り裂く者〉で確実に斬り捨てられればベストだったが、分が悪いともなれば『力技』も必要だ。
力技が当たるか、当たらないか。それは賭けだ。
それほどに相手の粘着な包囲は完成されている。厄介極まりない。
だから、この包囲状況を無理やりどうにかしよう。
サレは思って、『方針を改める決意』をした。
――アリスたちはだいぶ離れた。
もう、周りを気にする必要はないだろう。
だから、
――小奇麗に戦うのはやめにしよう。
当てようと思って当たらないなら、
――もろごと吹き飛ばしてしまえばいい。
◆◆◆
『湖上の乙女』
そうサレが考えていた最中、再び天上から降り注ぐ男の声。
神格術式の起動言語と思われる言葉を発するのはエッケハルトだ。
今度こそ、サレはその姿を捉えた。
鮮明にではないが、今まで見ることすらかなわなかったエッケハルトの移動手段を確信できるくらいには目視した。
「やっぱり宙を蹴ってるわけか――」
宙空を右に左に舞いながら、徐々にこちらへ近づいてくる影。
注視するまでもなく、エッケハルトは宙を足場に見立てて跳んでいた。
「思い出したぞ、サレ。〈湖上の乙女〉じゃ。〈舞神ユーカス〉の持つ力を顕した神格術式の一つ。ユーカスの湖上を足場にして踊ったという逸話にもとづいた術式じゃ。その効力は――」
「分かってる。地面以外も奴にとっては足場になり得るんだろう」
〈舞〉は不規則で、次にどのような動作を見せるのか予想もつかない動きだった。
さらにそれが加速していく。
魔人族の眼をもってしても追いつかないほどの速度の高みに、エッケハルトが到達していく。
対して、サレは――
「まあいい。あちらも積極的に仕掛けてこないならやりようはある。――トウカ、派手にいくから、傍を離れないように」
そう呟いた。
そして――
トウカの返答を待たずして、サレは術式を『転換』した。
「術式展開――暴虐を尽くせ、〈祖型・切り裂く者〉――ッ!!」
サレのもつ皇剣に、別の術式陣が展開される。
構えていた切り裂く者の青白い光が、ふらりと大きく揺れて漂った。
「ぬ、ぬしっ? な、なにを――」
トウカがサレの身体からあふれでる莫大な魔力の奔流を感じとって言うが、サレは答えない。
これまでとは一線を画した魔力の力強さに、いったい何をするのかと問いただそうとしたときには――遅かった。
揺らめく程度の光しか発していなかった皇剣の魔力燐光が、一瞬にして、爆発的に燃え上がった。
輝かしい永晶石の刀身ももはや見えないほどに、イルドゥーエ皇剣は強い光に包まれていく。
刀身から緩やかに発散するだけだったサレの魔力の粒子が、稲妻の如き鋭さと力強さでもって、バチバチと不穏な効果音を上げて肥大化していく。
〈改型・切り裂く者〉も長大だったが、それすらも超える異常な長大さだ。
天を突いてしまうのではないかと思うほどに、刀身が空に伸びていく。
その刀身からは周囲にあるものすべてを攻撃し、殺してしまおうという残虐性さえ感じ取れた。
最初は青白かった魔力燐光も徐々に黒ずんでいき――
ついには真っ黒な稲妻のように変色していく。
「――――」
純粋に、トウカにとってはそれが恐ろしい色に見えた。
見れば、サレの右腕に刻まれた複雑怪奇な魔術式が同様の黒色に明滅している。
おそらくそれが何らかの影響をもたらしているのだろうと、トウカは漠然と予想した。
だが、いずれにしろ、トウカにサレを止める術はなかった。
「離れるな」との言を思い出し、とっさに身を低くしながらサレの腰の辺りに抱きつく。
そして、
「――っ、吹き飛べええええええええええ!!」
天を貫くように真上に構えた超大な黒い術式剣を、サレが叫びと共に前方に振り下ろした。
◆◆◆
初撃。
縦に振りおろされた〈祖型・切り裂く者〉は射線上にあった木々を木端微塵に破裂させ、その地面すらも深く抉った。
射線上のみならず、刀身から走る黒い余波によってさらに効果範囲を広げながら、無差別に周囲の存在を攻撃した。
刀剣というよりも、もはや飛び道具に近い射程だった。
半径数百メートルの空間をもろごと切り裂いたと言ってもいい。
かろうじて、縦に振りおろしただけまだ周囲の惨状は『マシ』だった。
しかし、
「――――っ!!」
追撃。
サレは振りおろした『祖型・切り裂く者』をおもむろに左脇に構えなおし、薙ぎ払うように『横』に振るった。
縦の初撃と、横の第二撃。
二撃目がいっそう周囲を焼野原に変貌させた。
その与圧で木々は吹き飛び、地は削られ、黒い刀身に直接触れたものは燃え散るように消滅した。
結果――
「森が――」
消えた。
そうトウカは目を見開いて呟いた。
◆◆◆
――ありえねえ。
馬鹿力にもほどがある。
禿げあがった森の少し奥。ギリギリ黒の薙ぎ払いが届かなかったあたりで、エッケハルトは内心に言葉を浮かべていた。
〈祖型・切り裂く者〉の初撃が振られる直前、サレの真上の空から攻撃を仕掛けようと隙を伺っていたエッケハルトは、悲鳴にも似た声を聞いた。
『逃げて』というシェイナの声だった。
木々の間を転々としながら、動きを牽制するように矢を打ち続けていたシェイナ。
彼女は契約している神族の加護によって、ごく短い未来を見通す力を得ていた。
彼女が契約している神族は戦系神族〈狩猟神アルテミス〉。
その加護は、獲物と認知した動物の動きの先を見る能力。
ゆえに、彼女はサレの動きの先を認知していた。
――甘かったのは俺たちってか……
正直なところ、エッケハルトとシェイナは戦闘中に安堵を得ていた。
自分たちの神格術式に、サレたちが嬲られはじめていたからだ。
「やれる」そう思った。
術式さえ使えれば、魔人とて同格になる。
かといって、勝負を急げば思わぬミスをするかもしれない。
お互いに力を完全には測れていないのだから、細心は必要だと思った。
いずれにせよ、向こうは嬲られ始めていたし、その体制をわざわざ変える必要もないと思ったのだ。
ゆえに、徐々に追い詰めていく段取りだった。
返り討ちは許されない。
ここで異族を逃がしてしまえば、次の相対までに力を蓄えさせてしまうかもしれない。
しんがりを務めていた魔人族と鬼人族を消すだけでもお手柄だ。
だから、慎重に。冷静に。
しかし、それが仇となった。
――くそ……魔人の『全霊の一撃』を引き出しちまった。
まるで『暴虐の化身』だ。
策などを必要としない、圧倒的な暴力による一撃。
「――シェイナ、生きてるか」
エッケハルトは腕に抱えていたシェイナに語りかけた。
エッケハルトはシェイナが危機を報せた瞬間、攻撃を中断し、即座にシェイナが潜んでいた木々に方向を転換した。
急いで近寄り、「なんで来ちゃったのよ」と叫ぶ彼女を抱きかかえて、その場から可能な限り離れた。
舞神ユーカスが求める舞の基本形とその歩調を崩さず、しかし可能な限り急いで、エッケハルトは宙を舞った。
上へ上へと、空中を足場にしながら跳んだ。
初撃、適当に振りまわされた縦の一撃は、あと数歩横にズレていたら直撃を食らっただろうという位置を下り抜けていった。
そして二撃目、横に振り回された一撃はより高い宙を跳んでいたことで避けきれた。
しかし――
「シェイナ、みんな死んじまったよ」
体勢を立て直していた第二王剣の兵士たちは『喰われてしまった』。
あの黒い剣に。
上に逃げて、やっと地面に降りて、そうして振り返ったら、誰もいなかった。
「ん……」
すると、エッケハルトの腕の中でシェイナが身じろぎをした。
それから少し経って、ついに目を開ける。
シェイナは呆然としながらも紫の前髪を手でどかし、周囲に視線を巡らせていた。
「…………あたしたち、生きてんの?」
「ああ、生きてるのは俺たちだけだ」
「……そっ……か……。――んで、ここどこよ」
「俺も必死だったからわかんねぇ。ケツ振って必死で逃げてきたんだよ」
「ざまぁないわね。あんたも――あたしも」
「……そうだな。――そろそろ降ろしていいか? 片手じゃこれ以上支えるのもつらくてなぁ」
「そういやあんた、片手潰されてたわね」
シェイナはとっさに身をひねってエッケハルトの腕から転がるようにして地面に降りた。
弓を引き続けてきた両腕は疲労で重い。
それでも、腕を叱咤して自分の身体を支え、立ち上がった。
とりあえずは歩ける。
そう思い、大きく伸びをしたあと、エッケハルトの方を振り返った。
そこでようやく、シェイナはエッケハルトの状態が思っていた以上に芳しくないことを知る。
「あんた……腕が――」
「はは、持ってかれちまったよ」
〈殲す眼〉によってつぶされていた方の手が、上腕を少し残して消え去っていた。
縦に振られた『祖型・切り裂く者』の初撃。
直撃はしなかったものの、その刀身はエッケハルトの腕をかすめていた。
かすめ、そして抉り取っていった。
腕を。
「わ、笑ってる場合じゃないっての!」
シェイナはとっさに自分の服の袖と裾を破り、紐状に編んでエッケハルトの上腕を縛りあげた。
これ以上の失血は防がなければ。
「――ああ……くそぅ……せめて鬼人族だけでも倒しておければよかった。今から行けばまだ間に合うかな……」
「やめとけよ、シェイナ。――見てみろ、向こう側」
エッケハルトが無事な手で指を差した。
ちょうどシェイナの真後ろの方角。
シェイナはエッケハルトの指に従ってその方向を見る。
そこには――
「竜族――」
巨大な、爬虫類質の頭をした『怪物』が飛んでいた。
さきほど見た人型の姿ではなく、完全に〈竜〉として化身した姿だ。
全長は十数メートルに及ぶだろうか。
翼を広げれば、とてもではないが十数メートルでは足りそうもない。数十の世界だ。
黒色の鱗を身に纏う竜。
「魔人と鬼人を助けるために、完全な竜体に化身して戻ってきたらしい。いずれにせよ、俺たちには時間も勝ち目もなかったな。――――しくじった。アテム王剣の一部隊程度、奴らはものともしない。竜体化身した竜族の竜砲でも食らってみろ。一部隊程度、木端微塵だ」
エッケハルトは残った方の手を握り、開き、何かが破裂するような動きをあらわしてみせた。
「化身するだけの時間を与えた瞬間――負けだ。そのうえ、対城級の術式兵装を振り回す魔人族だろ? ――あの糞眼鏡たち、どうやって撃滅したんだよ、こんな異族どもをよ。冗談抜きで『化物』じゃねえか」
「知らないわよ。あの糞眼鏡だって血だらけで帰ってきたじゃない、かなりの犠牲は払ったんでしょうよ。どちらにしても、あたしたちには荷が重かったわね。戦系神族と契約していてもこれだもの」
シェイナがそう言って俯くが、しばらくして顔をあげて言いなおした。
「――でも可能性も見えたわ。今回は負けたけど、しかるべき戦力と神族の力があれば、あたしたちだって正面きって戦える。一時的とはいえ、行動を縛るところまでいけたんだから」
「過信するなよ、シェイナ。俺たちが成長するのと同じように、『あいつらも成長する』。戦慣れしはじめたら厄介だ」
「珍しく弱気じゃない。戦馬鹿のくせに」
「うるせえよ。集中が切れてんだ。――腕がいてえ。弱気にもなるさ」
エッケハルトがうんざりしたように眉をひそめ、首を左右に振って言った。
「じゃ、弱気になって死んじゃう前に帰るとしますか。死んだあんたを王都まで運ぶのも面倒だからね」
「言うじゃねえかよ。……はあ、帰ったら糞眼鏡の小言を聞かねえといけねえってか。気が重いったらありゃしねえ」
「でも帰らないわけにもいかないでしょ。引き際を見極めるのも重要じゃない」
「お前は正論ばかりだな」
そう言ってエッケハルトは残った腕で体を支えて立ち上がり、踵を返して歩きはじめた。
その後ろからシェイナがついていく。
二人の後方、その向こう側では、巨大な竜がちょうど地上に降りようとしているところだった。