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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第十一幕 【愛憎:私たちの世界は狂っていた】
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173話 「悲劇で終わらせないために」【中編】

 先に動いたのはジュリアスだった。


「――アルテミス!」


 それは近頃では聞き慣れた名だった。

 セシリアが闘争の時によく呼んだ神族の名でもある。

 ジュリアスの顔横に、一瞬で神界術式が広がった。

 ジュリアスからの術式描写ではない。

 アルテミスの方から門を開いたのだ。

 テフラ王族に多く見られる、術式描写時の悠長さはまるでなかった。

 まさしく〈神域の王子〉の称号にふさわしいやりようである。

 それはジュリアスだからという例外でもあった一方で、神族が自らの傲慢を捨てたがゆえの、『協同』であるようにも見えた。

 

「『目』を貸してくれ。対価は払う」

『では、のちに供物を』

「捧げよう」


 ジュリアスがうなずくと、神界術式の中からするりと出てきた片手が、一瞬だけジュリアスの目元を覆った。

 隙にならない一度の瞬きの間に、それは取り払われる。

 ジュリアスの瞳に術式紋様が明滅していた。

 そしてすぐさまそれが消える。


「――アルテミスか。未来を見るのだったな」

「ええ。――行きますよ」


 宣言し、ジュリアスが手のひらを開いてサフィリスに向けた。


「――神空砲(しんくうほう)


 言霊。

 空の名を間に挟む言霊は、〈天空神〉の術式に多い。

 サフィリスがなんともなくジュリアスの術式起動言語で術の正体に見当をつけた直後、それは来た。


 空気の壁が、サフィリスの前面から襲い掛かってきていた。


 広い。巨大だ。

 空気が揺らいだのが、目に見えるのだ。

 ジュリアスの手のひらのあたりからこちらへと、巨大な透明の波がサフィリスに向かって突き進んでいた。

 すべてを巻き込み破壊していく空気の波のごときそれは、気付いた時にはサフィリスの胸の前まで迫っていた。

 そして――


「ハハハ」


 サフィリスは、『自ら』その空気の波に腕を突っ込んだ。

 自分から攻撃に当たりに行ったのだ。

 ジュリアスでさえも、その行動の真意は計りかねた。

 空気の波に腕を突っ込んだサフィリスは、腕から伝って身体全体を襲う衝撃に身を任せ、白のグリフォン共々後方へ吹き飛ぶ。

 街路脇の民家の壁に激突し、がらがらと白石を背中で崩しながら、それに埋もれた。

 突き出した腕は見ていられないほどにひしゃげていた。

 

 ――狂ってる。


 ジュリアスは『言うな』と自分を叱咤したが、どうしてもその言葉を心に浮かべずにはいられなかった。

 だが、ジュリアスとて、もはやその程度で物怖じはしない。

 追撃の手を打つ。

 

「――ソル!」


 神格槍を召喚し、壁に激突してだらりと首を下げているサフィリスに向けて投擲する。

 狙いは腹部。

 死に至る傷はダメだ。

 しかし、少しの傷ではサフィリスは止まらない。

 少し前、奇遇なことに、〈シルヴィア〉が治癒術式を使えることを知った。

 彼女もおそらくこちらに向かってきているだろうとの予測はあった。

 重傷の場合、彼女に対価でもなんでもを渡して、たとえ命を求められようとも、ジュリアスはサフィリスを治すつもりでいたのだ。

 そうでもしないとサフィリスは止まらない。

 その確信は今に得た。


 投擲する。


 迫り、『刺さる』。


「なぜ――」


 思わずジュリアスが悲痛な声をあげた。

 分かっていても、『見るに堪えない』。

 『姉』を、槍で突き刺すのが、どれほど甚大な心の傷を生むのか、ジュリアスは初めて知った。

 自分の手でそれをするのが、どれだけ精神を摩耗させることか。


 だがサフィリスに避ける動作など見て取れなかった。


 アルテミスの未来視にも、サフィリスの先の動きは映らない。

 サフィリスは動くつもりがないのだ。


「なんで……避けないのですか……!!」

「避ける必要が……ないからだ」


 槍に貫かれ、腹から血を流し、ひしゃげた腕をだらりとさげて、サフィリスが笑みで言った。

 ジュリアスには彼女が何を意図してそんな言葉を述べたのか分からない。


「まあ……これ以上は――さすがに死ぬか。……いいだろう、お前の疑問を――解消してやる」


 すると、サフィリスはひしゃげていない方の手で、おもむろに腹部に突き刺さった槍を無理やり引き抜いた。

 まるで痛みなどないかの如く、淡々と抜く。

 ずりゅり、とそんな生々しい擬音が聞こえてきそうな光景が、ジュリアスの目に映った。

 赤い液体が噴き出、思わず「これ以上はだめだ」と駆けよりそうになる。

 だが、


「――治せ、〈アスクレピオス〉」


 サフィリスが名を紡いだ瞬間、彼女の頭の上に神界術式が広がった。

 同時、そこから出てきた『杖を持った手』が、その杖でサフィリスの血にまみれた腹部とひしゃげた腕を軽く叩いていく。

 すると、杖の叩いた場所から神格術式が広がり――そして、


「――治っ……た」

「〈医神〉の力だ。お前でさえも知らないだろう。アスクレピオスは極端に傷を負った者にしか手を貸さないからな。深い傷を、何度も負った者にしか――姿を見せない」


 医神。

 今の効力と、その名から察するに、おそらく文明系神族だ。

 ジュリアスでさえも知らない神の名だった。

 ジュリアスは基本的に寄ってくる神族については熟知している。加えて、その派生的な神族に関してもおおよその知識はあるが、まったく会ったことのない神については知らない。

 神族自身が驚くほどにその分化が進んでいる現状では、すべてを把握することは困難だ。


「私はこの神の力を借りるために、何度も自分の身体を傷つけた。――ハハ、死にかけたぞ。お前が王神の力を使う時の気持ちが、少しだけ分かった気がする」


 サフィリスの高らかな笑いが響いた。

 ジュリアスはその間に、再び臨戦態勢を敷く。

 あの傷を治されるとなると、どうすればいいのだろうか。

 

 ――。


 まずい。

 あれ以上をできないこともないが、それだとサフィリスが即死する可能性がある。

 ジュリアスをジレンマが襲った。


 そんな内心を知ってか知らずか、今度はサフィリスが片手を開き、ジュリアスに向けた。

 そして紡ぐ。


「ジュリアス、お前が〈天空神〉の力を使うことを――『禁ずる』。〈テミス〉、臨時の法を作れ」

『……わかりました』


 意識の間隙を縫って、思わぬ言葉がジュリアスの耳を鋭く穿っていた。


◆◆◆


『テミスッ! 貴様ッ!』


 次に場に響いたのはディオーネの声だった。

 ディオーネはジュリアスの横に神界術式を開いて神界から出てきており、その少女の身体を大きく揺らしながら、サフィリスの横に広がった神界術式に抗議の声を飛ばしている。

 すると、その方向から声が返ってきた。


「ごめんなさい、ディオーネ様。でも、私がこの子を見放したら、この子は無秩序な狂気に呑まれてしまうのです。これで、これだけにしますから、だから――」


 テミスは地に届くほどの長い白髪を垂らして、神界術式の中から現れた。

 そうして右手に持った『羽根ペン』を滑らせ、空中に神語で文字を描いていく。


「ほんの少しの間だけ、私の全部の力でもって、ジュリアスとディオーネ様の間の契約を無効化します」

「待て!!」


 ディオーネの怒号。

 少女の身体から放たれるのは、その可愛らしい姿からは一線を画した高位神族の威圧。

 空気を伝って行く威圧の波動に、周囲の者たちは背筋をゾっとさせた。

 テミスも同じように、その身体をビクリと反応させたが、それでも右手の羽根ペンの動きは止まらなかった。

 ディオーネが飛び、テミスのペンを止めるべく向かうが、


「――調印」


 直後、ディオーネの身体が元の神界術式に吸い込まれていった。

 為す術もなく、ディオーネは「ジュリアス!」との叫びを残して、姿を消す。

 ジュリアスの存在を媒介にして神界術式を広げていたディオーネは、そのジュリアスとの契約を無効化され、否応なく姿を消さざるを得なくなった。

 まるで別の力に引っ張られるようにして消えていったディオーネを見て、ジュリアスも言葉を失う。


「私も、これ以上は無理です。サフィリス、私は私の調停の矜持に(のっと)ってあなたに力を貸しました。でも、今だけはその境界線を越境して、言わせてもらいます。――狂気に(すが)ってはだめですよ、サフィリス」

「もういい、行け、テミス」

「――わかりました」


 煩わしそうにサフィリスが手を振ると、テミスはその場から消えた。


「さあ、ジュリアス。お前の使い慣れた最大の武器はなくなったぞ。どうするのだ。――王神の力を使うか? 使いたいなら、使えばいい。私はそれとなく、お前が王神の力を使うのを待っているのだ」


 サフィリスが両手を広げ、天を仰ぎながら楽しげに言った。

 まるでそこに何かがいるかのごとく、広げた手を今度は天に差し伸べ――


「さあ、まだまだ面白いものを見せてくれるのだろう、ジュリアス。もしかしたら、父上も見ているかもしれないな。キアル兄様も、あの世から見てくれているかもしれない」


 再びジュリアスに視線を向けた。


「ほら、もっとだ、ジュリアス。――『私の可愛い弟』」


 その目はなぜか、優しげだった。


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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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