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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第十一幕 【愛憎:私たちの世界は狂っていた】
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171話 「来たれ、愚者よ」【後編】

 アリエルの中央通りは混乱を極めていた。

 中央通りは幅の広い街路であったが、そのいっぱいにまで銀鎧の騎士と巨大な有翼獅子(グリフォン)が広がっている。

 そしてその隙間を、メイド服に身を包んだ女たちが駆けていた。

 〈傍に仕える者(レストニア)〉ギルドのメイドたちだ。

 すれ違いざま、迎撃。

 メイドたちは小さな得物を手にもって、銀鎧の騎士たちと交戦している。


 隣家の屋根には派手なローブを着こんだ晶人族たちが登っていて、上から隙を窺っていた。

 その腕は精錬された鉱石のような結晶に覆われていて、腕そのものが一振りの鋭い刀剣のようだった。

 〈烈光石〉の晶人族たちは、ギルド長〈ミーナ・ルーナ〉を中心に、グリフォンたちに襲い掛かっている。

 銀鎧の騎士と剣戟を交えるのは短剣を両手に持ったメイドたちであったが、グリフォンが空へと飛びあがらないように抑え込んでいるのはミーナたちであった。

 翼のない彼女たちは屋根に登り、そこからの跳躍を繰り返すことで、なんとかグリフォンたちの飛翔を抑え込んでいる。

 だが、


「結構やりますね、あの銀塊ども……!」


 ミーナが小さくつぶやいたとおり、陸戦における有利は銀鎧の騎士たちにあった。

 メイドたちも軽業師のような素早い動きで迎撃をしているものの、単純に数が足りなかった。

 両手の短剣を振り回しながら牽制をして、地上に押さえつけておけるのは、せいぜい一人につき三人が限度のようだ。

 彼女たちは本当にメイドなのかと疑たいくなるくらいに戦闘力に優れていたが、分が悪かった。

 徐々に陸戦の抑え込みが緩くなっていって、空に昇ろうとするグリフォンたちが増えてくる。

 その背に乗る銀鎧の騎士たちも、彼女たちが肉弾戦に特化していることを理解し始めて、空からの一方的な嬲りに転化しようとしていた。

 そうして二、三匹のグリフォンがついにミーナたちの跳躍撃を潜り抜け、空へと昇る。


「ハハハーー」


 一部の銀鎧の騎士たちから「してやった」というような喜色に彩られた笑い声が漏れた。

 フルフェイスの兜の下から、くぐもった声が響く。

 直後、


『――天空圧』


 〈神域の王子〉の声が、その笑い声をかき消していた。

 天空からの圧力。

 それはその場一帯に無慈悲に降りそそいだ。

 メイド、晶人族、銀鎧の騎士、グリフォン。

 どれに対しても平等に、天からの意地悪な贈り物が降りそそいでいた。


 ジュリアスは敵味方が入り乱れている状況に構わずに、天空神の術式を撃ったのだ。


「――」


 逆に言えば、ジュリアスは今だからこそ撃っていた。

 交戦直後にもジュリアスは天空圧を撃てたが、あたり一帯にそれを撃つにも、まだ『アリエルの住民』がいた。

 しかし、今はもうその姿がほとんどない。


 ――ありがとう、カイム兄さん。


 ジュリアスの目は、住民をひとり残らず街路から非難させるカイムの姿を捉えていた。

 サフィリスの一撃からミーナに救われ、ほんのわずかの間茫然としていたカイムであったが、


 ――本当に、兄さんは誰よりも優れているよ。


 カイムの立ち直りは早かった。

 立ち直り、今自分がすべきことを淡々と為したのだ。

 交戦には加われない。むしろ、加わればジュリアスたちの重荷になるという事実を、カイムは真正面から受け止め、受容していた。

 男としてはあるいは情けなかっただろう。

 兄としても、情けなかっただろう。

 それでも、カイムはその事実を受け止め、それでいて立ち直った。

 自分にもできることがあると、理性を活気立たせ、道を選択し、行く。

 自分の思う正道を、カイムは些末な羞恥に構わず突き進んだ。


 カイムは決して超人ではなかった。精神的に参ることだってあるし、意気が折れることもある。

 ジュリアスの決意を察知した時も、そしてジュリアスの命が尽き果ててしまう可能性に気付いた時も、カイムは意気が折れかけた。

 だが――


 カイムは折れても立ち上がる。


 折れても折れても、カイムは立ち上がる。

 『テフラ王族としての才気』に恵まれなかったカイムは、兄弟の中でも特に理不尽な境遇を辿ってきた。

 普通ならさすがに立ちあがれないだろうと思う境遇にあっても、カイムは立ち上がってきた。

 ジュリアスはそれを知っている。

 ゆえに、ジュリアスはカイムこそが誰よりも『人として優れている』と思っていた。

 超越者でも、超人でもない。

 だが人としての最も憧れるべきは、きっとカイムのような人間なのだろうと、ジュリアスは思った。


 最後。

 小さな子供の一人を肩に抱え上げ、カイムが街路の横道に抜け出ていく。

 その途中、カイムが一度だけ振り返り、ジュリアスを見た。

 ジュリアスもカイムの視線を確認して――うなずく。


『サフィリスを頼む、ジュリアス』


 言葉は届かなかったが、それでもカイムの目がそう言っていた。

 ジュリアスはその思いを受け取り――そして『天空圧』を撃った。


 グリフォンが一瞬のうちに地面に叩き付けられる。

 空からの見えない圧力撃に叩き伏せられ、背に乗せた騎士もろとも地に墜ちた。

 加え、メイドたちも片手を地について上からの圧力に耐えている。

 屋根の上の晶人族たちもそうだ。

 ただレヴィとサフィリスは、それにも動じていなかった。

 ジュリアスは現状で銀騎士たちに有利を与えないため、サフィリスではなく〈銀旗の騎士団〉を相手にすることに決めた。

 そうなれば、サフィリスはレヴィに抑えてもらうしかない。

 しかし、戦闘という側面で二人の関係を推し量るに、レヴィには分が悪いように思えた。

 レヴィは単純な戦闘力に大して優れていない。


 ――サレ、早めに来てくれると――助かるよ。


 ジュリアスは天空圧を撃ち終え、再び前を見据えながら思った。

 騎士たちの視線がこちらに一斉に向くが、その間にメイドや〈烈光石〉のギルド員たちも起き上がって、再び騎士に襲い掛かる。

 その差。

 銀騎士たちは術者を睨み付けるが、同じく不意の一撃を見舞われたメイドや晶人族の方は、術者を見なかった。

 逆に、少し自分を戒めるように唇を噛んで、すぐさま銀鎧の騎士たちに攻撃を仕掛けにいった。

 メイドや晶人族たちは、ジュリアスからの無差別の天空圧の意味を察していた。

 『仕方ない』。

 そして、

 『不甲斐ない』。

 自分たちがこの騎士たちを抑えきれない場合には、あの〈神域の王子〉が『力添えしてくれる』。

 彼女たちの認識はそういうものだった。

 闘争に自らで参加していた彼女たちは、王族の連帯ギルドである自負と覚悟から、それを許容する。

 こういう状況に陥る可能性を込みで、彼女たちはそれぞれの王族にそれぞれの矜持で付き従っていた。

 ゆえに、


「レヴィ様の弟君の手を煩わせてはなりませんよ! メイドとして主の御兄弟にもしっかりと気を回さなくてはなりません!」


 ふと、交戦が再開された大通りの中心から、〈傍に仕える者〉のギルド長〈ティーナ・エウゼン〉の声が響いていた。

 彼女は右手に紫水晶のような華美な光を放つ刀身の短剣を握り、左手にもう一本同じような短剣を握って、銀鎧の騎士たちに刺突を繰り出していた。

 近接から刺突まで、素早く、流麗な動きだ。歴戦の猛者であろうことを見る者に感じさせる動き。

 その鼓舞に呼応するように、他のメイドたちが動きを活発化させる。

 再び交戦が激化しはじめた光景を見て、ジュリアスは小さくつぶやいた。


「いつも頼ってばかりで悪いけれど――早く来てくれ……サレ」


 この状況が長く続くのは、あまり良くない。

 レヴィとサフィリスの対峙もある。

 〈銀旗の騎士団〉の力量が思った以上に高い。これだけの数のグリフォンを揃えていたことも彼らの力量を高く感じる理由の一つだろう。

 単体でさえ空を飛ぶ生物として上位の存在であるのに、それに手練れの騎士が槍を構えて乗っているとなると、かなり厄介だ。

 ジュリアスはできればレヴィの代わりにサフィリスと対峙したかった。

 だがこちらはこちらで、放っておけない。

 だから、


 ――愚者たちよ。


 今こそ力を貸してくれ。

 都合が良いとは思いながら、ジュリアスは己の連帯相手たる彼らに、心の中で力を求めた。

 そして――


「――来た」


 ジュリアスが何かを確信し、声をあげた。

 ジュリアスの耳をとある音が穿っていた。

 

 大気を叩きつける音。

 大翼が、空気を打ち付ける音。

 次いで、


「――――」


 それは『咆哮』であった。

 背筋をゾっとさせる、威圧の咆哮。

 思わずビクリと身体が震えて、周囲に危険がないか確かめてしまう。

 大丈夫、気のせいだ。そう思って、しかし、直後――


「――――!!」


 先ほどより鮮明に、濁音から始まる強烈な咆哮が、その場を襲っていた。

 声のみでそれは場を支配する。

 騎士も、メイドも、晶人たちも、動きを止めた。

 きっと何かが来る。

 恐ろしい何かが。

 その場にいた誰もが思った瞬間――


 大通りの空を、『黒』が高速で飛翔していった。


 黒い色が、右から左へと駆けていった。

 蒼い空を横切って、黒い物体が横に薙ぎ払われていった。

 見えたのは巨体。大きな二枚の翼。

 そして、黒い鱗。

 力の化身として代表される生物に、それはよく似ていた。

 一瞬の横切りでとっさに全容はつかめなかったが、目の良い者はその生物の頭部に生えていた二本の捩じり角も視認していた。

 加えて、大きな影を作りながら上空を轟音と共に飛翔していった存在から、もう一つの物体が落とされたのを見ていた。

 慣性の勢いを受けて斜めに投擲されるかのように落ちてきたそれは、人の形をしていた。

 それは人でありながら、背に猛炎の翼を生やしていた。


 巨大な黒い炎の翼。


 同じ黒の髪を風に揺らし、その赤い瞳は一心に眼下を見定めている。

 男だ。

 徐々に明らかになるその者の姿態。

 どちらかといえば優男のような甘い顔をしているが、しかし、その男の放っている威圧は、まるでその形容とはかけ離れていた。

 大通りにいた者たちは、何者をも寄せ付けない超越的な『怪物』の姿態をその男に重ねていた。

 怪物。

 化物。

 超越者。

 どれでも良かった。

 とにかくそれが『暴力の権化』であると表現できれば。


 『魔人』だ。

 

 『魔人』が、天空から大通りのど真ん中に降ってきていた。


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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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