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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第十一幕 【愛憎:私たちの世界は狂っていた】
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168話 「儚き欲望の末路は」【前編】

 ――シルフィードに手を加えた。


 ジュリアスはそのレヴィの言葉を聞いて、そして目の前の光景を見て、一つの事実を察する。

 手を加えた。――どんな風に。


 ――なぜグリフォンが――空都アリエルにいられる。


 いられる、というやや捻くれた表現であったが、つまるところ、


「なんでシルフィードによって空の道を断たれているアリエルに――グリフォンがいる」


 そういうわけだった。

 乱風の壁でもある〈シルフィード〉は、外界からの飛翔侵入を許さない。

 ただ唯一、あの神族にすら匹敵する黒竜――ギリウスによって単独で突破されたが、さすがにあんなものは多く存在しない。

 グリフォンは飛翔種の中でも上位に食い込む飛翔能力を持っていたが、それでもなお、あのシルフィードを単独で突破するほどの力はない。それほど神族によって生み出されたシルフィードの壁は厚かった。

 単純に転移陣によって運ぶにしても、


 ――数が多すぎる。


 アリエルでは基本的に人型種以外の生物は少ない。

 いちいち転移陣を通すのに手間とコストが掛かるからだ。

 またそういう生物を飼う環境的に、アリエルは適していなかった。ナイアスのようになんでもござれな商店露店があるわけでもなく、餌を買うにもいちいち湖都に下りなければならない。

 そういういろいろな要素があって、アリエルにはグリフォンのような非人型の生物が少なかった。

 だから、こんなにも膨大な数のグリフォンがいればたちまち目立つ。

 なのに、今まで話にも聞かなかった。


 なら。


 おそらく、『今』呼び込んだのだ。

 どうやって。


 ――シルフィードを越えさせて。


 シルフィードは――風の防壁は――


「弱まったのか……!」


 弱められたのだ。

 レヴィのたったあれだけの言葉から、ジュリアスは推測し、またサフィリスの顔に浮かんだ表情から、その予測に確信を得た。


 サフィリスが何らかの手でシルフィードに手を加え、風の防壁を緩めた。


 そしてその緩まった風の壁を超えさせて、グリフォンを呼び寄せた。

 グリフォンが越えられる程度に、シルフィードが弱まってしまった。


「姉さん――まさかあなたは――」


 ジュリアスの思考はまだ巡る。

 まだ肝心の答えが残っているような気がした。

 シルフィードはある意味、『対外国家からの防壁』でもあった。

 空都アリエルは空に浮いている。

 端的に言ってしまえば、『的』なのだ。

 地形という壁がない。

 下から狙い打ちし放題なのだ。

 ゆえに、〈シルフィード〉が地形の壁の役割をこなしていた。

 あれは『防壁』だった。空の要塞の壁であった。

 それが、


 なくなった。


 これは現状に際して、恐ろしい事実であった。


 アテム王国との明確な軋轢が生じたところで、敵前において、盾を投げ捨てるような行為だ。


「そのまさかだ、ジュリアス。私とて『例の話』は聞き及んでいる」


 それでもなお、この〈狂姫〉はやったのだ。

 なんということだ。

 これではまるで――


「あなたはアテム王国に寝返ったのですか……!」


 ジュリアスの悲痛な叫びが、アリエルの大通りに響いていた。


◆◆◆


 ――違う。まだ認めるな、ジュリアス。


 直後、ジュリアスは自分に言い聞かせていた。

 今のはダメだ。

 今のは言うべきではなかった。

 言霊によってでさえ、道を閉ざしてはならない。

 まだサフィリスは、


 ――引き戻せる。


「どうだろうな。私は私で、よく分かっていないんだ」


 ジュリアスはそのサフィリスの声を聞いてハっとした。

 今までそんな『弱弱しい言葉』を、サフィリスから聞いたことなどなかった。

 自分の行為に惑うような言葉を、あの姉が言うはずがない。

 狂姫は享楽主義者であったが、自らの行いには責任を持っていたはずだった。

 後悔をしないのだ。

 戦姫セシリアにも似たところがある。

 「あの時の自分があの道を通ったことに後悔は抱かない。反省こそすれど」闘争のあとのセシリアはよくそんなことを言っていた。

 サフィリスも同じだ。

 同じはずだった。


「姉さん……?」


 ジュリアスは顔をあげ、グリフォンの上にいるサフィリスの顔を再び見た。


 彼女は微笑を浮かべていた。


 色のない微笑。

 ただ笑みの形に変化しただけの、空虚な。

 それは享楽の笑みですらなかった。

 

「なんでだろうな、ジュリアス」


 ――。


 ジュリアスは即座に言葉を返せない。

 ただそんな言葉をつぶやくサフィリスを目にして、


 ――あ。


 狂姫が壊れてしまいそうな印象を、胸に抱いていた。

 触れればボロボロと崩れ落ちてしまいそうな危うさ。

 儚さとも違う。

 『危うい』のだ。


「姉さん、『待って』、姉さん」


 なにを待って欲しいのかすらジュリアスには分からなかったが、なぜかその口から「待って」という言葉が漏れていた。

 とにかくサフィリスには動かないで欲しかった。

 そこで少しでも動いてしまえば、彼女がそのまま崩れてしまいそうな気がしていた。

 それは後方にいたレヴィも同じようで、レヴィは動きを止めて目を丸めていた。

 自分の動きに反応してサフィリスが動いてしまわないように、呼吸すらを止めていた。

 そして、


「私を止めたいか、ジュリアス、レヴィ。――ハハハ、私を止めたいなら止めてみろ! 止められるのなら――『止めてくれ』!!」


 サフィリスの身体が咆哮と共に揺れた。

 声が力を持つ。


「私はな! 今なんでもしてしまえそうなのだ!! 『父上』の視線を集めるためならば、私は国すらを売って見せよう!!」


 叫び。

 サフィリスが剣を空に掲げ、「行け、銀旗の騎士よ」そう告げた。


「やめてくれ姉さん!!」

「サフィリス!!」


 怒号、ざわめき。

 サフィリスの叫びと、ジュリアスとレヴィの怒号と、アリエルの民のざわめきが、混ざった。

 サフィリスの後尾に控えていた銀鎧の騎士たちが、一斉に動き出す。

 剣を抜き、前へ歩み出でる。

 半分はジュリアスに向かって、もう半分はレヴィに向けて。

 剣の切っ先が、ジュリアスに向けられる。

 まだジュリアスは交戦への動きを見せない。

 ただジュリアスは、サフィリスの剣の切っ先を前にして、その内心において、目まぐるしい逡巡を経ていた。

 サフィリスの先ほどの言葉を聞いて、ジュリアスは初めてサフィリスの本質を理解した。


 サフィリスの狂気の源泉がどこにあるのかを、その日ジュリアスとレヴィは知った。


 彼女の狂気の行先は――『享楽』ではなかったのだ。


◆◆◆


 カイムはジュリアスとレヴィに遅れて、その場に到着しようとしていた。

 まだ駆けている途中だが、サフィリスの叫びを耳が捉えていた。

 そうしてカイムも知る。

 知ると同時に、


 ――なぜ私は気付いてやれなかったのだ。


 〈キアル第一王子〉を除いて兄妹の中で最年長たる自分を、強く非難した。

 サフィリスの狂気の行先が享楽ではないことに、カイムもその時気付いた。

 足が前に進む。

 彼女がいる場所に到着するまでの短い時間で、カイムもジュリアスと同じく過去の記憶を巡った。

 まだ幼かった自分たちの姿から、そして最近の姿まで。

 追憶。

 出来事がようやく見えない糸でつながれて、


 ――サフィリスは……


 カイムはサフィリスの本質を理解した。


◆◆◆


「『父』を求めたのか――」


◆◆◆

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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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