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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第十一幕 【愛憎:私たちの世界は狂っていた】
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167話 「風の異変と金色の狂姫」【後編】

 ジュリアスがサフィリスより先に西側転移陣に姿を現したのは、完全に偶然だった。

 サフィリスの動きを察知したわけでもなく、単純にニーナのことを他の王族にも伝えようと、そう思って移動してきたのがサフィリスより早かっただけだった。


「――さて」


 ニーナはまだ目を覚まさないが、シルヴィアや〈凱旋する愚者(イデア・ロード)〉のギルド員が世話を見てくれている。

 傷は治ったが、体力は戻っていないだろうと思って、大事をとって爛漫亭に置いてきたのだ。

 サレのように『犯人』を捕まえるべく出ていったギルド員たちとはすれ違う形だったが、いつ帰って来るかも定かではなかったため、王族への報告を優先した。

 それがある意味功を奏していた。


 ジュリアスは西側転移陣のある石宮殿の中を歩き出し、アリエルの街に入っていく。

 宮殿門をくぐって街の中に一歩足を踏み入れた頃になって、ふとジュリアスの前に来訪者があった。


「ジュリアス殿下!」


 白黒のメイド服に身を包んだ侍女が数人。ジュリアスの前に走り出で、息を切らしながらその名を呼んでいた。

 〈傍に仕える者(レストニア)〉のギルド員だ。

 その侍女たちがレヴィの言によってやってきたであろうことを、ジュリアスは察した。

 そうでもなければ彼女たちがこうして自分の前に訪れることはない。レヴィ自身に用があれば、レヴィは自分で動くだろうとの確信があった。

 つまり、


 抜き差しならない状況であることを、ジュリアスに自然と報せていた。


「どうしたんだい、そんなに急いで」


 相当に急いで走ってきたのだろうと思わせるほど、メイドたちの息は荒かった。

 そんな中で、いち早く呼吸を整えたメイドの一人が、ジュリアスに告げる。


「サ、サフィリス殿下が――!」


 ただ名を紡いだだけだった。しかし、メイドの指がアリエルの街の奥に向いている。

 それだけでジュリアスには十分だった。

 

 ――向こうに――サフィリス姉さんが――


 ジュリアスは走り出す。

 メイドたちも息を整えつつ、なんとかといった体でジュリアスの後尾についた。

 だが、直後、ふと思い立ってジュリアスは振り向き、メイドたちに言伝を頼んだ。


「ナイアスの〈凱旋する愚者(イデア・ロード)〉にこのことを伝えてきてくれ! できるだけ早く!」

「はっ、はい!」


 ジュリアスの声を受け、その背を追おうとしていたメイドたちは急停止し、反転。

 西側転移陣を使って湖都ナイアスの〈凱旋する愚者〉に状況を伝えに行くべく、転移陣のある宮殿の方へと走り出していた。

 ジュリアスはそのメイドたちの細いを背を見て、ひとまず今できることはすべてしただろうと確信する。

 メイドたちがこうしてここに来たことを考えると、おそらくレヴィはレヴィで動いているだろう。

 あとは自分もサフィリス本人のところへ向かって、自分自身にできることを行うべきだ。


 ジュリアスは再び走り出す。

 アリエルの大通りの向こう側から、がやがやと騒がしい声の群が、耳を穿ちに走ってきていた。


◆◆◆


 アリエルはナイアスと比べて人垣が薄い。

 だが、それでも王城へ続く中央通りともなれば人の数はそれなりにある。

 まっすぐに駆け抜けることは本来なら不可能だろう。

 だが、


「道を開けてくれ!」


 ジュリアスの凛とした声によって、アリエルの中央通りのさらに真ん中が、ぽっかりと開けていた。

 加えて、その大通りの向かいにいた錚々たる面々が、住民たちを自然と道の脇に押し出していたのも要因の一つだった。


 〈狂姫(きょうき)サフィリス〉と、その連帯ギルドたる〈銀旗の騎士団(アルギュロス)〉。


 先頭を行くのは〈狂姫〉だった。

 彼女は物珍しい白の有翼獅子(グリフォン)にまたがり、顔に喜色を浮かべてアリエルを走っている。

 その裏からは通常色――薄茶色の体毛に彩られたグリフォンに跨る銀鎧の騎士たちが追従していく。

 そんな騒がしい中央通りの中腹にて、転移陣宮殿側からはジュリアスが、そして王城側からはサフィリスが、まっすぐに駆けてきて――ついに鉢合わせた。

 

「サフィリス姉さん!!」


 轢かれる。

 通りの両脇に避難していたアリエルの住民たちは、そのグリフォンの群れに正面から相対した〈神域の王子〉を見て、そんな言葉を浮かべた。

 しかし、グリフォンの滑走は王子を轢かずに止まった。

 ギリギリだ。

 ジュリアスの目の前で、サフィリスが止まった。

 婚儀の時に着るような、豪奢かつ清楚な白のドレスに身を包んでいるサフィリス。

 狂おしい享楽の性を身に宿す姫。

 その姿もまた、狂おしいほどに美しかった。

 男たちの目を一瞬にして惹きつける美貌。

 ジュリアスと同じ色味の金の髪。

 翡翠に寄った碧い瞳は固有の色味であったが、ジュリアスの空色の瞳と色の系統は似ていた。

 性別の違いこそあれど、お互いに中性的な美貌を宿す二人の姉弟は、とても似通っていた。


「ジュリアスか。――そうか、やはり『ジュリアス』が一番に来るか。予感はあったぞ。――ハハハ」


 サフィリスは嬉しそうに笑っていた。

 白のグリフォンの上で、派手なドレスの裾を翻し、片手に握っていた『剣』を掲げる。


「姉さん! なにをするつもりですか!」


 ジュリアスはしかし、まだ動きを見せない。

 サフィリスの好戦的な動きを見ても、ジュリアスは交戦への意志を見せない。

 まだ言葉を交わす段階であると、ジュリアスの空色の目は語っていた。


「なにをする、というのは少し違うな、ジュリアス」


 サフィリスはジュリアスの非戦の意志に気付き、嘆息を一つ交える。

 楽しい意気を折られたかのように、わざとらしく顔を悲哀に歪めて見せた。

 彼女は言う。


「――すでに『してきた』だ、ジュリアス」

「なにを――」


 ジュリアスの心臓が浮き上がる。

 断言された内容は、それくらいの恐ろしい予感をジュリアスに感じさせた。

 狂姫が何をしでかしたのか。

 その大きさがどんなものであるのか。


 嫌な予感しかしなかった。


 直後。

 その場に『風』がやってくる。

 東からの風だ。

 テフラ王城の方角から吹いてきた風。

 そして、


「サフィリス!」


 同じくジュリアスに良く似た『兄』が、風に乗ってその場に訪れていた。

 〈レヴィ〉だ。

 〈東風神〉の風に乗ってきたレヴィを見て、ジュリアスは事の重大さを再確認させられる。

 レヴィが移動のみに風神の力を使うほどの緊急性が、この事態にあるのだ。

 レヴィの方も、サフィリスを挟んで向かいにいるジュリアスの姿に気づき、しかしすぐに視線をサフィリスに戻した。

 そして言葉を投げる。


「なぜ〈シルフィード〉に手を加えたんだ!! 『西風』を取り除いたのは君だろう、サフィリス!」


 ただそれのみであったにも関わらず、察しの良すぎたジュリアスは、サフィリスの目的を自ずと理解してしまっていた。



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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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