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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第十一幕 【愛憎:私たちの世界は狂っていた】
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166話 「風の異変と金色の狂姫」【前編】

「――レヴィ、『西風』だ。西風が無くなっている」

「西風……」


 幾秒後、さらなる情報がレヴィの耳を穿った。

 ボレアスが言うには、乱風域から西風の要素が消え去っているらしい。


「西風って〈ゼファー〉の領分だよね」

「そうだ。――ノトスとエウロスにも意見を訊く。少し待ってろ」


 ボレアスは左手を掲げたまま、右手だけを別方向に向けて、そこに神界術式陣を展開させた。

 神族が神族で神界術式陣を使うのは珍しい。

 風神が複数存在することに起因するのだろう、とレヴィは見当をつけつつも、ボレアスが紡いだ言葉の中に肝心の〈西風神ゼファー〉がないことに気付いて、とっさに問い返していた。


「ゼファーは?」

「とっくに呼んでいる。西風が無くなっていることに気付いてからな」


 見ると、ボレアスの身体を挟んで対角線上、ちょうどその身体が遮って見えなくなっていた場所に、もう一つの神界術式陣が広がっていた。


「だめだ。たぶんすでに『別の場所に出てきている』な。神界にいない。現界にいるのだ、ゼファーは」

「誰かが呼んでいるのか」


 神格術式だけの借用や、加護の流入のみでは神族は神界から出ない。

 いちいちそんなことをしていたら身体が足りないからだ。

 仮に出たとしても、わずかの時間に限る。

 となると――


「たまたま時間が被ったか、影響力の強い神格者によって長時間呼び出されているか」

「いかに神格者の影響力が強くとも、西風神ゼファーが長時間神界を空けることはないだろう。風神の中での序列は低いが、あれでも自然系神族だ。最近の戦系や一部の主神系のように必要以上に外には出ないはずだ」


 やや皮肉が込められた言葉がボレアスからあがる。

 そんな言葉の直後、ボレアスの右手が開いていた神界術式陣の中から、ふと二人の神族が顔を出してきていた。


『なに? ボレアス』

『今ちょっと北大陸の方の聖祭で忙しい』


 片方は少し不機嫌そうな顔で、もう片方は疲れたような顔をしている。

 しかしどちらも男ながらの美貌だ。


「すまんが少し時間をくれ。〈シルフィード〉を覚えているな」

『ああ、あれね。あれって誰に頼まれて作ったんだっけ』

『昔のことすぎて忘れた』

「今はそのことはいい。そのシルフィードの様子がおかしい。西風が抜けているようだが、間違いないな?」


 ボレアスが言うと、今度は神界術式の中から顔が消えて、代わりに手が生えてきた。

 その手が空に向けられ、しばし動きを止める。

 まるでその手のひらで風の動きを把握しているかのようだ。


『――ないね。ゼファーがやったんじゃないの』

『よくこれだけ乱れてる風の中から西風だけ抜いたよね。もしかして結構時間掛けたんじゃない? あいつ要領悪いし』

『良いやつだけどね』


 再び神界術式陣から声が響き、


「分かった。確信が得られた。もう行っていいぞ」

『ほーい』

『それじゃね』


 軽い調子の声を最後に、神界術式陣は閉まった。

 ボレアスが振り返り、レヴィを見る。


「そういうわけだ。もうしばらくすればゼファーもさすがに来るだろうが、どうする?」

「待とう。なぜゼファーが西風を取り除いたか気になるからね」

「分かった」


 レヴィの力強い声を受けて、ボレアスはうなずきを返した。


◆◆◆


 レヴィは西風神ゼファーが来るのを待った。


 だが。


 それよりも先に、もっと重大な出来事が、レヴィの眼下で起こっていた。


 テフラ王城の最上階から見下ろしたアリエルの街並み。

 王城から西側の転移陣がある宮殿へ続く、広い街路。

 その中心を――


「――サフィリス?」


 〈狂姫〉が駆けていた。

 高い高い最上階から、レヴィはその小さな粒をサフィリスだと断定する。

 日光を反射する『銀色の鎧姿の騎士』たちが、その粒の後ろを追従しているのが見えたからだ。

 〈銀旗の騎士団(アルギュロス)〉。

 サフィリスの後尾につく数名の銀色の騎士が、同じく銀色に輝く巨大な旗を掲げていた。


「――」


 ただそれだけ。

 だがレヴィの頭の中で、様々な情報が勝手に統合されていった。

 意識せずとも、サフィリスを一連の異変の『犯人』に仕立て上げようと、自分の頭が動いていたのだ。


 ――嘘だ。違う。


 違わない。

 レヴィは内心の言葉を自分で否定する。

 十あれば、きっと九か八はあの姫のせいだ。


「ゼファーがいたぞ。――あそこだ」


 瞬間、隣にいたボレアスが、レヴィが見ていた眼下の景色に指を差す。

 指す先は――


「やっぱり……サフィリスなのか……」


 ちょうど眼下の大通りを駆けていく〈狂姫〉の方向だった。


「……ティーナ」


 そのままでじっとしているのは楽だけれど、レヴィは自分にそれをよしとはしなかった。

 自分の足元、階段の中腹にいる連帯ギルドの長に声をかける。


「手伝ってくれるかい」

「それが主様のお望みとあらば。私たちは究極のメイドを目指していますからね」


 「普通のメイドではありません」足元からそんな強い響きの声が返ってきて、レヴィはうなずきを返した。


「じゃあ、頼むよ。たぶん僕だけではサフィリスを止められないけれど、せめてジュリアスが彼らと来るまでは、彼女をこの国に留め置いてみせよう」


 レヴィには不甲斐なくも彼女を止められないという確信があった。

 第二王女と第三王子。生まれた年は同じだった。

 ある意味兄妹の中では近い存在だ。

 

 ――サフィリスは、僕の声では止まらないからね。


 それは知っている。幼少時から変わらない関係。

 でも、


 ――サフィリスをこのまま国外へ逃してしまっては、きっとサフィリス自身に良くないことが起こる。


 限度を超えてしまうと、サフィリスはきっと戻れなくなる。

 正気にか、それとも国にか。

 元の立場に、か。

 ともあれ、だからこそ――


「今この場所で――」


 床下のティーナが階段を降り切ったのを確認し、レヴィは言葉をそこで切って階段を降りて行った。


◆◆◆


 アリエルの大通りを銀色の騎士を連れて駆けていくサフィリスを見たのは、レヴィだけではなかった。

 テフラ王城中層。

 臣下たちが報告してくる国外情報の統合を行っていたカイムは、一服を兼ねて執務室を離れ、王城の中層空中庭園からアリエルの街並みを見下ろしていた。

 伸びをして身体の凝りを取っていたカイムの視界に、突如として妹の姿が映り込む。


「――サフィリス」


 カイムはレヴィよりずっと正確にサフィリスの姿を認めていた。

 中層からならば、彼女の特徴的な外見は容易につかめた。

 金髪の多いテフラ王族の中で、一等綺麗な金の髪。

 何度も何度も、子供の時から褒めた彼女の髪。

 それが左右に揺られ、空中に扇状に広がり、また揺れる。

 カイムはその姿を認めた瞬間、廊下に駆けでていた。


「ミーナ!」


 名を呼ぶ。

 闘争後も自分の護衛を努めてくれている〈烈光石(レンダースフィア)〉のギルド長の名を、カイムは呼んだ。

 すると、


「なんでしょう、殿下」


 抑揚のない声が廊下の上から返ってくる。

 上。

 派手な色彩のローブに身を包んだ小さな身体の少女が、天井に足だけで張り付いていた。

 どういう原理でそんな体勢で居られるのかは分からなかったが、ひとまずそれはおいておいて、カイムは言葉を続ける。


「サフィリスを見つけた。アリエルの大通りを走っている。西側転移陣に向かうつもりだろう。――阻止してくれるかい」


 情報をかみ砕いて伝え、最後にしてほしいことを端的に伝える。

 〈ミーナ〉は天井からローブをはためかせて降りてきてから、片手を差し出した。


「最近人使いが荒くなってきましたね。――お小遣い、くれます?」


 先ほどの返事よりは少し熱のこもった声音で、彼女は言った。


「もちろん。それが私と君の間での取引だからね」

「そうですか。ならいいでしょう。まあ、私は私で思うところもありますから、それがテフラのためになるのならば、少しくらい個人的な意志を加えて、手伝ってあげてもいいですよ」

「お願いするよ。これはテフラのためだ。断言する。――サフィリスをこのまま行かせてしまうと、テフラにとっての傷になるかもしれない」


 言い知れぬ予感がカイムにはあった。

 サフィリスの身体が陽気に跳ねていたのを見て、また彼女が何か大きなことをしでかすのではないかと、カイムは不安に思っていた。


「分かりました。西側転移陣ですね」

「そう。できればギリギリまで待っておいてくれないか。ジュリアスがナイアスから戻ってくるかもしれない」

「いいですよ。ではジュリアス殿下が先に来た場合は――」

「サフィリスが姿を見せたことをジュリアスに伝えて、そこからはジュリアスの指示に従ってくれ。おそらく察しの良いジュリアスならすぐに状況を把握するだろう」

「分かりました。――では」


 小さな身体を折り曲げて、軽い一礼を見せたミーナは、その派手な色彩のローブを翻してテフラ王城の廊下を走っていった。


「頼む――止まってくれ、サフィリス」


 カイムはその背中を見ながら、一人で小さくつぶやいた。


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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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