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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第十幕 【邂逅:合縁に招かれ奇縁を招く】
162/218

161話 「動転劇の幕開けは悲鳴で」【後編】

 ジュリアスはアリエルへの転移陣まであと数分で着くというところで、後ろから聞きなれた二つの声に呼び止められた。


「ジュリアス!」


 確か、このやや高めの少年らしい声は――


「メイト?」


 声は空から降ってきていた。

 見上げると、そこには人型の黒竜に抱かれた眼鏡姿の少年がいる。

 ギリウスとメイトだ。

 ジュリアスは空からの燦然とした日光を手で遮りながら、彼らが降りて来るのを待った。


「どうしたの? なにかあった?」

「あったあった、かなりヤバいのが」


 降りてきたメイトはギリウスの腕から降りると、ジュリアスの問いに端的に答えた。

 メイトの慌て振りは傍から見ても分かりやすかった。

 しかも、その様子にわざとらしさがないだけに、本当に何かが起こったのだとジュリアスは察知した。


「一体何が?」

「手短に言うよ。――爛漫亭近くの街路で、〈ニーナ第四王女〉が血に臥しているのが見つかった」

「――」


 ジュリアスは絶句する。

 声が即座に出ない。

 その言葉の直後、あまりの衝撃に耳の奥で甲高い音が鳴って、思わず顔を顰めた。


「ニーナ……姉さんが……」


 ジュリアスの視線は宙を漂う。

 まるでそこに頭の中の情報図を展開しているような、そんな視線の流れだ。

 そしてまたギリウスとメイトも、ジュリアスがその頭の中で思考を巡らせていることに気付いて、ただその反応を待つことにした。

 五秒にも満たない沈黙の間。


「あ――」


 ジュリアスの唖然とした声があがり、直後――


 ジュリアスの中で情報図が一つの『答え』の形を象っていた。


「ニーナ姉さんが、血に臥している――」


 『誰』の差し金だ。


 ――十中八九、〈アテム〉だ。


 ジュリアスにとってサフィリスがニーナに手を掛けないことはもはや前提事項であった。

 サフィリスは狂気的ともいえる享楽主義を掲げるが、あれで姉妹間の一線は越えない。

 キアル第一王子に親愛の情を抱くほどには、一応兄弟間の親愛の情もある。

 それが他の王女や王子にも同じとは限らないが、やはりサフィリスは兄妹を殺すまではしないだろう。

 だが、ニーナは血に臥している。

 殺されかけている。

 となれば、犯人にあがってくる名は『アテム』だ。


 その瞬間に、『あの事件』の犯人が自動的に決まる。

 あの事件――〈キアル第一王子暗殺事件〉。


「キアル兄さんを殺したのは――」


 ――ニーナ姉さんじゃ……ない。


 残るは〈狂姫〉サフィリス。


 ――ありえない。


 それだけは、


 ――サフィリス姉さんがキアル兄さんを手にかけることだけは、たとえ世界が変わっても、『ありえない』。


 ジュリアスはその点にだけは絶対的な信頼を置いていた。

 それがかろうじて、だが鮮明に残る、あの郷愁の日々の真理。

 そうして残る可能性は。


 ――やっぱり。


「アレもアテムの差し金か……!!」


 ジュリアスが拳を握りしめ、抑えた咆哮を口の中に反響させた。

 〈キアル第一王子暗殺事件〉の主犯が完全に固まった瞬間だった。

 ジュリアスは思考を切り、その事実だけを頭の片隅に安置しておいて、ギリウスとメイトに訊ねる。


「それで、ニーナ姉さんは!」

「シルヴィアが看病に当たってる。案内するよ」


 メイトの言葉にジュリアスが強く大きくうなずいた。

 

 ――姉さん……!


 思考を切ったジュリアスの脳裏には、一番年の近い姉の姿しか映らなかった。


◆◆◆


 メイトの報告を受けて〈凱旋する愚者(イデア・ロード)〉のギルド員たちも湖都へ出動していた。

 一部が即時の動きでシルヴィアとニーナのもとへ向かい、彼女たちを爛漫亭へと運ぶ。

 そして一部はサレの命に従って、とにかくナイアスの中に不審な者がいないかを探しに行く。

 前者はともかくとして、後者は悪あがきに近かった。

 不審者。

 ――そんなもの、探せばいくらでもいる。

 笑ってしまうような事実が、しかし現状では忌々しい事実でもあった。

 かといってジっとしていることもできずに、彼らは動き出す。



 ジュリアスはメイトとギリウスに連れられて爛漫亭にたどり着いていた。


「浴場でシルヴィアが手当してる!」

「わかった!」


 メイトの声にうなずきを返し、ジュリアスは爛漫亭の大浴場へと向かった。

 長い廊下を駆け、突き当たりを右へ。

 脱衣所を土足で抜けて、光が漏れている浴場方面へと一目散に向かう。

 角を曲がり――


「ニーナ姉さん!」


 名を呼びながら開けた視界を認知した。


「あんまり大声をあげちゃだめだよ、ジュリアス殿下」


 そこにいたのは〈シルヴィア〉。

 今はトレードマークとも言える大きな黒の魔女帽子を脱いでいて、浴場に膝をついて屈んだ姿勢だ。

 その足元に目を瞑って倒れている〈ニーナ第四王女〉の姿があって――


「ね、姉さんは……!」


 服には血がついている。

 おびただしい量の赤い痕。

 ジュリアスはそれを見て血の気が引く感覚を得ながらも、ゆっくりと震える膝を前に出した。

 振り返りながら声を出していたシルヴィアは、そのジュリアスを見てひとまずこう言う。


「『大丈夫』だから。安心しなよ」


 軽い調子でいうシルヴィアは、「やれやれ、また厄介事だ」と小さな口から嘆息を吐いている。


「シルヴィアが……?」


 ジュリアスは最後まで言葉をうまく紡げなかったが、「シルヴィアが助けたのか?」という疑問は不文でも彼女に伝わったらしく、うなずきが一つ返ってきた。


「そうだよ。あんまり『こういうの』良くないんだけど。――まあ、いまさらだしなぁ」


 シルヴィアの含んだ物言いにジュリアスが疑問符を浮かべるが、ひとまずそれをおいてニーナに歩み寄る。

 そしてついに傍まで近づいて、ジュリアスも膝をついた。

 ニーナの顔色は思った以上に良い。

 特に血の跡がひどい腹部にも、傷一つない。


「傷は……?」

「塞いだよ。術式を使ってね」

「治癒系統の術式が使えるのかい……?」


 シルヴィアが只者ではないことはジュリアスも感じていた。

 アルミラージを転生させた死霊術に関しても、またテフラの内情に詳しそうなところにも、謎を感じる少女。

 治癒系統の術式は希少だ。

 術式の理論の複雑さも加え、燃料的な燃費の悪さがついてまわるのも特徴の一つだった。

 とにかく難易度が高い。

 術式構成力、術式処理能力、燃料操作力。

 もろもろ含めて高い技量が求められる。

 それをすら、彼女はこなした。


「君は一体……」


 ジュリアスが今度こそは答えを聞こうと言った瞬間――


 それは来た。


 ジュリアスの顔横に〈神界術式〉が広がった。

 〈王神ユウエル〉の神界術式陣だ。

 そして、


「〈レイスター〉! こんなところにいたのか!」


 そんな言葉と共に、ユウエルが姿を現していた。


◆◆◆


「あー……そろそろ見つかっちゃうだろうなぁとは思ってたけど……まさか『陛下』に見つかるとは思わなかったよ……」


 ユウエルの驚愕の声に対するシルヴィアは、やや気だるげだった。

 「はーあ」と間延びしたため息に加え、視線を宙に泳がせながら思案気な表情を見せている。

 

「〈レイスター〉?」


 ジュリアスがユウエルに何事かと抗議の色も込めて口に出すと、


「〈術神〉の名だ。〈術神レイスター〉。術式を司る神族だ」


 ユウエルから信じがたい言葉が返ってきた。


「えっ?」


 ニーナがひとまず無事であることを確認したジュリアスが、ようやく少しの落ち着きを取り戻してユウエルとシルヴィアを交互に見る。


「もう僕は神族じゃないよ。ただの隠遁気味な術式研究者さ」


 「やめてくれ」とユウエルに手を振って言うシルヴィアだが、ユウエルはそれに取り合わない。


「術神レイスターは文明系神族に属する神族だ。術式全般を包括的に司っていたが、ある時突然『自らマキシアの神格を切って』現界に消えた。ある意味、今の余たちと同じ立場だが――自らで現界に降りた点は違うな」

「ん? なんか陛下、意味深なことをいうね。同じ立場ってどういうこと?」


 すると、ユウエルの言葉に今度はシルヴィアが反応する。


「これは詳しく話す必要がありそうだね」


 ジュリアスはニーナに歩み寄り、その身体を抱きかかえながら二人に言った。



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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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