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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第一幕 【愚者:理想門への凱旋を】
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15話 「暴虐の魔人」【前編】

「――で、どうすんのよ、脳筋単細胞。あの魔人族、相当ヤバいけど」

「ああ、ヤバいな」

「そんなこと言いつつ、顔、ニヤけてるけど?」


 兵士たちが作りだした円形防陣の中心で、エッケハルトはその顔に笑みを貼り付けていた。

 

「ヤバいけど、楽しいからな」


 その言葉にシェイナは「どうかしてるわ、ホント」と呆れ顔で返している。


「あんたに使われる兵士たちは全然楽しくないんじゃない?」

「はっ、そんなことねえだろ。今回連れてきてる第二王剣の馬鹿どもは、俺が選んだ『似た者野郎』どもだぜ? ――殺るか殺られるかって時が一番楽しいんじゃねえかよ」

「なんであたしこんな部隊にいるんだろ……」


 対するシェイナも、呆れ顔を浮かべながら、弓を持つ手は緩めていない。

 敵の攻撃に対し、いつでも反応できるように、片手に矢を挟み込んだままの体勢だ。


「んで、さっきも言ったけど、あの魔人族の眼はどうすんのよ。姿さらしたら見られて『死ね』で終わりでしょ?」

「回数が限られてるだけまだやりようはあるだろ。〈殲す眼(グラム・イストーラ)〉の連続使用は奴自身の死に直結するからな」

「そりゃそうだけど、持ち主である魔人族がそれを理解してないわけないじゃない。そうそう連発はしないと思うけど。やっぱり、〈血の涙〉を出すまで粘るわけ?」

「粘り合いは嫌いだ。それに粘れば粘るだけあっちにも時間を与えることになるだろ。――そりゃあ駄目だ。あっちの異族どもも面子がヤバい。魔人族(イーノ・エイラ)だけでも腹八分目だってのに、竜族(ドラグナル)までいやがる。腹十分目だ。満腹だよ。これ以上時間かけて熟成されちゃ、さすがに身が持たねぇよ」


 エッケハルトは先ほどの黒い鱗の竜人を思い出す。

 次いで、意識を脳内の魔人の像に戻して、言葉を紡いだ。


「――〈殲す眼〉の乱発が死に直結することを、奴自身が理解してんのが肝要だぜ。乱発はしない。ここぞという時には使ってくるが、微妙な状況だったら使用を控えるだろ。――そこが狙い目だ」


 エッケハルトは笑みを濃くした。好戦的な笑みだ。


「探せよ、隙を。中途半端に強大な力を持った奴に限って、それを使用する時に迷いが生まれる。それが奴の隙になる」

「そんなうまくいくかねぇ」

「うまくいかなかったら、また次のを考えろ。死なねえ限りは、考え続けろよ。戦争なんてそんなもんだ」


 赤い短髪の毛先を捩じりながら、エッケハルトが言った。

 シェイナはそれに「はぁ」とため息を混ぜながらうなずき、


「んじゃ、その隙を狩るために――〈神格術式ディオス・アルマメント〉、使った方がいいかしらね」

「そうだな。純人の俺たちがあんな化物どもに対抗するにゃ、神族の力でも借りねえとやってらんねぇよ。こちとら神族様様だ」

「対価も失くしてくれたらもっと拝んでやってもいいんだけどね」

「それは神族に直接言えよ。――そろそろ行くぞ」


 エッケハルトが一旦言葉を切って、再び口を開いた。


「お前ら、もうちょい時間稼げ。〈神格術式〉使うからよ。術式展開したら、すぐ攻勢に出ていいぞ。楽しい楽しい攻撃戦だ」


 そう言いながら、エッケハルトはおもむろに次の動作を見せた。

 地面に無事な方の手の指を使って、術式陣を描いていく。簡素な術式陣だ。

 それは〈神界術式(イクシード)〉と呼ばれる術式陣。

 〈神格術式ディオス・アルマメント〉を神族から借りるためには、まずは神界(イクシス)への道を開かなければならなかった。

 隣にいたシェイナも、同じように地面に神界術式陣を描いている。

 その間に周りの兵士はいっそう円形陣を圧縮させて、無防備な二人を強固な壁で守った。

 数秒後、エッケハルトとシェイナは神界術式を同時に描き上げ、その上に片手を乗せた。

 同時に、極小さな声で術式の起動言語を呟く。

 〈神語(エーフ)〉。

 二人が起動言語を発するたびに、神界術式陣は白光を宿していった。


「――よし、開いた。――シェイナ」

「私の方もいいわよ。――いつでもどうぞ」


 エッケハルトの声にシェイナが答えた。

 二人の手はおよそ同時にそれぞれの神界術式陣から離れ、


「なら――行けっ! お前らっ! 防戦は終わりだッ!!」


 エッケハルトの喜色を窺わせる力強い声が、兵士たちの中心で鳴り響いた。

 その声が空を抜け上がるように駆けあがり――


「オオオオオッ!!」


 二百本の王剣たちが躍動を開始した。

 

◆◆◆


「――何かしたな」


 サレはアテム兵士たちの目の色が変わったのを見て、そう判断した。

 問題はそれが何であるかだ。

 円形防陣をつくってからの、唐突な攻勢転化。

 〈殲す眼〉から身を守るために円形防陣を敷いたとして、それを今解き放つ理由は。

 ――攻勢への準備が整ったか。

 それか、早々にこの眼に対する対抗策を閃いたか。

 サレは観察の視線を緩めることなく、前に疾走する足に力を込めながら、敵の次の動作を見守る。


「――単横陣か」


 よく見れば、円形防陣からの見事な隊列運動で、横に広い横陣形へと隊列を変形している。

 それぞれが前に剣を突き出し構え、突っ込んできていた。

 真っ直ぐに立ち並ぶ剣の壮観さに、圧力は十分だ。


「ガ――――!!」


 そんなことを考えていると、今度はサレの隣で〈黒竜〉が吼えた。

 ギリウスだ。

 「ガ」だか「グ」だか、なんとも言葉では表現しづらい濁音から始まる咆哮を放っていた。

 その咆哮は音によって身体ごと押しつぶされてしまいそうなほどの圧を内包していて、隣を走るサレの心臓をも揺るがした。

 竜による威圧咆哮――〈竜圧〉。

 それが前方から突っ込んでくるアテム王剣の兵士たちに叩き付けられる。

 しかし、


「――うーむ、二度目は効きが悪くなるものであるなぁ」


 短い咆哮を終えたギリウスが、今度は少し困ったような声色で呟いていた。

 王剣兵士たちは一度目の竜圧時と打って変わって、(ひる)みこそしたが足を止めなかったのだ。

 重厚さを伴ったままこちらを射殺さんと剣を構え、一層速度を速めてくる。

 お互いに向かい合っての突撃だ。

 距離がみるみるうちに縮まっていく。

 数の差は歴然だ。

 アテム王剣側と違って、サレたちには隊列などという大仰なものを組む余裕すらない。

 このまま身体ごとぶつかれば、二百本の剣に貫かれ、二百対の足で踏まれ、蹂躙される。

 瞬く間に傷んだ絨毯の如きボロ布へ早変わりだ。

 それを避けるためには、先手を打たねばならない。

 そう思ってさらに目を凝らし、敵陣を見つめ、サレはあることに気付いた。


 ――単横陣じゃない。


「――横陣で層を作っているのか」


 『複横陣』だ。

 気付くと同時、サレはその陣形に対して〈殲す眼〉が使えないことを確信した。


 ――〈殲す眼〉のための、捨て身の陣形か。


 〈殲す眼〉は常軌を逸した無条件破壊を顕現させるが、範囲に難がある。

 自分の眼で焦点を結べる視界範囲が、その効果範囲だ。

 一度の〈殲す眼〉ではあの横に長く広がった兵士たちを仕留められない。

 そして、あの複横陣形はたとえ表層の一枚目が壊れても、二枚目が現れてくるのだ。

 そのための――複陣形。

 彼らは最終的な勝利者になるために、自らを『肉壁』にしていた。

 命を捨てる覚悟がなければ、『誰が一番前に出るか』で揉めただろう。

 たとえ効果が薄くとも、〈殲す眼〉が使われないという保障はない。

 一番前に出ていれば、真っ先に見られて死ぬ。

 だが王剣の兵士は揉めなかった。

 突撃に迷わなかった。


 ――これがアテム王国か。


 軍事の練達度を見て、アテム王国の国家としての厚さを知る。


 ――でも、俺たちだって。


「――負けられないんだよ」

 

 サレが〈皇剣〉の柄に手を添えた。


「行くぞ、(おう)の剣よ。――術式展開」


 瞬間、術式の起動言語のあとに、皇剣の鍔の辺りに術式陣が展開される。

 青い術式陣だ。

 魔力操作によって一瞬で空間に描写された術式陣は、青い燐光を放っていた。

 式が編まれ、組まれ、組成し、最後に――


「――薙ぎ払え――〈改型・切り裂く者(カリバーン)〉!!」


 魔人の口から、名が紡がれた。

 サレの強声のあとに、皇剣に展開されていた円形術式陣がより一層輝いた。

 そして、サレがついに皇剣を大きな動作で振り抜いた。

 まるで居合抜くような動作だ。

 まだ敵までの距離は数十メートルも開いているというのに、まるでそこから届くとでも言わんばかりに、皇剣を眼前の空間に一閃させていた。


◆◆◆


 エッケハルトは突撃する部下たちの中に紛れていた。

 中段の辺りだろうか。

 周りからは猛る部下たちの怒声が聞こえ、思わず笑みを浮かべる。


 ――これだ。これこそが戦いってもんだ。


 防戦や粘り合い。それも戦術として重要であると理解はできるが、やはり戦いは攻めてこそだ。

 エッケハルトは思った。

 そうして、そろそろ異族たちと衝突するだろうかと思い浮かべる頃になって、エッケハルトは不意に悪寒を感じ取った。

 背中を冷たい手が(さす)って言ったかのような、そんな悪寒だ。

 脳が警笛を鳴らす。

 何か、良くないことが起きる。

 エッケハルトは本能的に察知して、幻覚のような死神の手を、自分の視界の奥の方に見た。

 その手は自分の顔くらいの高さをスゥと近づいてきて、眼前で右から左に薙ぎ払われた。


 ――ヤバい。


 死神の手が流れていくのを見て、エッケハルトは確信する。

 この手の軌道線上に、いてはならない。

 これは幻覚のようだけれど、きっと、本能の囁きだ。

 『その高さにいてはならない』と、本能が教えてくれているのだ。

 信じて、エッケハルトは叫んだ。


「っ――伏せろォッ!!」


 叫び、次いで、隣を走っていたシェイナの頭をとっさに掴んで、地面に叩き付ける勢いで押し込んだ。

 そのまま自分も倒れ込む。


「ちょっ! なっ、なにすんのよ!」


 シェイナの怒ったような声が耳元で鳴ったが、エッケハルトはそれを無視した。

 とにかく身を低くしようと、身体を地面に押し付けた。

 そして――わずか一秒後。


 自分の頭上すれすれを、『何か』が猛然と過ぎていったのを直感する。


 風を切る音が頭上で鳴って、鼓膜を強く打った。

 背筋を悪寒(おかん)がなぞり、頭の天辺がツンと痛む。

 そうして強張る身体を叱咤しながら、エッケハルトは視線を上へと向けた。

 前を走っていた部下たちは、ちゃんと伏せられただろうか。

 それを確認しようとして――


 人の上半身がいくつも宙を舞っているのを見た。


「――クソッ!!」


 思わず悪言を吐くが、悪態をついている暇はない。

 隣のシェイナもそのぶち切れて宙を飛ぶ上半身を見て、呆けた声を上げていた。


「え――」


 しかしエッケハルトはまだシェイナの頭を押さえたまま、再び叫びをあげる。

 さっきより少し低い位置を、あの死神の手が、横に薙ぎ払われていた。

 だから、きっと――


「もう一発来るぞッ!!」


 その位置を、また『何か』が過ぎ去って行くだろう。

 エッケハルトは確信した。

 同時。


 やはりそれは来た。


 フォン、と恐ろしげな音が頭上で鳴って、今度は左から右へと、音が過ぎ去って行った。

 まるで剣を切り返して二撃目を放ったかのようだ。

 それが過ぎ去ったあとで、またエッケハルトは前に視線を向ける。

 血と臓物が宙を舞っていて、苦しげな悲鳴が耳を打った。

 部下の身体がちぎれて飛んでいる。

 おかげで前方の視界が開けてしまった。

 そして、エッケハルトはその赤い視界の先に、元凶を見た。


「このッ――!! ――クソ魔人めがァッ!!」


 異族たちの群の最前線を走る、黒髪赤眼の男。

 黒い尾をゆらゆらと舞わせながら、その白皙の顔に殺意を載せている――魔人。

 異常に血色の薄い人形のような顔が、美しい以上に恐ろしく見えた。

 二人の視線は『魔人』に釘づけだった。


「な、なによあれ……青い……炎?」


 その魔人は剣を抜き放っていた。

 やたらに華美な刀身の剣だ。

 しかし、その剣は一見して異様だった。

 刀身から、青白い炎のような粒子群が噴き上がっているのだ。

 そして異常に長大だった。


「青白い術力燐光……っ、魔力か! 魔人が魔力型の異族だってことを忘れてたぜ!! くそがッ!!」


 魔力を燃料に発動させる術式。


 ――〈魔術〉だ。


◆◆◆


「さ、さすがに驚いたのである……というか、身近で振り回されたくない剣であるな、それ……」


 最もサレに近い位置にいたギリウスが、あらん限りに目を見開いてサレの手に握られた剣を見ていた。

 元の長さの五倍は優にあると思われる、青白い刀身。

 もちろんそんな刀身が鞘に収まっていたわけもなく、容易にその異常な刀身の伸びが〈術式〉によるものだと推測できた。

 加えて、その剣から炎々(えんえん)と発せられる青白い粒子から、その術式に込められているであろう莫大量の〈魔力〉の片鱗を見る。


 ――それにしても、半分以上を薙ぎ払ったであるか。


 ギリウスはサレの剣から視線を外して、前方に向き直った。

 視界に広がったのは赤い光景だ。

 横列で突っ込んできていたアテム兵士たちが、胴部から両断されていた。

 いくつも。いくつも。

 最前線一列目のアテム兵士たちはおそらく全滅に近い。


 ――赤を見慣れぬ者には……生々しすぎるのであるな。


 赤い光景を見たギリウスは、胸中で不安げな言葉を紡いでいた。


「まだだ、まだ肝心なのが生きてる」


 隣で、サレがそんな声を挙げていた。

 表情を引き締め、視線を前方に向けていた。

 人が変わった、とまでは言わないが、サレの表情は先程と大きく違っていた。

 ギリウスとてサレと出会って数時間ではあったが、先程まで何気なく会話をしていたから、その違いは分かった。

 むしろ、それくらいの付き合いであるのにすぐに分かってしまうほど、サレの変化は顕著だった。

 優男が、一転して魔人の如く。

 あるいは、これこそが迷いを断ち切った魔人族の本来の姿なのかもしれない。

 ギリウスは思った。


 そうしているうちに、サレはぐんぐんと走る速度を速めていく。

 そのまま速度を緩めずに、先程の術式剣の一閃によって生まれた複横陣の穴へ、一直線に突っ込んでいった。


 自然な形で、サレが先頭を走るという攻戦形態がそこに生まれていた。



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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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