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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第十幕 【邂逅:合縁に招かれ奇縁を招く】
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157話 「爛漫亭大浴場にて」【中編】

 サレは大人のようでいて、子供のようでいて、そして、


 ――どこかへ行ってしまいそうな儚さがあるんだ。


 シオニーはサレの顔を覗き込んで内心に浮かべていた。

 まだちょっと恥ずかしいが、白濁の湯に入ったことで裸の姿態が隠れて、少しもマシになった。

 さっきまでは顔が熱すぎて爆発してしまいそうだった。

 脳天まで熱さが突き抜けて、その場でへたり込んでしまいそうなほどの恥ずかしさ。

 恥ずかしいのになんでそんな行動に出たかといえば、たぶん――


 ――サレの視線を、集めたかったのかな……


 自分のことだというのに確信はない。

 でも、サレの視線が他の誰かに、特に他の女性に向くのが、少し嫌だった。

 むしろ『戦い』にさえ、視線を取られたくなかった。


 ――わがままな女だ。


 自覚はある。

 でも、自分のわがままだって、捨ててはいけない。

 そこにこそ自分がある。

 自分がどうしたいのかが、欲望という存在の本質が、そこにきっとある。

 周りとの兼ね合いも忘れてはならないけれど、その中で自分のわがままもちゃんと発散させるべきだろう。

 そうだ。

 難しいことを重ねても結局のところは、


 ――私はサレを独占したいのか。


 まだ少し、語尾に遠慮がある。

 言い切れない優柔不断さ。

 でも、それはそれで、なんだか心地がいい。

 どっちつかずな天秤。

 どっちに傾いてもその気持ちは同じだけれど、たぶん、『行く』か『行かない』かの違いがある。

 もっと近づきたいか、まだこの距離にいたいか。


 ――そう思っていられるうちが、女の楽しみなのかな。


 分からない。

 でも、自分は今、結構心地いい気分だ。


 だから、


 ――もう少しこの手に触れていたい。


 シオニーはサレの手を握って、胸に引き寄せた。

 大事そうに両手でその手を包んで、笑みを浮かべる。


「ふふっ」


 なぜかは分からないけれど、小さな笑みの声が漏れた。


◆◆◆


 サレの女難はその日最高に活発だった。

 「今からお前を天獄にぶち上げてやるぜ」とハイな気分らしい。

 天国なのか、地獄なのか、そこらへんをハッキリして欲しい。

 複合されるとなんだか嫌な予感しか感じさせない言葉になる。

 

 ともあれ、サレは裸体同士の寄り添いに恥ずかしさを感じつつも、同時に、その湯とはまた別に感じる女の温もりに内心でどぎまぎしていた。

 もはや脳内の選択肢は『行け』とか『やってしまえ』とかそういう露骨なものしか浮かんでこない。

 なるほど、確かに男というのは馬鹿な生き物かもしれない。

 サレは我が事ながらそう思った。


 そうして少しの時間が過ぎて、サレは再びの異変を察知する。


 『また』だ。


 またなのだ。

 脱衣所の方から、新たな影が。


 ――ふふっ、知ってるぜこういうの。


 これはきっと、ハーレムではない。

 そういう雰囲気ではない。

 『自分が置いて行かれる』イメージが脳裏に湧いた。


 なぜなら、その脱衣所からの影は、


 ――翼が生えてます。


 そして、


「フフッ……!! 私華麗に男湯に参上よッ!! 『ラヴ』な匂いがしたから来たわよ!! フフフッ……!」


 奇人の鳴き声が聞こえた。


◆◆◆


 ――あっ、プルミだ。


 シオニーは声の正体に気付いて、とっさにサレの手を解いた。

 プルミエール。

 彼女だ。

 直後、脱衣所の方から一糸まとわぬ姿でずんずんと歩んでくる女が一人。


 ――ぐぬぬ。


 まっさきにシオニーの目に入ったのはその莫大な胸の物量だ。

 攻撃力が桁違いである。

 自分もそれなりに大きさと形には自信があったのだが、アレを見せられるとやや平伏気味になる。

 でかいくせに張りはいいし、そのうえ形も良い。

 いつも女湯で同席した時はアレを羨ましく思った。

 そんな女の武器をぶるんぶるんと揺らしながら、惜しげもなく裸体を晒してこちらに歩み寄ってくる天使。

 ふと隣にいるサレを見ると、なんだか前かがみになって視線を下げていた。


「フフフッ……! やっぱりシオニーね!! いると思ったわ!?」

「プ、プルミこそよく躊躇なく入ってこれたな」

「だって、脱ぎかけの服は二つしかなかったもの。一つはあの特徴的な愚魔人の服。んで、もう一つはあんたがよく着てる細身の服。女ものじゃないけど、あのスタイルの服着れるのあんたくらいだし、見極められるわ?」


 「まあ、トウカなら着れるかもしれないけど、トウカは着物ばっかりだからね」プルミエールは付け加え、湯船にそのままダイブしてきた。


「それに、男湯の前に露骨に『清掃中』の木簡置いてたでしょ。あのね、シオニー。ここの浴場を掃除するのは昼間よ? それ知ってたら『んっ! ラヴの匂い!』って分かるじゃない」

「いや、そこまでは分からないだろ」

「そう?」


 ふふん、と鼻を鳴らすプルミエールは、湯船の端の方で縮こまっているサレを見つけて、


 ――うっわぁ、すごいニヤつき顔。


 分かりやすい悪戯気な笑み浮かべて、サレの方に寄って行った。

 背中の白翼で身体を覆い、胸と股の方を隠しながらサレの背中をがっちりとつかむ。

 そうして振り向かせて、


「ねえ、見たい? ねえ、私の超高貴な身体、見たい?」


 どストレートな質問だ。


「あんた私のこと生意気にも何回か助けてるから、『ご褒美』あげてもいいわよ?」


 シオニーはプルミエールの頬が上気していることを目ざとく見切っていた。

 まだ入ってきて間もない。

 あれはきっと湯気のせいではない。

 シオニーの女の勘が、それに確信を付与する。

 瞬間。

 その女の勘が、続けてとある事実への糸口を提示した。


 ――え、もしかしてプルミエール……


 シオニーには予感があった。

 ああやって水の滴る白翼で身体を隠しているが、サレが「うん」と首を振れば、たぶん彼女はおしげもなく裸体を晒すだろう。

 そんな予感。


 ――あっ。


 それはなんだかダメだ。――ダメ。


「見たいでしょ? 私の身体の中じゃ、翼の次に自慢なのよ?」


 そういってプルミエールが白翼の間から胸の谷間を見せつけて、サレに迫っていた。

 サレの方はすでに目が虚ろとしていて、まるで催眠にでも掛けられているかのようだ。

 ともすればそのままうなずいてしまいそうで。


「だ、だめだぞプルミ! それはダメ!」

「えっ、なんでよ? あんただって、『なんかしようとして』ここにきたんじゃないの? ねえねえ、どうなのよ?」

「うっ、そ、それは……」


 明確な意図があったわけじゃない。

 だが、かといってしらばっくれられるほど小さな行動でもない。

 見ると、プルミエールは片手でサレの肩を抱き寄せて、笑みを浮かべて視線を向けてきている。


「と、とにかくダメ」

「ふーん。でも、愚魔人がウンっていったら、私――抱いちゃうかもよ? この翼で包んで、連れ去っちゃうかもしれないわ? で、どこか、誰もいない天空で――」

「そ、その前に私が先約だ。私だって褒めてもらう約束がある」


 かなり厳しい言い訳だと自覚しながらも、ここでは言っておかねばならないと思った。


「フフッ、そう。褒めてもらうのね」


 プルミエールは妖しげな笑みを浮かべている。

 女でさえもそこに扇情的な匂いを察知してしまうまでの、女の妖しい笑みだ。


「まあ、そうね。あんたにしては頑張って言った方ね。――いい? ちゃんと言葉にしておかないと、いざという時――『繋ぎ止めておけないわよ』。あんた、クールでちょっと気の強そうな顔してるわりに恥ずかしがりやだから。ちゃんと言葉にしておかないと、だめよ」

「……んん」


 いきなり諭された。

 まあ、自分より上手な気がする女の言葉だから、従っておこう。

 だが今の状況の話はまた別だ。

 まだプルミエールはサレの身体から手を離していない。


「プルミ」

「フフ、冗談よ? ――冗談。べつに愚魔人を連れ去ったりしないわ?」


 ――本当に?


 本当にそうなのだろうか。

 シオニーはサレの肩に掛かっているプルミエールの手を見た。

 その手には力が掛かっているように見えた。

 離すまいと、そう思っているがゆえの力があるように見える。

 少しして、プルミエールはそんな視線に気づいたのか、ようやく手を離した。

 サレの身体が流れて、そのまま頭が壁に激突する。ゴン、といい音が鳴った。


「本当よ?」


 確かめさせるようにプルミエールが言ってくる。

 プルミエールは自分より女としての格は上だと思う。

 ゆえに、油断をしてはならない。

 大切な仲間だけど、女としての話はまた別だ。


 ――むー。


 難しい。

 このいかにも『本気になるとできる女』な天使を相手に、自分は上手を決められるのか。


 もっと勉強をしよう。


 シオニーは内心で決意した。

 もっとサレの気を引けるように、女としての力をつけよう。

 生き抜くための力を鍛えるのも大事だ。

 それはたぶん、一番大事だ。

 でも、そうやってただそれだけに傾倒していくのは、『女』としては不出来だと思う。

 だから、そっちの勉強も、ちゃんとしないと。


 ――今度、マリアにでも聞いてみようかな。


 きっとあの『できる女』のギルド内ナンバーワンならば、いろいろと知っているはずだ。

 そう思ってシオニーは「よし、なんかやる気出てきた」と鼻で息を吐いた。


 すると、


「あ、トウカとマリアかしら」


 また別の来訪者の名が、プルミエールの口から紡がれた。


「えっ!? ――えっ!? また!? またなの!? まだ増えるの!?」


 一転してシオニーのあたふたとした声が浴場に響いた。


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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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