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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第十幕 【邂逅:合縁に招かれ奇縁を招く】
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154話 「咲き誇る百花」【後編】

「ほんっとナイアスはいつも騒々しいわね。こっちはいろいろ突きつけられて『はあめんどくさいちょーめんどくさい』な状態なのに」

「あらあら、べつにいいじゃない。活気があるっていうのはとても良いことよ?」

「超良いことよ!」


 プルミエールはナイアスの大街道を二人の精霊族と一緒に歩いていた。

 マリアとイリアだ。

 湖都ナイアスの街道にはいつもどおりの変わらぬ景色がある。

 純人族、異族、混じって流れる人の波。

 折り重なる話し声。

 そんな中を歩きながら、ふとマリアがプルミエールに言葉を返していた。


「なんだか珍しいわね、プルミがそんなことで機嫌悪くするなんて」

「そんなことないわよ。私だってちょっとしたことで不機嫌になるわ? 特にお腹の辺りがズキズキしてたりすると特に」


 プルミエールは胸元を大きく開けた薄手の格好で、周りの男たちの視線を集めながら歩いている。

 白の六枚翼は背に畳んでいるが、それでもなお白い羽毛は汚れ一つなく、日輪の光に照らされて目立っていた。


「プルミの羽っていい匂いするよね!」


 するとイリアがマリアの手を離し、プルミエールの後方に走り寄った。

 イリアが顔を近づけるのはプルミエールの畳まれた白翼。

 その羽毛に触れて、「ふっかふかー」と顔を笑みにしている。


「フフッ、私の自慢よ?」

「でもサレの尻尾もプルミの羽と同じくらい手触りいいよねー」

「アレ、生意気なのよね。――あっ、そうだ、イリア今度あいつの尻尾つかんだら毛抜いちゃいなさいよ! それいいわね!! 完璧な作戦!!」

「なにいってるのプルミ。イリアをダシに使うのはだめよ。――間違いなく副長の尻尾から毛がなくなりますからね」


 「完璧な作戦なのは否定しませんけど」そう言いながらマリアはため息をついた。

 イリアに褒められて唐突に上機嫌になったプルミエールは、イリアを胸元まで持ち上げて両腕で抱っこしながら街路を歩く。


「というかそもそも、なんでプルミが私たちの買い物についてくるのよ。あなたはまだ傷が治ってないんだから、本当は安静にしてなきゃだめなのよ?」

 

 マリアはプルミエールの腹部のあたりに視線を向ける。

 その服の下には白い包帯が巻かれているはずだ。

 いつもはへそを出していることが多いプルミエールも、包帯が周りの目に見えることを嫌ってか、今日は腹部がきっちり隠れる服を着ていた。

 その反動とでも言うように胸元はいつも以上に開いていて、双丘の谷間が露骨な色気を外へ発散している。


「いやよ、ただでさえ〈戦姫〉との闘争のあともベッドの上で過ごさなきゃならなかったんだから」

「あの時だってあなた一日で抜け出したじゃない……」

「一日よ!? 一日寝てたのよ!? 無理! 一日で限界! 動けないのに耐えられなああああああい!」

「はあ……」


 マリアは頭痛を感じてとっさに額を手で押さえた。

 台詞を真似するように「超たえられなあああい」と満開の笑みで叫ぶイリアを胸に抱きながら、プルミエールは楽しげな笑みを浮かべている。


「安静にはするわ? ほら、ちゃんと飛んだりしてないじゃない? 術式も使ってないわ? ――腹筋はしたけど」

「ねえ? あなたは馬鹿なのかしら? ええ、馬鹿なのは知ってますけどね? でもさすがにさすがに、ここまで馬鹿だとは私も思ってなかったのよ。ねえ、私の気持ち分かってくれるわよね?」

「う、うん……私ちょっと調子乗ってたわ? 今のノリで言えば許してもらえるかなぁって思ったのよ? ――『あとでバレるとヤバイわね、怖いから今言っとこ』って思ってね?」

「ちょーヤバい!」


 マリアのため息は尽きない。

 心配事は常に存在する。

 この天使が存在する限りは、きっと一生そのままだろう。

 なんて壮絶な人生だろうか。

 マリアは先のことを想像して漠然と不安になった。


「次やったら縄で縛りつけてでも安静にさせますからね」

「あら、なによマリア、あんたそういうの好きなの……? あんたは縛られる方が好きなタイプだと私思って――ひっ」

「なに? 先は言わないの?」


 マリアの振り向いた顔を見て、プルミエールは息を引っ込めた。

 さすがに調子に乗り過ぎたと自省しながら、今度は話の対象をイリアに移す。


「ねえねえイリア、マリアの弱点何かないの? こっそり私に教えなさいよ」

「んー?」


 イリアはプルミエールに抱かれながら小さく唸った。


「んー」


 プルミエールの胸を後頭部に当て、その弾力で頭を前後に弾ませながらイリアは考え込む。


「んー……ないかなぁ……」

「ずるい! なにそれずるい! 一つくらいあってもいいじゃない!」


 プルミエールが叫ぶたびにその胸が息をため込んでふくらみ、イリアの後頭部に柔らかな感触を加えた。


「んー……あっ!」

「なに!? なんかあったの!?」

「前サレが『マリアってダメ男製造機だよな』って言ってた!! ダメってことは悪いことだよね!?」

「……」


 プルミエールが半目で真顔になる。


「それは……あのね、たぶんなんだけど、マリアが悪いんじゃなくて――マリアが優秀すぎて自堕落になる男が増えるっていう……ある意味女としては褒め言葉みたいな……」

「えっ!? そうなの!? なぁんだー、そうなのかー……じゃあ弱点ないやー」


 イリアがプルミエールの胸にさらに頭を押し込んで、こともなげに締め切った。


「マリアなんでもできるもんー。ほら、おっぱいもマリアのがふかふかだしー」

「くっ……!! すでにそっち方面も潰されているのね……!!」

「プルミもおっきくてふかふかだけど、二番くらいかな。あとシオニーのも柔らかかったよ」

「ちなみにマコトは?」

「硬かっ――」

「こら! それ以上はやめなさい! ――もし本人が聞いてたらどうするの!」


 マリアは一瞬のうちに周囲を見回して、その影がないことを確認する。


「――ふう」

「なんかマリア、最近ちょっと染まってきたわよね。何にとは言わないけど」

「そ、そう……?」

「間違いないわ。前のあんたはそういう風にリアクション取らなかったもの……」

「……い、いやぁねぇ、ちょっと真似してみただけよ。そう、真似しただけ。うふふ、私もたまーにこういうのやってみたくってね? 本心からの行動じゃないわ? ――ね?」


 そういうことにしておこう。


 プルミエールとイリアは内心に同時に言葉を浮かべ、話を切った。


◆◆◆


「そういえば副長はどうしているのでしょうね」


 その後手短に露店で買い物を済ませた三人は、爛漫亭までの帰り道を歩いていた。

 マリアの両手には碧い水の入ったビンが何本か握られていて、イリアの頭には同じく中に植物の種が入ったビンが乗っている。

 イリアはそれを頭の上に乗せたまま、バランスを取るようにふらふらと歩いていた。


「出てくる時に愚犬が『なんか術式がうんたらかんたら』って言ってたわ?」

「それあなたがうろ覚えなんじゃなくて?」

「違うわよ、あの愚犬がうろ覚えだったのよ。本当に『うんたらかんたら』って言ってたんだから」

「そ、そう……シオニーもああ見えて結構天然よね……抜けているというか、なんというか。見た目がこう、怜悧(れいり)そうな感じだから勘違いしがちだけど……」

「褒めると逆に心配になるくらいもじもじするしね? まあ、愚かだからしかたないわ」


 プルミエールがやれやれと手をあげて見せた。


「それはそうと、術式というと――あの黒炎に関することかしら。副長もなんだかんだといって真面目ですよね。あんな話を聞かされて、それでもすぐに自分のやるべきことを見つけて手をつけるんだもの」


 マリアはまだ戸惑っていた。

 否、抗うことは心に決めているが、規模が規模なだけに『どれを一番にやるべきなのか』に自分で確信が持てなかった。

 やるべきことはある。

 でも、この準備の時間がいつ終わるのかもわからない。

 あとで『あれをやっておけばよかった』とならないように頭を絞っているが、それでも確信が持てなかった。

 対して、自分が所属するギルドの副長はすぐに行動に移っているらしい。

 あの王神に『お前が鍵だ』とまでプレッシャーを掛けられて、それでも平然としている。

 どういう神経をしていればああも平然としていられるのか。


「良くも悪くもアレは感情にまっすぐなのよ。だから『やるべきか』もあるけど最終的には『やりたいからこれ』って感じで決めてるんじゃないかしら。――我がままってやつ?」

「あっ、今ギルド員の皆がどこかで『お前がいうなよ!』って叫ぶ声が聞こえたわ……」

「あら、耳良いわねマリア。私は聞こえなかったわ?」


 ふふん、と鼻を鳴らすプルミエールをひとまずスルーして、次にマリアは自嘲気味な笑みを浮かべた。

 顔はやや俯き気味だ。


「でも、そうやって一人でなんでもできてしまうから、なんだかあの人は放っておくと一人でどこまでも行ってしまいそうで……時々放っておけなくなります」


 なんだかんだと、サレは一人で全てをこなしてしまいそうな印象を抱かせる。

 いつだって率先して身を投げ出す。

 そして生還して、自分たちに笑みを向ける。

 今までだって、その繰り返しだった。

 でも、


 ――もし戻ってこなかったら?


 生還してこなかったら。

 最近、自分たちがまきこまれている大きな流れを知り始めて、そんなことを思うようになった。

 すると、

 

「えっ、なになに? もしかしてあんたもあの愚魔人に惚れてる感じなの!? きゃーなによそれ初耳じゃない!」


 なにをどう勘違いしたのか、プルミエールが仰天したように白翼を大きく広げて叫んでいた。


「ち、違うわよっ!」


 思わず否定が口から飛び出る。


「えー? ホントにー?」

「ホントにー?」


 イリアまでもがプルミエールを真似て追及を強くしてきた。


「ほ、本当よ」


 たぶん。


「ふーん。でも『放っておけなくなる』んでしょ? んんー? どうなのよ?」


 なかなかしつこい。

 というよりしぶとい。


 実際はどうなのだろうか。


 マリアは思い直す。

 

 ――……。


「……た、たぶん」

「ほう? ほほう?」


 アリスのような反応をプルミエールが半目で表していた。

 表情まで似てきている。


「なんだか曖昧な感じね? マリア、そういうのもっとハッキリしてそうだったけど」

「言い訳がましいけど、あんまり経験がないのよ……」

「えっ!? その『身体』で!?」

「ちょっと! なんか誤解を招く言い方しないでっ!?」

「えっ!? うそっ!? そんな――えっ!?」


 一体何に驚いているのか分からないが、プルミエールの仰天は大きくなるばかりだった。

 金髪を揺らし、白翼を揺らし、ついでに胸も揺らしてまたすれ違う男たちの熱い視線を集めながら、目を丸めている。


「どういう疑問なのかしらね……」

「だ、だって……そんな――男の理性を破壊するためだけに存在するような身体を持ってて?」

「ひ、ひどい……!」

「あっ、ちょっ、悪かったわ、悪かったってば。ちょっと、マリアにそんな顔されると私でもどうしていいか分からないんだけど……」


 「つまり超魅惑のボディってことよ、そう、そういうこと。さっきのはナシね?」プルミエールは珍しく焦った様子で訂正していた。


「マリアはねー、私を助けるためにずーっと頑張ってたから、あんまり普通の人と同じような生活してこなかったんだよー」


 すると、プルミエールの胸に抱かれていたイリアが間延びした声で言った。


「ふーん、なんか、いろいろあるのね、精霊族にも」

「超いろいろ! でも最近マリアも自分のことできて楽しそうだから、私は嬉しいよ!」


 イリアは無垢な笑みで笑っていた。


「それで! マリアはサレのこと好きなの!?」


 「よく訊いたわイリア。油断させといてがっぷりいく感じね!!」プルミエールがなぜか自慢げで言っていた。


「えっ!?」


 マリアもまさかイリアがそんな切り返し方をするとは思っていなくて、言葉が詰まる。

 ここで肯定するとえらい目に遭いそうだ。

 かといって否定するのもなんとなくしっくりこない感じがして――


「ひ、秘密ということで」

「なによそれ無難すぎておもしろくないわね!」


 マリアは逃げることにした。


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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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