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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第十幕 【邂逅:合縁に招かれ奇縁を招く】
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153話 「咲き誇る百花」【中編】

「今日は来客が多い日だ」

「そういう日もあるじゃろ」

「そうだねぇ」


 サレはシオニーと入れ替わりに部屋に訪れてきたトウカを、部屋の椅子に座るよう手で促した。

 サレはそのまま立ちあがって、トウカが座る椅子を演技ぶった動作で引いてみせる。

 まるで執事の如き優雅さで。


「ふふ、なかなか様になっておるぞ? 意外とぬしはそういう役柄でも良かったかもしれぬな」

「馬鹿を言え、こんなん持たないよ。三十分もあれば粗相の二つ三つは起こすと思うよ」


 サレが笑う。

 そうしてサレはトウカの向かいのもう一つの椅子に腰をおろし、


「それで、どうしたの?」


 机に肘をついて頬杖をしながら、微笑で訊ねた。

 トウカはそのサレの顔を真正面から見据えて内心に思う。


 ――こんな色気のある表情をする男じゃったかな。


 いつもはもっと子供っぽい。

 好奇心が旺盛で、気になることがあるとすぐ首を突っ込む子供。

 そんな印象が大半だ。

 とはいえもちろん、


 ――戦いの場では別人じゃがな。


 戦場でのサレはまさしく魔人だ。

 黒い炎を身に纏い、長大な剣を掲げ、戦場を単身にて駆け抜ける魔人。

 触れられない。

 触れれば自分も燃やされてしまいそうな、そんな恐ろしさがある。


「少し相談したいことがあっての?」

「なになに? 珍しいじゃん、トウカが俺に相談事って」


 ふと、サレの表情から色気が消える。

 いつもの少年のような表情だ。

 面白いものでも見つけたかのような、明るい表情。


 ――やっぱり、こっちのがしっくり来るの。


 先ほどの表情はそれはそれで、少しドキリとさせられたが、やはりサレにはこちらの表情のが似合う。


「『神格』についてじゃ」

「なるほどなるほど、神格についてか」

「そう。――聞いたところによると、わらわ自身は実感がないのじゃが、わらわの固有術式たる『雷電』が神格を有するというではないか」

「そうだね。セシリア第一王女が言っていたよ。未来図の中でテミスの神格を抜かれたって」

「実際当たってないわけじゃから、わらわ自身はなんともいえんがなぁ」


 トウカは両手を頭の後ろで組んで、椅子を後方に反らせながら言った。

 するとサレの方が、にやりと笑みを浮かべてすぐさま返した。


「試してみる?」

「――試す?」


 思わず聞き返す。

 

「どうやってじゃ?」

「俺の黒炎とやり合ってみればいいんじゃない?」

「――馬鹿を言え」


 それこそ馬鹿を言え、だ。

 同じ神格を超える要素を持つ者同士とはいえ、そこに差があることはトウカとて分かっていた。


「大丈夫だよ。黒炎の神格はある程度調節できるから。ゆっくりやってこう。――それに」


 サレが続けた。


「いつかの模擬戦で、ちゃんと手を合わせられなかっただろう?」

「懐かしい話を持ち出しよるな、ぬしは。マリアもよく言っとったぞ?」

「なんて?」

「『副長の何気ない言動はあとあとうまいこと作用してくることがありますからね』と」

「たまたまだろ」

「じゃろうな。ぬしにそんな先見の明はないしの?」

「改めて言われるとちょっとギリウスみたいに『ぐぬぅ』とか言いたくなるな……」


 サレは言いながら、結局「ぐぬぬ」と唸った。

 そうしてそのあとに再びトウカの目を見て訊ねる。


「――で、やる?」

「……そうじゃな。ならば、せっかくだしやるとしようかの」


 トウカは言って、椅子から立ち上がった。

 腰の刀鞘を取り外し、机の上に置いたあとにサレに近づく。


「どうすればいいのじゃ?」

「握手をしよう。黒炎の手と、雷電の手で」


 瞬間。

 サレの右腕に燃え上がるものがあった。

 黒炎だ。

 燃え盛る音を発した直後、次にバチバチと弾けるような音を放つ黒い炎。

 対するトウカは、


「その手をつかめと?」


 ひるんだ。

 掴んだ瞬間、自分の手は焼けてはしまわないだろうか。

 しかしそんな内心をよそにサレが返してきたのは、微笑と言葉。


「『確信』が欲しいんだろう?」

「……」


 術式は基本的に事象式の構成による力だ。演算的な側面が強い。

 しかし一方で、そこには意志が介入する余地がある。

 想像や意志に呼応する性質が、少なからずある。

 ゆえに現象に確信を抱けるか抱けないかは意外と大きな問題だった。

 生態能力としての側面が強い『固有術式』においても、それは関係してくる。

 特にトウカの固有術式は、普通の術式に性質が似通っていた。

 現象を表す術式が最初から肉体に刻まれているタイプ。

 だから、生態機能というよりはただ先天的に知っていただけの普通の術式、という括りにも入れられる。

 となれば、やはり『確信』は必要だ。

 トウカは自分の雷電が神格を越え得ることに確信が持てなかった。

 あの時のセシリアへの雷電刀の一撃も、結局は避けられてしまったからだ。


「トウカにも怖いものはあるんだね」

「前にも言ったが、わらわは臆病者じゃぞ。怖いものだらけじゃ」

「でも前線には出てるじゃないか」

「戦いはそこまで恐ろしくはない。わらわは戦鬼じゃからな」

「トウカ、今俺の手をつかむのも、それとたいして変わらない。俺との戦いだ」

「やや無理がありはせんかの?」


 「あれ、やっぱ俺説得苦手だわぁ……」などとサレが左手で頭を掻いているが、差し出している右手はそのままだ。


「――わかった、わかったとも。そこまでぬしが言うなら、やってやろうではないか」


 トウカは決心する。

 固有術式を発動させて、身体に雷電を纏った。

 青白い雷が身体の表面を走り、音を奏でる。

 それを右手に意識的に集中させ――ゆっくりとサレの右手に近づけた。


「――」


 ごくりと生唾を飲む。喉の奥をゆっくりとそれが落ちていって、気持ちの悪さを感じさせた。

 つかめ、つかめ。

 内心で念じながらもう少しのところまで右手を近づけ――


「あっ――」


 そこまで行って、サレの方から手を握ってきた。

 唖然とした声がトウカの口から飛出し――


「熱く……ない」

「トウカの雷電が俺の黒炎に勝っているからだよ。たぶん、術式がぶつかりあって俺の黒炎が消えているんだろう。――ほら、これで確信を抱けただろう? 簡単なことさ」

「そ、そうじゃな――」


 トウカはホっと息を撫で下ろした。

 良かったと、心底から思う。

 これで皆のために力を使うことに、自信が持てる。

 もっと役に立てると、確信が持てた。


「手間をかけさせたの、サレ。わらわ、その……結構強情で、頼みごととか苦手で……今日も気合入れてきたのじゃが――」


 結局、自分からはうまくできなかった。

 サレが率先して話を引っ張って、方策まで考えてくれた。

 なんだかんだと不甲斐ない。

 トウカは自分を戒める。

 かといってこのまま弱気なことばかりを言うのもそれはそれで、同情を誘うようで女々しい。


 ――いや、わらわとて女じゃが。


 ともあれ、だからこう言おう。


「ぬしは――頼りになる男じゃな」

「だろ? いやぁ、ようやく俺の偉大さがわかったかぁ! 照れるなぁ……!」

「あっ、でもその照れてる顔は緩み切っててまったく威厳がないのう……」

「……」


 即座の動きでサレが机に突っ伏した。


「ねえねえ、ご褒美とかないの? ――俺役に立ったなあ。いやぁ、俺、かなり役に立ったなぁ?」


 突っ伏した状態からチラチラとサレが視線を送る。


「……しかたないのう。乳と腹と尻、さぁどこにする?」

「えっ!? マジで!?」


 サレがこれまでに見たこともないような速度で身を起こし、ガタンと机を揺らした。

 立ちあがった衝撃で後ろに吹き飛んだ椅子が壁に激突し、そのまま倒れる。


 ――お、おお……


 トウカはそこに男のリビドーの凄まじさを見た。


 ――あ、あれっ、ちょっとこれ、わらわミスった感じかの? もしかしたらこのまま済し崩し的に喰われるのでは……


 己で撒いた種のせいで、心臓がキュンと縮こまった。


 ――ま、まあわらわとて女じゃし……? わらわより強い男ならべつにそれも良……


 いやいやいや。

 待て待て。

 なにを自分から甘露に溺れようとしているのだ。

 ふと視線をあげる。

 机の向こう側で黒い尻尾を激しく振っている男がいる。


 ――んっ、んむ……


 自分の身体にここまでわかりやすく喜んでもらえるのは、嫌な感じはしない。

 当然、女としての自負もある。

 ここまで喜んでもらえるなら、少しも女としての身体に気を遣ってきた甲斐があるだろう。

 さらに見る。

 彼の顔にはキラキラと輝く喜びの感情が載っている。

 意外にも情欲の虜になっているという感じはしない。

 いや、あの下にはきっと恐ろしいリビドーの怪物がいるに違いない。

 気を抜いた瞬間にめちゃくちゃにされるかもしれない。


 ――んっ。


 だめだ、先を想像してはいけない気がする。

 自分と目の前の男が床で乱れている光景は、なんだか想像するといけない気分になってくる。

 なによりも、


 ――引っ張られそうじゃ……


 その光景の甘さに引っ張られそうだ。

 これでは自分から目の前の彼を求めているみたいではないか。

 ふと、トウカの脳裏に何人かのギルド員の姿がよぎった。

 そのどれもが女である。


 ――抜け掛……


 違う。

 落ち着け。

 まだそういう露骨な関係にはなっていないはずだ。

 皆まだ距離を見計らっているはずだ。

 最近はあの銀髪の人狼がぐいぐいと接近モードだが――


 ――ああもうっ。これではまるでわらわも――


 沈黙が身に刺さりはじめる。

 目の前の彼がここぞとばかりに左手を掲げ、わきわきさせている。

 ついでにやや近づいてきている気がする。じりじりと。

 このままでは本当に済し崩し的になる。そんな気がする。

 済し崩しでそういう関係になるのは、ちょっと残念だ。

 どうせならこう、それなりに雰囲気のある状況で。

 ついでに言えば『気兼ねなく』そうありたいと思う。

 

 ――よ、よし。


 トウカは決心し、じりじりと寄ってくるサレに対して肩を開いて、


「い、今のは冗談じゃ」

 

 無理やり丸め込むことにした。

 瞬間、サレの顔が凄まじい反転模様で『喜』から『哀』に移行する。

 透明の水に絵の具を落としたかのごとく、一瞬で濁り、そして哀しみという絵具に染まっていく。

 尻尾も一瞬にして地に落ち、力なさげに床を擦っていた。


「あ、あんまりだっ……! い、いいかトウカ……よく訊け。今トウカは一番男にやってはいけないことをした! わかるかトウカ」


 名を連呼されて、思わずトウカはうなずいてしまう。


「お、おう」

「男はな、たとえ『うっそだぁ』とか『え、冗談でしょ? 騙されないよ?』とか思っていても、それでもやっぱり心のどこかでは期待する生き物なんだ……! だからたとえ望み薄な冗談に聞こえていても、もう乳とか尻とかそういう単語にはどうしても無意識的に希望を抱いてしまう! これは性だッ!」

「う、うむ」

「だから冗談と分かっていてもなお、冗談であることを突きつけられると、すごく居た堪れない気持ちになる! いっそ無言で逃げてくれた方があとでドキドキできたりする!」


 つまり、とサレは繋ぐ。


「俺は今猛烈に悲しい……!! 手をわきわきしていた自分が馬鹿みたいに思えてくる……うっ……」


 ――なんだかとても悪いことをした気分になるの、これ。


 否、たぶん悪いことをしたのだろう。


「――な、ならば次に助けてもらったらその時こそぬしの欲望を満たしてやろう! だ、だからそんなに悲しむでない……」


 そのまま彼を悲しませておくのも悪い気がして、トウカは思わず言ってしまっていた。

 すると、


 ――あっ、今わらわハメられた気がする。


 サレの顔がまた一瞬のうちにパァっと明るくなった。


「ホント?」


 首を傾げて問いかけてくる。

 生意気にも言質を押さえにきている気がする。

 ここで「うん」と返せばこっちはこっちでまた甘露の誘惑にハマりそうだ。

 だから、今サレ自身がいった方策を使おう。


「カカッ!」


 笑いながら、トウカは逃げ出した。

 「うん」とも「冗談じゃ」とも言わず、可能性だけを残していく。

 

「あっ!」


 対するサレは「してやられた」という顔をして、けれどトウカのことを追い掛けはしなかった。

 部屋の扉から出る間際、トウカはサレの顔をちらりと振り返った。

 そこにはサレの穏やかな顔があって。


 ――なんだかんだと、うまいこと元気づけられたのはわらわの方じゃな。


 すべてサレの手のひらの上だったのかと勘繰ってしまうほどに、サレの顔には余裕があった。

 

 ――まさか。


 サレはそんなに器用じゃない。

 だから、たまたまだろう。

 トウカはそう思って自分の口角があがったのを感じた。


 なんだかんだと、自分もよくサレのことを見ているものだ。


 その笑みを隠さずに、トウカは最後に部屋の扉を閉めた。


◆◆◆


 トウカは笑みを浮かべたままサレの部屋から飛び出して、自室への道を進みながらふと考えを巡らせていた。


 なんだか、忘れていることがある気がする。


 何か、先ほどのサレの姿に違和があった気がする。

 その違和感はどこから来るのか。

 トウカは思い出したように自分の右手を見た。


「……」


 サレの黒炎の手と握手をした右手。

 あの時自分の手はまったく熱さを感じなかった。

 それは鬼の雷電がサレの黒炎に格で勝ったからだという。

 もちろんサレが本気を出せばたちまち自分の雷電は負けて、燃え散ってしまうだろう。


「――待て」


 思わず足を止める。

 トウカは気付いた。

 負ければ燃え散る。

 ならば、


 先ほどのサレの右手は?


 自分の雷電はサレの黒炎に勝っていた。

 そうなると、サレの右手に自分の雷電が直に触れたことになる。


 ――まさか。


 サレは自分の胸をわざとらしく揉みに来た時に、右手を前に出さなかった。

 サレの姿に得た違和は、たぶんそこだ。

 普段なら両手を広げて襲い掛かってくるだろうところを、右手を隠して――

 確信を得た瞬間、トウカはサレの部屋に駆け戻った。


◆◆◆


 トウカがサレの部屋の前にたどり着いた時、中から会話が聞こえてきていた。


『ぬっ、その右手どうしたのであるか? おイタでもしたのであるか? ははーん、さてはシオニーの乳を揉んだのであるな!』

『乳揉んだだけでこんなんなるなら俺は人生で三回くらい揉めれば満足する。それ以上は身が持たない』

『あっ、三回は揉むのであるな……』

『ギリウスはっ! 乳を揉まずにっ! 死ねるのかっ!?』

『お、おおう……なかなか迫真な感じで……』

『というかギリウスの口から乳揉むとか出るとは思わなかった』

『えっ、いや、なんか最近外道どもがシオニーの乳が云々言ってたであろう? なんか流行なのかとおもって、我輩も試しに使ってみようと……』

『ついにシオニーのイジられ能力もそこまで来たか……意味なく乳が云々ってマコトレベルだな……ああ、まあ、右手は大丈夫だよ。すぐ治る。ちょっと黒炎術式イジってたらミスっちゃってね』

『そうであるか。ほどほどに気を付けるのであるよ』

『そこは普通に気を付けるでよくね?』

『普通に気を付けたらサレが身体を張ったギャグを見せられなくなるではないか。サレは失敗してなんぼであるよ』

『思ったんだけどさ、ギリウス最近ややアリス化してきてるよな』

『えっ!?』

『自覚がない分結構厄介だわぁ……』


 トウカの耳は一連の会話を捉えていた。

 そこからの会話は他愛なく、かつやや男同士の会話な要素があったので、トウカは盗み聞くのをやめた。

 ギリウスが部屋の中から出てくる時に鉢合わせると面倒だったので、トウカは一言を残してサレの部屋の前を去ることにした。


 ――やっぱり、全部ぬしの手のひらの上じゃったのかな?


 少し悔しく思う。

 男に手玉に取られるのは、少し悔しい。


 ――次はわらわが、ぬしを手玉にとってみせよう。


 でも、今は素直に。


「……ありがとう、サレ」


 トウカの赤い着物が廊下に舞った。


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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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