149話 「愛的サウダージ」
「では、その同盟という武器を向ける先は?」
カイムがジュリアスの言葉を統括し、前提としておきながら訊ねた。
カイム自身もそれについて思考を巡らせているようで、思案気な表情だ。
対してジュリアスはカイムの問いに即時で答えた。
何故ならジュリアスにはすでにそれについての予想があったから。
確信的な予想。
なによりも、マキシアは何を恐れたか。
「――〈魔神〉」
〈サレ・サンクトゥス・サターナ〉。
〈魔神〉になる可能性がある魔人族。
おそらく最も神格に近い男。
かつてあらゆる種の中で最も神格に迫った種族の末裔。
そして、
「あのギルドには――」
他にも似たレベルの存在が何人かいる。
「〈竜神〉、〈鬼神〉、〈天神〉――」
〈凱旋する愚者〉。
その中で神格に近い存在が、すでに三人いる。
「――〈凱旋する愚者〉か!」
その叫びはセシリアからあがったものだった。
セシリアはよく知っている。
実際に手を合わせ、彼らの神格への覚醒を間近で感じていたのはセシリアだ。
セシリアは赤銅の髪を大きく揺らしながら、椅子から立ち上がった。
その顔には焦燥が見て取れる
「そうか。そういうことか。――となると、あとはジュリアス、君も狙われているね」
カイムが言った。
カイムは片手で額を押さえ、まだ思案気な表情のままで続ける。
「神族の一方勢力として独立したマキシアが恐れるのは、もう一方の神族勢力だ。――つまり〈王神ユウエル〉。そしてその神格者であるジュリアス、君もだ。まだユウエルがどういう立場に帰結するか分からないからなんとも言えないけど、もしユウエルがあくまで調停者として力を振るおうとする場合、ジュリアスから対価を貰わねば動けないかもしれない」
できればあってほしくない予想だ。
しかし、
「ユウエルまでもがマキシアのように自在に力を使ってしまえば――」
結局それはユウエル自身の存在をも貶めてしまう可能性がある。
この問題は狭間で揺れる。
『衝動』と『矜持』の狭間だ。
「マキシアを止めるためにその神格を自在に使いたい。しかし使えばマキシアの傲慢と重なる。だからあくまでジュリアスという神格者の対価をもらい、【分配】調停者としての側面を保ちながら、力を使わねばならなくなるかもしれない」
カイムは言いながら、血の気が引いていくのを感じた。
――だめだ。それは絶対にだめだ。
それでは――
間違いなくジュリアスが死ぬ。
だめだ。なんとしてでもそれだけは。
止めなければ。
「ジュリア――」
カイムはジュリアスに視線を向け。
言葉を止めた。
――どうやって、このジュリアスを止めればいい。
ジュリアスの顔に映っているのは何者をも寄せ付けない決意の表情。
猛炎の意志の閃き。
――この顔をしたジュリアスを、どうやって止めればいい。
カイムは答えが分からない。
明晰だ明晰だと昔から囃し立てられたその頭は、こういう時にまるで役に立たない。
そもそも、ジュリアスを止めてしまったらどうする。
どうやって最高神の進撃を止める。
誰が、どうやって。
ジュリアス失くして、テフラ王国は存続しえない状態に追い込まれている。
カイムは気付いた。
自分たちの立ち位置が、思った以上に悪くなってきていることに。
ジュリアスが闘争の前から主張してきた『時間がない』という言葉の意味を、その危機が現実になったあとに理解する。
もっと早くに、無理をしてでもジュリアスの声を聞き上げるべきだった。
「カイム兄さんは、僕の話をよく聞いてくれましたよ。カイム兄さんは誰よりも早くに僕に協力してくれた」
カイムの唖然とした表情からその内心を神の如く読み取ったジュリアスが、優しげな笑みを浮かべて言葉を述べていた。
「ジュリアス――」
そこでカイムは閃いた。
ようやくの閃きだ。
「ジュリアス、私がユウエルと契約すれば――」
そうだ。なにもユウエルと契約できるのはジュリアスだけではない。――ないはずだ。
そもそも調停者と言いつつ、ユウエルはジュリアスに憑いている。
基準は分からないが、それならばもう何人かと契約することだってできるはずだ。
「カイム兄さん、それは無理です」
「なぜ――?」
「ユウエルは現界で一人しか神格者を作れないからです」
カイムはその言葉を放つジュリアスの顔横に、大きな神界術式が広がっているのを見た。
今の今までなかった術式陣だ。
「そこにいるのはユウエル……?」
「そうです。僕も今のカイム兄さんの言葉を聞いて、その可能性を考えました。それでユウエルに訊きました」
「返ってきた答えが今の言葉かい……? なぜ? なぜ一人しか作れないんだ!」
カイムは苛立たしげに術式陣に声を飛ばした。
しかし答えるのはジュリアスだ。
◆◆◆
「最高神マキシアが、アテム王としか契約していないからです」
◆◆◆
それは均衡の『有意識』。
同格たるマキシアが、一人としか契約していないから、ユウエルも一人としか契約できない。
『余の口から説明する』
すると、ついにジュリアスの顔横の術式陣から白光の人型が姿を現した。
顔は白光に包まれていて見えない。
「カムシーンの神界のあとにマキシアの神界へ行った。間接的に奴に宣戦布告されたぞ。確定だ」
◆◆◆
「最高神マキシアはアテム王の裏についている」
◆◆◆
「余は気付いた。【分配】調停者の長であるはずの余が、なぜジュリアスという存在に惹かれたか」
ユウエルは言った。
「それは最高神マキシアがアテム王に憑いたからだ」
それは均衡の『無意識』。
「マキシアという三貴神の一柱がアテム王という存在に憑いた。純人至高主義国家、その大国である王国の王に。そして余の本質が、『それに対抗するように無意識的に働いた』。つまり――」
◆◆◆
マキシアの行動が、ユウエルをジュリアスのもとに導いた。
◆◆◆
「余たち三貴神はおそらく根本――その存在原点において繋がりがあるのだろう。マキシアの越権行為に、余の王神としての本質が働いたのだ。マキシアの行為に対抗できるように、余をジュリアスの元に導いた」
それはまるで世界の意志。
「アテム王に、アテム王国に、対抗できる存在はこのジュリアスであると、余の本質が導いた」
「だから――ジュリアスは――」
神々の王とまで呼ばれる存在に好かれたのか。
「――あんまりだ……これではあんまりではないか……」
すべては最高神の越権行為が招いた世界の変容。
そもそも最高神が行き過ぎたエゴに囚われなければ、ジュリアスは王神に取りつかれることなく、そして対価として命を差し出す必要もなかった。
「本当に、これ以上ユウエルは神格者を作れないのかい……」
「すまない、カイム。マキシアがアテム王以外の神格者を得ない限り、余がさらなる神格者を得ることはできない。余がそれを先にしてしまえば――余もマキシアの傲慢に取りつかれることになる。それでは意味がないのだ」
カイムは神々の王が自分に謝罪を述べる意味を、その言葉以上に理解していた。
王神が、たかが純人に、謝った。
その重さが分かるゆえに、カイムは同時に王神がその調停者としての矜持を捨てないことを、理解してしまった。
純人に頭を下げてでも、王神ユウエルはその調停者としての存在意義を捨てない。
つまり自分たちで定めた『最後の一線』は、絶対に越えない。
「マキシアはその一線をすら越えているというのに……!」
「――できないのだ。余がそれをやれば、余のもとにいる神族たちが混迷する。余は――」
ユウエルが言った。
はっきりと、言った。
「余は――神々の戦のためにジュリアスを利用せざるを得ない」
――くそ。
――くそ……!
「くそおおおおおおおおおおおおおおお!!」
王族たちは、生まれて初めてカイムが言葉を選ばずに悔しさを発散させるのを見た。