148話 「対的エキゾチシズム」
ジュリアス・ジャスティア・テフラは神族たちの寵児である。
一方で、その日、一部の神族にとっての悪児になった。
◆◆◆
ジュリアスは神族たちの話を受けて、一旦兄姉と一緒に空都アリエルへ戻った。
向かったのはテフラ王城だ。
つい先ほど王城の一室でエスター第六王子と舌戦を繰り広げたばかりで、ジュリアスの姿を見送っていた王城勤務者たちは目を丸めてその出戻りを迎えた。
加えて言えば、王城の門をテフラ王族――それも昨今まで権力闘争をしていた兄妹たち――が歩を並べて跨いだことに、誰もが驚いていた。
ジュリアスはセシリア、レヴィ、エルサを伴って王族の部屋がある王城上階へと向かい、途中王城勤務者を遣わせて第二王子カイムと第六王子エスターを迎えに行かせる。
「サフィリス姉さんとニーナ姉さんは王城にいるかい」
途中、ジュリアスはやや厳しい表情ですれ違った王城勤務者に訊ねた。
「いえ、会合以来一度も姿を見ておりません……」
「……そうか」
そのことがジュリアスには気がかりだった。
続けて、もう一つの懸念をジュリアスは訊ねる。
「『陛下』は?」
「陛下もまだ――」
「カイム兄さんでさえも面会できないのに、他の者が会えたわけがないか……すまない、答えづらい質問をしたね」
ジュリアスは「もういいよ、仕事に戻ってくれ」そういって勤務者を帰した。
そのまま階段を昇って行く。
すると、勤務者たちの姿がまばらになってきたあたりで、途中の階層から王族の列に加わってくる者がいた。
「ジュリアス」
「エスター兄さん」
〈第六王子エスター〉だった。
少し砂色に寄った金髪をかき上げながら姿を現したエスターは、歩調を合わせながらジュリアスの隣につく。
エスターは隣についてきた臣下らしき美貌の女を「ついてこなくていい、部屋に戻ってろ」そういって手を振って追いやり、歩きながらジュリアスに視線を向けた。
「なにがあった。僕と契約していた神族たちが急に『ジュリアスと話せ』と言ってきたぞ。何かあったのか」
「ええ、一言では説明しきれないような、大変なことが」
ジュリアスは苦笑しながら答える。
「ためしに要約して言ってみろ。僕を舌戦で退ける程度には、お前は口がうまいだろう」
エスターが鋭い視線を向けつつ言うと、ジュリアスは数秒の間思案気な表情を浮かべて、そして言った。
「『新世界』が来ました」
「……くそ、まったくわからん」
「新しい世界が来たんです。『世界の摂理』が先ほど組み変わった。――神族が『下りて』きたんです。俗世に、神族が」
「神族が世界に介入してきたのか? いや、部分的な介入は最初からしているが」
「すいません、僕は僕で少し混乱しているんです、兄さん。――かみ砕いていえば、たぶん、神族が純人族にとっての『異族』になったのでしょう。ただの――異族に」
「純人族と異族の位置にまで、神族が下りてきたのか?」
「そうですね。そんなところです。彼らはたぶん、ついさきほど完全に『調停者』ではなくなった」
「はっ、今までだってたいして調停者ではなかったがな」
エスターは強く息を吐いた。
「そうですね。ただ問題は、その神族が対立し始めたということです」
「対立? 神族が神族で争うというのか? ――完全なる俗物ではないか」
「神族は神ではありませんから」
「ああ、それは僕だって心得ている。しかし神族の対立とは――」
「そのへんも詳しくお話しますよ。カイム兄さんや他の兄さん方がきてから、もっと詳しく」
「わかった。なら会議の間へ急ごう」
そこからは歩を速めることに注力し、王子も王女も言葉を紡がなかった。
◆◆◆
最初にジュリアスが威圧して闘争から辞退させた他の王子と、第二王子カイムも含め、現状で集まれる王族がすべて会議の間に集まったのはそれから十数分後だった。
「ジュリアス、ものものしい雰囲気だけれど、何があったんだい」
「カイム兄さんのところには神族が来ませんでしたか?」
「テミスは来たけど、何かに追われるようにすぐにどっかに行ってしまった。他の神族は来なかったよ。どうやらその口ぶりだと神族に関係することらしいね」
「相変わらず察しが良くて助かりますよ、カイム兄さん」
「私はそれが取り柄だからね」カイムは言って、早速会議の間の椅子に座った。
会議の間の机は前のような円卓ではなく、長テーブルだ。あの円卓をジュリアスが天空圧で潰してから取り替えたのだろう。
ともあれ、そのうちにどんどんと王子王女が席についていって、会議の間の長テーブルの最奥、その中央の席がぽつりと空いた。
その席は最上位の者が座る席である。
すべての顔を見渡せる、中央の椅子。
「ジュリアス、君があそこに座りなさい」
「僕は王ではありませんよ。兄さんや姉さんたちと同じ、一人の王子だ」
「ジュリアス、察しなさい。この際謙虚はいらない。君はこの場にいる王族の中で『最上位』だ。闘争を経てそうなった。だから君があの席に座りなさい」
カイムは有無を言わさぬ口ぶりでジュリアスに言った。
ジュリアスはそれに対しほんの少し逡巡したが、
「――わかりました。カイム兄さんがいうのなら」
そういって席に向かった。
ジュリアスがその椅子に座ることに反対する者はいなかった。
それが結果。自分たちが闘争を選んだ結果の光景。
ゆえに、そこには少なからず納得があった。
最初はなかったかもしれない納得が、今は皆の胸の中に存在していた。
それだけジュリアスの存在は大きくなっていた。
そうして全員が席に座ったあと、ジュリアスが率先して先ほどの神族の会合を説明していく。
どうやら神族の間に対立が生まれたらしいこと。
その闘争が最高神マキシアによって引き起こされたらしいこと。
現状で最高神マキシア勢力と王神ユウエル勢力に分裂しているらしいこと。
アテム王国にマキシアが関わっている可能性があること。
ジュリアスはすべてを可能な限りかみ砕きつつ、しかしできるだけ急いで話した。
◆◆◆
「馬鹿な……そんなことが……」
その場にいた王子王女たちは、ぽつりと上がったそのつぶやきに内心で同意していた。
だがそれが事実でもある。
ジュリアス、セシリア、レヴィ、エルサ、四人がその場に同席していた。
誰か一人であったならまだしも、もはやそこに疑う余地はない。
「サフィリスとニーナは――」
「消息がつかめません。唯一王族全体に繋がっているテミスに話をつけにいくよう言いましたが、どうやらサフィリス姉さんもニーナ姉さんも神界からの干渉を拒否しているようで」
「サフィリスはともかく、ニーナまで?」
サフィリスは自分の気が乗らなければ神族の干渉ですら許さないだろう。そういう女だ。
それは兄妹たちにとって周知のところだった。
しかしニーナは違う。
〈閃姫〉とも呼ばれるニーナは、こういう緊急事態には割と鋭い反応をする。
どちらかと言えば気ままなほうであったが、それでも彼女はまだ良識が有る方だった。
「ええ、門が開かないと」
ジュリアスは会議の間に入る手前、その直前にテミスから軽い報告を受けていた。
他の神族たちが独自に情報を集めに奔走する中、テミスに最初に課せられたのはテフラ王族の仲介役だ。
特にサフィリスとニーナ。
まだ闘争を終えていない相手には王城では会えないだろう。その予測は当然あった。
しかし状況は緊急を要する。
ゆえにテミスを仲介にした。
だが、彼女たちから反応は帰ってこなかった。
「そうか。ニーナも何かを『造っている』時は外界からの干渉を嫌うから、もしかしたらタイミングが悪かっただけかもしれないね」
カイムが言う。
〈閃姫〉ニーナのその異名は、特に創造系神族に好かれているが故の異名でもある。
閃きのもとに物を創ることに長けていた彼女は、セシリアと同じように性質を相乗するような神に好かれていた。
マイナスの補完型ではなく、プラスをさらに伸ばす神格者のタイプ。
そんな彼女が物を創るときに周りからの干渉を嫌うというのは兄妹たちからすれば周知の事実であった。
幼少時から創作時の周りからのちょっかいに怪訝な顔を返していたからだ。
「ひとまずサフィリスとニーナの件はおいておこう。どうしようもないのだから、それをおいて先に話を進めるべきだ」
「そうですね」
カイムの言葉にジュリアスがうなずく。
すると今度はセシリアから声があがった。
「私たちはどうするべきか。陛下が国政に対する意気を見せられない今、王国のかじ取りは私たちでするしかない。どうする、ジュリアス」
背筋をピンと真っ直ぐに立たせて厳かに椅子に座るセシリアが、ジュリアスに問いかける。
「……」
ジュリアスは手を顎に当てて思案気な表情を浮かべる。
「ロキは『アテムに気を配った方がいいでしょう』と言っていました。そしてその言葉はおそらく正しい。アテム王国の裏に最高神がいるのはほぼ確定ですから」
「最近のアテム王国の動向は?」
セシリアが早々に闘争から降りた二人の王子に言った。
第四、第五王子だ。
彼らはジュリアスに頼まれて王国の執務の統括にあたっていた。
ゆえに、ギルドとはまた別で、テフラ王国として外交情報を集めるのは彼らの役目でもあった。
するとセシリアの問いに第四王子が答える。
「近頃は西側の方でなにやら動いているという話は聞きました。アテム王国のさらに西側です。向こう側はテフラからは遠く、またアテム王国が東側との国境線上に細かい検問をいくつか置いているらしくて、行商人たちもそれを面倒がってアテムから西へはあまりいかないようです。そのためやや情報に偏りが」
「アテムのさらに西側か。さすがにここからは遠いな」
「セシリア姉さん」
今度はエルサが手をあげて声を上げた。
「なんだ、エルサ」
「西奥のことはわかりませんが、南西の方ならば多少の情報があります。私が闘争の時に戦力として交渉したナイアスのギルド〈獅子の威風〉から得た情報が」
「ほう、信用できるのか?」
「ええ、〈獅子の威風〉は南方国家〈ウルズ王国〉の王が長のギルドですから」
「ずいぶんと派手なギルドがナイアスには紛れ込んでいるな……」
「湖都ナイアスはそういう街ですから。――続けます」
エルサはセシリアへの説明もほどほどに、話を進める。
「そのウルズ王国の獅子王がいうには、テフラの西南西、アテム王国の南方あたりではいくつかの戦があったようです」
「何の戦だ?」
「獣人純人の混合国家と、アテム王国との戦です」
「〈異族討伐計画〉の一端か……」
「おそらくそうでしょう。そしてその生き残りがウルズ王国に流れてきたらしいのです」
「それで?」
「その生き残りたちから西南西方角の情勢を聞いたところ、アテム王国がどんどんと国家を統合していると。つまり同盟を結んで連合勢力になっているらしいのです」
「嫌な予感しかしない噂だな。その国家はやはり純人国家か?」
「いえ、どういうわけか、獣人国家や半獣人国家、また精霊国家なども統合しているらしく」
「単一種族国家か……」
セシリアが唸った。
その情報からくみ取れる情報を探す。
するとそこへまた別の声があがった。
「――まるで純血主義だな。純人至高主義から純血主義に主義を変えたか?」
エスターだ。
エスター自身がやや純血主義に偏ることを自覚していたため、その情報の偏りにも気付いた。
「いや、あのアテム王国が純人至高主義を変えたという線はさすがに薄いでしょう。そもそもアテム王国の統治機構は純人主義だからこそ成り立っている節がある。それを今変えてしまうと、国家そのものの存続が危うい」
ジュリアスがそこへ付け加えた。
「確かにそうだな。あれで数百年を存続していた国だ。いくら純血主義という似通った主義であっても、純人至高をあえて揺るがす可能性は薄いな」
エスターが納得する。
「だから、たぶんもっと――別の意図が――」
ジュリアスの脳内ではロキやユウエルの話が脳内で反芻されていて、情報の整理が同時進行で行われていた。
「なにか、もっと大きな『意図』が――」
引っかかる。
引っかかるのだ。
なにが引っかかっているのか。
考えろ。
ジュリアスは思考を最高速で回す。
情報の取捨、統合、整理。
方向性を纏め、その大きな流れを把握する。
そして、
「――まさか」
勘付くことがあった。
マキシアがアテムの裏にいると仮定する。
そのマキシアは、何を恐れていたか。
――『神格を超える存在』。
では、アテムについてるマキシアは、なぜ今になって異族国家と同盟を結んだか。
純人国家ならわかる。彼らには神格を超える要素が薄いから。
圧倒的な数の力はあるが、それと神格は関係がない。
神格を超える可能性が薄いから――同盟を――
ジュリアスはそのフレーズを何度か頭の中で繰り返し、そして直感した。
――マキシアは『選んでいる』。
マキシアは同盟国家をある基準で選んでいる可能性がある。
神格を超えない存在には、マキシアは脅威を抱かない。
ゆえに、
――あえて同盟を結ぶことにためらいがない。
むしろ、
――神格を超え得る存在に対しての『武器』として使う可能性がある。
つまり、
「マキシアは選んで同盟している。自分の神格を超えない相手を選んで」
超える可能性があるのなら、おそらくとっくに殺している。
そのための〈異族討伐計画〉である可能性が今もっとも高いのだ。
「『武器』だ。――マキシアは神格を超え得る異族を討伐するために、武器として同盟を結んでいるんだ」
ジュリアスの声が会議の間に響いた。




