135話 「王女と戯れの神」(中)
「ロキ、自分でジュリアス側だといっておいて今そのジュリアスと闘争中である私のもとにくるとは、さすがに戯れにしても――言い訳がつらいのではないでしょうかね?」
「ハハハ、感情が高ぶると結構しゃべるのですね、エルサお嬢さん。――本当に戯れですよ。いやね? 先日ジュリアスにキツーいお仕事を任されてしまいまして、今ちょうどそのお仕事から帰ってきたところなんですよ。それで、ふと様子を窺ってみればなにやらナイアスでいざこざが。ははあ、これは楽しそうだと思って――」
「わかりました、わかりましたから、それくらいでいいです」
「あと一時間くらい成り行きを話せるのですが」
「やめてください」
「しょうがないですねえ」
「どっちがだよ……」と黄金樹林のギルド員からぼそりと声があがったが、ロキも神族は神族なのでひとまず小さな声で、だ。
ロキはその声を聴き流し、その場でくるくると回り始めた。いつもの平行回転だ。
駒の様にその場を優雅に回る。
確実にそれにはたいした意味もないのだろうと、周りの誰もが思っていた。
「で、簡潔に言いますと、お仕事の報告でジュリアスに会いに行こうとしたんですが、どうにも今アリエルのほうで一芝居うっているらしくてですね」
「初耳ですね」
「アハ、珍しいじゃないですか。エルサお嬢さんが人のうわさを知り得ないとは。やっぱりエルサの情報収集の力にも限界はあるんですね?」
「私は人ですからね。神ではありません」
「ははは、実に然りな言葉だ。――まあそういうわけで、今邪魔するのも悪いかもしれないなあ、でも暇だなあ、なんて思って、遊びに来ただけです」
「なんで迷惑なやつなんだ……!!」また声があがった。
「いいじゃないですかあ、みなさんだって暇だったらフラリとそこらへんに遊びに行きたくなるでしょう? 特に意味もなく」
「だからってこうして敵陣に単騎で突っ込んでくるのはあなたくらいだと思いますよ」
今度はマーキスが苦笑して言った。
「まあまあ――それにしても、ジュリアスの芝居を本当に知らないのですか、エルサ。結構楽しそうですよ?」
「それをあなたに訊けば、あなたは答えてくれるの?」
「んー」
ロキは顎に指をおいて、考えるそぶりを見せた。
「まあ、いいでしょう。たぶん今ごろはおおかたケリがついているでしょうし。あっ、でもこれ、ナイアスにジュリアスがいないことを証明してしまっていますね。あちゃー、これはあとで怒られそうだ」
「……」
エルサにとってロキの懸念は周知の事実だった。当然言われなくともジュリアスがナイアスにいないことは今の対話で理解している。
しかし、だからといって、
「私がそれを知って行動を起こそうと思えば、あなたが責任を持って止めるのでしょうね」
「そうですね。たぶん、そうすると思います」
「なら結局はバレたところで意味がないでしょう。ほら、早く続きを」
「あ、はい……」
淡々と切り捨てられて、ロキは残念そうにうなだれた。
「本当にツれないですねえ……」そんな嘆息を交えての言葉が続く。
「今アリエルでジュリアスとエスター坊やが会談しているらしいですよ。仲介はカイムでしょうね。あとあの馬鹿……えーっと、ああそうだ、レヴィだ。レヴィ坊やも同席しているらしいです」
「さりげなくひでえ……」黄金樹林のギルド員から抗議の声があがる。
「いやあ、ワタシ面白い子は好きですけど、馬鹿は馬鹿で適度がよくて、行き過ぎるとちょっと……」
「レヴィ兄さんはときどき馬鹿ですけど、でもあなたがいうほど馬鹿ではありませんよ。ああ見えて結構鋭いですし」
「そうですね。――実はその理由は言い訳でして。レヴィはジュリアスと似ていて、よく神に好かれるじゃないですか。だから私が近づくと、あのクソども――間違えた、清廉な自然神の方々がお怒りになって、私を攻撃してくるんですよ。そんなわけであんまり好きじゃないんですよね。水で胴体薙がれて、そのあと樹に貼り付けにされて、最後に火であぶられたことがあります」
「ああ、土で生き埋めにされたことも……」などとロキは大げさな身振り手振りで悲しんで見せた。
「で、ジュリアスとエスターがなにを?」
「ホントに動じませんね……少しくらい付き合ってくれても……」
「法神を呼びますよ」
「あっ、それはいやです! テミスはいやです! あの堅物だけはワタシもあまり得意じゃないので! 最後ワタシに言いくるめられると最終奥義『泣き落とし』使ってくるし! ホントにあれ法と秩序の神なんですかね!?」
「女の泣き落としと秘儀土下座は時々慣習秩序を超越する、って言ってましたよ」
「なんですかそれ、いっそそれすら因習染みてるじゃないですか! ひどい神ですね!」
「まあ、最近はジュリアスの連帯ギルドに神格曲げられっぱなしで、かなり精神的にダメージ溜まってるらしいですけど。たぶんそのせいで少しおかしくなってるんでしょう」
「ほう、それは良い情報だ」ロキが言った。結局ロキは話題を戻し、さっきの話の続きを紡ぐ。
「さっきの話ですが、ジュリアスとエスターが話し合いで闘争をするらしいです。――話し合いで闘争って、なんか変ですね。言いなおしましょう。論争で決着な感じで」
「あのエスターが、ですか」
「そうですよーう。なんだか昔と比べて、少し頭やわらかくなっちゃったんですかねえ? ワタシはイジり甲斐がなくなって寂しいんですけど」
「そうね……」
「でもちょろっと現場を覗いたら、ジュリアスは結構楽しそうだったので、しかたないですよねえ。あんなに楽しそうなジュリアス、久々に見ましたしねえ」
ロキは平行回転の速度を速めた。くるくると服の柄がまわって、目に悪い光景を映し出す。
「すげえ目がチカチカする……」そんな黄金樹林のギルド員の声が、ぽつりぽつりとあがった。
「たぶん、空都アリエルでの二人の論争が終われば、ジュリアスが下に降りて来ますよ。さあどうするのです、エルサ? ジュリアス、たぶん本気で来ますよ? あなたはサフィリスでも、ましてやセシリアでもない。この意味がわかりますよね?」
「もちろんです。セシリア姉様や、ジュリアスのような、主神に好かれるような超人とはまともにやり合えませんからね、私は」
「まあ、カイムよりはマシですけどね。カイムは優秀すぎて面白みがない。だから神にもあまり好かれない」
「あなたたち神族の基準は本当によくわかりません」エルサは付け加えた。
「そういうわけで、決断をするならお早めに。エルサ、あなたには神族すら及びもつかないような、そんな思慮の深さがあります。あなたが何を思って行動しているのかは、ワタシたちにも予測できないかもしれない」
「そもそも神族は〈神〉ではありませんよ」
「そうですね。――そうですよ。ワタシはわかっているつもりです。自分が〈神〉でないことは」
「そう。あなたは、ね」
「ハハ。ともかく、ワタシがこうしてあなたに早めに決断を迫った理由を、しっかりと考えておくことです」
ロキが回転をやめ、ぴたりと止まった。顔には笑みがある。
エルサはロキの顔を見上げて、言った。
「――最後に聞いていいですか」
「ええ」
「私たちに、十分な『時間』はあるのですか?」
「…………」
ロキは笑みの表情まま固まった。
一秒ほどして、口を開く。
「――十分な時間は、たぶんないでしょう。まったくないこともないが、十分にあるわけでもない」
「……そうですか」
「では、ワタシはまだほかに寄るところがあるので、今回のところはこれで失礼します」
ロキが踵を返し、ずかずかと酒場の出口へと歩いて行った。
周りの黄金樹林のギルド員たちが道をあけて、ロキの背を見送る。
すると、不意にロキが思い出したように振り向いた。
懐からなにかを取り出して、エルサに向かって投げる。
「忘れてました! それ、サフィリスが穿いていたパンツです」
「…………どっから取ってきたんですか」
「そりゃ、ええと、秘密です! もしかして、いりませんでしたか?」
エルサが宙を舞う白の女用パンツをキャッチして、それをまじまじと見つめたあと、至極真顔な顔でいった。
「いるに決まってるじゃないですか!! ああっ!! サフィ姉様のっ!! サフィ姉様のパ――」
「周りのギルド員がうなだれてますから、あの、あんまりエスカレートしないようにしてくださいね? お楽しみは自室でどうぞ。――それではみなさん、ごきげんよう!」
ロキが酒場から颯爽と飛び出して、浮遊島の淵から飛び降りた。
「死んだろ!!」そういってギルド員たちが駆けていき、浮遊島の淵から眼下を見た。
浮遊島の高度数百メートルの位置に浮いてる。
転移術式を使わないで翼のない者が飛び降りれば、地面に叩き付けられて死ぬ。生きていたら奇跡だ。
だが、ナイアスを見下ろしたギルド員たちの視界にロキは映らなかった。
どこかへ消えてしまった。
どうやってかはわからないが、
「神族って、やっぱ神族だよな……」
誰かがそう言った。




