12話 「真実の語り部」【後編】
エッケハルトとシェイナの言葉が真実であると、アリスは言った。
自分がアテム王国の王族だと、うなずきと共に肯定してみせた。
「恐れながら、王女殿下。なにゆえこのような場所に? ――ここは危険です。異族が多くおります。我らと共に、一度王都へ帰還致しましょう。我らアテム王国の〈第二王剣〉が護衛を致します」
エッケハルトが頭を垂れたまま言う。
しかし、アリスは首を縦には振らなかった。
「いいえ。私はかつてアテム王家に名を連ねた者ではありますが、今は違います。私は〈アリス・アート〉です。ただの……そう――『出来そこないの異族』なのです」
「なにをおっしゃいますか。あなた様は我らがアテム王の実子であらせられます。そのあなた様が異族であるなどと――ありえないことです。あなた様は〈純人族〉です。もっとも純血と言っても過言ではないほどの、〈純人〉であらせられます」
「違います。――――そういえば、いかに〈王剣〉といえど、アテム王家の真実を知る者はほとんどいないのでしたね」
「恐れながら、真実とおっしゃいますと――」
異族も純人族も、誰もがアリスの言葉を待っていた。
「教えて欲しいですか?」
「はっ。王女殿下のお許しがあるのならば」
「わかりました。なら――教えましょう。ええ、できるだけ手短にお話しますので、どうぞ適当に聞いていてください、皆さん」
アリスはサレたちを見て、アテム兵士たちを見て、そしていつもの無表情で言った。
◆◆◆
「最初に申しあげておきますと、アテム王家は〈半異族〉と呼べる存在です。かれこれ五百年ほど前からでしょうか」
「それは――」
シェイナが即座にその言葉を訂正しようと口を挟んだが、
「質問は最後まで聞いてからにするように、お願い致します」
アリスに言われ、しようもなく――黙り込んだ。
「アテム王国は古くから、ある大掛かりな〈計画〉を実行すべく、暗躍していました。アテム王国ともっとも因縁の深い種族を討伐するための計画です。その計画の名を――」
アリスはサレに一瞥をくれて、そして言った。
◆◆◆
「〈魔人計画〉と言います」
◆◆◆
「ずいぶんとストレートな名称ですが、そこらへんは昔のアテム王族にセンスがなかったということにしておきましょう」
「魔人……計画?」
サレの口から言葉が漏れた。
「簡単に述べれば、それは魔人族を生みだすことによって、魔人族を滅ぼす計画です。くわしく話すと長くなるのでその程度に認識してください。それで、話は戻りますが――」
アリスは続ける。
「その魔人計画の中途段階にて、魔人とは別に、『ある存在』が生まれました」
アルフレッドの手記に描かれていた言葉がサレの脳裏をよぎった。
◆◆◆
『アテム王国は、魔人族とは別に魔人族討伐に特化した者を育てていた』
◆◆◆
それは、ある魂を歴代皇帝の中に押し込むために生まれた存在。
純人の中で、もっとも魔人族との相対に適した存在。
「――それが私たち〈アテム王族〉です」
アリスが言い、サレのなかで今までの情報が結ばれていって、一本の太い糸になった。
「アテム王家は代々、その時代の魔人族皇帝を討つために自分たちの末裔を魔人族討伐に特化させてきました。非人道的な計画の秘密を守るため、王家の純人自らがその任を受けなければならなかったのです。しかし、いくら特化させたとはいえ、相手は魔人族です。異族系最強種とも呼べる存在です。そんな種族に、純人が素のままで敵うはずもなく、時には神族の力を借り、神格者になりつつも、それでもなお、非常に劣勢な状態でした。そこで――」
一度アリスが言葉を切り、息を吸って、そして紡いだ。
「五百年ほど前から、アテム王族自体を異族に近づける手段を取り始めました」
誰かが息を呑んだ音が、その場に鳴った。
「――つまり、魔人族を討伐するため、純人が魔人族になろうとしたのです。ここまで滑稽なこともないでしょうね。あくまで魔人計画の目的は純性の、強靭な魔人族を生みだす計画でしたが、その中途段階で純人が偽物ともいえる〈準魔人族〉になることを求められたのです。いやはや、さすがにここまでくると笑い話です。――本当に」
アリスには珍しく、ほんの少し感情を露わにするように鼻で笑い、続けた。
「アテム王家は魔人族に近づくため、王家の純人の人体を改変する実験をはじめました。それはもう凄惨です。魔人族の〈眼〉を移植するのです。魔人族の躯の中でも最も大きな力を誇る――〈殲す眼〉の宿るその眼を。しかし、純人の躯が最初から〈殲す眼〉に耐えられるはずもなく、移植後一度の〈殲す眼〉の発動で、初期の準魔人族たるアテム王族は死にました。それでも、莫大な時間をかけて命と引き換えに慣らし、ようやく数度の〈殲す眼〉発動に耐えられる躯を、アテム王族は得たのです」
そういうわけで、とアリスはさらに続けた。
「その結果、ある意味の集大成が私――〈アリス・アート・アテム〉でした」
彼女の声が、空に昇る。
「――しかし、そんな私がついに王家の宿命を果たすため外界に出ようとしたとき、アテム王は私に言ったのです」
◆◆◆
「『アテム王家の力を使わずとも、魔人族を滅亡させることができてしまった』――と。そしてまた、『お前は必要のない存在になってしまった』とも。なかば狂乱状態で、父は私に言いました」
◆◆◆
「さんざん繰り返してきた外道染みた所業も、私の代で終わりを迎えたわけです。さすがの私も放心致しまして、〈殲す眼〉を暴走させた挙句、視力を失いました」
アリスは自分の目元に手をおいて言った。
「ああ、ちなみに、アテム王族の髪が灰色掛かった黒なのも、瞳が薄い赤なのも、準魔人族としての影響があるからです。魔人族は漆黒の髪と、鮮血のように赤い色の瞳をしていますから。――アテム王家は『紛い物』なので、すこし色が薄いのです」
アリスはサレに顔を向け、悲しそうに――微笑んだ。
「どうです? ――私の瞳に〈殲す眼〉の紋様は浮かんでいますか?」
不意に問い掛けられたサレは、放心したように彼女の瞳を見た。
少し色の薄い、紅色の瞳。
その中には確かに〈殲す眼〉の六芒星紋様が浮かんでいて。
「――ああ……」
「そうですか。純血種の魔人族にお墨付きをいただきました。もっとも、視力のない私はものを見て焦点を結ぶことができないので、この力が働くことはないでしょう」
「どうして――」
どうしてそんな彼女が異族側にいるのだろう。
サレはそう紡ぎたかった。
声が詰まって最後まで言えなかったが、どうやらアリスはその一言だけで悟ったようで、
「そうですね。単純に申しますと――アテム王家が嫌いだからです」
そう、彼女は呟いた。
◆◆◆
「なぜアテム王家はそれほどまでに一途に、盲目的に、異族を憎めるのでしょうか。危険だから、というのもわからないわけではありませんが、それにしても理不尽ではありませんか。はるか昔がどうであったかわかりませんが、今の時代に異族を一方的、盲目的に排他するほどの理由があるのでしょうか」
アリスはさらに続けようとして、しかし続く言葉を飲み込んだ。
そうして一息おいて、
「まあ、アテム王族としては私こそが異端なのでしょうね。この疑問を舌に載せるたびに、重度の矯正を受けていたものです。しかしその矯正結果も、父のあの言葉によって、すべて霧散してしまいました。醒めた、とでも申しあげましょうか。そうして無我夢中で王都を脱出し、自分自身で訳もわからないまま周辺域をうろついていたころに、彼らが来たのです」
彼ら、とはこの異族の集団だろう。
「そうしてひとつの流れが生まれ、結果、私はここに立っているのです。――しかし、なんと申しましょうか。私があなた方の『仇の一族』出身であることは確かです。だから、どうぞ、お怨みください。そして欲するならば――私の命を差し上げましょう」
アリスは淡々と、いつものように言った。
「そして第二王剣の皆さん、あなた方にとっても、私は〈半異族〉であるゆえに――敵です」
「……」
「あなた方は王家のために戦う者たちではありますが、同時に、アテム王国の理念と秩序のために戦う者でもあります。それに、私はすでにアテムの名を捨てた者です。あなた方は純人至高主義というアテム王国の理念と秩序のために、私を殺す『義務』があります」
「なので」とアリスが相槌を打ち、
「どちら側にも私を討つ『権利』と『義務』があるようですので――早い者勝ちということに致しましょう」
狂言とも言える言葉を、アリスが不意に放ち、無表情のまま両手を大きく広げ、
両群のちょうど間に仁王立ちした。
◆◆◆
異族の前線組は停滞していた。
判断が付けられない。
混乱。
すべての中心、集団の核が、壊れた気がした。
サレでさえも、とっさに動くことができなかった。
そんな中、たった一人、ためらいなく動く者がいた。
童話の中の天使のような白い大翼を羽ばたかせて、アリスに向かっていく者。
――プルミエールだった。
◆◆◆
対して第二王剣、エッケハルトとシェイナが率いるアテム王国の上位軍隊の動きは早かった。
――言われてみれば、その通りである。
王女は言った。
自分はすでにアテム王家の純人ではなく、ただの半異族であると。
そして第二王剣はアテム王国の軍隊として、その理念のために戦う義務があると。
――その通りだ。
今は王家に対する疑念などをおき、目の前の状況に対し、アテム王国の軍隊として接する必要がある。
ならば――
エッケハルトが背中に縦にくくりつけていた剣の鞘から大剣を引き抜いた。
さらにシェイナが同様の動きで背中から弓を取り出し、そして矢筒から矢を抜いてつがえ――
撃った。
◆◆◆
単騎にて飛翔するプルミエールと、シェイナが放った矢のどちらが速く、早いか。
どちらが早くとも――
――私は死ぬのですね。
己の意志ではなくとも、結果的に異族たちを裏切ってしまったことには、少々後悔が残る。
とはいえ、事実を隠していたのも自分自身で。
――そうですね、言い訳はこの程度にしておきましょうか。
だから、最後に。
――せめて、あなた方は生きてください。
そう、アリスは目を瞑りながら心の中で紡いだ。
……。
――さようなら。