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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第八幕 【劇場:群像は物語を奏でる】
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128話 「天使と地使」(前)

 銀色の光が見えた。


 自分の好きな色と、よく対比される色。


「金の次に、少しだけ高貴らしい色」


 銀。

 どこかで見た記憶がある、銀色の燐光。



 プルミエールは眼下の街路を走っていく灰色のローブ姿の影を、空中から見失わないように追いながら、ふとその影の指先に灯っていた燐光色に気付いて、胸中で思った。


「それにしても、どこまで逃げるつもりよ。そろそろ追いかけっこも飽きてきたんだけど」


 逃げ続けるものだから、つい追い続けてしまう。

 もしかしたらその本拠地は戻るのではないかという、あまり信用のおけない予測も多少は頭においてあった。

 だが、眼下の影は逃げるばかりで一向に新しい動きは見せない。


「私、我慢って苦手なのよね」


 そろそろこちらから手を出してしまおうか。

 まあ、特段これ以上の情報を動きに出さないというのなら、あとは本人の身体にでも聞けばいいだろう。


「じゃ、ちょっと大人しくしてもらおうかしら」


 そういって、プルミエールが飛翔しながら片手を空に掲げた。術式を編むための予備動作だ。

 空に掲げた手の人差し指を伸ばし、さらに天を指差す。

 そうして念じるのは、


「小手調べよ。――『日輪落とし(エーデルレイン)』」


 金色の太陽だ。

 指先に天力をもとにした術式を展開し、格別の熱量をもった小さな太陽を創出する。

 だいぶ前に模擬戦でギリウスにたいして使ったものよりも、ずっと小さい。

 だが、


「必死で! 無様に! 避けなさい! アハハハ!」


 振り下ろした指から発射された金色の小さな日輪は、猛然とした速度を宿した。

 もはや点で捉えることが不可能なまでの飛翔速度で、線を描きながら日輪が落下する。

 そして、瞬く間に影の背へと迫った。

 当たるか、当たらないか。

 

 ――当たる。


 プルミエールは確信する。

 影はそもそも自分の攻撃に気付いていないのかもしれない。

 まったく動きを見せないのだ。

 直撃すれば穴が空くくらいの威力は術式に込めた。これでは一撃で『致命』ではないか。

 これくらいなら避けるだろうと、そんな予想を秘めていただけに、少しだけ興ざめだ。

 

 ――まあいっか。


 当たりどころが悪ければ即死するだろうが、まあたぶん大丈夫だろう。できれば良い感じの致命傷で留まってくれると、一番良い。死ぬ前にその口から情報を吐き出させる時間があれば、なお良い。


 プルミエールは空からローブ姿の影を見下ろしていた。


 そして、今にも飛ばした日輪が影に襲い掛かるといったところで、


「――あら」


 不意に、影の背中側の地面から銀色の壁が現れた。

 地面から生えるように、銀に光る壁が生えてきたのだ。

 その壁は日輪と影との間にそびえたち、日輪の衝撃から影を守った。

 プルミエールが飛ばした金の日輪が、銀の壁に衝突して――霧散する。


「――へえ」


 気付いていた。

 影は自分の攻撃に、気付いていたのだ。

 それでもって、ぎりぎりまで引き寄せ、しかし確実にガードした。

 その一連の行動に見えたのは、


 ――えらく余裕じゃない。


「ちょっとイラっとしたわ?」


 プルミエールが言葉をつむぐ。

 眼下の影に対して、苛立ちをていする。

 すると、


「――っ!」


 眼下の影が空を見上げる動作を見せた。

 振り向きざまに、プルミエールが滞空する空を見上げた。

 そしてそのフードの下から――


 小ばかにするような『笑み』を見せていた。


 口角が片方だけつりあがっている。

 眉尻は緩み、少し垂れさがっている。

 細められた目の奥には、余裕の色がただよっているようにさえ見えた。


 間違いない。


「あんた、今馬鹿にしたわね。――笑ったわね。笑みを作ったわね。最悪の笑みを、わざと作ったわね」


 笑顔は、必ずしも良い印象ばかりを与えるものではない。

 侮蔑の笑み。

 嘲笑の笑み。

 場凌ぎの笑み。

 いろいろな笑みがあって、その中でも人の神経を逆なでする笑みがある。

 その中でも、


「嘲笑の笑みは、私が一番嫌いな笑み」


 プルミエールは腕を震わせた。

 それは恐怖からくるものでもなくて、武者震いからくるものでもなくて――ただの苛立ちからくる震えだ。


 ――だめよ。思い出してしまう。


 その笑みがもっとも嫌いな笑みになった原因は、『あの出来事』にある。


 ――ああ。


 すべてを失った『あの出来事』だ。


「むかつくのよ、その笑み」


 文字通り、胸がざわついて、むかむかする。


「私のすべてを奪ったあいつが、振り向きざまに私に見せた笑みと――同じ笑みなのよ、それ」


 忘れない。

 天使族の住処を襲った、白い道化たちの笑みを。

 天使が住んでいた空の住処に響き渡った、あの笑い声を。


「――」


 ――決めた。


「名乗んなさい。あんたは名を知ったうえで、葬ってあげる」


 ただの名無しとして、取るに足らない群衆として葬るだけでは気が済まない。

 第一に、マコトへの攻撃。

 第二に、サレへの攻撃。

 それだけですでに極刑に値する。

 さらに、


「第三に、私の愚民たちの手をわずらわせた」


 第四に、


「私の手をもわずらわせた」


 最後に、


「私を怒らせた」


 だから、


「名乗んなさい」


 名乗ったら、


「――ぶっ殺してあげる」


 白い天使の目が、露骨なまでの憎悪に彩られた。


◆◆◆


 プルミエールの空中上階からの見下ろしに、地上のローブ姿の影は真っ向から応えた。

 ローブのフードを後方へ払い、顔を露わにする。

 銀髪の男だった。特徴的な二本の巻き角が、両の側頭部から生えている。

 顔の右半面には幾何模様が刻まれていた。

 まるで術式紋様のような刺青だ。


「――ヨハネ。――『ヨハネ・アレクサンダー・ソロモン』」

「――派手な名前」


 プルミエールは吐き捨てつつ、しかし、


 あることに気付いていた。


「ソロモン……? あんた今、『ソロモン』って言った?」

「――いかにも」


 その名に、聞き覚えがあった。


 プルミエールは高度を下げ、男の顔をさらによく見るべく、近づいて行く。


「銀の術式燐光見たときから、ちょっと不思議に思ってたんだけど、やっぱりあんた――」


 金の天使が紡いだ。


◆◆◆


「『地使族(ファリアーネ)』ね……!」

「いかにも。――いかにもだ……! 『天使族(レグナード)』の女!」


 『天の使い』と、『地の使い』が邂逅した。


◆◆◆


 地使族(ファリアーネ)

 プルミエールはその名の響きが嫌いだった。


「こんなところであんたみたいなのと出会うとは思わなかったわ」

「こちらもだ。天使族は臆病者だからな。自分たちの空から出ようとしない」

「は? ――地べた這いつくばるしか能のないあんたらが嫉妬してるだけじゃない」

「なら降りてくるがいい。すぐに捕まえて、エルサの前に差し出してやる。お前を人質に、お前らの仲間を降伏させる」

「人質にしたいんなら、あんたが昇ってきなさいよ。――ああ、無理だわね、地面に穴を掘るか、地を這うかしか能がないんだものね。――アハハ、モグラみたい」


 銀髪の男――ヨハネが鋭い視線をプルミエールへ向けた。


「――まあいい。天使に出会うのは久々だから、一応聞いておいてやる」

「なによ」

「お前の周りにいた、あのやかましい臣下たちはどうした」

「――あんた、私のこと覚えてんのね」

「お前が私の名を覚えているように、私もお前の容姿を覚えている。お前は無駄に目立つ容姿をしていたからな――プルミエール・フォン・ファミリア」


 ヨハネは鼻で笑う素振りを見せながら、プルミエールの返答を待った。

 プルミエールはその行為にカチンときたが、自分としても一つ気になることがあって、まずは相手の質問に答えることにした。ここ数カ月の間で、おそらくプルミエールにしては最高クラスの譲歩だった。


「――死んだわ」

「――そうか」


 ヨハネはプルミエールを見上げたままで、それ以上を言わない。


「あんたも答えなさい。――あんたの周りにいたむっつり馬鹿どもはどうしたの。私の愚民たちに内心でメロメロんなってた馬鹿どもよ」

「――半分が死んだ。民は半分生き残った。だが――ソロモン家はオレひとりだ」

「……そう」


 プルミエールも、それ以上は語らなかった。


「ま、いろいろ聞きたいことあるけど、そろそろ私の堪忍袋も破裂する感じだから、まずは死になさいよ。死んだあとで、また聞いてあげる」

「言ってることがめちゃくちゃだぞ、お前」

「だってあんた――」


 おもむろにプルミエールが天を指差していた。

 即時。

 プルミエールの指差す天に、無数の金色日輪が華咲く。

 さきほどの牽制の一発とは比べ物にならない熱量と巨大さだ。

 そして、プルミエールが強声と共にそれを振り下ろした。


「――私の敵だもの!!」


 日輪が地に落ちる。



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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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