124話 「獅子王と魔人皇」(中)
「ふーん……」
プルミエールが両手に少女二人をそれぞれつりながら、鼻息を漏らしていた。
「あ、あの、そろそろ放してくれないかなあって……」
「首がしまっちゃうわあ」
その天使を見上げながら、二人の少女がおそるおそる言った。
「もうちょっと我慢しなさいよ。場合によっちゃあんたたち人質にするから」
「えっ!?」
「は? なによ? なにか悪いわけ?」
プルミエールは思考を中断されたためか、やや不機嫌に気味に少女を見下ろしていった。
「い、いやあ、あたしたちが聞いてた話とはちょっと違うなあって思って……」
「どんな話よ」
「この国のすごい強いギルドと正面きって戦ったっていう、正々堂々熱血型の戦闘ギルドって……」
少女の言葉を聞いて、プルミエールはぷっ、と吹きだすと同時、大きな声で笑い始めた。
「アハ、アハハハ! なになに? 私たちそんな風に映ってたの? ――あれは仕方なかったからよ。向こう側の土俵に持ち込まれたから、仕方なく付き合ってあげたのよ。それに、愚王子の頼みもあったから、仕方なくよ」
確かにそう映ったかもしれない。
――いや、
「――ああ、『あんたたちには』そう告げたのかもね。あんたんとこの獅子顔の愚王、そういう輩が好きなんでしょ?」
プルミエールは違和を抱いた。
まさか本当に自分たちがそんな馬鹿正直なギルドであるなどと、あのエルサ王女が断定するわけがない。ここまで情報収集に熱心で、卓越した判断力を持つと思われるエルサ王女が。
――見誤るわけないじゃない。
ある意味そこは信頼している。
だから、おそらく、
「あんたたちを私たちに仕向けるための情報操作ね。愚王が協力に頷くように、好みそうな幻影を作って見せつけただけよ。それは本質じゃなくて、あんたたちに刷り込まれた幻影」
「そうなの……?」
「そうよ。――だって私、愚王の意気を折るために、いまここであんたたちの指の爪を一つ一つ剥いでいってもいいと思ってるもの」
プルミエールが残忍な笑みを二人の少女に見せた。
その顔を見た少女たちは、ビクリと身体を震わせる。
「見せしめよ? ――アハ、良い声で啼きなさいよ? あんたんとこの愚かな獣王が動揺するくらい、すごく高貴に啼きなさい?」
「あ――」
少女が震えながら、とっさにその両手を服の下に隠す。
しかし、プルミエールは逆の手にもっていた青白髪の少女を投げ捨て、そうして空いた手でもう一人の少女の腕をつかみ、持ち上げ、その白く美しい指をするりと彼女の指にまで這わせた。
そして、爪の先に指をかけ――
「――冗談よ」
「えっ?」
「……はあ、面倒だわ。これでも動じないなら実際にやっても意味ないかもしれないわね」
プルミエールの視線はサレの背を飛び越えて向こう、レオーネに向けられていた。
「は、剥がないの?」
「なに、剥いでほしいの?」
「いやいやいや!」
少女は勢いよくかぶりを振った。
「じゃあ、邪魔しないって誓って、そこらへんに転がってなさい」
「う、うん……」
プルミエールはそういって、少女の襟から手を放した。
そうして、サレの後ろにまで羽ばたき寄り、また口を開いた。
「高貴な助けはいる?」
妖艶な笑みを浮かべ、サレの耳元で甘く囁いた。
誘惑するような音色に、耳にかかる生ぬるい吐息を感じて、サレの方が一瞬背をぴくりと微動させる。
「いらない」
サレの一言目は真面目だった。
しかし、二言目はどことなく笑っていて、
「――いるといって、プルミは俺を助けるのか?」
「助けないわ?」
じゃあ聞くなよ、とサレが笑いながら言った。
対するプルミエールは、金の髪をつややかな仕草でかきあげ、
「だって、私はあんたが負けると思ってないもの。――あんたが負けるはずがないわ? ――でも、高貴な者の務めとして、一応聞いてあげただけ。私が確信してても、あんたは愚民だから、不安で不安で泣きそうになってるかもしれないじゃない」
「どの口が言うんだか」
ハッ、と鼻で笑い、サレが続きを言おうとした。「あの時ベッドの上で泣いていたのはどこの誰だっけ」と。しかし、
「――いでででで!」
「あんたはなにも見てないわ。『それ』言いふらしたら滅するわよ」
サレは背をつねられて思わず悲鳴をあげた。そうして、
「い、言わないって」
「……」
「俺とプルミの秘密だもんな!」
「……なんかその言い方むかつくわね」
プルミエールが悔しげにほんの少し歯ぎしりする音をサレの耳が捉えた。
しかし、サレの目はレオーネの方を向いていて、プルミエールは背中側にいる。顔は合わせられない。だからなんとなくその音で彼女が珍しく悔しげな顔をしているのだろうと予想し、サレはほくそ笑んだ。
「――まあいいわ。じゃあ、あれはあんた任せるから」
「わかった」
「わかってると思うけど、私たちは『誘い込まれた』んだからね。だから、あんたが追いかけてた影は罠の起動材だったわけ。そうなると本命の可能性も高いけど――とにかく私が先に行くわ。あんたはそれ片づけてすぐ追っかけて来なさい」
「どうやってプルミの位置を探すんだ?」
「気合に決まってるじゃない」
――ひどい方法だ。
「まったく――御意のままに、主さま」
サレのわざとらしい返答が返ってきて、
「口の減らない愚民」
プルミエールは後ろからサレの頭にぽんと片手を乗せ、その黒髪を一度だけ撫でた。
「――死ぬんじゃないわよ」
「――ああ」
サレの真っ直ぐな声を聴き、プルミエールはその場から飛翔した。
◆◆◆
「あの白羽の女も捨てがたい! 捨てがたいが――貴様がそれを許してはくれなさそうだ!!」
「いちいち声がでかい奴だ」
「強声は威である。余は獅子、獣の王、ゆえに、余の強声はでかくてなんぼである!!」
「ギリウスみたいな話し方しやがって」
――若干キャラかぶってんだよ。
「本気でぶつかる前に、理性があるうちに、訊ねておこう、獣の王よ」
「いいだろう、許す!!」
サレはさきほどの拳を喰らった時に吹き飛んだイルドゥーエ皇剣の位置を、ちらりと確かめたあとでレオーネに訊ねた。
「黄金樹林、強いてはエルサ王女からの、協力の報酬はなんなんだ?」
「金と、アリエルの一等地の借用権利、それになんといっても――強者との相対の場だ!!」
「――なるほど。わかったぞ」
――間違いない。
「――お前馬鹿だろ!!」
サレは思わず叫んだ。
「強者の理屈を理解せぬか!! 貴様、それだけ強者でありながら、理解せぬのか!?」
レオーネが目を丸めて吃驚を映した。
「そもそも余はこの国の行く末などに大した興味はない!! 余の国は別にある!! 今回は遊行だ! ついでに余の国の支配可能域を広めるための偵察でもある!!」
「やっぱお前馬鹿だろ!!」
――ぺらぺら喋りやがった!
「あ、あの……」
すると、サレの隣からおずおずと例の少女が口を挟んできた。
「あたしが答えよっか……?」
「なんだネール! 余の代わりに答えれくれるのか!! 余は優秀な部下を持った!!」
「なんかごめん……王様、普段は結構頭回るんだけど、強い人見て興奮するとこう、手がつけられない感じになっちゃうんだ……」
サレは少女を見て、
「なんとなく苦労はわかるよ……。手がつけられないでいえば似たようなのがこっちにもいるからな……」
いわずもがな、さっきの天使のことだ。
「……それで?」
ともかくとして、サレは先の言葉を少女――ネールと呼ばれた――に訊ねる。
「もう王様が自分でバラしちゃったから言うけど、あたしたちはここから北東に離れた『ウルズ王国』の遊行団で、たまに外遊がてらに他国を遊行しているんだけど」
「ちょっとまて、王様っていうけど、もしかしてあそこにいるのは一国の王なの?」
「そうだよ」
「……まじかよ」
「それ、なんかいろんな意味のこもった『まじかよ』だね」
「まあな。いろいろと凄まじいな、お宅の王は」
「うん。――それで、今回はたまたまナイアスに立ち寄ったらエルサ第三王女に目をつけられて、そのまま成り行きで協力しちゃってるわけだけど」
「やっぱり馬鹿だよな、あのライオン」
「うん。――でも」
強いよ。
ネールの言葉がサレの耳に入った次の瞬間、
「――だめだ!! そろそろいいだろう!! 我慢ならん!!」
再び強声が響いていた。