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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第七幕 【叙情:その手で戯曲を紡げ】
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112話 「狩猟者への一歩」【後編】

「どう? なんか変なのいた?」

「さすがに人が多すぎてよくわからないのであるが、我輩が見たところでは特に変なのは見当たらないのであるよ。サレの方はどうであるか?」

「俺の方も今のところは見当たらないな」


 サレはギリウスの背におんぶされる状態で乗っかりながら、湖都の上空を遊泳していた。

 クシナに「邪魔だ」と広間から追い出されたサレは、アリスたちが外に出かける準備をしていたのを見かけ、一人自室で『グリフォン配送』のチラシを片手に唸っていたギリウスを連れ出し、そのあとをつけた。

 とはいえ、そんな風に手持ち無沙汰であったこと以外にも、この空中遊泳にはそれらしい理由もあって。


「昼とはいえ、まだ不安だからな」


 もしこちらが一戦を終えたばかりだという情報が他の王族や敵勢ギルドに伝わっていれば、今がチャンスとばかりに手をだしてくる輩がいるかもしれない。

 話によればサフィリスとエルサはお互いにちまちまとやり合っているということだったから、可能性としてはエスターやニーナの線が濃いだろう。

 サレとギリウスはそれを危惧していた。

 上空からアリスたちの周囲に目を向け、おかしな動きをするものがいないかどうか、それを観察していたのだ。


「そうであるな、まったくの無防備とうのもまだ不安である」

「でもまあ、まともな初戦が〈戦姫〉セシリア王女と〈戦景旅団(アテナ・エンブレーム)〉だったから、もう大抵のことには驚かない気もする……」


 あれは初戦にしてはだいぶ派手な相手だった。

 山菜取りに野山に入って二秒で五メートル級の熊にでも出会ったかのような気分だ。


 そんなことを考えていると、ふとアリスが立ち止まり、振り向いて何か喋っているのが見えた。

 次いで、アリスの言葉を聞いていたマリアとイリアが、こちらを見て「降りて来い」と手を振っている。


「なんだろう」

「降りるのであるよ」


 ギリウスが翼で制動をかけ、ゆっくりと地面に降りていくのにサレは身を任せた。


◆◆◆


「皆さん、狩りの時間です」

「アリス、先走りすぎていまいち何がなんだかわからない」

「これは失礼しました」


 アリスはゴホンと一つ咳払いをして、再び紡ぎだす。


「――いろいろ逡巡した結果、今度はこちらから他の王族とギルドを『プチッ』っとしようと思いました。あ、イリアさんの発想が非常に参考になりました」

「おお……結局説明しきれていない……」


 「わざとしていないな」とサレは思いながら、アリスに問う。


「ここじゃなんだし、考えついたんならいったん爛漫亭に戻ろうか?」

「そうですね、ジュリアスさんにも相談したいので、そうしましょう」


 そうして、アリスたち一行は爛漫亭への帰路についた。


◆◆◆


 爛漫亭にもどると、アリスはすぐさま食堂でのんびり飯を食べていたジュリアスを呼びつけ、言い渡した。


「ジュリアスさん、狩りの時間です」

「えっ!? なに!? 僕が狩られるの!? 僕なんかしたっけ!?」


 片頬にいっぱいの野菜を頬張り、もっさもっさと音を立てながらジュリアスが慌てた様子で答える。


「心当たりが……?」

「ないよ!! な、ないとおもうよ!!」

「そうですか。残念です」

「うわあ……油断も隙もあったもんじゃないなあ……」

「ともあれですね」


 アリスもほどほどにして、先ほどの続きを話し始めた。


「よく考えてみたらそもそもいつも受け身になっているのがおかしいと思ったわけです。それで、どうせ襲撃される予定ならいっそのことこちらから狩ってしまおうと」

「言われてみればそうかもね。小休止入れる間もなく瞬く間に攻められたから、ある意味仕方なかったのかもしれないけど」


 ジュリアスも野菜を頬張りながらうなずいた。

 そして一息にそれらを飲み込むと、続けて言った。


「最初に僕たちに手を出したのがセシリア姉さんだったのも理由のひとつかな。そういう風に間隙を狙って縫ってくるのも戦術のうちだし。考える時間がなかったのもそのためだろう」

「ええ。――現状、まだ皆さんの体力も万端というわけではありませんが、このままジっとして待っているのも結局また無条件の一撃をくれてやるものだと思うので――」

「うん、それもしかりだと僕も思うよ」


 ジュリアスはうなずいた。


「私たちに全体的な戦略力がないせいで、こうして地理的な不利や、情報の一方的な取得を許してしまっているのも理解しています。私たちにはそのノウハウも、そういう方面に割ける余力もないのですから、仕方ありません」


 受動的に待つしかなかった理由がそこにあると、アリスは自覚していた。

 情報が漏れる。攻撃され、目立ち、また漏れる。これの繰り返しなのだ。

 それは拠点を移動したとしても変わらないだろう。すでに遅いのだ。移動した、という情報がつつぬけて、また一に戻る。

 こちらには、実際に真っ向からぶつかり合うまでの『戦略』に関して、優勢に立つ(すべ)がほとんどない。


「そうだね」

「ですが、かといってこのままでいいとも思っていません」


 当然、それを放置すればそのまま無条件の先制攻撃を許すことになる。

 ならばどうするか。


 アリスは一息をついて、言った。


「使えるものは、なんでも使いましょう」


 それはジュリアスの方策に(のっと)った言葉だった。


◆◆◆


 その日の夜、再びのアリスからの号令によって集まれるだけのギルド員が爛漫亭大広間に集まった。

 まったく全員ではなかったが、八割方は集まれただろう。

 そうして、アリスはジュリアスとの相談で軌道に乗せかけていた話を、あらためてギルド員たちにした。


「まず前提として、皆さんは狩る方と狩られる方、どちらが好きですか?」


 その前置きのような疑問にたいし、即座に、


『狩る方に決まってる!!』


 大部分が声をそろえて嬉々として返した。


「皆さんホント外道的ですね」

「訊いといてそれかよっ! ――てか誰だってそう答えるだろ!!」


 「こ、こじつけすぎねえ!?」と総員からツッコミが返ってくるが、アリスは目を細めたままそれをスルーした。


「はい。それでですね、こうやって受け身受け身では(らち)があきませんし、なによりリスクが高いと考えました。サフィリス王女にちょっかいを出された時も、セシリア王女との闘争のきっかけとなった一撃の時も、運よくサレさんが真っ先に気付いて警告を発してくださったのでなんとかなりましたが、これから先もそうだとは限りません」

「たしかにそうじゃな。あの時は肝を冷やしたぞ、アルミラージ殿?」


 トウカがうなずいて、次にニヤニヤとした笑みを浮かべて、先日から爛漫亭に滞在し始めた〈アルミラージ〉を見た。

 アルミラージはトウカの悪戯じみた笑みに、


「ハハ、弁解のしようもありませんね」


 と困ったように笑いながら返していた。


「カカッ、わらわも意気地が悪かったの。アレはアレとして、お互いに思うところがあってのものじゃ。今はそんなに気にしとらんよ」

「恐縮です」


 アルミラージはサフィリスを止めたいという願いを叶えるために、凱旋する愚者の『客員』として活動することをアリスとジュリアスと話して決めていた。

 そうなれば、今においてはギルドの味方で、かつてのいざこざの記憶はまだ皆が覚えていたが、アルミラージが生前にその行動の責任を負ったことや、結果的にアリスが無事であったこと、アルミラージが死族としてここへ来てからの態度や言葉など、もろもろ含め、ほとんどのギルド員が納得していた。


「それで、こっちから動こうってことか?」


 すると、話を聞いていたギルド員の中からマコトの声があがる。

 その声に周りのギルド員がビクッと身体を一瞬震わせるが、


「や、やめろよ! もう酔ってないからそんな怖がるのやめてくれ! わ、私が悪かったから!!」


 マコトは焦ったように両手を前にして顔の前で振り、なんとか自分の反省をアピールしようとするが、


「結局酔ってる時のことまったく覚えてないんだから、反省って行為にも信用おけねえよな」

「記憶がなきゃ反省のしようがねえからな」

「それって悪循環じゃね……?」


 などと周りから(いぶか)しげな声があがって、マコトは顔を茹でたように赤くした。

 狐の尾がぼふ、と大きく広がって、恥ずかしさを表現しているようだった。


「く、くっそお、次は覚えててやるからな……!」

「それまた酔うってことじゃん」


 まだ酒が抜けていないのか、マコトの言葉にも多少のズレがみてとれるようだった。

 そうしているうちに、


「マコトさんのダメっぷりを強調するのはその辺にしておいて、今はその質問に答えるとしましょう。――あ、あとで私もイジりますので覚えておいてください」

「わあ……妖術使って逃げよっかな……」

「シオニーさんの犬っぷりを全開にしてマコトさんの体臭を追うので無駄ですよ」

「うん……」


 マコトが悲しげな声をあげたのを察知して、ようやくアリスが満足した風に鼻で息を吐き、またトーンを低く戻して言葉を紡いでいた。


「――はい。で、ですね、マコトさんの言わんとすることもわかります。『動くにもどうやって?』ということでしょうか」

「そうだ。アリスの言うとおり、日々善処はしているけれど、瞬く間に闘争に巻き込まれたせいで、他ギルドの情報らしい情報も得られていない。動こうにもどう動けばいいのかわからないと思うんだが」

「いいえ、よくよく思い出せば『細い情報の糸』を私たちは持っています。あるいは『小さな情報の断片』を」

「それはなんだ?」


 マコトが再度訊ねる。

 すると、アリスはまず一指し指をピンと立たせ、「一個目」と言わんとするかの如く続けた。


「私たちがこの湖上都市ナイアスに来たばかりの頃の話です。私たちはあの時『あるギルド』に尾行されてましたね?」

「――〈黄金樹林(オルロワ・ワルト)〉か」


 具体的な答えをこちらに求める言い草に、今度はシオニーが銀の犬耳をピンと立たせて反応した。


「そうです。確かサレさんが尋問下手で使い物にならなくて、シオニーさんとクシナさんが情報を吐かせたんでしたっけ」

「ハッ、あんときのサターナはダメダメだったな」

「う、うるさいなっ!」


 クシナが鼻で笑って言うのに対し、サレが恥ずかしそうに返した。


「あの時、シオニーさんは黄金樹林に関する情報をある程度入手していましたね?」

「……」


 そこで間髪入れずに答えられればまさしく『できる女』であったが、当のシオニーは目を点にして小首を傾げるばかりで、


「な、なんだっけ……?」


 挙句の果てに「てへ、忘れちゃった」とわざとらしく言葉を放っていた。

 怜悧。否。

 クール。否。

 断じて否である。

 顔を赤らめてもじもじしている姿は、容姿こそ怜悧に相応しい美貌であったが、


「あ、あのぅ……」


 上目づかいで助けを求めるようにアリスを見ている様は、まるで『媚びる犬』のようだった。


「…………」


 対するアリスは咎めるような半目でじーっとシオニーを見つめている。

 見えていないはずなのに見つめていると断言できてしまうほど、その焦点は見事にシオニーの顔に合っていて、誰もが息をのんだ。


「な、なんかごめん……」


 その視線に耐えきれなくなったシオニーが、ついに謝罪の声をあげた。目の端に涙を浮かべ、口元をふるふると波打たせている。


「まあいいです。たぶんそんなところだろうと思ってましたので」

「さりげなくひどいな、アリス」


 サレが横から楽しげに声を加えた。


「あの時シオニーさんが得た〈黄金樹林〉の情報は――第一に、情報戦を得意とすること。第二に、純人族中心で、神格者(オラクル)を有していること。そして第三に、エルサ・リ・テフラ第三王女が後ろ盾になっていること。最後に――」


◆◆◆


 この湖上都市ナイアスの北側歓楽区を拠点にしていること。


◆◆◆


「あー、そういえばそんなこと言ってたな」


 サレが合点したように左掌に右の拳を落とした。


「言われて私も思い出した。そ、そうだな、私が尋問したときにそんなことを言ってた。……よかった、アリスにちゃんと報告しておいて……」


 「いやホントにな」と周りのギルド員からシオニーに声が掛けられた。


「ここでその話をもってくるってことは、エルサ王女とその連帯ギルドである〈黄金樹林(オルロワ・ワルト)〉を狙うのか?」

「だいたいそんなところですが、決して潰すためだけに狙うわけではありません。先があります」

「というと?」


 メイトがひょっこりとギルド員たちの間から首を出して、ここぞとばかりに相槌を打った。

 アリスはその相槌にうなずきを返し、おもむろに右手の親指をグッっとあげ、皆に見せつけながら、


「ついでに締め上げて情報ゲッツ! ――な感じでいきましょう」

「なんか今日のアリス活き活きしてるなぁ……」


 「ちょっと怖いわぁ……」とサレが語尾に付け加える。

 他のギルド員の反応も見るに、ひとまずのアリスの考えは伝わったようだった。

 一拍を置いて、またサレが言葉を紡ぐ。


「どういう指針かはわかったけど、問題だらけでもあるな」

「そうですね」

「確かに奴らのギルド拠点がだいたいどのへんにあるかはわかるけど、攻めるにあたってはもっと詳しい場所を知る必要があるだろ?」

「そうです。それが問題です。ですが、(すが)れる情報がそれくらいしかないのも事実です。――となれば、そこから『手繰る』しかありません。だから『狩り』なのです」


 アリスは続けた。


「手繰って、獲物を見つけ、狩るのです。あるいは獲物をおびき出すには道具が必要かもしれません。たとえば、獲物を釣るための『罠』などが――」


 アリスは盲目の視線を周囲にめぐらせて、再び言い聞かせるように続きを紡いでいった。

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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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