106話 「酩酊狐と愚者騒動」【後編】
サレの号令に従って、何人かのギルド員が真っ先に立ちあがり、トウカの角を引っ張って暴れ回り始めたマコトに近接する。
近接するが、
「やべえ! 見える! 見えちゃう!」
「お前らいっつものぞきには全力だったろ!? なんで実際に見える寸前になると怖気づくんだよ!!」
「馬鹿野郎!! 一度見えたらそこで楽しみが終わっちまうだろうが!!」
――こいつら真正だ!
「見えそうで見えない! それがもっともベストな状態なんだよ!! でも見たい!! このジレンマ!!」
「う、うん! わかるけど……! わかるけどさ……!!」
――気持ちはわかる。
サレは力強くうなずいて見せた。
すると、そんな状況の中で、
「なに馬鹿なことしてるんですかあなたたちは……あ、それとさっきの副長の『のぞき』に関してあとでいくつか質問があるので、『準備』しておいてくださいね」
マリアがしどろもどろの男性陣の間をするすると縫って駆け、自分の上着を脱いでマコトの肩からはだけて見えそうな身体を隠すように掛けると、
「まったく、あなたホントに酒癖悪いわね。少しは学びなさい?」
「ら、らってえ……わたひのむねら……とうららっれ、まりやらっれ、ぷるみらっれぷるぷるなんらもん……ば、ばきゃみたいに、ぷるんぷるんなんらもん……」
「はいはい、またあとで話聞いてあげますからね。今は寝ましょうね」
うんうんと二度三度うなずきつつ裏では片手を手刀の形に整え、そして、目元にたまった涙を手でごしごしとこするマコトの首筋に狙いを定め、
「はい、おやすみなさい」
豪快な速度で振り下ろしていた。
首裏をすとんと打撃されたマコトは、綺麗に意識を刈られたようで、一瞬のうちに膝から崩れ落ち、それをマリアが器用にもう片方の腕を使って受け止めた。
「マリアのことだからもっと術式とかでうまいことやるのかと思ったけど……実は結構古典的なんだな……」
「魔法の手刀ですよお」
「魔法の手刀のうしろに(物理)とかつかない? それ」
「副長? そうやって話をそらそうとしてもダメですからね? さっきの『のぞき』の話はしてもらいますからね?」
――どうやら我が人生の終着点が目前に迫っているらしい。
サレはどっと額から噴き出し始めた冷や汗を止めることもできずに、また身体がガクガクと震えはじめたのに呼応して震えた声で答えた。
「できれば魔法の手刀(術式)で優しくしてほしいかなあ、なんて……?」
「そうですねえ……わかりました」
――お!
サレは内心でマリアの意外な返答にわずかな歓喜の感嘆符を浮かべるが、
「そんなに術式をお好みならこれにしましょうねえ」
すると、マリアが満面の笑みを顔に浮かべ、次に右手に手刀の形を再び作り、同時に何かを小さくつぶやいた。すると、
「完全に殺る気だ……!」
その手刀に瞬く間に水気が水玉となって集まっていって、凝縮し、そして――水の剣のような形に固定された。
手から伸びた鋭い剣だ。
半透明の刀身がナイアスの碧色に染まっていて、曇り一つなく、実に美しかった。
「あ、あの……(物理)の方でいいです……」
それを見たサレが即座に訂正し、がっくりとうなだれる。
「残念ですねえ。こちらの方が痛みはないと思うのですが……」
――なんたって痛みを感じる前に逝くだろうからな。
「それじゃ、私はマコトの介抱をしてくるから――アリス、すまないけど私は抜きで御願いね。あとで話を聞かせてちょうだい」
「わかりました。マコトさんをお願いします」
そう言ってマリアはいつもの微笑を浮かべてマコトを肩に担ぎ、二階へと昇って行った。
◆◆◆
「はあ……なんでいつも真面目に会議しようとすると、その前に騒動が起きるのでしょうね。真面目な話したくないと駄々をこねる皆さんの意志が具現化するのでしょうか」
「ま、まて、それは濡れ衣だ! 確かに難しい話はわからないけど! 決して真面目な話が嫌だというんじゃないんだ!」
「そうですか。サレさんはさすがにそろそろ真面目になった方がいいと思います。副長としてアレなので」
「はい……」
「これから戦景旅団の方々たちとも顔を合わせることになるでしょうし、さらに言えば他のギルドとも敵か味方か、どちらかはわかりませんが関わることが増えるでしょう。その時にこのギルドの副長としてサレさんを矢面に立たせるとなると……あ、想像して少し涙がでそうになりました」
――頭の中に具体像ひねり出すの早すぎるだろ!
「善処します」
「ぜひそうしてください。――それでは、昨日ジュリアスさんとテフラ王城にいって得てきた情報をですね――」
◆◆◆
『やあ! サレ! 昨日はメイドちゃんに追い出されて渡せなかったけど、ついに新型猫じゃらしが完成したからもってきたよ!』
◆◆◆
それは一瞬のことだった。
爛漫亭の玄関口が開き、快活な〈レヴィ・シストア・テフラ〉の声が響いたと同時、即座に眉間にしわを寄せたアリスが、凄まじいまでの早さでパチンと指を鳴らした。
すると、アリスの周囲にいたギルド女性陣の何人かが猛然とした速度で玄関に走って行き、
「えっ!? なに!? なになに!? なんで!? あっ、ちょっと――!! やっぱりこのギルドの女の人美人だけどすごく怖いよ!!」
――お前は本当にダメなやつだな、レヴィ……。間の悪さといい、そのやられっぷりといい、ある意味完璧だ。悪い方に突き抜けてるぞ。
サレの内心の同情もつかの間、次にレヴィの悲鳴が遠くから小さく聞こえてきて。
しばらくしてさきほど猛然と走って行った女性ギルド員の何人かが戻ってくると、アリスに数度耳打ちをした。
「ご苦労様です。さて、今度こそ――」
◆◆◆
『こーんにーちはー』
◆◆◆
すかさずアリスの二発目の指ぱっちんが鳴った。
――誰だ! レヴィを越える間の悪さを体現する命知らずなやつは!!
サレが思い浮かべたと同時、自分で思いながら、その声の主に予想がつかないことに気付いて、
「あ、アリス、本当に知らない人かもしれない」
「私も今気付きました。今のはナシです。次の抹殺にとっておいてください」
――抹殺って言った。今抹殺って言った。
「いやいや、まあとにかく、様子を見てこよう」
そういってサレが椅子から立ち上がり、玄関の様子を見に行った。
◆◆◆
サレが爛漫亭の玄関扉を開いて、首をひょっこりと出して外の様子を窺うと――
「こんにちは。ここ、爛漫亭で合ってるかな?」
日の照る時分だというのに、全身黒づくめのだぼついたローブを着て、頭には同じく真っ黒なつば付き三角帽子――魔女帽子をかぶった小柄な女がいた。
その小柄な女が、首を軽くかしげて、顔を出したサレに訊ねている。
「……ん?」
そして、サレの方はサレの方で、その特徴的な姿と、けだるげな声色に覚えがあった。
――確か……
いつかの買い物の時に立ち寄った『錬金術師の家』で、この娘に似た女を見かけた。
そうだ。
「あ、あの時の精霊術士の店主――」
「ん……あ、君か。いつかの尻尾付きの――」
女のほうが、少し眉をあげて意外そうな顔で言った。
「尻尾って――見えてたの?」
隠していたつもりが、どうやら尻尾の存在がばれていたらしい。
テフラで異族であることを隠す必要もさして感じないのであまり支障もないだろうが。
「落ち着きのなさそうな黒い尻尾がね。手触り良さそうだなって少し観察してた」
「無表情でそんなこと思ってたのか」
「僕、そんな無表情?」
――リリアンと同レベルだ。
懐かしい感覚を思い出したが、サレはあえてそれを口には出さず、
「周りと比べるとな。それで、奇遇だけど今日は何用で? まさかあの時買った商品返せとかじゃないだろうな?」
「そんなこと言わないよ。お金もらってるわけだし。今日は別件。というか、そもそも僕は君たちのことについて全然知らないんだから――今は知らなかったというべきだけど――君と再会したことは完全に偶然だよ」
「それもそうだな」
「そういうこと。――えーと、今日はこの爛漫亭を拠点にしているっていう〈凱旋する愚者〉ギルドのギルド長さんに話があってきたんだけど」
はて、なんであろうか。
サレは思いながら、再び彼女の身体に視線を向け、
――上から見ても武器はないな。
見えるところに武器はないが、小さい武器ならこの黒づくめの服の中にいくらでも隠しようがあるし、その上、あの店のことを考えると、彼女は少なくとも精霊が見える。
精霊眼を持つということは十中八九精霊術士でもあるだろう。
だが、
――懸念するだけ無駄か。
勘ぐればキリがない。
ひとまず皆に説明はしてから、迎え入れることにしよう。
サレは決断し、言葉を返した。
「わかった。ちょっと待っててくれ。話をつけてくるから」
「君もギルド員なの?」
「そうだよ」
「そっか、ならちょうどいいね。お願いするよ。僕はここで待ってればいい?」
「悪いな、少しの間日差しの下で我慢してくれ」
「気にしなくていいよ。じゃ、いってらっしゃい」
不思議なリズムで淡々と会話が進み、サレは彼女に送り出された。
◆◆◆
サレは一旦広間にもどって、一度だけ面識のある女が話をつけにきたとみなに説明し、
「何もないとは思うけど、一応最低限の警戒はしておいてくれ」
自分の知る限りの彼女の素性をみなに教えつつ、ギルド員のうなずきを見てから再び玄関へともどっていった。
◆◆◆
「待たせたね。――うちのギルド長が許可してくれたから、どうぞ」
「うん、ありがとう。じゃ、お邪魔するよ」
そう言って、サレは彼女を爛漫亭の中へと招いた。




