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魔人転生記 -九転臨死に一生を-  作者: 葵大和
第七幕 【叙情:その手で戯曲を紡げ】
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103話 「猛炎の描く夢は幻か」【後編】

「持ってきた! 持ってきたよメシュティエ! まだ起きてるかい!」

「あの、殿下、再びお気遣い痛み入りますがその……少し恥ずかしいです」


 しばらくして駆け足で戻ってきたカイムは、戻って来るやいなやオースティンに抱えられてぐったりとしていたメシュティエに駆け寄って、心配そうに声を掛けていた。

 対するメシュティエは、ストレートに心配されることに慣れていないのか、若干頬を染めて申し訳なさそうに目を伏せている。


「ぷっ、おんしがまともな女子らしく恥らっているのとかわし初めて見――ぐぬう!!」


 オースティンがわざとらしい笑いを浮かべた二秒後には、メシュティエの肘がオースティンの腹部にめり込んでいた。

 吹きだすのを我慢するようなオースティンの気合の声が響いて、巨人の身体がくの字に折れ曲がる。


「めり込ますぞ、ジジイ」

「お、おんしホントに調子悪いのかっ……!?」


 するとカイムが再び二人の間に顔をだし、


「だ、大丈夫かい?」

「ああ、お構いなく、お見苦しいものをお見せしました」

「そ、そうか。なら早速協定の内容を確認して――」


 カイムがそういって手に持っていた用紙を広げ、長テーブルの上に開いておいた。

 アリスとメシュティエが長テーブルの一番端の椅子に、テーブルを挟んで対面同士に座り、そのちょうど真ん中にカイムが立って陣取る。


「まず勝敗に関するサインだけど――」


 そうしてやっと場が進行すると皆が内心でほっと一息をついた。だが、


◆◆◆


「やあ皆元気かい!? ジュリアスとセシリア姉さんが来てるっていうから僕も来てみたよ!!」


◆◆◆


 次の瞬間、客間の扉が凄まじい勢いで開いて、快活な声と共に現れた男がいた。

 その人物はまた同様にジュリアスに容姿が似た男で、また一方で、


 ――スイッチが入るともしかしたら一番面倒かもしれない方がいらっしゃいましたね。


 その者は――


「あ、レヴィ兄さんは今お呼びではないのですぐさま帰ってください」


 テフラ第三王子、〈レヴィ・シストア・テフラ〉だった。


「えっ!? せっかく来たのに!? せっかく来たのに!?」

「レヴィ様! お取込みのところを邪魔してはいけません! いますぐ御家に帰りましょう!」


 ジュリアスのやや冷めた声が飛んだと同時に、レヴィのさらに後ろから白黒の『メイド服』を来た侍女が飛び込んできて、レヴィの両肩を後ろからがっちりと掴んだ。

 そこからの動きはやけに流麗だった。

 いかにも慣れていますという雰囲気を醸し出すほどで、数秒と待たずにその侍女がレヴィを力ずくで客間の外に引っ張りだし、一度だけ「ゴン」と何かを殴る音が聞こえて、


「皆様、お騒がせして大変申し訳ございませんでした。レヴィ様は気が変わって御家に帰ると仰られましたので、私――〈傍に仕える者(レストニア)〉の〈ティーナ・エウゼン〉が責任を持って送り届けます。ご心配なく、皆々様。では失礼いたします」


 白黒メイド服の侍女だけが扉から半身を見せて、深々とお辞儀をしてから音もなく扉を閉めて出て行った。


「殴ったよね」

「殴ったな」

「殴ったね」


 ジュリアス、セシリア、カイムと続き、


「ティーナ・エウゼンと言っていましたね」

「レヴィ兄さんの連帯ギルド〈傍に仕える者(レストニア)〉のギルド長だったかな、確か」

「ああ、例のメイド道を極めんとする者が集まったとかいう――」


 ――侍女って仕える主人のこと殴りましたっけ? ……まあ他のギルドには他のギルドの規律がありますからね。深く考えるのはやめておきましょう。


 アリスは思考を切り替えた。


◆◆◆


「ちょっと邪魔が入ったけど、これでまずは大丈夫かな」


 アリスとメシュティエの間に入っていたカイムが、一息をつきながら言う。

 その手には先ほどもってきた数枚の羊皮紙が収まっていて、


「ギルド間の終戦はこれで証明できるだろう。中立者である私と、当事連帯王族であるジュリアスとセシリアの証印もある。さすがにケチをつける王族はいないと思うよ」


 「形式的なものだけどね」そうカイムは付け加えて、アリスとメシュティエに微笑を向けた。


「王族が関連していることに関してはこれで終いさ。あとはギルド間で取引をするも、『いつものテフラ』の如く自由だ。まあメシュティエが本調子じゃないからその話はあとになりそうだけど」

「そうですね」

「すまないな。ジュリアス殿下からもお話があったようだし、私としてももう少しアリスと話をしておきたかったが、どうにも気分が優れない。――フフ、あの『鬼』にはしてやられたよ」

「トウカさんも仰ってましたよ。『あの強情さはいっそのこと尊敬に値する』と」

「褒め言葉だな。まあ、よろしくいっておいてくれ。おいジジイ、ひとまず帰るぞ、連れてけ」

「わかったわかった。さすがにおとなしくしとれよ?」

「ああ、わかったよ」

「まったく」


 すると、アリスの対面でシャンデアリアを仰ぐように身体を傾けてなんとか椅子に座っていたメシュティエの身体がふっと浮き上がる。

 後ろから巨人オースティンに抱き上げられたのだ。


「ではな、アリス。殿下方、私はこの辺で――」

「お大事に」

「またあとでお前のところを訪れる。その時までに力神の対価も清算しておけ」

「はっ、お前のように微々の対価で神族の力を使えるのではないんだぞ。少しは察しろ」

「察したうえでの言葉だ」

「厳しいやつ」


 最後にセシリアと微笑でもって親しげなやり取りをし、二人の猛者は部屋から出て行った。


 残されたジュリアスとアリスも二人の退室を境に一息つき、ふと疑問に思っていたことをジュリアスがセシリアに訊ねていた。


「そういえば、力神アスラの神格術式の対価って――」

「ん? ああ、まあお前ならアスラ本人に聞けば済むことだろうし――隠しても意味はないな。あの力場を操作する神格術式の対価は事後の力学的『停滞』だ」

「停滞……?」

「ああ、使えば使うほど、使用のあとで身体の停滞を求められる。時間的停滞ではなくて、あくまで力的停滞だ。簡単に言うと動けなくなるわけだ。まったく動けなくなるわけだから無防備このうえない」

「今回はどのくらい動けなくなるんだろう」

「どうだろうな。使った力場の強さや、回数によって対価も変わるだろうが、あの竜族の力と張り合うほどの『力場』となると――まあ一週間程度は動けんだろう。だから戦景旅団はその数日の間はギルド拠点にこもってメシュティエの護衛に努めるはずだ。あいつは王権闘争とは関係なしに、それなりに他方から恨みを買っているからな」


 「傭兵で戦場を渡り歩いていれば恨まれもするさ」そうセシリアは続けた。


「そういうわけで、万が一という事態も想定して厳密に護衛されているメシュティエには一週間は会えないだろう。私でもあいつが『止まっている』間のギルド拠点には入れさせてもらえないからな。メシュティエに話があるとのことだったが」

「ものすごく急ぎってわけじゃないから大丈夫だよ。それに彼らにも休息は必要だろう」

「そうだな。まあ戦景旅団自体は外部に遠征に出ているギルド員もいるようだし、まったく活動が停止するわけでもない。もし急ぎの用があればさきほどのオースティンあたりが受けあってくれるだろうよ」

「覚えておくよ」


 ジュリアスは一度頷きを見せ、長テーブル傍の椅子の一つにゆっくり座り、次いで大きな伸びをしてみせた。


「疲れたなぁ。ディオーネに腰でも揉んでもらおうか」


 冗談混じりのトーンでそういうジュリアスだったが、


「……」


 その場にあの小柄な神族は姿を現さなかった。

 近頃はよく彼女自身の神界から半身を乗り出して、現界の会話にまざっていたものだが、


「怒ってるなぁ……」


 ジュリアスは困惑した笑みを浮かべて、小さくつぶやいた。

 すると、その様子を見ていたセシリアの顔つきが急に険しくなり、また同様にカイムの表情も少し陰りはじめる。

 それらの空気の変化をアリスは様々な感覚器から総合的に感じ取って、それからの会話を精確に記憶するべく、意識を耳に集中させた。

 重くなった空気の中で、困ったように笑っているジュリアスに最初に声をかけたのはカイムだった。


「――ジュリアス。〈王神〉を呼んだのだね」


 カイムの言葉はその単語をキーワードに始まった。


「どれだけの『時間』を捧げたんだい?」

「――『三年』を」


 ジュリアスは客間の窓辺に視線を向けて、カイムの顔に視線を向けることなく、なにげなく返した。


「――ああ……なんてことだ……」


 しかし、当のカイムがその言葉から得た衝撃は、ジュリアスのなにげなさからはかけ離れたものだったようで、その両手で頭を抱えながら眉を八の字にする。


「私にはなにもできませんでした、兄上」

「……いや、そこに誰がいたとしても――なにもできなかったよ、セシリア。そう、誰であっても……」


 なにもできなかっただろう。

 カイムは二度その言葉を繰り返した。


「……誰にたいして使ったんだい、ジュリアス。ユウエルの力で、一体誰に命令を下したんだい」

「ロキに一つだけ命令をしました。ロキはロキで僕の選択にそれなりに満足してくれたようですので、王神の力を付属しなくても願いとして僕の話を聞いてくれたかもしれませんが、それこそユウエルに力を貸してもらった手前、それを使わないというのも彼に対して礼を失するので」


 ジュリアスは淡々と紡ぐ。

 もはや自分が三年という寿命を差し出したことすら他人事であるかのように、軽く、淡々と。

 その姿に行き過ぎた孤高ゆえの気高さと、同じく行き過ぎた向上心の(あらわ)れを、カイムとセシリアは見た気がした。


「ロキか……恨むまいとは思うけれど」


 カイム本人としては恨まずにはいられなかった。

 ロキが駄々をこねなければジュリアスの命は減らなかった。その点は間違いない。

 しかし言っても仕方がない。ロキは自分たちにとっての臣民でもなければ奴隷でもない。

 神族を他の『人』と同様に考えるならば、ロキ個人の信念や意見を外側から無理やり曲げさせることは何人にもできない。それが人の権利だ。

 そしてジュリアスもそれを認めていて、ジュリアスとロキの間で一つのやり取りが行われ、双方合意の上で物事は進展した。

 自分たちは完全に部外者だ。

 ――でもせめて……


「そのやり取りに……お前の三年を捧げた意味は得られたかい」

「――ええ。あの三年を捧げるという行為がなければ、僕はここには『いなかった』でしょう」

「そうか……」


 カイムは自分を納得させる。

 そしてまた、ジュリアスの言葉の後半に込められた並々ならぬ意志をも察する。

 ――いなかった。


「お前は負けたら死ぬつもりだったのかい」

「……」


 沈黙は是。

 こうまで露骨な沈黙の是認を、これまで感じたことがないと、カイムは内心に抱いた。


 ――起こしてしまった猛火はたやすくは消えない。


 それも、強い火であればあるほど周りに燃え移り、しぶとく燃え続ける。

 しかし、


 ――強い火は、とかく汲々(きゅうきゅう)として元の宿り木を燃やし尽くしてしまうものだ。


 今その片鱗を、カイムはジュリアスの『三年』に見た。

 ジュリアスの意志の苛烈さはまさに汲々として宿り木を燃やし尽くす火そのものだ。

 そしてその火の器たる宿り木がジュリアスの身体――生物としての『命』であった。


 ――サフィリスが起こし、セシリアが風を送り、〈凱旋する愚者(イデア・ロード)〉という強火燃料を得て、ジュリアスという名の『猛炎』が生まれてしまった。


 否、


 ――キアル兄さんの死が、この一連のテフラ王国での出来事が、全ての原因となって猛炎を起こすきっかけとなったのだ。


「……」


 ――それと、加えるならばアテム王国の〈異族討伐計画〉か。


 カイムはようやくジュリアスの眺めている窓の外の景色に、ジュリアスが予想する未来図と同じものを見た気がした。



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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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