9話 「断崖の建前戦争論」
「いやはや、困りましたね」
まったく困っている風に見えないのはアリスの表情に変化というものがないからであろうか。
「少し、状況を整理いたしましょう。新たにサレさんも加わったことですし」
「うむ、そうであるな」
アリスの言葉に賛同を示したのは、トカゲ頭の男だった。まるでトカゲのような頭である。
しかし、普通のトカゲにはない立派な二本の角が生えていた。
すると、トカゲ頭はアリスの横に立つサレへ近づき、おもむろに手を差し伸べていた。握手のための差し出しだ。
「あらためて、よろしくである、サレ。我輩の名は〈ギリウス〉。誇り高き〈竜族〉である。結構レアな種族なのだが、サレのような魔人族と並び立つとそのレア度も薄れるものであるなぁ」
「いやいや、そんなことないって。――こちらこそよろしく、ギリウス」
やべえ、竜族だよ。
――竜だよ!? ――文字面がすでにかっこいい!
サレは内心で興奮気味に紡いだ。
ぱっと見るとトカゲ頭に人族の身体という変な奴だが、竜族という言葉がすべてを輝かせる。
――うん、竜は男の憧れだと思う。
その肌には黒い鱗が浮き出ていて、重厚な尾と、背にたたみこまれた二枚の大翼があった。
「我輩、人型に化身するのが得意ではなくてな。こう、中途半端な感じになっているのであるが……」
「本当に、ギリウスさんは人を驚かせる仕事をすればいいと思います。創意工夫なく、ただその姿で出ていくだけで大抵の人は腰を抜かすでしょう。――暗闇だと特に」
「くっ! 手厳しいであるなっ! アリス!」
「いえいえ、私は客観的な事実を述べただけですので」
「アリスがマジで容赦ねえ……」などの声が集団からあがるが、きっとこういうやり取りがノーマルなのだろうと、サレは自分を納得させた。
すると、ギリウスの身体を押しのけるようにして、後ろから歩み出て来る者がいた。
「まったく……プルミめ。わらわの角をなんじゃと思っておる。――――ぬ、さっきはプルミに邪魔されてロクに紹介できなんだな。あらためて、わらわの名は『トウカ・ヤコウ』じゃ」
トウカだ。一本角と、長い黒髪を宿した麗人。
「ちなみにわらわは東大陸系異族の〈鬼人族〉じゃ。これまた自分で言うのもなんじゃが、竜族に負けず劣らずのレアな種族での。――まあ、やはり魔人族と比べると薄れるがのう」
古風な口調でそう言う彼女は、ゆったりとした真紅の着物を身に纏っていた。美貌と合わさって妖艶な雰囲気を醸し出している。
「よろしく。ちなみにその角って――」
「串焼き用の串です」
「違うわッ!!」
「えっ、違うんですか?」
アリスが心底悲しそうにしょんぼりした。
対するトウカはくたびれた様子で、
「――ぐ、ぐぬ……〈鬼人族〉の特徴じゃ。鬼人族はみな頭に角を生やしておる。――決して串焼き用ではないぞ? ――違うからな?」
真に迫るように言い聞かせていた。
口調の厳かさとは裏腹に、どことなく子供らしい印象を、サレはトウカから受けた。
「まあ、わらわの角のことはおいておこう。――今はな」
念を押してからトウカが続けた。
「――それで、状況の整理じゃったな。……そうじゃなぁ」
トウカは腕を組んで考え込む仕草を見せる。
同様に、隣にいたギリウスも同じように腕を組んだ。
先に声を発したのはギリウスの方だった。
「まず第一に、我輩たちはまだアテム王国の純人たちに追われている、という認識が必要であろう」
「ええ、なんだかんだで逃げきれているだけですね。一歩間違えば――」
アリスが言いかけて、
「はい、全滅しました」
三秒ほどしてから真顔で締めくくった。
「ア、アリスの頭の中で一体なにごとがっ……!」
「仮定の話を頭の中で進めてみただけですので。お気になさらずに」
「そ、そうであるか……」
「アリスの予想は当たりそうで怖いのである……!」ギリウスは小さくこぼして、続きを言った。
「――第二に、我輩たちは逃げるだけで行き場所を定めていないということである。これからどうするか、それが問題なのだ」
そう告げたところに、集団の中から別の声が上がった。
その声の主は、獣の耳が頭部に映えている細身の少女だった。
「ならいっそのこと、ここでアテム王国を迎え撃つっていうのはどうだ? ここらで痛手を与えられれば追手に怯える日々ともおさらばだが――」
少女は言いかけて、ふとサレに気付いた。
「自己紹介がまだだったな」と舌にのせて、少女はサレに向き直った。
「――私は〈マコト・シェントルゥ〉。トウカと同じ東大陸出身の異族で、〈人狐族〉だ。よろしく頼む、サレ」
「うん、よろしく」
「またの名を『まな板マコト』というのじゃ。胸囲を見て察するとよいぞ」
「言わないからっ!」
少女が狐耳をピクつかせつつ、顔を真っ赤にして訂正した。
対して、『まな板』との形容を口にしたトウカは、彼女の胸元をじっと見つめ、
「見よ、悲哀を醸す、『断崖絶壁』じゃ。はたしてこの娘の乳房はどこへ家出したのじゃろうな……同じ東大陸系異族だというのに。わらわと違ってぬしは…………のう」
「『……のう』とか真に迫る感じでいうなよ!! や、やめろっ! そんな目で私の胸を見るなっ!!」
少女は両の腕を持ち上げて、自分の胸を隠すように抱え込んだ。
「――というか今それ関係ないよね!? 真面目な話してたよね!? 流れぶった切ったうえに人が気にしてることずけずけ言わないでくれよ!?」
少女の頭についた狐耳が、またピクピクと動いた。
「それって狐の耳だったんだ」
――すごく撫でたい。
サレはマコトの耳を見ながら、そんな声を内心に浮かべた。
トウカとマコトが言い争いをしていると、隣からまた別の声があがった。
あの白翼の天使。プルミエールだ。
白い六枚大翼を小さくはためかせながら、彼女がマコトの言葉に答えていた。
「話を戻すけど――無理よ、マコト」
今までのプルミエールのテンションからは考えられないほど冷静な声色だった。
「せいぜい五十人の私たちが、アテム王国の軍事力に対抗するのは無理だわ。確かに個々人の力量なら私たちは純人に負けない力を持っているわよ。それでも、アテムにはそれを超える膨大な数の力と――〈神格者〉がいる。現状の私たちで対抗できる程度なら、天使族は戦いに負けなかったわ」
「そうか……」
「あ、あと一応言っておくけど――ホントにあんたってまな板よね……いかに高貴な私でもちょっとフォローしかねる感じよ? あんまり不憫だから、いっそのこと私のおっぱい分けてあげたくなるわ?」
「なんだよっ!! ちょっと真面目に言うからプルミに対する評価を見直そうとしてたのに!! 結局お前らそれ言いたいだけかっ!? そんなに私をいじめて楽しいか!? ――いいよな!! お前らは無駄に発育してるもんな! そんな脂肪の塊ぶらさげてさっ!!」
「あら、やーねえ、この娘。愚民でまな板で、さらに短気で嫉妬ときたわ。せめて短気と嫉妬くらいは直しなさい? ――愚民とまな板はどうしようもないんだから!! フフフ……!!」
「誰かあ! この中に私の味方はいませんかー!!」
ここで女性同士の口論に首を突っ込むのは避けよう。
きっと巻き添えをくらって、碌なことにならないはずだ。サレはそんな決心を胸に刻んだ。
――それはそうと。
サレはふと、今の会話中に聞きなれない単語があったことを思い出して、疑問を口にした。
「――〈神格者〉?」
知らない単語だった。
すると、首を傾げるサレを見かねてか、横からアリスが補足を付け加えた。
「〈神族〉の加護を受けた者たちのことです、サレさん」
「神族? ――えっ? 神がいるっていうのか? 現世に?」
――そんなまさか。
率直に、そう思った。
神とはすなわち、全能者のことではないのか。
そんなものがこの世に存在するのなら、そもそも争いなんて起きないのではないか。
全能者がいるわりには、歪な世界である――と。
「少しわかりづらいと思いますが、〈神族〉は厳密には神ではありません。神族は全能神ではないのです」
「つまり、絶対者としての使われ方はしていない、ってこと?」
「そんなところです。神族をあえて言葉で定義するならば――ある分野でかぎりなく崇高に近い存在を言うのだと思います。たとえば〈戦いの神〉や〈穀物の神〉などです。さらに細分化すると〈剣の神〉や〈米の神〉なども存在します。そういう特殊な力を除けば、純人族や異族とそう変わらないものだと私は思っています」
「へー」サレが好奇心に目を輝かせながら感嘆の声を漏らした。
「ちなみに、神族は現世に存在するだけでその分野における文明を究極点にまで高めてしまうといわれているので、それを自重して〈神界〉と呼ばれる別次元に引きこもっていると言われています」
「えっ? 引きこもってんの!?」
サレの感嘆の声が、驚嘆の声に変わる。
「時代の最初期には現世に存在した、などと歴史書には一応記述されています。しかし、その時点で文明を引き上げすぎてしまって、その発達速度に純人や異族たちがついていけなかったらしいのです。結果として、非常にちぐはぐな世界が組み上がってしまったと」
アリスは身振り手振りを加え、説明を続けた。
「神族の生み出した文明が標準人種である純人族や異族に扱えなかったことが、最も神族たちを悲しませたといわれておりまして。このままでは発達しすぎた文明に純人族や異族が殺されてしまうと危惧した神族たちは、自分たちから神界に引きこもったのです」
「なるほど。神族とたいそうな名を冠していても、失敗することがあるんだな」
サレが唸り声をあげた。
「そうですね。神族たちはそうして引きこもったあとで、神界から人々に知識や力を分け与えることにしたそうです。無償で力を分け与えると結局、前述した文明の異常発達に繋がってしまうので、さまざまな『対価』を求めるかわりに、力を分け与えるという方針を取りました」
「それでも力は貸してくれるんだね」
サレは小さく笑いながらそう言って、アリスの次の言葉を待った。
「そして現在、そういった神族たちから力を分け与えられた者は〈神格者〉と呼ばれ、さまざまな方面で活躍しているというわけです。結果として文明は適度な成長を見せ、今に至っています。――神族が引きこもった甲斐がありましたね」
アリスが右手の親指をグッとあげながら言葉を締めた。
――なんか嬉しそう。
なぜだろうか。そう思いながらも、サレはそれを訊ねるのはやめておいた。
サレが苦笑を浮かべて内心に言葉を浮かべたころ、アリスの話が終わったところを見はからってか、今度はギリウスが口を挟みにきていた。
「アテム王国にはその神格者が多く存在するのである。アテム王国の上位軍隊〈王剣〉の将たちは、戦神系の神格者であることが選抜条件となっているほどであるよ。ゆえに、素の状態で純人族に優する異族といえど、そう簡単には足元を掬えないというわけである」
「それさ、異族で神格者ってのはナシなの?」
「いるにはいるが、数は少ないのう」
サレの素朴な疑問に、今度はトウカが答えた。
「異族は純人よりも種々の能力面で優れていることが多い、といったじゃろ? 神族はそれを考慮して、異族には力を分け与えたがらないのじゃ。なんだかんだというて、神族も狭量でのう。調停者などと傲慢を張るゆえに、異族には厳しいのじゃよ。――そうじゃな、いっそのこと、試してみるか?」
「試すって?」
「神族との契約を、じゃ。神界への門をひらくのは意外と簡単なんじゃよ。神によって呼び出し方は違うが、比較的容易に接触を図れる神族の神界術式を、わらわは知っておる」
トウカが人差し指をピンと立たせて言い、次いで、
「――呼び出す神は……その名も〈ツッコミの神〉じゃ」
はりきった様子でのたまった。
「胡散くせえ! すっげぇ胡散くせえ……!!」
サレの叫びをよそに、トウカが指で地面に術式を描き始めた。
そして数十秒を待って、
「では、開くぞ」
トウカが目をつむり、なにやら意味ありげな言葉を小さな声で呟くと、地面に描かれた術式陣が瞬く間に輝きはじめた。
「ホントに簡単なのね……」
サレは嬉しいやら悲しいやら、複雑な感情をいだきながら事の進みを眺める。
すると、次の瞬間、突如として術式陣から一本の『腕』が飛び出て来た。
――半ばホラーである。
「ほれ、この手を握ってみよ。勝手に向こうが力を貸すに値するかどうか判断してくれる」
「お、おう」
奇妙な胸の高鳴りを覚えながら、サレが術式陣から飛び出た腕に歩み寄り、しゃがみ込んでその手を取った。
全く体温の感じられない陶器のような手だった。
幾秒か握手をしていると、不意に向こう側の手から力が抜け、こちらもそれに合わせて手をほどく。
術式陣から飛び出た手はおもむろに地面に向けて人差し指をたて、なにやら文字を描き始めた。
サレは地面に描かれていく文字に目を通し、順々に読みあげていく。
「えーと…………『あなたには、ねむれる、つっこみのさいのうが、あります。わたしのちからをかりずに、じぶんで、なんとかしなさい』――ってやかましいわ!!」
サレが大きく振りかぶった手で術式陣から飛び出た腕を引っぱたいた。
すると術式陣から出た手はビクンビクンと数度脈打ち、そのあとで親指をグッ、とあげ、
『それです。いまのかんしょくを、わすれぬように』
再び地面に文字を描くと、術式陣の中へと帰っていった。
「うわぁ……む、むかつく!! なんかこいつむかつく!! くそがぁっ!!」
「つまり、こういうわけじゃ」
「わかるようでわからない! とりあえず神族は俺の敵だってことはわかった!」
「わかるわぁ……」と集団から一斉に声が上がった。
◆◆◆
「さて、ではでは、若干話がそれましたが、そろそろ本題に移りましょう、皆さん」
アリスがうながす。
「どなたか、行先の案、もしくは目指したい目標の案がございましたらおっしゃってください」
「だから! 私の王国を作るのがよくってよ!!」
「はい、却下です。他に何かございませんか。なければプルミエールさんの案が自動的に採択されますが……皆さんもそれは勘弁願いたいところでしょうし、そういうわけで必死で他の案を出して下さい」
その言葉に、一度皆が近くの者と顔を見合わせ、
『おいおいおい、プルミの王国とかどうせあいつが女王で俺たちみんな愚民だろ?』
『それはなんとしても阻止しないと……このまま放浪する方がまだマシってもんだ。ああ、本当に……』
「愚民の癖に生意気よあんたたち!! 大人しく跪きなさい!! 悦んで地面に頭すりすりするといいわ!! そしたら踏んであげる!! 踏んでもらったらちゃんと恍惚とした表情で『気持ちいいです!』っていうのよ!」
音の群があちこちから上がり、ときおり人一倍甲高い声で騒ぎ立てるプルミエールの言葉も混ざり、場は活気立った。
もっとも、サレ自身は現在この集団の周りを取り巻いている状況を大して認知していなかったため、理性の灯る案を出すこともままならず、なんともなく、周りの声に耳を傾けていた。
飛び交う言葉を拾い、頭の中で統合していく。
情報は多いに越したことはないが、
『マコトの狐耳撫でたいんだけど』
『なんだかんだでプルミの白翼も触り心地よさそうじゃない?』
『新入り魔人族の尻尾とかも結構良いかもしれないわね』
などのまるで現状に必要なさそうな情報は捨ておいた。
とりあえずのところ、サレは自慢の尻尾の毛並みが荒らされる可能性を考慮して服の中に隠し、再び思索に耽る。
ある意味で危機を感じた。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない、なんでもない」
疑問符を浮かべながら問いかけてくるアリスに苦笑を返し、次々と飛んでくる言葉にまた耳を傾けた。
◆◆◆
結論から述べれば、結局のところ、現状に対応する明確な方策は決まらなかった。
意見が分かれたのだ。
その理由はさまざまだが、特に顕著な理由としてやはり『種族の差』と、それゆえの思想の差が大きく影響した。
極端な二分化をすれば、〈好戦派〉と〈非戦派〉に分かれたのだ。
好戦派の主張は一つである。
彼らが掲げた大義名分は『復讐戦』だった。
アテム王国の軍事力を考慮したうえで、アテムを討つとまではいかなくとも、追手としての軍事力は撃退できるだろう。
そんな予想している者たちが多かった。
早々に戦の準備に取りかかり、防衛を図ろうという意志が強く表に出たのだ。
非戦派の主張は好戦派と比べて多岐に渡る。
第一に、アテムの軍事力には敵わないという見解。
また、戦うこと自体に不安を感じている者もいれば、戦うすべがないと主張する者もいた。
かならずしも異族の全てが戦に向いているというわけではなく、その種族が持つ文化自体が戦とは縁遠いものだったという主張もある。
十分に戦える種族ならばいいが、「私たちはあなたたちと違って十分に戦える力を持たない」という言葉が何度か飛び交った。
そしてまた、極端な主張として―――
「もういい。――――もう、疲れたよ」
そんな言葉がぽつりと集団の一角から上がっていた。
「みんな死んだ。これからどんな生き方をしても、ただ虚しいだけだ」
サレはその言葉を心の中で思いやった。
否定はしない。
それどころか、少し前ならば賛同していたかもしれない。
それほどに失ったモノは大きく、取り返しのつかないモノだった。
その一言に、皆が顔を俯けた。
しかし、サレ自身はもうその言葉に感化されることはない。
共感もするし、同情もするが。
―――俺は抗うと決めた。
その赤い瞳に宿す強烈な意志の光は、まるで揺らがなかった。
「サレさんはどう思いますか? ……いいえ、どうしたいですか?」
アリスもある意味で揺らがなかった。
彼女の淡泊な声色と、やけに丁寧な口調と、光の薄い瞳は変わっていない。
「そうだなぁ。――まあ、どっちでも良いんじゃない?」
サレの出した結論はその言葉から続いた。
「そりゃあ、復讐したいから戦いたいってのもありだと思うし、敵わないと思うからこそ戦わないってのもありだと思うよ。それに、必ずしも戦うだけが復讐になるわけでもないし。都合良く解釈すれば、一人一人が生き残ることがそのままアテム王国への復讐になるって考え方もある」
それもまた意趣返しだ。アテム王国の〈異族討伐計画〉に対する、些細な皮肉になりうる。
サレは「結局」と続けた。
「アテム王国は異族が目障りだから討伐しようだなんて言ったんだろう? だったら生き抜くこと自体がアテム王国に対する皮肉にもなる。ああ、さっきも言ったとおり、都合のいい解釈だけどね?」
つまり、
「――それぞれがしたいようにすればいいと俺は思うよ。はっきりいって、いずれにせよ――脆い絆なんだろう? 境遇が似ているから必要以上に共感して、失ったばかりだから共有しようとするわけで、これだけいろんな種族が一月やそこらで分かり合えるとも思えない」
分かり合えたらいいとは、思う。
「そんな集団が〈純人至高主義〉という一つの信仰を掲げて統一されたアテム王国に、やすやすと敵うとも思えない」
それが本心だ。
でも、それでも、
「どうせ戦うなら、必死になりたいなら、そろそろこの集団にも明確な〈大義名分〉を掲げる必要があると、俺は思うよ」
「さっき加入したばかりの新入りの戯言さ」そうサレは付け加えた。
そして、
「で、それはどう思うかっていう問いに対する答えで。――俺がどうしたいか。否、どうしてほしいかを、前述した話を踏まえてこれから言おう」
大きく深呼吸をするサレを、いつの間にか皆が見ていた。
誰もがサレを見て、その身ぶり手ぶりを見ながら、次に何を言うのかと耳をそばだてている。
「逆に言えば、一月もこの集団が共に歩めたことは大きな利点だと思う。そしてそれは――たぶん〈アリス〉のおかげだ。どうやら皆は『せめてアリスは守ろう』という気概でなんとかここまできたと聞く。だったら――」
言った。
「それでいいんじゃない?」
軽く言い放った言葉。
サレは続ける。
「彼女を守るという大義名分を掲げて、掲げ続けて、これからも歩めばいい」
――ああ、自分でも大層な戯言を口走っていると理解しているつもりだ。
サレは自分に言った。しかし、言葉を紡ぐのはやめない。
「伊達、建前、酔狂、体裁、虚飾、面目。本音ではなかったかもしれない。でも、それでいい。――信じきれ。本音をさらけ出すのも時には必要だけど、この混成集団は本音だけで共同できるほど単純な集団じゃないと俺は思う」
本音だけでは、集団は同じ方向を見れない。少なくとも、すぐには無理だ。
「別段、種族が違うからというだけじゃない。たとえ同じ種族でも、あらゆる場面において全く同じ考え方をする奴はいない」
考え方も、想い方も、それぞれだ。
「だから、『彼女を守る』という大義名分を掲げて前に進むというのはどうかな。本音を建前で偽装するんだ。そうして、好戦派は彼女を守るために時として敵前逃亡に前向きになり、非戦派は彼女を守るために時として敵前に立つことに前向きになれれば、いいかもしれないね。――なんか俺、すごいこと言ってる気がする」
いざとなったら建前で戦争をしろと言っているのだ。
馬鹿馬鹿しい。実に。
だが、
――これも本心だ。
この奇妙で希薄な繋がりを、自分は失いたくないと、そう思っているのだろう。
彼女の言うとおり、それは空いた心の穴を塞ごうとする代替行為なのかもしれない。
でもそれでいい。今そう思えることを優先したいのだ。
――女々しいことだ。
それでも、
「綺麗事でも――みんなが生きられればいいと、俺は思ってる」
そう考えるとやはり、建前が本音にすり替わるほどに信じ、無理にでも集団を『一団』にする必要が生まれてくる。
時間が立ち、建前が本音に変容することなく、崩れて、一団が瓦解すれば――それまでだ。
それまでの一団だったと、その時は素直に諦めるしかない。
「俺個人はある理由で意地でもアテム王に抗おうと決めているから、たとえ一人でも生きようと思ってる。でもやっぱり、仲間がいると心強いし――なにより寂しくないからね」
「意外と女々しい感じなのですね、サレさんは」
「えっ!?」
アリスがぼそりと呟いた言葉にサレがびくりと身を立てて反応した。
いざ人に指摘されると、恥ずかしいものが込みあげてくる。
「名演説じゃのう、サレ」
「魔人族は演説能力まで兼ね備えているのであるか。我輩、知らなかったのである」
「愚民のくせに生意気よ!! ――でもそうね、それなりに頑張ったからあんたは貧民に格上げしてあげてもいいわ!!」
「ほとんど変わんねえよ!」
ふと気づけば、皆が目に光を灯してサレのことを見ていた。
その光に強弱はあれど、
――皆は俺の戯言に同意してくれたのだろうか。
そしてもう一つ。
「俺、アリスを人柱にするみたいなこと言っちゃったんだけど、アリスはそれでいいの?」
「『みたいな』はいりません。完全に人柱です。祀り上げられてます」
「……お、怒ってる?」
「いいえ、怒ってなどいません。私も祀り上げられることを承知したからこそ、ここまでそのように振る舞ってまいりましたので。それがまだ続くというだけです。皆さんがそうしたいというのなら、私のことはお構いなく、どうぞ存分に祀り上げてください」
なんともうなずきづらい返答である。
「ですが……そうですね。悪くない案だと思います。どうせ私たちは死に切れなかった残りものですし、どうせ死ぬにしても、せめてアテム王の額にデコピンくらいは喰らわせてやりたいですね。――そのためにはサレさんがおっしゃったように、一つの指標が必要かもしれません。たとえそれが建前だとしても」
「まあ、伊達や建前で大国相手にハシャごうとしているくらいじゃ。いっそのこと、これくらい開き直ってもいいかもしれんな」
トウカが悪戯気な笑みを浮かべて何度かうなずいてみせた。
「少し、話が前に進みましたね」
アリスが言って、
「では皆さん、私を守るためにどうするのがいいか。そういう観点から再び話をしましょう」
最後にそう締めくくった。
その頃、サレはまた一つの決断を下し、その責任を己に課していた―――