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第四話

 妻と自分は恋愛結婚だ。

 というか、自分が妻に一目惚れして、年頃になると一方的に口説いた。

 幼い頃に住む村を失い、流浪の民として幾つもの村を転々としてきた妻の立場の弱さを、利用する事すら厭わなかった。


 とんだ卑怯な男だ――自分は。


 けれど、それほどに幼かった妻との出会いは、自分に衝撃をもたらしたのだ。

 幼馴染みという関係性を利用するほどに。


「嫌われたんだろうか……」


 玲珠は本気で悩んだ。

 悩んで悩んで、上司から『お前邪魔だよ』と部屋から蹴り出された。


 丁度終業時刻。

 既に仕事は終らせていたから、そのまま家に帰ることにした。


「お、玲珠じゃん」

「柳様」


 柳と名乗った男がニカッと笑いながら此方に歩いてきた。

 名の通り柳のようにしなやかな手足と鍛えられた体、そして首から上の顔は妖艶さに満ちている。

 自分よりは精悍さを兼ねそろえているが、それでも麗しい美貌だった。


 彼もまた、祖国の男好きだった前王に強引に寵姫として陵辱された一人だった。

 もとは祖国の将軍の一人だったが、国を思う気持ちに溢れていた彼を邪魔に思った王が、その美貌に目をつけて後宮に放り込んだのだ。


 後宮に囚われていた男達の中でも、一番仲が良かった柳に玲珠は優雅に頭を下げた。


「様はいらないだろ」

「ですが、いまや立派な武官の一人ですし」


 それに、祖国では元将軍だった。


「後宮の時も言っただろ? 立場は対等だって。あの馬鹿王にカマ掘られ、寵姫とか言われて好き勝手されていた後宮時代で唯一違うとすれば、その寵愛の差」

「はははは……」

「欲しくもない寵愛だったけどな」


 同性愛自体を忌避しているのではない。

 しかしあの王は自分が気に入れば、相手の意思など全て無視し、拉致監禁し強姦陵辱その他諸々を強制してきた。

 一方で、男達の大切な者達が、殴られ、蹴られ、陵辱されるのを止めるどころか推奨までしていた。


 しかも父が父なら子も子。

 子の方は、自分が拉致してきた朱詩にだけ執着していたが、女性への扱いはそのままにしたばかりか、寵愛が薄れた男達の大切な者など殺しても構わないと態度で示していた。

 父よりも最悪だった。


 おかげで、玲珠の妻は殺されかけ、他の男達の妻や恋人、娘すらもあやうく眼前で殺されかけるところだった。


 自分達が陵辱され続けたように、女達も陵辱され続けた。

 それは、男達にとって自分達が陵辱されるよりもなお辛い事だった。


「奥方は元気か?」

「え……え、ええ」

「…………やっぱり噂は本当か?」

「は?」

「昨日の夜、玲珠の家から怒鳴り声が響いて、美琳が飛び出したって」


 愕然とする玲珠に、柳は溜息をついた。


「俺の奥さんがそれを見ていてな……」

「あ、その」

「奥さんは戻ってきたのか?」


 柳の言葉に、玲珠はしばし答えに迷った。

 あの後、すぐに追いかけた。

 しかし妻は丁度仕事帰りだった下女頭と鉢合わせし、何かを察知した彼女によって女性用の独身寮に連れて行かれる事になった。

 返して欲しいと頼んでも、妻の興奮さからして、少し頭を冷させた方が良いと説得され、一人哀しく自宅に帰った。


「……俺」

「ん?」

「捨てられるんでしょうか?」


 見ると、いつの間にか壁に背をつけて体育座りでシクシクと泣く玲珠。

 これの何処が氷の貴人だと、柳は聞きたかった。


 あの後宮に囚われてきた男達の中でも、出世の度合いで言えば上位に君臨する男――玲珠。

 仲間達の中でも羨望と憧れの眼差しを一身に受けるくせに、妻に関してだけは途端に女々しくなる。

 祖国の前王に女として開発されたせいなのか?いやいや、違うだろう。


「ふふ、ふふふふ」


 あ、壊れた。

 しかし、柳は思う。

 自分だってもし妻に捨てられたら……。


 あの地獄の様な祖国での出来事の後、この国に来てから結婚した妻からの突然の離婚宣言などされたら、自分なら閉じ込める。

 閉じ込めて、離婚宣言を撤回してくれるまで監禁する。


 狂っているかも知れないが、寵姫として陵辱され、愛する者達と長く引き離されてきた者達にとっては、その時の後遺症とでも言うように伴侶や家族への執着が凄まじいものとなっている。


 それに、彼女達は全てを受け入れてくれた。

 日々陵辱され、好き勝手にされ、女として開発された汚らわしい体も何もかも、そのままで良い、そのまま共に生きていきたいと言ってくれた。


 そうしてずっと支えてくれる女達。


「玲珠」

「はい?」

「男は度胸だ」


 柳は麗しい笑顔で、悪魔の様な囁きを放った。


「襲え」

「出来るかぁ!!」




「朱詩、何してるの?」

「う~ん。馬鹿で愚かな部下への贈り物作り」


 と言いつつ、何処かに行く用意をしている朱詩に、果竪が大根のヌイグルミを抱きしめながら首を傾げる。


「何処かに出かけるの?」

「うん」

「私も連れてって」

「駄目」


 近頃は王宮から殆ど出られなくなっている果竪からすれば当然の言葉だった。

 しかし、既に夜も更けた今、少女を、いや、王妃を外に出すなど有り得ない。


「私も行きたい~」

「駄目ったら駄目。果竪はお留守番。お土産持って来てあげるから」

「む~~」


 果竪は決して我が儘ではない。

 無鉄砲なところもあるが、こうして言えばきちんと納得し諦める。


「良い子だからね」

「子供じゃないよ~」


 子供だ子供。

 まだ十四歳で、しかも月の障りだって訪れていないお子様。

 にも関わらず、あの夫のせいで王妃になど据えられてしまっている。

 目をつけた男が陛下でさえなければ、果竪はもっと穏やかで幸せな神生を送れただろう。


「一人で行くの?」

「ううん。明睡と茨戯と」

「ずるい」

「はいはい、もう遅いから部屋に戻って寝なさいね」


 最後に頭を撫でると、果竪は溜息をつき後宮へと戻っていく。


「王妃なんだけどね~」


 この国の女性の頂点に立つ最高位。

 けれど、果竪には自由など殆ど無い。

 それどころか、年を追う事にその自由は更に無くなっていく。


「って、ボクが言えた義理じゃないな」


 それを知っていて黙認するどころか、積極的に囲い込みに協力する自分が哀れに思う権利などない。


「さてと……さっさと行きますか」


 それは、夜の恒例の行事だった。


 王宮を出て、王都を抜けた先にある一つの大きな山。

 登山道もないが、そんなのは進むのに何の問題もない。

 道無き山をかけずり回る事などざらだった大戦時代。

 朱詩はたいして苦もなく、待ち合わせ場所へと向った。


「ああ、来たわね」

「遅い」


 既に待ち合わせ場所に居た茨戯と明睡が朱詩を出迎える。


「明睡ってばひど~い」

「五分前には来てろ」

「はいはい。で、早速するの?」

「当たり前よ。じゃないと終らないじゃない。夜更かしは美容の大敵なのよ?」

「それに明るくなってくると人目に付くからな」

「じゃあ、さっさと始めようよ」


 そう言うと、三人は早速動き始めた。


 凪国の主な収入源は鉱石だ。

 豊富な鉱石資源により、急成長を遂げている採掘事業。

 そしてそれに伴い加工産業にも力が入れられている。


 だが、それは所詮は表の産業。

 実は裏産業というものがあった。


 それこそが、彼らが行っているものである。


「まったく、たった三人で蜜集めなんて」

「仕方ないじゃない。アタシ達以外のが集めたって何の力もないんだもの」


 彼らは蜜を、花の蜜を集める。

 花の種類には特に制限はない。

 ただ、彼ら三人が集めたというのが大切なのだ。


「にしても、アンタだけじゃなくアタシや明睡が集めたものまで妙な効果を発揮するとはね~」

「効果って言っても、全然効果の根本が違うって」


 彼らが集めた花の蜜で作られる凪国の裏産業。

 それは、美容液と媚薬、香水の三つ。


 高級美容液、その名を『幽艶水』

 高級媚薬、その名を『精華水』

 高級香水、その名を『芳恋水』


 どれも、凪国が誇る代物だった。

 そのどれもが使い方を間違えると、一瞬にして相手を廃人にしかねない強力な産物。


 それらの原料を集められるのは、朱詩達三人だけだった。

 因みに、分担は美容液が茨戯で、媚薬が朱詩、香水が明睡だった。


 どれも材料自体は手に入りやすいものだ。

 しかし、三人以外の者が集めたのでは、幾ら同じ生成手順を踏んでも、そこら辺にある美容液、媚薬、香水にしかならない。

 それでも効き目は凄まじく、かなりの高額で取引される代物である。

 しかし、三人が集めた材料で作る産物はそれを遙かに超えたものなのだ。


 効能も、効果も、全てが超一級品。

 炎水家ですら、直々に取り扱いを厳重にするように通達したぐらいだ。


 その為、使用する際には量、日時、場所まで記載させられるほど。

 だが、一度使えばもう二度と手放す事が出来ないほどの快楽を使用者に与える為、面倒な手続きをしてでもいい、高額の代金を払ってでもいいと言う者達が続出しているのだ。


 ただし、買えるのは各国の重鎮や王族達だけで、位の低い貴族や一般市民はそれぞれをかなり薄めた物しか手に入らない。


『幽艶水』、『精華水』、『芳恋水』


 それらが市場に出てから五年。

 欲しがる者達が続出する極上のそれらは、今では一部では悪魔の薬とも呼ばれ、使うものを再起不能にするとすら言われている。


 何故三人が集めた物だけが、そんな力を持つ材料へと変わるのかは分らない。

 しかし、朱詩に関してはその魔性の色香と体液が原因だろうと言われている。


「全く……嫌になっちゃうよ、本当に」


 視線も吐息も仕草一つですら、どんな男でも狂わせる生来の才能――『天性の男狂い』である朱詩は、やはり壮絶な過去で華開いた壮絶な魔性の色香を持っている。

 それに加えて、その過去で毎日の様に使われてきた媚薬により、自身の体液の全てが極上の媚薬と化しているのだ。

 その媚薬は、『精華水』にすら劣らない代物である。


 そんな朱詩の体液と、色香が花の蜜に混じる事でなんらかの変化を起こしたのではないか?

 

 上層部では、そんな推測がなされていた。


 また、茨戯と明睡は、それこそ体液が媚薬化などはしてないが、それぞれに朱詩とはまた違った壮絶な色香の持ち主であり、それもまた不思議な反応を引き起こす原因になっているものと推測されていた。


「けど、考えてみれば他の上層部だって似たような気もするけどね」


 他の上層部が採取した原料を使っても、それ以外の者達が集めた物とは違い何らかの効果は発揮する。

 しかし朱詩達の作ったものに比べれば、その反応も微々たるものとしか認識されない。

 たとえ、他の一般的な媚薬や美容液、香水など比べものにならない代物だとしても。

 つまり、朱詩達が採取した物があまりにも飛び抜け過ぎているのだ。


「国の民は知ってるのかな~。こうやって毎夜、ボク達が汗水垂らして稼いでるって事を」

「知られないようにやってるんでしょうが」

「茨戯の言うとおりだ」

「はいはい。あ、そういえば果竪へのお土産持って帰らないとね」


 朱詩はキョロキョロと辺りを見まわす。


「何か買ってあげればいいんじゃない? 身につける物以外で」

「買うと果竪が受け取ってくれないんだよ」


もともと貧乏性なたちだから、金額ばかり気にして、下手すればそのまま大切に仕舞われてそれっきりとなる。


「花とか摘んで帰るかな」

「それが一番無難だろうな」

「そういえば朱詩、アンタの部下に玲珠って男がいるでしょう?」

「ああ、うん」

「なんか奥さんと大喧嘩したって聞いたけど」

「そうそう。だから、ボクも一肌脱いであげようと思って」


 そう言うと、朱詩は集めた蜜が入った大瓶とは別の小さな小瓶を二人に見せた。


「これあげようと思って」


 正確には、これで作った媚薬を渡すつもりだ。


「一部下に?」

「優しい上司からの贈り物だよ」

「喧嘩した夫婦に媚薬って、嫌がらせか?」


 体で仲直りしろと?


「明睡ってば、体の相性も夫婦として生活する為の大切な要素だよ? 体があわなくて離婚する夫婦って結構いるんだから」


 そう言って小悪魔の様な笑みを浮かべる親友に、明睡は溜息をついた。


「お前に言われたくない」

「ちょっと、声大きくなってきたわよ。静かに話してよ」

「ぶ~~! 涼雪に媚薬送りつけてやる」

「殺すぞてめえ!!」

「静かにしろって言ってんのよっ!!」


 切れた茨戯に殴られた朱詩と明睡。

 しかし彼らが大人しくなったのも数分で、再び茨戯に殴られるまで、そう時間は要しなかった。




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