表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

第8話 ゼロ距離のぬくもり

 静寂が戻った教室。

 俺は床にへたり込んだ。目はまだ痛むし、体中の力が抜けていく。


「アト、大丈夫?」


 鋳吹が俺の顔を覗き込む。

 彼女の手のひらが、俺の目の上を覆った。ひやりとした冷たい感触が、焼けた目に心地よい。


「……治癒ヒール


 淡い光が染み渡る。痛みが引き、ゆっくりと目を開けると、心配そうな鋳吹の顔があった。

 彼女自身もボロボロで、脂汗をかいているのに、真っ先に俺を治してくれたんだ。


「……ありがとな。あと、ごめん。疑って」

「ううん。アトが無事なら、それでいい」


 俺は恐る恐る周囲を見渡す。クラスメイトたちは全員、机に突っ伏して眠っていた。ヒナも寝息を立てている。


「あいつら、今の見てたかな……?」

「大丈夫。結界の中で起きたことは、外部には漏れない。それに、認識阻害のミストを撒いたから……みんな、ただの深い居眠りか、変な夢を見たと思ってるはず」

「……用意周到だな」


 俺たちは、まだ誰も目覚めないうちに、こっそりと教室を抜け出した。

 帰り道。夕焼けがボロアパートの錆びた階段を赤く染めている。

 俺たちの手首には、うっすらと赤い鎖のようなあざが浮き出ていた。

 窓ガラスが割れたままの俺の部屋。風が吹き込んで寒いはずなのに、彼女がいるだけで不思議と寒くない。


「ねえ、アト」

「ん?」

「手、繋いでもいい? ……一八メートル以内なら、いいでしょ?」


 鋳吹が上目遣いで、おずおずと手を差し出す。

 学校でもベタベタしてきたが、この状況でさらに甘えてくるのか。積極的すぎるだろ。

 俺はため息を一つつき、頭を搔いた。


(……まあ、今日くらいはいいか)


 命がけで俺を守ってくれた相手だ。無下にできるはずがない。

 俺は少しためらってから、その小さな手を握り返した。

 ひんやりとしている。

 陶器のように滑らかで、どこか人間離れした冷たさ。

 けれど、その冷たい手が俺を強く握り返してくる感触に、確かな信頼と意志を感じた。


「……冷たいな、お前」

「そう? でも、アトの手は温かい」

 鋳吹は嬉しそうに、俺の腕にすり寄ってくる。

「おい、歩きにくいって……」

「ゼロメートルだね」

「……はいはい」


 俺は困ったように苦笑しながら、握った手に少しだけ力を込めた。


「ただいま、イブキ」


 泥のような孤独な日常は終わった。

 この厄介で、ひんやりとしていて、離れられない悪魔となら、この狭い六畳一間も悪くないかもしれない。

 そう思いながら、俺たちは一つの影になって歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ