第2話 距離感のバグった転校生
翌朝。
俺は最悪の気分で登校していた。
理由は明白。背後にピッタリと、いや、ベッタリとくっついてくる化物のせいだ。
「……おい、ちょっと離れろよ。歩きにくいだろ」
「離れたら死ぬって言った」
鋳吹は俺の学ランの袖を両手で抱え込み、二の腕に自分の胸を押し付けるようにして歩いている。
一八メートル。それが俺たちに許された命の鎖だが、こいつはゼロ距離じゃないと気が済まないらしい。
「アト、いい匂いする。落ち着く」
「俺は落ち着かねえよ! 頼むから学校では他人のフリをしてくれ……」
だが、そんな願いは教室に入った瞬間に砕け散った。
ガラリと扉を開けると、クラスメイトたちの視線が一斉に突き刺さる。
「おい、明星が女子連れてるぞ……?」
「すげー可愛い……けど、なんか距離近くないか?」
鋳吹の尻尾は消えている。いや、彼女いわく「認識阻害の魔法」で見えなくしているらしい。だが、俺に抱きついている事実は隠せていない。
担任が入ってきたタイミングで、鋳吹が黒板の前に立った。
「転校生の、明星鋳吹です。……アトの親戚です。家が……焼けたので、一緒に住んでます」
教室が静まり返る。家が焼けたって、あながち嘘じゃないのが腹立つ。
先生が「えっ、聞いてないぞ?」と慌てるが、鋳吹が先生の目を見つめると、先生は虚ろな目で「ああ、そうだったな。大変だったな。席は……明星の隣だ」と言い出した。
催眠術かよ。
鋳吹は当然のような顔で、俺の隣の席――いや、俺の机と隙間なく並べるように自分の机を配置して座った。
「……これで、ずっと一緒」
俺は机に突っ伏した。貧乏でボッチな俺が、こんな美少女と同居&密着とか、悪い噂にしかならない。終わった。俺の平穏な高校生活は終わったんだ。
その時、ふわりと柑橘系の優しい香りがした。
前の席の女子が振り返ったのだ。
クラスのアイドル的存在、日向ヒナ。金持ちで性格もいい、俺とは住む世界が違う高嶺の花だ。
「明星くん、おはよう」
ヒナが屈託なく笑う。その笑顔の眩しさに、俺は思わず居住まいを正した。
「あ、おはよう、日向さん」
「大変だったね、お家。……明星くん、顔色が悪いよ? 大丈夫?」
ヒナは心配そうに眉を下げると、そっと俺の額に手を伸ばしてきた。
「熱、あるんじゃない?」
えっ、ちょっ、触れる距離!?
俺の心臓が早鐘を打つ。クラスの天使に心配されている。それだけで天にも昇る心地だ。
だが、その白い手が俺に届く直前。
バシッ。
横から伸びてきた手が、ヒナの手首を掴んで止めた。
「……アトに、気安く触らないで」
鋳吹だ。さっきまでの眠そうな目はどこへやら、獲物を守る猛獣のような鋭い目でヒナを睨みつけている。
「イ、イブキちゃん? 私はただ、明星くんが心配で……」
「心配いらない。アトの体調は、私が管理してる。アトは私の……『対』だから」
鋳吹はそう言い放つと、俺の首に腕を回し、見せつけるように頬を寄せてきた。
「うわっ、おいイブキ! やめろって!」
「動かないで。マーキングが消える」
「マーキングってなんだよ犬かお前は!」
教室中がざわつく中、ヒナは驚いたように目を丸くしていたが、すぐにふわりと柔らかく微笑んだ。
「ふふっ。仲良しなんだね、二人とも」
ヒナは掴まれた手をそっと引くと、俺の目をじっと覗き込んだ。上目遣いのその瞳には、どこか意味ありげな色が揺れている。
「でも、イブキちゃん。明星くんは転校生だけのものじゃないよ? クラスメイトのみんなの……ううん、私の大切な友達なんだから」
ヒナは「私の」という部分に、ほんの少しだけ力を込めた気がした。
そして、カバンから小さなのど飴を取り出すと、鋳吹のガードをすり抜けるような素早さで、俺の手のひらに握らせた。
「これ、あげる。元気出してね、明星くん」
指先が触れ合い、ヒナの体温が伝わる。
「あ、ありがとう……」
俺が顔を赤くしていると、隣で鋳吹が低く唸った。
「……気に入らない」
鋳吹はその飴を奪い取ろうとするが、俺は慌ててポケットに隠す。
「ムゥ……アト、私よりその女がいいの?」
「そういう問題じゃねえよ! 頼むから大人しくしててくれ……」
不機嫌に頬を膨らませて俺の腕にしがみつく鋳吹と、前を向いているけれど背中から楽しげなオーラを出しているヒナ。
両側からのプレッシャーに、俺は胃に穴が開きそうだった。これがモテ期? いや、修羅場だろどう見ても。




