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18メートル離れたら即死!? 孤独な俺と落ちてきた小悪魔の絶対距離  作者: ユニ
第2章 お風呂とトイレと18メートル ~猛毒の奇襲者~
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第12話 ヒナの弁当と嫉妬

 昼休み。

それは、学生にとっての安息の時間であり、俺のような貧乏学生にとっては忍耐の時間でもある。

俺の昼食は、購買で買った八十円のコッペパンと、水道水だ。

一方、鋳吹いぶきは何も食べない。


「……お前、腹減らないのか?」

「平気。アトの近くにいれば、エネルギーは充填される」


 彼女は机をくっつけて、じーっと俺がパンをかじる様子を見つめている。

その視線だけでお腹いっぱいになりそうだ。

周囲の生徒たちは、遠巻きにこちらを観察している。剛田たちの一件以来、直接絡んでくる奴はいなくなったが、その分「触らぬ神に祟りなし」という空気が教室を支配していた。


 その沈黙を破ったのは、やはり彼女だった。


「明星くん、お昼ここいいかな?」


 日向ひなたヒナだ。

彼女は可愛らしいピンク色の包みを手に、俺たちの席の前に立っていた。

教室の空気が一変する。クラスのカーストトップであるヒナが、底辺(今は要注意人物)の俺に話しかけているのだ。


「えっ、あ、ああ。いいけど……」


 俺が戸惑っていると、隣で鋳吹がスッと目を細めた。

猫が威嚇するように、背中の毛が逆立っている気配がする。


「……何の用?」


 鋳吹の声は、絶対零度。

だが、ヒナは全く動じず、ふんわりとした笑顔を崩さない。


「ううん、用事ってほどじゃないんだけど。……これ、作りすぎちゃって」


 彼女が包みを開くと、そこには彩り豊かな二段重ねの弁当箱があった。

タコさんウインナー、ブロッコリー、プチトマト、そして黄金色に輝く卵焼き。

俺の手にあるパサパサのコッペパンとは、次元が違う「文明の食事」だ。


「よかったら、二人で食べてくれないかな? 捨てるのも勿体ないし」

「えっ、いいのか!? いやでも、悪いよ」

「ううん、食べてくれたら私が嬉しいの。イブキちゃんも、どうぞ?」


 ヒナは箸を二膳、差し出した。完璧な気配りだ。

俺の喉がゴクリと鳴る。

手作りの弁当なんて、何年食べてないだろう。


「……アト、食べたいの?」


 鋳吹がジト目で俺を見る。


「い、いや、せっかくのご厚意だし……断るのも失礼だろ?」


 俺は言い訳しながら、ヒナから箸を受け取った。


「いただきます……!」


 まずは、一番輝いて見える卵焼きへ箸を伸ばす。甘いのか、出汁なのか。期待に胸が膨らむ。

箸でつまみ、口へ運ぼうとした――その瞬間。


 パクッ。


 横から伸びてきた影が、俺の箸から卵焼きを奪い去った。


「あ」


 鋳吹だ。

彼女は俺の箸ごと卵焼きを咥え取り、咀嚼もそこそこに飲み込んだ。


「……んぐ」

「お、おいイブキ! 何すんだよ!」


 俺が抗議すると、彼女は真顔で言った。


「……毒見」

「はあ!? ヒナが毒なんて盛るわけないだろ!」

「わからない。アトは無防備すぎる。この女からは……甘い匂いがする。甘い罠かもしれない」


 鋳吹は言いながら、今度はウインナーを指でつまんで口に放り込んだ。


「あむ。……これも、毒見」

「ただ食いたいだけだろ!」

「違う。アトを守るため」


 彼女はリスのように頬を膨らませながら、ヒナを睨みつける。

その瞳には、明確な敵意――いや、焦燥感のようなものが混じっていた。

自分の知らない「美味しいもの」で、俺が餌付けされるのが気に入らないらしい。完全な嫉妬だ。


 俺は頭を抱えた。


「すまん、日向さん。こいつ、ちょっと食い意地が……じゃなくて、警戒心が強くて」


 ヒナが気を悪くしたんじゃないかと恐る恐る顔を上げると。

彼女は怒ってはいなかった。

ただ、少しだけ眉を下げて、困ったような、それでいてどこか羨ましそうな顔で笑っていた。


「ふふ。……そっか。イブキちゃんは、本当に明星くんのことが大切なんだね」

「……当たり前」


 鋳吹が即答する。


「アトは私の『対』だから。誰にも渡さないし、指一本触れさせない」


 その言葉に、ヒナの瞳が一瞬だけ揺らいだ気がした。

だが、すぐにいつもの明るい笑顔に戻る。


「うん、わかってるよ。……でもね、イブキちゃん」


 ヒナは身を乗り出し、鋳吹の目を見つめた。


「守りすぎると、息が詰まっちゃうよ? たまには……誰かに頼ってもいいんじゃないかな」

「……必要ない。私たちだけでいい」


 バチバチと火花が散るような視線の交錯。

間に挟まれた俺は、居心地の悪さに縮こまるしかなかった。


 結局、弁当のおかずの半分以上は「毒見」と称して鋳吹の胃袋に収まった。

チャイムが鳴り、ヒナが席に戻る。


「ごちそうさま、美味しかったよ」


 俺が礼を言うと、ヒナは背中越しに手を振った。


「また明日も作ってくるね。……今度は、イブキちゃんに取られないようにするから」


 その声には、妙な決意が込められていた。


「……あの女、やっぱり油断できない」


 鋳吹が俺の袖をギュッと握る。

その手は、いつもより少しだけ力が強かった。

俺は苦笑しながら、彼女の銀髪を撫でた。


「ただの親切だって。考えすぎだよ」

「……アトは馬鹿」


 俺たちは気づいていなかった。

教室の窓の外、校庭の植え込みの影で。

とぐろを巻く何かが、じっとこちらを監視していることに。

日常のすぐ足元まで、猛毒の牙は迫っていた。

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