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銀髪の旅立ち

 

 ロックソルト村の空は、いつも通り穏やかだった。シフォンが盗賊を殺してしまい、苛烈な鍛錬を始めてから、すでに10年の歳月が流れていた。シフォンの容姿は、ようやく12歳程度の少女のものへと変わっていた。銀色の髪は腰まで伸び、赤い瞳はより深みを増していた。エルフの血がもたらす遅い成長は、彼女を永遠の子供のように見せていたが、内面的な変化は激しかった。空虚感を埋めようとする鍛錬は続き、槍術は村の誰にも負けない域に達していた。回復魔法も、村の病気を癒すほどに熟練した。

 

 そんな中、シフォンの育ての親であるジャスティとソルテラは、病床に伏せっていた。高齢による衰弱と、流行りの病が重なった。シフォンは二人を助けようと、あらゆる手を尽くした。薬草を煎じ、回復魔法をかけ、王都から取り寄せた薬を投与した。夜通し看病し、祈りを捧げた。だが、病には勝てなかった。二人は日増しに衰弱していった。

 

 死期を悟ったジャスティは、ベッドからシフォンの手を握った。白髪の頭を少し上げ、弱々しい声で語りかけた。

 

「シフォン……私たちは、もう長くない。お前の心の中の空虚感、虚無感に気づいていたよ。だが、それを埋めてやれなくて、申し訳ない……。」

 

 ソルテラが続き、涙を浮かべた。

 

「神の教えで育てたが、お前の苦しみを癒せなかった。私たちが死んだら、代わりの聖職者が来るまで、村のことを頼むよ。そして、聖職者が来たら……外の世界を見て周り、心を埋めるものを探して欲しい。教会は排他的で、エルフであるお前を受け入れるのは難しい。幸い、槍の腕が立つ。お前なら、冒険者になれるはずだ。」

 

 ジャスティが最後に微笑んだ。

 

「シフォン、私たちの愛しい娘よ。神の祝福があらんことを。」

 

 二人は静かに息を引き取った。シフォンはベッドの傍らで、呆然と立ち尽くした。胸に、何かが湧き上がる。熱く、痛い感覚。彼女は初めて、感情が発現していることに気づいた。それは悲しみだった。自分を我が子のように深く愛し、育ててくれた存在の別れ。胸を締めつけ、息が苦しい。シフォンの赤い瞳から、涙が溢れ出した。初めての涙。頰を伝い、床に落ちる。彼女は声を上げて泣いた。空虚だった心に、初めての亀裂が入った。

 

 葬儀は村全体で行われた。ジャスティとソルテラの墓は、教会の裏庭に建てられた。シフォンは二人の遺言通り、代わりの聖職者が来るまで村を取りまとめた。教会の務めをこなし、村の争いを仲裁し、狩猟を手伝った。新たな聖職者が王都から到着したのは、数ヶ月後だった。男はシフォンを見ると、異端の者を見るような視線を向けた。エルフの異形を、露骨に嫌悪した。だが、シフォンは気にしなかった。村人たちに集まってもらい、別れを告げた。

 

「今まで、皆さんに世話になりました。私は冒険者として、外の世界を見て回り、見識を深める旅に出ます。」

 

 村人たちは別れを惜しんだ。ヴェゼルが代表して言った。

 

「シフォン、お前は村の誇りだ。行けよ、外の世界で強くなれ。」

 

 皆で貯めたお金を使い、シフォンに贈り物を用意した。それは、自己修復と使用者に癒しを与える加護が付与された槍だった。銀色の穂先が輝き、柄には村の紋章が刻まれていた。シフォンは槍を携え、村を後にした。森の道を歩きながら、涙の記憶を胸に刻んだ。

 

 一番近い街は、王都への交易路沿いのリバーサイドだった。賑やかな街で、冒険者ギルドの建物は中央にそびえていた。石造りの大きな館。シフォンは中に入り、受付カウンターへ向かった。ふんわりとした印象の受付嬢が、優しい笑顔で対応した。

 

「こんにちは。何かご用ですか?」

「冒険者の登録をお願いします。」

 

 受付嬢の目が丸くなった。シフォンの幼い容姿を見て、困った顔をした。

 

「ごめんなさい。子どもは冒険者になれないのよ。危険だから、親御さんと相談してね。」

 

 シフォンはどうしたものかと思案した。エルフの成長を説明しても、信じてもらえるか。そこへ、別の少女が入ってきた。自身と同じくらいの年齢に見える、12歳程度の容姿。黒髪をポニーテールにし、背中に二振りの鉈剣を携えていた。少女はカウンターに近づき、言った。

 

「冒険者になりたいんですけど。」

 

 受付嬢が同じ言葉を繰り返した。

 

「ごめんなさい。お子さんは……。」

 

 少女は、まだ幼い飴玉のような甘い声で、自信たっぷりに言った。

 

「この場にいる誰よりも、強い自信があるよ。」

 

 ギルド内の空気が凍った。酒を飲んでいた冒険者たちが、全員立ち上がった。十数人の男たち。筋骨隆々とした戦士、弓使い、魔法使い。皆、少女を嘲笑した。

 

「おいおい、小娘が何を言うか。」

「試してみるか? 痛い目見せてやるよ。」

 

 シフォンは機を逃さず、受付嬢に頼んだ。

 

「この女の子と二人で、この冒険者たちを全員倒したら、冒険者にしてくれませんか?」

 

 受付嬢は驚いたが、面白そうに頷いた。

 

「そんなことができたら、ギルドマスターに頼んであげるわよ。でも、無理しないでね。」

 

 シフォンと少女は、視線を交わした。少女がニヤリと笑った。

 

「一緒にやる?」

「ええ。殺さないようにね。」

 

 ギルドの中央スペースが、即席の闘技場になった。冒険者たちが円陣を組み、次々に挑んできた。最初は、大柄な戦士。斧を振り上げ、少女に向かって突進した。

 

「小娘、覚悟しろ!」

 

 少女――アルメンタは、鉈剣を抜いた。二刀流の構え。戦士の斧が振り下ろされる瞬間、彼女は低く身を沈め、横に滑った。左手の鉈剣で斧の柄を払い、右手で流れるように戦士の膝を斬りつけた。浅い傷だが、痛みが走る。戦士がよろめく隙に、アルメンタは跳び上がり、肘で顎を打った。戦士は倒れ、気絶した。

 

「一人目。」

 

 次は、弓使いの男。距離を取って矢を放つ。シフォンが槍を構え、矢を槍の穂先で弾いた。金属音が響く。男が二本目を射ようとしたが、シフォンは一瞬で間合いを詰める。

 槍の柄で男の腕を叩き、弓を落とさせ、続けて、腹に軽く突きを入れ、息を詰まらせて倒した。

 

「殺さないように、ね。」

 

 冒険者たちが本気になった。三人が同時に襲ってきた。一人は剣士、剣を横薙ぎに振るう。もう一人は魔法使い、火球を放つ。最後は棍棒の男、力任せに叩きつける。

 

 アルメンタは剣士に向かった。鉈剣を交差させ、剣を受け止め、火花が散る。彼女の体は頑丈で、衝撃を吸収した。反撃に、二刀を回転させ、剣士の肩と太腿を浅く斬った。剣士が後退する中、アルメンタは棍棒の男に飛びかかった。棍棒の軌道を捉えると空中で体を捻り、鉈剣で棍棒を弾く。着地と同時に、足払いで男を転ばせ、首に刃を当てて降伏させた。

 

 シフォンは魔法使いの火球を槍で薙ぎ払い、炎を散らした。魔法使いが次の呪文を唱えようとしたが、シフォンは身体強化魔法を自分にかけ、速度を上げた。槍を突き出し、魔法使いの杖を叩き落とし柄で腹を突き、気絶させた。

 

「まだまだ。」

 

 残りの冒険者たちが群がり五人一斉に襲いかかる。

 

 斧、剣、槍、魔法、投げナイフ。

 

 乱戦の只中にいるシフォンは槍を回転させ、周囲を掃討。斧の男の攻撃を槍の柄で受け、反動で槍先を喉元に突きつける。男が怯んだ隙に、膝を蹴って倒す。投げナイフの男は、シフォンの敏捷性を読み違え、ナイフを空振り。シフォンは槍を伸ばし、男の腕を絡め取り、地面に叩きつけた。

 

 アルメンタは剣と槍の二人組を相手にした。二刀流の乱舞。剣の斬撃を左の鉈剣で弾き、槍の突きを右で払う。体を低くし、回転斬りで二人の足を狙う。剣士の脛を斬り、槍使いの膝を叩く。

 二人がよろめく中、アルメンタは跳躍し、肩口に肘打ちを食らわせ、倒した。最後の魔法使いが雷撃を放つが、アルメンタの頑丈な体は耐え、鉈剣で杖を斬り飛ばした。魔法使いは拳で殴られ、昏倒。

 

 ギルド内は静まり返った。倒れた冒険者たちが呻く中、いつの間にかギルドマスターが現れていた。厳つい髭の男。

 

「見事だ。小娘ども。冒険者として認めてやる。」

 

 シフォンは少女に自己紹介した。

 

「私はシフォン。槍と回復魔法が得意よ。」

「アルメンタ。鉈剣の二刀流と、頑丈な体に自信があるよ。コンビ組もうか。」

 

 シフォンの自己紹介を受けてアルメンタも笑顔で自己紹介をする。

 二人は頷き、手を握った。新たな旅の始まりだった。

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